第4章1話 騎士シュルヴィ
「うふふ、お兄様ったら。期末試験はそれでも学年2位なのですから、そのように拗ねなくてもよろしいのでは?」
「う……べ、別に拗ねてなどいないぞ? それよりもユスティーナは学年1位になったお祝いに、何か欲しいものでもないかい?」
魔法学園1-Bの教室で隣の席に座る夏服の学生服姿の妹が、蒼い瞳を細めてクスクスと微笑んでいます。
おりこうさんの妹が筆記試験で全科目満点というのは当然としても、僕の歴史の点だけがこんなに悪いのはナゼだ?
単に歴史書に刻まれていない、その時代の王家によって秘匿された本当の史実を、前世のゲーム知識を元に回答しただけなんですけど。
「まぁ、ご褒美ですか? そうですねぇ、う~ん。もうすぐ夏休みですから、お兄様とどこかへまた旅行など行けましたら楽しそうでよいのですけど」
「あぁ、そういえば来週から夏休みだったね。よしわかった、ユスティーナ。僕に全部まかせなさい。このあいだのよりも、ずっと楽しい旅にしてみせようではないか!」
武闘大会のあった海岸都市から王都へと戻って数日、心配していた妹の様子も一見すると普段と違いが無いように見えます。
あの後、やはり1日の疲労からか泣き疲れて眠ってしまった妹を、お姫様抱っこして高級リゾートホテルに戻った僕は、何がまずかったのだろうかと実はこれからのことに頭を悩ますことになるのでした。
「それじゃぁ、はいは~い。今朝張り出された期末試験の成績順位表は、皆さんもう見ましたね~? 赤点の人はぁ、夏休みに補習がありますのでぇ後で職員室まで来てくださいね~。
それから夏休み前のこの時期に急なのですが、転校生を紹介しますぅ~。それではぁ、入ってくださいねぇ」
朝のホームルームで担任の女性教諭が、いつもののんびりした口調でそんなことを言って手招きをすると、さっきから廊下で待機していたらしい女子生徒が颯爽と入って来たのですが。
寝グセがはねたアッシュブロンドにくりくりした翠の瞳をして、腰には細身のレイピアをさげた。
「騎士学校からの交換留学生で、シュルヴィと申しまっス。見ての通り平民っスが、キルヴェスニエミ公爵家の姫様、ユスティーナ様付き騎士見習いとしてお世話になっているっス。未熟者っスが、これからよろしくお願いしまっス!」
「まあ、ユスティーナ様の騎士ですってよ?」
「バカね、見習い騎士よ。でも、卒業前からなんて珍しいわね」
「何でもユスティーナ様が御自ら武闘大会でヘッドハンティングされたらしいわよ?」
そう、武闘大会の決勝戦で魔法学園の大将である王太子相手に大金星をあげたシュルヴィが、今は下し立ての魔法学園の制服を着て挨拶をしているのでした。
あの日、武闘大会の表彰式に来賓として来ていた騎士団長から、優勝校として出場選手5人に金メダルと褒美の付与魔法付きレア級片手剣をもらったのだけれど。
そんな銘無し武器なんかいらないからシュルヴィが欲しいと僕が言うと、二つ返事であっさりと快諾されて、その場で交換留学が決定したのでした。
「わぁ~い、姫様の隣の席なんっスね? 今日から護衛がんばりまっス!」
「うふふ、同じクラスになれてよかったわね。シュルヴィ、これからよろしくおねがいしますね?」
ちなみに魔法学園から交換で騎士学校へと留学していくのは、その騎士団長の嫡男であるゲルハルトだったりします。
どうやら今回の情けない試合結果にとうとう堪忍袋の緒が切れたようで、ぬるい魔法学園よりも武闘派がそろう騎士学校で、いちから鍛え直してもらって来いという親心みたいです。
でもそうすると、メイン攻略キャラのひとりで脳筋だけど一応はイケメンのゲルハルトがいなくなってしまってたので、ちょっと女性主人公の【聖女】マリアがどう出るか心配だったりして。
逆ハーレムルートを目指していたっぽいからなぁ。
その【聖女】マリアはというと、全国生徒が見ている前で武闘大会の決勝戦で瞬殺されて、無駄に高かったプライドをポッキリとへし折られた王太子が、祝勝会に顔も出せず部屋でいじけていたのをせっせと慰めていたらしいです。
最初から【聖魔法】の使い手として慈愛の心と真摯な態度で接していれば、無駄に呪術刻印なんか刻まれることもなかったろうに。
まあこれで、脳筋ゲルハルトは卒業式までしばらくは帰ってこないし、残る断罪イベント仕掛人の二人も少しは落ち着いて、おかしなことをしなくなれば良いのですが。
おぉ、よく考えるともしかして、これは婚約破棄と断罪ルート回避に向けて順調な滑り出しだったりするのではないでしょうか。
「おーっ、姫様っ。あれはエルネスティ様が、何やら悪い顔をされているのではないっスか!」
「ええ、よく分かったわねシュルヴィ。お兄様、すっごく悪いお顔をされていますのでお気をつけくださいね?」
「え? そお? そ~かなぁ? そんなことないよ~、ははは?
あぁ、それから今日は期末試験後の半日授業で午後から時間があるから、シュルヴィがどこまでできるのか確認しに地下迷宮へ行くからね?」
ここはあっさりと戦略撤退を選択して、しかしいらんことを言った見習い騎士にはきっちりとお仕置きをするのを忘れないのです。
「まあっ、シュルヴィがんばってね?」
「ええーっ、姫様ぁ。ぐっすん」
◆◇◆◇◆◇◆◇
そうはいっても、魔法学園の死なない初級『試練の地下迷宮』程度では実力の判断ができないし、逆に隠し地下迷宮では上級クラス過ぎて実力も分からない見習い騎士をいきなり連れてはいけないし。
という訳で、ハンター協会が管理している王都周辺に点在する地下迷宮の中で、適当な中級レベルにでも潜ろうと久しぶりにわざわざハンター協会へとやって来たのですが。
「何だ、Bランク最短記録の【天使の姫】なんて御大層な二つ名だから、どんな女かと思ったらただのお嬢様じゃないのさ」
受付カウンターでいくつか中級地下迷宮を見繕っていると、腰に魔法剣レイピアを下げた細身のエルフ女がいきなりいちゃもんをつけてきました。
この前来た時には見かけなかった顔だが、いったいどこで聞きつけて来たのか。
しかし公爵令嬢の妹は優雅に振り返って、可憐に目礼をしてからそのまま流し目を送ると、名乗ることもしない礼儀知らずのエルフ女に逆に高貴な貫録を見せるのです。
「おや、私に御用でもおありでしたか? これはご挨拶が遅れまして、私ユスティーナと申します。以後お見知りおきを、えっ……と?」
「チッ、ドミニクだ。お前が貴族のコネでもなれなかったAランクハンターをやってる。いい機会だ、Bランクになったお前に大先輩として稽古をつけてやろう」
それでもよっぽどの貴族嫌いなのか、怯むことなくニヤニヤと笑いながらケンカを売って来ます。
どうやら血の気が多い、力だけが正義の典型的を地でいくハンターのようです。
「えっと、ドミニクさん。彼女はまだ新人でハンターとしての常識もまだ」
「うるせえ、ブラッドフォードは引っ込んでろ。別にケガさせようって訳じゃねぇんだし。なあ、ちょっとぐらいの時間はあるんだろぉ?」
以前会ったことのある、同じAランクハンターにしては紳士的な、金髪イケメン優男のブラッドフォードが仲裁に入るが、あっちの方が実力的にも年齢的にも上なのかバッサリと切られてしまうのでした。
まあ、長寿種族のエルフだから何百歳でも驚かないけど……げっ、睨まれた。【直感】スキル持ちか、めんどうな。
すると、今日から妹の護衛となったばかりの見習い騎士のシュルヴィが、ちょっとだけビビりながらも一歩前に出て立ちふさがります。
「そ、それじゃあ、姫様の騎士であるこのボクがまずはお相手するっス!」
「なんだぁ? お前、Eランクか? けっ、そんなの相手にしてられるか」
ふふんっ、とドミニクが鼻で笑い飛ばすが、これは案外いいかもしれないので僕が割って入ることにします。
「ふぅん……力試しには丁度いいかな? まぁ、地下迷宮前の実戦テストぐらいにはなるだろう。
ねぇ、Aランクハンターの大先輩ってのは、勝手に絡んできたくせに貴族令嬢の騎士の矜持に礼を尽くすこともできない、恥知らずなのですか?」
「なんだと? ふんっ、いいだろう、ひよっこ騎士の相手ぐらい、攻撃魔法なしでかたずけてやるさ」
さすがは希少種エルフということなのかプライドだけは高いようで、吐き捨てると返事も聞かずにそのままハンター協会の奥の扉から外の練習場へと出て行ってしまった。
それを目で追いながら、心優しい妹が心配そうに眉を下げます。
「シュルヴィ、大丈夫なのですか? もし危ないようなら」
「ひ、姫様っ、大丈夫っスよ。見た感じでは剣だけなら、それほどのこともないっスから」
ハンターカードは騎士学校に入学する前から持っていたようだが、さすがにAランク相手ではシュルヴィもビビったみたいです。
ただ、相手の技量についてはそれなりに見切れているようなのでした。
そうしていると立会人となった協会職員がビビりながらも「攻撃魔法は無しで、はじめっ」と叫びます。
「はああああっ!」
「おっ?」
武闘大会の決勝戦でも見せたシュテファーの細剣レイピアによる突撃の連続技が、驚くべき精度でドミニクの急所めがけて繰り出される。
レベル的にはまだまだAランクには届かないものの、その柔らかい肢体と戦闘センスに、初めは舐めていたドミニクもいつの間にかパリングするだけに追い込まれてしまいます。
「クソがぁ、うっとおしい!」
「わきゃあ!」
そうして無意識なのかドミニクの魔法剣レイピアから爆発するように発生した【風魔法】がシュルヴィを吹き飛ばそうとするが、その空間に僕が上位闇魔法【暗闇の呪解】を展開して魔力を消し去ってしまう。
その瞬間に、手が滑ったことに気がついたドミニクが表情を歪めるのでした。
「……あ、いけね。チッ、やっちまった。ん……でもなんで消えた?」
「ふむ、シュルヴィ。確かに剣だけなら、このぐらいのAランク相手でもそこそこ戦えるようだね。後は必要な基礎スキルを取得してレベルをガンガン上げていけば、ちょっとは騎士として見れるようになるかな」
「え~、そうっスかぁ? えへへ~」
危うくケガをしそうな威力の攻撃魔法にビックリした様子のシュルヴィだが、意外といい買い物だったかもしれません。
だが自身の失態に逆切れしたAランクハンターのドミニクは、心底貴族が大嫌いなようで自分のことは棚にあげてさらに因縁をつけて来る。
「お、お前っ。今オレのじゃましやがったくせにっ、たかが貴族令嬢の金魚の糞が偉そうに何を言っている!」
「んん? さっきから聞いていれば、もしかして僕の可愛い妹を侮辱しているのですか?
そのあげく、攻撃魔法は使わないとか偉そうに啖呵を切っておきながら、ちょっと剣で押されただけでルール違反をしておいて、それを恥じ入ることもできないとは。
これが天下に轟くハンター協会のAランクとは、まったくがっかりさせられました。
いいでしょう、これ以上絡まれても面倒です。
シュルヴィの実験相手をしてくれた借りは、妹への謗言の利子を付けてキッチリとCランクの俺が帰してやるとしますか。
それじゃあ攻撃魔法も使っていいから全力でかかって来い、糞エルフ」
どうあっても大切な妹に敵対する意思を見せるエルフ女に、これ以上邪魔をされてもめんどうだからと、口元を三日月のように耳まで裂いて、練習用の刃引きの細剣を手に取る。
「き、貴様っ、貴族だからと言って思い上がるなよっ!」
次の瞬間、無詠唱で上位風魔法【ウィンドジャベリン】を連撃しながら、【神速】で突進して来るドミニクの軌道上に【縮地】で割り込んで、上位闇魔法【暗闇の呪解】で全ての魔力を霧散させると。
一瞬ギョッとしたようだがさすがはAランクか、途中で強制的に軌道を変更して回避しようとするが、こっちはさらに【縮地】で瞬時に眼前へと出現するとその勢いのまま必殺の穿刺を叩き込む。
しかしそれでもAランクハンターのドミニクは急激に空中で身体を捻ると、瞬時に展開した魔法防壁を削りながらも紙一重でかわしてカウンターで突撃してくる。
だが僕はそれを避けることなく、下位闇魔法【影防壁】で斜め上方にはじく。
そして自分の細剣を持つ腕が伸び切る前に手首を捻ると、そのまま全体重をかけて横に向けて振り抜いて、今度こそ避け切れなかったドミニクの横っ面をその魔法防壁ごと粉砕して轟音と共に叩き斬る。
その結果、ドミニクは空中でビンタされたように横に回転して頭を地面に激突させると、地割れを起こして土煙を巻き上げた大きなクレーターに埋まってしまった。
まあ、Aランクの防御魔法があったんだから、死にはしないだろう。
静まり返ったハンター協会の練習場の真ん中にできたクレーターの中では、エルフならではの綺麗な顔だったドミニクが、横顔を陥没させてドクドクと鮮血を噴き出していた。
そこへ天使な妹がタタッと走り寄ると、最近になって隠し地下迷宮でようやく手に入れた【収納】スキルから回復薬を取り出す。
「審判さん、回復薬使いますね?」
「……え? ええ?」
呆けたままのハンター協会職員に声をかけてから、今日はミススカナース姿では無いけど慣れた手つきで、ドミニクの頭にドボドボと降りかけるのです。
まあ天使の上級回復薬にかかれば、こんな死にそうな重症ぐらいあっという間に治っていくのでした。
「いいかい、シュルヴィ。突技だけでも無数に連撃することで面制圧できるだろうけど、それを避けられた時につなげる剣技も切り札として準備してくようにね?」
「は、はいっ。ご指導ありがとうございまっス! でも、また秒殺……っスねぇ。しかも今度は女性でも手加減なしで、よりにもよって綺麗な顔を跡形も無くっスか」
えー、だって自分の負けも認められないぐらい往生際の悪いAランクハンターに寸止めなんかしてやっても、まだ負けてないとか言って背後から逆襲してくるに決まってるじゃないですか。
「シュルヴィ、心優しいお兄様は一瞬で意識を刈り取って差し上げたのですよ? おそらくは痛みを感じる暇すら無かったはずです。それに目を覚ます頃には傷も治ってしまっているわ」
「うぅ、ボクの姫様まで……(お二人には逆らわないようにしないとダメっス)」
慈愛の微笑みを浮かべた天使の妹と僕を見比べて、なぜか就職先がブラック企業だったことを後悔する新入社員のように、プルプルと震える見習い騎士のシュルヴィなのでした。
まあ何かブツブツつぶやいていたようですが、まだ時間が早いのでせっかく調べた中級地下迷宮に行ってみるとしましょうか。




