第3章7話 武闘大会(下)
「ふんっ、平民風情がいい気になりおって。騎士として身の程を教えてやる!」
とか言って、ショートスピアを手にした騎士学校の先鋒が、決勝戦の試合開始早々【勇者】アーサーくんへと突進してくるのだが。
中級レベルまで身体強化した【勇者】アーサーくんにかかればいいように軽くあしらわれて、あっという間にカウンターで壁までぶっ飛ばされて気を失ってしまいました。
「う~ん、エルネスティ様。あんなんでよかったんでしょうか?」
「あ~、まあ何だ。アーサーくんが気にすることじゃないかな?」
逆に困ったように、しきりと首を捻る将来最強となる【勇者】くんなのでした。
まあ、出場者全員が身体強化魔法は使っているのだから大会規定違反ではないのだけど、中級レベルまで使いこなしている学生は少ないようです。
そして迎えた次鋒は従騎士ダミアンとの文字通り騎士同士の戦いとなって、これまで勝ち星のない3年生のダミアンが死ぬ気で頑張ったのか、引き分けの結果となりました。
まさか引き分けがあるとは思いませんでしたが、延々とチクチクやって最後は時間切れという、決勝戦とは思えない何とも後味の悪い試合でした。
次の中堅も騎士団長子息のゲルハルトとの大型騎士同士の決戦で、会場は大いに盛り上がったのですが決定打に欠けて、またまた時間切れの引き分けに終わってしまいます。
続けてのこの結果に、最後は会場に詰めかけた全国の学生達からも大ブーイングの嵐でした。
そんなシュプレヒコールの中、騎士学校の実質的な大将が僕の対戦相手なのですが、見るからに金髪イケメンの優男で試合直前に会場のど真ん中から騎士の礼を取ると、今日も大活躍だった天使なミニスカナース姿の妹に向かって。
「美しい姫よ、この戦いの勝利をあなたに捧げます」
とか言ってるのですが。相手が公爵家の令嬢であることや、そこにいる王太子の婚約者であることを知ってやっているのでしょうか。
知ってやっているなら自殺願望のバカだし、知らないでやっているのなら唯のバカです。
「きゃーっ、ユスティーナ様に向かって命知らずなっ」
「まあ、婚約者の王太子殿下もおられるのに、何てイケメンでしょう?」
「きゃあ~、エルネスティ様の目がマジよ~」
「あ~、あれは死んだな」
大勢の観客からも歓声が上がっているので、もしかしたら騎士学校では実力のある人気のイケメンくんだったりするのでしょうか。
まあ、僕の大切な妹にこの衆人環視の中でちょっかいを出したのだから、相応の覚悟はしてもらうとしますか。
「お兄様~、またまた悪いお顔になっていますよ~」
三日月のように耳まで裂けた笑いをこらえていると、いつもの天使な妹の可愛い声援が飛んできます。
すると人のことは言えないが、本当に対戦相手のことを何も調べていないのか、金髪イケメンくんは突拍子も無いことを言い出してしまう。
「はははっ、我が姫のお兄様でしたか。それでは私が勝ったあかつきには、お兄さんと呼ぶことにいたしま」
「そ、それでははじめ!」
漆黒の魔力を爆発するように放出し始めた僕の気配に気がついた審判が、ギョッとして早々に試合開始を告げると。
ヒュンッという音を置き去りに【縮地】で接敵して、金髪イケメンくんが手にしていたレイピアごと利き腕をへし折る。
返す刃引きの刀でその顔面を横殴りに斬り払うと、金髪イケメンくんは空中で回転するように地面に後頭部から激突してめり込むと、地割れと共に大きなクレーターを作っていた。
シ~ンと静まり返る大武闘場には、金髪イケメンくんの心拍に合わせて顔面から鮮血が吹き出る、ピューピューという音だけが静かに響いていた。
う~ん、これはやりすぎたろうか?
と少しだけ反省していると、天使なミニスカナースの妹がタタッとやって来て、審判に「救護班です!」と断ってから自分で【錬成】した上級【回復薬】を惜しげも無くドバドバと頭からぶっかけ始めたのです。
「……はっ、しょ、勝者エルネスティっ。救護班っ、早く早くっ!」
顔を真っ青にした審判は、慌てふためいてさらに回復魔法使いの【聖女】マリアまで呼び出します。
まあ、折れてプラプラしていた腕もまっすぐになってるし、陥没した顔面もだんだんと元に戻っているから、大丈夫だと思うよ?
あ~、一緒にへし折れただろう心までは上級【回復薬】でも治らないかも。
でもそこは、騎士の矜持を強くもって再び希望に向かって立ち上がってください。
「きゃーっ、秒殺よっ。秒殺!」
「さっきエルネスティ様ったら一瞬消えてましたわよ?」
「はぁ~、ユスティーナ様にいらんことを言うから」
「大会で初めてエルネスティ様が上級の身体強化魔法を使用されたわ……あぁ、鼻血が止まりましぇん」
助け出された金髪イケメンくんがもう大丈夫そうだと判断した妹が、薄いピンク色のナース服のミニスカをふわりとさせながら、悲しそうに小さなため息をつきます。
「はぁ~、お兄様? もう少し手加減なされてもよろしかったのでは? あれでは少しかわいそうですわ」
「えーっ、だって試合前にあれだけの啖呵を切っておいてさぁ。あんなに弱っちいとは思わないじゃん?」
ブーブーと文句をたれる僕に、天使の妹がやっぱり細い人差し指をピッと僕の鼻先に持ってくると、わずかに眉を下げる。
「確かに私もちょっとだけ鳥肌が立ちましたが。それでもお兄様がいらっしゃるのですから、何も危ないことはないでしょう?」
「えっ、鳥肌が立つほどキモかったの? やっぱり殺そう、そうしよう」
試合会場から担架で連れ出される金髪イケメンくんの後ろから、攻撃魔法をぶっ放そうとしていると、急に妹が僕の頬を両手ではさんでしまいます。
すると天使のような美しい顔が目の前に来てしまい、ドキドキして心臓が止まるかと思いました。
「もうっ、お兄様ったら。私の話を聞いていますか? これ以上言うことを聞かなかったら、メッですよ?」
「お、おぅふ……わ、わかりまちた。もうしまちぇん」
すらっとした眉間に小さなしわをよせて綺麗な蒼い瞳で上目遣いに睨みつけてくる妹に、ガッチリと心臓を鷲掴みにされてしまうと、もうカミカミで頷くしかありません。
「ぎゃーっ、ユスティーナ様ったらチョー可愛い!」
「あぁ、私もメッてされたいですわ~」
「ぐはっ……もう、鼻血も出ましぇん」
なんてことをやっている間に、決勝戦の最後の試合となる大将戦が始まっていました。
結局、今の時点で僕達の魔法学園が2勝2引き分けなので、実は大将戦の結果に関わらず優勝が確定しているのだけど。
まあ最初で最後の出番になる王太子が嬉しそうに、スキップで出て行ったので……って、あれ?
試合開始からわずか数秒で、騎士学校の大将シュルヴィに瞬殺されていました。
う~ん、まあ負けても優勝には関係ないから、ドンマイ。
あ~、でも騎士学校の選手達は顔を真っ青にしてしまっています。
これでまた決勝戦で唯一の勝ち星をあげた平民のシュルヴィが虐められるようなことがあると、妹が悲しむからなぁ。
しかたがない、ここはひとこと言っておくとしますか。
「やあ、騎士学校の選手諸君。決勝戦での君達の健闘を、僕はぜひとも讃えさせてもらおうじゃないか。
特に大将戦で1勝をあげたシュルヴィ譲は見どころがある。ぜひとも我がキルヴェスニエミ公爵家が後見となって、将来は妹のユスティーナ付き騎士になってもらいたいものだ。はっはは~」
「「「ええーっ!」」」
「ええっ、平民のボクが公爵家のお姫様の騎士っスかっ?」
「うふふ、シュルヴィ様は私との約束通りに、騎士道精神に乗っ取って正々堂々と戦い勝利をその手にしましたわ。
これは武闘大会の決勝大将戦での勝利という試合結果を考慮した上での、正当なヘッドハンティングですのよ」
騎士学校の選手達はギョッとしたようで、特にシュルヴィは驚き過ぎてワタワタしてしまっています。
それでも手の甲を口元に添えて優雅に微笑む妹に、周囲の雰囲気もいくぶんホッとしたようです。
まあいずれにしろ、ネコ耳メイドのミーアだけでは抑止力としても護衛は務まらないので、特に同性であることが必須な女騎士は早い段階で不可欠だったのは確かなのです。
でも騎士学校の生徒達は僕が特に優しく微笑んでいるというのに、みんな真っ青な顔をしていて。
ああ、彼らの事実上の大将だった金髪イケメンくんを、一方的にボコったから怖がられているのかもしれません。
それにしても、今回は約束通りに優勝できてよかったです。
最初に団体戦と聞いたときには、一時はどうなることかとヒヤヒヤしましたが、日頃の行いがよいからでしょうか。ふふっ。
「シュルヴィ様、いいこと? お兄様がこの悪いお顔をされた時には注意するのですよ?」
「や、やめてくださいっス。ボクはユスティーナ様の騎士になるのですから、ぜひともシュルヴィと呼び捨てでお願いしまっス。
それから姫様のおっしゃる通りに、エルネスティ様のこのお顔は忘れずに注意するようにいたしまっス。ふんすっ」
なんでやねん。
◆◇◆◇◆◇◆◇
武闘大会の決勝が巷の予想に反して魔法学園の優勝で終わると、表彰式や祝勝会を兼ねた後夜祭となったのですが。
珍しく妹の方から夜の海が見てみたいと頬を染めておねだりするので、人混みを嫌う妹と一緒に早々に抜け出すと、高級リゾートホテルの前の砂浜へと出てきているのでした。
「ほら、お兄様。足の下の砂が波にさらわれていきます。うふふ、少しくすぐったいですわね?」
夜闇に水月が海の水面に浮かび、気持ちのよい海風が長いプラチナブロンドの髪を揺らす。
そんな天使と見紛うような真っ白なスリーブレスのワンピース姿の妹が、波打ち際でプリーツスカートを摘まむと少し持ち上げてその細い素足をさらしています。
「……あ、いや。すまない、つい見とれてしまっていた。今回の旅行は楽しかったかい?」
「まあ、お兄様ったら。またそのようなことを。ええ、初めて見る海がこんなにも綺麗でロマンチックだなんて。ふふふ、私とっても楽しいですわ。
でも他のご令嬢達にも、同じようなことをおっしゃっているのでしょう?」
月明かりに照らされたこの世の天使が微笑みながら、悪戯っぽくそんなことを言う。
常に彼女の側に寄り添い離れることが無い僕が、そんなことをするわけが無いと知っているのに。
なぜか悲しい顔をして、わざと拗ねるようにそんなことを言うのだ。
「どうしたんだ? 僕がユスティーナ以外に、そんなことを言う訳が無いだろう?」
「いえ、今日はとても楽しくって少しわがままを言ってしまいました」
濡れないよう摘まんだスカートの裾を両手でフリフリと振りながら、パシャパシャと打ち寄せる波と戯れる。
それはまるでハリウッド映画の一コマのようで、限られた時間を惜しむようにどこか寂し気に見えてしまうのです。
「何か気に障ることでもしたのだろうか?」
「……いえ、そうではないのですよ? そうではないのです。
そうですね、こんなに素敵なお兄様がこの年になっても婚約者をお決めにならないのは、私のためですわよね」
どうしてか今にも泣きそうな顔をして、そんなことを地上に舞い降りた天使はつぶやく。
今、急に話が飛んだ気がするが、決してそういうことではないはずだ。
だから慎重に妹の言葉の端を捕らえて逃すまいと、ここで決して間違わないよう細心の注意を払うのです。
「今日の武闘大会の決勝戦でもお兄様は快勝され、実質的に最強の名を欲しいままにされました。そんな強く見目麗しい魅力的なお兄様のことです、いずれ全国の美しいご令嬢達が黙ってはいないでしょう」
「……ユスティーナ、よく聞くんだ。あの時言ったろう? 僕はこの世の君のために、何でもすると誓ったんだ。
だから、君が幸せになるまでは、他の女性など気にするはずがないんだよ」
かつてこの蒼い惑星の遥か天上で、僕の大切な彼女にした誓いの言葉を再び口にする。
何かボタンの掛け違えがあるような不安が付きまとうが、慎重に言葉を選んで間違えないよう真摯な気持ちを伝えるのです。
「お兄様、私はやはりどうあっても王太子殿下の婚約者でしかありません。
私はもう大丈夫ですから、お兄様もご自身の幸せを……婚約して誰か優しい女性を、あぃ、愛してあっ」
「もういい、もういいから。分かったから。分かったから、そんなに悲しそうに泣くんじゃない」
こちらに背を向けて夜海に向かってつぶやく妹の、その震える肩に気づくなり飛沫を上げて波打ち際へと走り寄ると、後ろから包み込むようにしてその小さな身体を抱きしめていた。
後ろから彼女の胸元に回して抱きしめた僕の両腕には、さっきからポタポタと止めどなく水滴が零れ続けていて。
「……うぅ、お兄様。ごめんなさい。私なんかが、本当にごめんなさい」
「ああ、大丈夫。大丈夫だから。だから、ユスティーナが泣かなくていいんだ」
でも妹の涙はいつまでも止まることがなく、彼女の細い身体を後ろから抱きしめた僕の腕を、震えるその細い手で縋るように抱きしめるのでした。
二人の足元に打ち寄せる波はいつまでも途絶えることはなく、漆黒の海に浮かぶ水月はゆらゆらと二人を照らし続けるのだった。
これで3章が完了することができました。ここまで読んでいただきありがとうございます。
リリースまで少しお時間をいただくとは思いますが、次の4章ではしょんぼり妹ががんばりますので、がんばれーと応援いただけると幸いです。




