第3章6話 武闘大会(中)
準決勝となる2回戦目は傭兵学校が対戦相手となりました。
なんとなく予想はしていたのですが、向こうの選手ベンチ前に整列したタンクトップ姿の筋肉マッチョな男達から、ここまで怒号が聞こえてきます。
「貴様ら糞虫共のやることは分かっているな!」
「「「サー、イエッサー!」」」
「品のいいお坊ちゃまのケツの穴から手を突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやれ!」
「「「サー、イエッサー!」」」
おぉ~、いい感じにヒートアップしてきたのだが……基本的に育ちのいいお貴族様ばかりの魔法学園側には、ちょっと受けが良くないみたいです。
敵の思い通りに簡単に乗せられてしまった従騎士のダミアンと騎士団長子息のゲルハルトは、目を三角にして怒っています。
「何と下品な。こちらには王太子殿下もおわすというのに」
「フンッ、あのような下賤な輩は我らが騎士道の前では敵では無い」
「あ~、エルネスティ様。でも、あいつら結構やりますよ?」
「お、アーサーくんは分かるのか。まあ、だからと言って集団戦で重火器を使える訳じゃないからなぁ」
平民の【勇者】くんには貴賤に関係なく、ちゃんと彼らの実力が見えているようです。
しかしこれだけ距離が離れていてもガタイの大きな筋肉マッチョな男共は少し怖かったようで、天使な妹は僕の背中にその華奢な身体を隠してしまいます。
「お、お兄様。おケガをなさらないでくださいましね?」
「もちろんさ、ユスティーナ。そんなことよりも僕の大切な妹には、指一本触れさせたりしないから安心していいよ?」
僕の二の腕にしがみつくようにして、チョコンと半分だけ顔を覗かせていた妹の頭をそっと撫でると、ようやくわずかに微笑んでくれます。
ああ、どうやら試合が始まるようです。
結局、慎重な攻めを繰り返した先鋒の【勇者】アーサーくんはキチンと勝ちを拾いましたが、相手を舐めてかかっていた次鋒ダミアンは瞬殺され、騎士団長子息のゲルハルトも最後は力比べで辛勝するのがやっとでした。
そして僕の目の前には傭兵学校の副将で、何と2m超の筋肉マッチョな巨漢がニヤニヤしています。
「そんな細っこい体、へし折ってやる!」
「ほぉ、では貴様の土俵で相手をしてやるとするか」
さっきは可愛い妹をビックリさせてくれたので、そんな良く吠える犬には、ちょっと躾が必要かもしれませんね。
「あ~、お兄様ったら。また、あんなに悪いお顔をされて」
徒手空拳のままで口元をニヤァ~と耳まで裂いた僕を見て、最近はお約束になってきた天使な妹が困ったように首を振っているのが分かります。
おっと、審判の開始の声が会場に響きます。
「それでは、はじめ!」
「うおおおおおっ、これで終わりだぁ!」
試合開始と同時に巨体を生かして突進してきましたが、それを両手で受け止めてやるとがっぷりよつの純粋な力比べとなりました。
「ぐっ、なぜビクともせん? ならばっ!」
ピクリとも動かないことにギョッとしたようですが、実戦経験でもあるのかすぐに切り替えて握り締めた両手を持ったまま、僕の体を中空に持ち上げてしまいます。
いくらカンストしているとはいえ、軽く二倍はある体重差は如何んともし難く。
軽々と持ち上げて地面に叩きつけようと最高到達点に達したところで、スルッと両手の拘束を解くと、そのまま空中で腕ひしぎ十字固めに移行しました。
「ぐああああああ! こ、これしきのことでぇ!」
しかし、さすがは屈強な傭兵ということか、腕が折れることも意に介しないように、そのまま逆に折れ曲がった腕ごと僕を地面に叩きつけようとします。
だから再度、腕ひしぎ十字固めを空中で解除すると、そのまま今度は足をぶっとい首に回して、三角締めでガッチリ腕と首を固めてしまいました。
「んぐっ…………ぅ」
すると僕を首からぶら下げたまま2mの巨躯で仁王立ちをしていたが、数秒で脳への酸素が欠乏して意識を失ってしまう。
完全に失神したことを確認すると、僕はストッと床に降り立って「ウスッ」と両手の拳を腰ダメに礼をしてから、スタスタと天使なミニスカナースの妹が待つ選手ベンチへと戻っていきます。
この間、試合開始から1分も経っていません。お、ようやく審判が我にかえったようです。
「……はっ、勝者エルネスティ! 救護班っ、早く!」
「わあ~、お兄様っ。スゴイですわ~。あれって、お公邸の武道場でご指導いただいている【総合格闘技】ですわよね?
私もあんなことができるようになるのですか?」
「はは~、ユスティーナには相手に接触する前に倒すことを教えているからなぁ。もうちょっとスマートな戦闘になるかも?」
興奮してピョンピョンとはしゃぐ妹にそのまま胸元にしがみつかれて、ちょっとドキッとしたのを頭をかきながら誤魔化すのでした。
だって……む、胸が当たってますもん。
「きゃーっ、エルネスティ様ったらジャイアントキリングよ!」
「ステキ、ああいうのを柔よく剛を制すと言われるとか?」
「汗ひとつかかないエルネスティ様ってクールですわ」
これで第2回戦の準決勝も3勝でとうとう決勝進出となり、魔法学園からわざわざ応援に駆けつけてくれた生徒達も満足気に盛り上がっています。
ただ一人、不服そうにしているのは王太子だけのようで、また何か言ってます。
「エルネスティ、私の出番がないではないか。おい、聞いているのか!」
「決勝戦だけはこれまでとは違い、先にどちらかが3勝しても最後の大将戦まで戦うのですから、王太子殿下にも必ず見せ場が訪れますのでご心配なされませんよう」
未だに国王には側近の退職届が受領されていないし、これでも妹の婚約者だと思って目を瞑っていたけど、いい加減ムカついてきたのでバカ丁寧に臣下の礼で返事を返します。
すると分かりやすく鼻の穴を膨らませて、ムフフ~とか言っているのですが……キモイ。
「そ、そうか。しかたがないな、決勝最後まで私の活躍は取っておくとしよう」
「きゃ~、王子様ぁ。私のために、がんばってくださいね~」
おぉっ、そういえば【聖女】マリアも救護班の一員として来ていたのでした。
妹の天使の回復薬で事足りるので、回復魔法を使う機会がないからか、影が薄かったので気がつかなかったです。
それにしても何かに吹っ切れたのか、女性主人公シナリオのハッピーエンドを信じて疑わないような、その変わらぬ王太子攻略のモチベーションは、一体どこから沸いて来るのでしょうか。
「お兄様、それではランチを取りましょうか? 実は今日は私もちょっとだけお手伝いしたのですよ?」
「え……ユスティーナが? どういうことだ?」
考え事をしていた僕の袖をチョンチョンと引っ張って妹が、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いに蒼い瞳が覗き込んできていました。
するといつも通りにどこからともなく現れたネコ耳メイドのミーアが、大きめの籠を持ってうやうやしく差し出します。
「はい、お嬢様こちらにございます。ふふふ、エルネスティ様、このランチボックスはお嬢様が宿泊している海岸リゾートホテルの部屋にあったミニキッチンで、朝も早くから起きて生まれて初めて手ずからせっせとあっ、お嬢様何をっ」
「きゃぁ~、ミーアったら。余計なことは言わなくってよいです! お兄様も、何を笑っておられるのですかっ」
顔を真っ赤にした妹がポカポカと、僕の絞って余計な筋肉すらついていない胸板を叩くので。
思わずその綺麗なプラチナブロンドの長髪をそっとなでて、少しだけ屈むと優しい声になるように気をつけて耳元でささやくのです。
「ありがとう、ユスティーナ。それではせっかくだから、大好きな妹が作くってくれたランチを一緒に食べようか?」
「っ、お、お兄様ったら。また、そのようなことおっしゃって。し、しかたがありませんから、このランチボックスを分けてさしあげますわ、ふふふ~」
赤い顔をそのままにピョンと一歩飛び退くと、大事そうにランチボックスを抱えてプイッとソッポを向いてから、嬉しそうに天使は微笑むのでした。
「きゃーっ、ユスティーナ様の可愛らしいこと!」
「まぁっ、指に絆創膏が。何て健気なんでしょうっ」
「ユスティーナ様のお手製ランチって……あぁ、想像しただけで鼻血が」
「お食事中に失礼いたしまっス。お初にお目にかかりますご無礼をお許しくださいっス。ボクは騎士学校のシュルヴィと申しますっス」
「うおっ、急に何ですか。このランチはあげませんよ?」
「お兄様、そのようなことはおっしゃらずに。拙い料理ですが、おひとついかがですか?」
今日は初夏の海風も気持ちがいいので、大武闘場の天幕が作る日陰の観客席でランチを取っていると、次の決勝戦であたる対戦校の女子生徒がなぜかやって来ました。
見ると寝グセなのかアッシュブロンドのショートヘアーがはねた、クリッとした翠の瞳が小動物を思わせるボクっ娘の美少女さんです。
せっかく可愛い妹が手ずから作ってくれたランチを僕としては死守しようとしたのですが、天使の妹はこころよく微笑みを返すのでした。
「え? あ、はい。いえ、そうではなくって。あぁ、でもいただいてよろしいっスか?」
「何だ、妹のユスティーナが作ったランチが食えないとでも言うのですか? いい度胸ですね、次の試合ではギッタンギッタンのケッチョンケッチョンにしてあげますからね」
「また、お兄様はそのようなことを。味の方は保証できませんが、お口に合えばよろしいのですが?」
一瞬だけキョトンしてから慌ててパタパタと両手を振るシュルヴィという女生徒は、腰にレイピアを下げているので出場選手なんだろう。
「あ、美味しいっス! いや、そうじゃなくって。エルネスティ様は次の決勝戦でも副将で出場されるのっスか?」
「うん? 何だ、ずいぶんと大胆な諜報活動ですね? 別に隠すほどでもないけど、変更は無いと思いますよ?」
妹のランチボックスからクラブサンドを渡されたシュルヴィは一口でほおばるとパアッと表情を輝かせて、なぜかプルプルと首を振ってから真剣な視線を向けて来る。
「いえ、決してそのようなことは無いっスけど。 可能であれば、大将で出場いただけると……いいのになぁ、と」
「ご存じだと思いますが大将は王太子殿下なので、変更は難しいかと? 何か、大将が王太子殿下だと困るのですか?」
美味しいはずの妹のクランサンドをくわえたまま、いきなりションボリする少女に妹が優しく問いかける。
「いえ、実はボクは女の身で武闘大会に出場しているのっスけど……それで、決勝は大将を命じられちゃいまして」
「……あぁ、王太子殿下が相手では騎士学校の生徒達は無礼を気にして手出しができないから、女性であるシュルヴィ譲を捨て駒にしたのですか。騎士という割には、随分とケツの穴が小さいな」
「コホン、お兄様。最後のは聞かなかったことにいたしますわ。しかし、確かに騎士道精神はどこへやらですわね?」
どうも話の雲行きが怪しくなってきて、妹が可愛い眉に皺を寄せてしまいます。
「実は私は平民枠で騎士学校に入学を許されている身なのでっス。でも、エルネスティ様の強さを目にして、ぜひとも一度お手合わせをしていただけないっスかと」
「あ~、騎士学校は確かに下級貴族の次男や三男に騎士爵家の子息達ばかりだろうからなぁ。もしかして君って、虐められているのですか?」
「イヂメだめです! 王太子殿下には私からも言っておきますので、その剣に恥じ入ることの無い戦いをなさってくださいね?」
天使な妹がふフンスッと小さな拳を握り締めて、決勝戦で対戦相手となる大将に激励を送るのでした。
「あ、ありがとうございまっス! ユスティーナ様に誓って、全力で頑張らせていただきまっスっ!」
こうして天使に元気を注入された強敵シュルヴィは、凄い速度でタターッと飛ぶように走って行ってしまいました。
ランチの後で妹が「失礼を承知で王太子殿下の胸をお借りしたいとのことでした」と言うと、なぜか機嫌を良くした王太子殿下は華をフスフスいわせると、二つ返事で了承するのでした。
でもシュルヴィってスキルレベルを見ただけでも王太子なんかよりずっと強いんだが、本当に全力でやってしまって大丈夫なのだろうか。




