第3章3話 孤児院の聖母
「まあ、ここが教会の孤児院なのですね?」
「ええ、俺……私の故郷で昔、お世話になった枢機卿がこちらで院長をされていて。それで私も時々、こうして手伝いに来ているのですよ」
今日は休日ということもあって、気分転換を兼ねて妹と一緒に【勇者】アーサーくんに案内してもらい、王都にある神聖教会の孤児院に来ています。
前世を含めて特に慈善事業に興味があるわけでは無いが、男性主人公のシナリオルートを行くと決めた以上は、特に平民である【勇者】アーサーくんの人生背景は知っておいて損はないのです。
しかし普段からめったに出かけることのない妹は、初めて目にする孤児院が珍しいようで、さっきから濁りの無い透き通った蒼い瞳をキラキラさせてます。
そうしていると教会の奥にある孤児院から、緋色の聖職者服に身を包んだ中年の女性が姿をあらわす。
珍しいことに女性の枢機卿のようです。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの孤児院の院長をやっているとミシェルと申します。なにぶん教会への寄付でやりくりしておりますので、貴族位の方にはお目汚しでしょうがお許しください」
「構いませんわ。ああ、これは心ばかりですが。ミーア、お願い」
興味深々でキョロキョロしていたのに、あっという間にお澄ましさんになると、天使の笑顔で妹が優雅にネコ耳メイドのミーアに指示します。
いつものようにどこから現れるのか妹の半歩後ろに立ったミーアが、金貨が入った袋を取り出すと女枢機卿に差し出していました。
「はっ、お嬢様。こちらになります」
「まあまあ、こんなに。ありがとうございます。皆様に神のご加護のあらんことを」
こちらも慣れた様子でお付きの修道女に袋を受け取らせると、女枢機卿はにこやかな笑みを見せるのでした。
まあ、あれも隠し地下迷宮のドロップや魔石を換金して、妹が自分で稼いだお金なのです。
今回の孤児院への寄付は、どういった心境からかキルヴェスニエミ公爵家としてではなく、妹が個人で用意することにこだわったのでした。
「聖母様、俺はこれだけで……すみません」
「まあ、アーサー。私は聖母などではないと、何度言えば分かってもらえるのですか?
それにいつもすみませんね。気にすることはないのですよ? あなたにも神のご加護を」
たぶん銀貨や銅貨が入っているんだろう小さな袋を、【勇者】アーサーくんが同じように渡すのだが。
まあ、彼が毎週学園で攻略している『試練の地下迷宮』は初級であるうえに、絶対死亡しないためかその代償とばかりに、実は経験値だけでなくドロップもしょぼかったりするのでしようがありません。
「あーっ、アーサー! 来てたんだっ」
「兄ちゃん、騎士ごっこしようよ」
「ダメだよ、冒険物語を読んでもらうんだから」
「わ、分かったよ。仲良く順番にね、ケンカはダメだよ?」
するといつのまにか集まって来た子供達に捕まった【勇者】アーサーくんは、引きずられるように奥の孤児院に連れ去れてしまいました。
その様子を見ていた妹も、ワクワクした様子で蒼い瞳をこちらに向けて来るので。
「ほら、ユスティーナも一緒に行こうか? 騎士ごっこは無理でも、冒険物語を読んであげることはできるだろう?」
「お兄様っ、いいのですか? わぁ~い、じゃあ行ってきます~」
とか言って、最近も伸び続ける高いスキルレベルにまかせて、タターッと走って行ってしまいました。
ああ、もう孤児院の小さな子供達に囲まれて、嬉しそうに絵本を読んであげ始めたようです。
こうして見ていると、長いこと部屋にひとりで引きこもっていたわりに、妹は意外と子供好きなのかもしれません。
「ふふふ、妹さんは天使のようなお嬢様ですわね。もうすっかり、子供達に懐かれてしまって。あら、お貴族様にこれは失礼しました」
あぁ、それはいいんだが。今は隣で人畜無害な顔で微笑んでいる、聖母とまで呼ばれているこの枢機卿とかいう女だ。
どんな時でも妹に近づく者達には、必ず【鑑定】を欠かすことが無いんだが、こいつ……【殺人】、【強盗】などの犯罪スキルに加えて、極めつけはレアスキル【奴隷商】とか持ってるんだけど。
しかもこうして余裕をかましているのは、上級【隠蔽】スキル持ちだからだろう。
だが、バカめ。そんなものレベル最大した【鑑定】持ちの僕には無意味だ。
「お兄様ぁーっ、こっちに来て一緒にご本を読んでくださいな」
「ああ、分かったよユスティーナ。どれを読めばいいんだい?」
考え事をしていると、子供達にまじって元気に手を振る妹に呼ばれました。
どうやら王子様が出てくる恋物語を読んでほしい女の子と、英雄冒険譚がいい男の子で読みたい本が別々で、とうとうケンカになったようです。
一番上の子でも12才ぐらいだろうか、小さくても女の子はおませということなのかもしれない。
とはいえ、僕と妹もまだ14才なのだけど。あ、僕の中身は前世を加算するともっとずっと年上でしたね。
「この年長のお姉ちゃんはマリエルちゃんで、里親さんが決まったのですよ~」
「今まで里親に引き取られていった子達は手紙も送ってこない薄情者ばっかりだったけど、あたしはちゃんとお手紙を書くからさみしくないわよ」
まだ小さな子供達が、さみしくなって泣き出してしまったようで。
それを慈愛の微笑みと共に優しく抱きしめてなぐさめている妹の姿は、まるでそれこそ神話の聖母のようです。
あんな女枢機卿のようなパチモン聖女とは、神々しさが段違いなのですよ。
「あぁ、そんなに泣かないでくださいな。みんなでマリエルちゃんのために、お祝いしてあげましょうね?」
しかし、その蒼く輝く強い意志を秘めた視線を僕に向けてきていて……はぁ、何か気がついたようですね。
まあ、隠し地下迷宮でも常に欠かさず敵モンスターの【鑑定】はするように言っているし、最近は取得したばかりの【直感】スキルが冴え渡っているからなぁ。
それにしても、めんとうなことになりました。
穢れを知らぬ妹が気づいたということは、知らんぷりはできないということです。
コソッと探りを入れるにしても、後で妹に怒られるのは避けたいので、いぶりだす程度にしておきますか。
そういえば【勇者】アーサーくんは……何の遊びか知りませんが、男の子達に寄ってたかって押しつぶされていました。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「う~ん、こんなに早く来るとは。手慣れた感じではあるし、結構頻繁にやってるってことか?」
「お兄様~、すっごく悪いお顔をされてますわよ?」
あの後、孤児院からの帰り道、街中で馬車に乗っていた僕と妹は”強盗”に襲われることになる。
こんなにすぐに釣れるとは、思わなかったというのが本音です。
まあ、今回は敵も単に脅すつもりだけのようだったけど。
さっき女枢機卿に会った時にはキルヴェスニエミ公爵家の名は出さなかったけど、それでも貴族とわかって狙うなど、よっぽど命知らずの強者なんだろう。
という訳で、下位闇魔法【影拘束】であっという間に捕まえた強盗犯達は、馬車の車内で上位闇魔法【漆黒の門】で首から上だけを出すとお話を聞くことにします。
すると、どうも闇カルテルとかいう組織の暗殺部隊で、しかもその幹部だったようです。
奴隷制が法で禁止されているこの王国には、実は一部の好事家のために王都には隠れて奴隷取引をする闇カルテルというものがあったりします。
それは妹の侍女筆頭であるネコ耳ミーアが、かつて闇カルテルで捨てられた違法奴隷だった関係で、ちょっと小耳にはさんだことがあるわけなのですが。
「うぅ、お兄様。あのとき私の馬車で轢きそうになったミーアが逃げて来たのが闇カルテルだったなんて、私ちっとも知りませんでしたわ」
「あ~、うん。まだ小さかったユスティーナには心配かけたくないから秘密にしてほしいって、ミーアが言ってしかたなくね」
眉をハの字にしてすっかりしょんぼりしてしまった、妹のプラチナブロンドの髪をそっとなでる。
きっと馬車の御者台にいて周辺を警戒しているネコ耳メイドのミーアにも、聞かれてしまっていてるだろう。
まったく余計なことをしてくれたものです。
さらに闇魔法で暗殺部隊幹部の視界を奪って丁寧にお話を聞くと、ろくでもないことを自白し始めました。
どうやら今日の昼間に孤児院で妹が話をしていた少女マリエルが、僕達が帰った後、里親に引き取られて行ったらしいのですが、実はその行先は闇カルテルだったみたいです。
しかもその手引きをしていたのが例の女枢機卿で、これまでも何人もの子供達を奴隷として闇ギルドに売り払っていた、最悪の【奴隷商】スキル持ちなのでした。
「神聖な神に仕える聖職者が、何の罪も無い小さな子供達に奴隷紋を刻んで、金のために売り払うなど許されることではありませんわ! お兄様、聞いてます?」
「あ~、ユスティーナ。よく聞こえているからね。あっちは大した戦力じゃないから、弱い者の味方【勇者】に行かせたので心配いらないよ」
細い人差し指を僕の鼻先でブンブン振って怒る妹に、半分だけ逃げ腰になりながら苦笑いで答えます。
すでに孤児院には女枢機卿の身柄を確保するために、あの女の知り合いでもある【勇者】アーサーくんに行ってもらっています。
あの聖母様はどうやら彼の故郷の孤児院でも、かなりの数の子供達を奴隷にして売り払っていて、闇カルテルとの付き合いはその頃からのようです。
子供達が里親に引き取られていった後、どうなったかあのクソ婆には聞かなくてはならないので、間違って殺していないといいのですが。




