第3章1話 ぼっちな勇者
「それでは今日からは、魔法学園が誇る世界で唯一の『試練の地下迷宮』での魔法実技演習となる。
基本的にこの地下迷宮内では死ぬことは無い。死ぬようなダメージを受けると、地下迷宮入口まで自動転移させられるからだ。
それでは各人で2人以上のパーティーを組んでから入口で受付けを済ませて、まずは地下1階層で実戦に慣れるように。
まあ高貴な血族には何も難しいことはないだろうが、その他の者達はあっという間に終了して魔法学園の生徒として恥ずかしい成績とならぬようにな」
いつもの魔法実技の優男教諭が神殿の前に立って、相も変わらず鼻につく演説をしています。
魔法学園の名に恥じず、入学して間もないというのに早くも魔法実技を実戦でレベルアップさせていくという、かなりハードで脳筋な授業方針のようです。
「ではここは入試成績がトップの我々パティーから」
「まあ公爵家としては生徒の代表として手本をみせねばな」
「こんな下級地下迷宮など、我らにかかれば」
ああ、また1-Aの上級貴族家の生徒達から行くようです。
それにしても実家から持ち出したらしいレア級杖や魔法剣を持ってますが、それだけで魔法の威力は格段に違ってくるはずで。
あれでは本人の実力よりも、武器の性能で成績が決定しそうな気がします。
周囲を見ると貴族ではない平民の生徒でも魔法学園に入学するぐらいだからか、高価なレア級武器を金持ちな実家から持たせてもらっているようです。
むしろ決して裕福ではないであろう下級貴族家の生徒達の方が、学園が用意した付与も無い量産武器を使用せざるおえないようで、さっきから不安気な顔を隠せていません。
続々と1-A組の生徒達が『試練の地下迷宮』の入口がある神殿へと消えていく中で、最後にポツンと一人残されたのはやっぱり【勇者】アーサーくんでした。
どうやらパーティーを組む相手がいなかったようで、思わず前世の体育の授業でペアを組めという先生の無神経なセリフが脳裏にフラッシュバックします。
まあ、そんなことが無くても男性主人公のシナリオルートに入るためにも、ここでやることは決まっているのですが。
「アーサーくん、それでは僕達と一緒に行くぞ。それでも良いかい、ユスティーナ?」
「はい。お兄様がご一緒であれば、私は別に」
「……え? でも、俺は――私は1-B組じゃない、ですし」
これまでの例に漏れず次は1-Bの順番だからと、僕が自然なしぐさで妹の手を引いて【勇者】アーサーくんの隣に立つと、当然のようにニヤッと笑って見せます。
元々、僕と二人だけで隠し地下迷宮の攻略を進めていた妹は、今さら他のパーティーメンバーが増えても別に気にしないようです。
急な展開について来れずにワタワタしている【勇者】くんを放置して、振り向きもせずサッサと神殿へと向かうことにします。
「何だ、アーサーくんは不服でもあるのか? ちなみに一人では『試練の地下迷宮』には入れない安全規則らしいから、拒否権は無いぞ?」
「ふふふ、アーサー様。お兄様が一度言い出したら聞かないので、諦めた方がいいですわよ?」
「え? ええっ! ああっ、ま、待ってください。ちょっと~、待ってくださいってばぁ~」
すれ違いざまに妹が悪戯っぽく片目をつむって微笑むと、一瞬で顔を真っ赤にした【勇者】が情けない声を出しながら後を追いかけて来るのでした。
「きゃー、ユスティーナ様の天使のウィンクよ~」
「あの小悪魔な笑顔がキュンキュンしますぅ」
「ふ、ふんっ。なんと悪運の強い奴なのだ」
それにしても1-Aの優男教諭は平民の【勇者】くんがよほど気に入らないようで、最近ではあからさまな嫌悪感を隠そうともしません。
教育者としてそれでいいのか、などと正論を言うつもりは毛頭ないのですけど。
あまりにも妹の婚約解消と断罪エンド回避のために必要な役者である【勇者】くんの邪魔をするようなら、何か考えなくてはなりませんね。
「ん~、いくら初めて地下迷宮に入ったからといっても、『試練の地下迷宮』は初級クラスの中でも更に初心者レベルなんだけどなぁ」
「お兄様、いつもの地下迷宮とは雰囲気がだいぶ違うの……けふんけふん、失礼しました。あそこのことは私とお兄様だけの秘密でしたわね」
「俺……私は実家のある村の近くで、何度か地下迷宮に入ったことがあるのですけど、確かにこことは雰囲気が全然違ってましたね」
神殿の祭壇の後ろにある階段を下りて『試練の地下迷宮』に足を踏み入れたのだが、そこには先に入って行ったはずの1-A組の生徒達がところせましとイモ洗い状態だったのです。
どうしてこんなことになっているのかと石畳の回廊を進んで行くと、一番最初に入った学年トップのパーティーがレア級杖や魔法剣をやたらと振り回しているのに遭遇する。
のだけれど、これが驚くほど、ちっ~ともモンスターに当たらないのだ。
「……下手くそ。このせまい回廊でどうやったら外すんだよ。しかも相手、スライムだぞ?」
「あ~、お兄様。あれは色々とレベルが足りていないみたいなので、単にレア級武器に振り回されているだけようですわねぇ」
「確かにその通りですね、ユスティーナ様。自分のレベルにあった武器を使わないから、あんなことになるんだ」
まあ【剣製】スキルで聖剣を作ってしまう【勇者】くんなら、自分のレベルに合わないなんてことはないのだろうけれど。
それにしても、こんなとこでいつまでも無駄な時間を使っている訳にはいかないので、しかたがない。
上位闇魔法【漆黒の門】を起動してから妹の手を引くと、戦闘エリアの先へ転移してバイパスすることにします。
「ほら、ユスティーナ。満員電車の渋滞解消をするので、僕と一緒に来ていただけますか?」
「そうですわね。せっかく頑張っておられる皆様のお邪魔をしなよう、私達は一足お先に失礼しましょうか。
ところでお兄様、その”満員電車”って何ですか?」
「え? うそ……エルネスティ様、それって転移門ですか?」
そうして僕達三人は一足先に、それほど広くないマップしかない地下1階層のボス部屋の前まで転移してしまう。
「あら、エルネスティ様とユスティーナ様達が今、消えたような」
「さっきまで、そこにいらしたわよね?」
「まさか、エルネスティ様って転移魔法が?」
「うそぉ~、転移って王宮魔術師でも難しいって言うわよ?」
さっきから1-A組の2番目以降のパーティーはずっと何もすることが無いので、すでに呑気に観光気分のようでした。
「バカなっ、学年トップの我々よりも後から地下迷宮に入った平民のお前が、どうして地下10階層をクリアしているんだ!」
「そうだよ、アーサーくん。不正はいけないね。そんなことだと、担任教諭の私もかばい切れないよ?」
「えー……やっぱりこうなりましたか。でもほら、学生カードにもちゃんと階層踏破履歴が残ってますよね?」
昼食の時間が近くなったので、ボス部屋の奥の転移魔法陣で入口まで帰ってきたのだが、1-A組の方で何やら揉め事のようです。
どうも生徒達が帰還してクラス別に到達階層を報告していたところ、【勇者】アーサーくんの達成記録に学年トップのパーティーメンバー達が難癖をつけているようです。
それどころか優男教諭もハナから信用していないようで、平民に対してよい感情を持っていないこともあってか、この機会に出る杭を徹底的に打ち込むつもりなのかも。
正直、そんな稚拙な思考の大人の相手をするのは不愉快極まりないのですが、男性主人公シナリオルートの要である【勇者】くんが『試練の地下迷宮』の下層で効率の良い経験値稼ぎができなくなるような事態は論外です。
そんな訳で本当にしょうがなく、心の底からマジで嫌々ですが口を挟むことにします。
「何です、魔法学園の学生カードの履歴に問題でもあるのですか?」
「こ、これは、エルネスティ……くんか。いや、この平民が不正な方法でデータ改ざんして成績を誤魔化そうとした可能性があるのだ。
でなければ平民風情が1回目の『試練の地下迷宮』攻略から地下10階層になど到達できる訳がない。
このような残念な結果になり、1-A担任教諭としてこの私も不本意ではあるが、不正をしたこの生徒には厳重に罰を与えるしかないな」
急に四大公爵家の僕が出て来たからか、権威に極端に弱い優男教諭は半分腰が引けたようになって、立て板に水を流すようにペラペラと持論をのべ始めます。
まったくこんな男がよくもまあ、魔法学園の教諭などになれたものだ。もしかしなくても、王国って人材不足なのかも。
「何を言っているですか。担当教諭のあなたも私達とアーサーくんが、一緒にパーティーを組んで地下迷宮に入ったのは入口で確認していたでしょう?
その私とユスティーナが地下10階層をクリアして来た、と報告しているのです。
まさかとは思いますがキルヴェスニエミ公爵家の私と妹が、姑息な手段で達成記録を改ざんしたなどと言うつもりではないでしょうね?」
「ひっ、め、滅相もないです。決してそのようなことは……た、ただ、先頭で攻略していた私の生徒達が追い抜かれた記憶が無いと言っているので、それで」
真っ青な顔になってボタボタと冷や汗を流し始めた優男教諭は、しどろもどろになりながらも成績トップのパーティーメンバーを引っ張り出してきて言い訳を始めます。
「それがどうしたというのです? 地下迷宮の攻略ルートはひとつだけではないし、それをバイパスする方法はいくらでもある。そんなことは常識でしょう?
まさかそんなことも知らずに宮廷魔術師が開発した、改ざん不可能と国家認定されている学生カードの記録に異議を申し立てていたと言うのですか?
フフッ、よっぽどあなたはご自身の才能に自信があるようですね。
しかしつい最近も魔法学園長が突然のように更迭されたばかりとも聞いていますので……あなたもこの学園を去るようなことに、ならないと良いのですが?」
「ひっ、ひぃいいいいっ! わ、私ごときが、宮廷魔術師殿に異論など申すはずありませんし、この学園を首になりますと……私の一人娘が」
ちょっと脅し過ぎたのか、最後は泣きそうになりながら可愛い一人娘の話まで始めてしまう優男教諭さん。
それを見ていた学年トップパーティーのメンバー達も、口を開けたまま唖然としてしまっていて。
その姿は崇高な血筋であるところのお貴族様には、ちっとも見えませんけど。
まあ、これで平民とはいえ【勇者】アーサーくんとキルヴェスニエミ公爵家の僕と妹が、パーティーを組んでいるということが何を意味するのか、ここにいる全員が理解したと思うので、これからは余計な邪魔は減るでしょう。
するとその時、妹が僕の二の腕を引っ張るように可愛い顔を寄せてきて、そっと耳元に吐息と共に小さくつぶやくのです。
「また、お兄様ったら。すっごく悪い顔をされていますわよ?」
「えー、そんなことないよ~? ねぇ、アーサーくんもそう思うだろ?」
「い、いえ。俺……私もさっきのエルネスティ様、とっても怖かった。です」
なんでさっ、裏切ったな!




