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僕の妹は悪役令嬢  作者: 珠乃 響(ゆら)
第2章 ヒロインは聖女
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第2章7話 不穏な学園(下)


「それでこのような場所に何の御用ですか?」


「はい、この機会にユスティーナ様には王太子殿下の婚約者からご辞退いただこうかと」


 魔法学園に入学する前に戻ったような極寒の微笑みを浮かべたユスティーナは、やはり凛とした立ち姿で優雅に二人の女生徒達へと振り返る。

 しかし最近まで公邸から一歩も出ずに、外界の全ての悪意から護(まも)られていた深層の令嬢にとって、見るからに害意を隠そうともしない邪悪な笑みを浮かべた上級生が怖くない訳が無かった。

 

 そんなパーソナルスペースへの要求が極端に広いユスティーナの領域を浸蝕するように、名を何と言ったか金髪の貴族令嬢がニヤニヤした笑顔を近づけて来る。

 薄暗い体育倉庫の中には金髪の貴族令嬢が一歩踏み出すごとに、窓から差し込む夕日に埃(ほこり)が宙に舞う。


「だって~、もう王太子殿下はユスティーナ様にご興味が無さそうですし? まあ、あの元平民の女はこの私が王太子妃になったあかつきには、妾にでもしてやることにしますわ」


「あ、あの~、私はこのへんで」


 もうひとりいたブルネットの貴族令嬢は、さっさとこの場から逃げようと視線をキョロキョロとさまよわせる。

 しかし、金髪の貴族令嬢に首根っこをつかまれて逃げることができないでいた。


「あんたはまだここにいるのよ。だいたい、あんたがユスティーナ様をこんな場所に呼び出したんじゃないのよ?」


「ひっ、そ、それは……だって、そうしないとお父様が」


 そんなブルネットの貴族令嬢を押さえつけると、金髪の貴族令嬢が空いている手を優雅に広げて朗読でもするように演説を始める。


「そもそも社交もできないうえに成績もBクラスのユスティーナ様じゃ、王太子妃には相応(ふさわ)しくなかったのです。そんなことだから、元平民の女なんかに王太子殿下をとられてしまうのですわ。

 そうだ良いことを思いつきましたわ。王家とは契約があって公爵家からは婚約解消しづらいでしょうから、ユスティーナ様の方から婚約破棄を申し入れやすくして差し上げます。ふふふ~」


「おい、もうそろそろいいか? 待ち切れないんだけどさ」

「なぁ、マジでユスティーナ様をもらっていいのか? ひゃー、マジかよ!」


 無駄に長い演説に飽きたのか、体育館倉庫の奥の物陰から上級生と思われる大柄な男子生徒が二人姿をあらわす。

 二人共、げへへ~と好色そうないやらしい笑いをうかべて、ユスティーナの豊満な胸元や腰にねっとりとした視線をまとわりつかせている。

 そして待ち切れなくなったようにズボンのベルトを外すと、その筋肉質で大きな身体を覆いかぶせるように両手を上げて、ユスティーナに向かって近づいて来た。


「もう、先輩ったら。そんなにガッツかなくても、ユスティーナ様は逃げませんわよ。ねぇ。ユスティーナ様が傷物になれば、婚約解消しやすくなりますでしょう? ふふふ、よかったですわね? お二人で前と後ろからお相手をしてくださるようですわよ?」


「そうですか。これで【探索】魔法にかかっていた、全ての人達の配役が分かりましたね。

 そろそろ大人(おとな)しくクローエを返してくれるのであれば、今なら不問にすることもできますが……あぁ、遅かったようですね」


 それまで凍り付いたような微笑みを張り付けて気丈にふるまっていたユスティーナが、この賊達が自分に何をしようとしているのかを理解して、その嫌悪感から思わず身体を強張らせるが。

 次の瞬間にはホッとしたようにわずかに微笑むと、同時に少しだけ残念そうに眉を下げる。


「ふんっ、そんなに握った手を震わせて何を言ってるのよ。だいたい、気に入らなかったのよ。王太子の婚約者ってだけでなく、あの【漆黒の公帝】エルネスティ様まで侍(はべ)らせてへぶらっ」


「……あ」


 腰の前で爪が食い込むほどに固く両掌を握り締めていたユスティーナの目の前に、漆黒の闇が現れた瞬間、その中からエルネスティが飛び出してきて、金髪の令嬢を体育館倉庫の壁まで蹴り飛ばしていた。

 そして気がつけば、その少しだけ背の高い細身の身体で包み込むように温かく抱きしめられていたのだった。


「……あぁ、ユスティーナ。無事でよかった。本当によかった」


「あぁ……、本当にお兄様なのですね?」 


 それまで張り詰めていた何かがあっという間に氷解するように、ユスティーナの震える唇からため息のような吐息が、首筋に顔をうずめたエルネスティの耳元に漏れる。

 だから確かめるように抱きしめられたその大きな背中にぎこちなく華奢な両手を回すと、震える手でしっかりとワイシャツが皺(しわ)になるのも構わず縋(すが)りつくように握り締めるのだった。


 

◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁ~、ユスティーナ。うん、ケガは無いようだな。だからひとりで知らない人について行ってはダメだと、あれほど言ったろう? 帰ったらお説教だからね?

 あぁ、こんなに震えてしまって。どんなにレベルがあがっても、たったひとりで怖くない訳がないじゃないか」


 僕が上位闇魔法【漆黒の門(ダークゲート)】で転移して来て、勢いで何かを蹴り飛ばしたようだけど、振り向きざまに妹を見つけると思わず抱きしめてしまっていた。

 その柔らかく温かい身体と甘く香る匂いに、大きくため息をつくとようやく落ち着いてきて、それを誤魔化すようにマシンガンのように叱(しか)り始めてしまっていました。

 ギリギリだったけど、何とか間に合ったようです。もう、こうゆうのは本当に勘弁してほしいなぁ。


「う……だって、錬金術学でクラスメイトのクローエが攫(さら)われてしまって。ひとりで呼び出されたので仕方なく。お兄様、ごめんなさい」


「あぁ、それでか。じゃあ、こいつらから話を聞かないとダメってことなんだな。チッ、それじゃ殺しちゃダメなのか、めんどうな」


 今にも泣きだしそうに眉をハの字にした妹の、プラチナブロンドの髪をそっとなでて「よくやった」と褒(ほ)めてから、もう一度心を落ち着けます。

 よく見なくても、がんばって気丈に取り繕(つくろ)ったのだろう妹の綺麗な蒼い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいました。


 この世界で一番大切な妹をあろうことか泣かせてくれやがったのだ……さあ、このクソ餓鬼(ガキ)共はどうしてくれようか。

 そうして妹を背中に隠すようにゆっくりと振り向くと、ズボンを半分おろした男子生徒二人と女子生徒二人がビックリした顔で唖然(あぜん)としていた。


「え、エルネスティ様、どうしてここに?」

「うそ、いったいどこから」

「何だよ聞いていた話と違うじゃねぇか!」

「バ~カ、たったひとりの一年坊主になんかビビるなよ」


 それでもようやく我に返ったのか、男女四人が余計なことを口々にわめき始めるので……うるさい。

 漆黒の髪が揺らめくほどに大量の魔力を周囲に滲(にじ)むように漏らした僕は、耳まで裂ける三日月のように口元を歪(ひず)ませると、地獄の指揮者のように右手をあげて無常に振り払う。


「まずは、失(う)せろ……話は後でいいや」


「「「「ぎゃぁ!」」」」


 先にこの埃(ほこり)っぽい体育館倉庫から出ようと思い立ち、男女四人の足元に上位闇魔法【漆黒の門(ダークゲート)】の魔法陣を展開して、漆黒の落とし穴に突き落とすように放り込んで逃げられないようにしておく。

 スキルカンストしているので、実は一度に四並列処理が可能だったりします。えへん。


「あら? お兄様、彼女達をどこに送りましたの?」


「ん? ユスティーナも行ったことのある、隠し地下迷宮(ダンジョン)の地下1階だよ。地下2階から先は無理だけど、地下1階なら転送できるんだ。あそこはホフゴブリンしかいない階層だから、死にはしないだろう?」


 最近発見した裏技を、ちょっとだけ妹に自慢してみます。

 しかし、眉を寄せた妹がサクランボのような唇を少しだけ尖らせて、細い人差し指を僕の目の前でフリフリさせます。


「もう、お兄様ったら。最初の時は、私もお兄様に護(まも)っていただいたじゃないですか。あのような初心者レベル程度の四人では、長時間の生存は難しいと思いますわ」


「お~、ちゃんと【鑑定】スキルで敵のレベル確認していたんだな。えらいぞ~。

 でもさぁ、ちょっとだけ手が滑って何人かは死んじゃっても、この際いいんじゃないかなぁ~、って嘘です。すみません。殺したりしません、マジっす」


 無言で頬を膨らませて蒼い瞳が僕を睨(にら)みつけて来るので、あっさりと掌(てのひら)を返してしまいます。

 ついさっきまで怖い思いをさせられていたというのに、凶悪犯達の命の心配をする天使な妹なのでした。

 それでもきちんと自分と相手のレベル差をチェックしていて、パワーレベリングした今の妹の実力なら危険は無かったとはいえ、肝が冷えたのは事実なのです。

 まあ、こんなバカなことを考える割には、犯人達は魔法阻害の魔道具まで用意していたようなので、絶対に慢心はダメですが。

 

「それじゃぁ、ユスティーナ。お説教もあるし帰ろうか?」


「あうぅ……お兄様? できればお説教はクローエを助けてからにしていただけると、わきゃっ」

「うわぁああああん、お嬢様~。ずびばぜん~」


 あぁ、そういえば置き去りにしたネコ耳メイドのミーアがやっと追いついて来た。涙と鼻水で顔がすごいことになっています。

 まったく……肝心なとこで何故(なぜ)かポンコツなこのネコ耳メイドは、護衛としての教育をもう一回やり直さないとダメかなぁ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぐすんぐすん、お嬢ざまぁ~。ごぶじでよがっだでずぅ~」


「もう、ミーア。私は大丈夫ですよ? お兄様がちゃんと助けに来てくださいましたから」


 あの後、すぐさま転移で公爵公邸にお兄様に送り届けられてから、まずは埃(ほこり)を落とそうと湯浴みのため大きな大理石の浴槽に浸(つか)かっているのだが。

 さっきからメイドのミーアが側に引っ付いて、ちっとも離れようとしない。

 まあ主人として命令した結果とはいえ、ミーアにとっては心臓が縮み上がるような思いだったようで、友達を助けるためとはいえ申し訳ないことをしてしまった。


「次からはミーアもお連れくだざいねぇ~? 絶対でずよぉ~?」


「はいはい、分かりましたよ。でも、こんな私でも、お友達の危機に立ち向かうことができたのでしょうか。

 お兄様はよくやったと褒(ほ)めてくださいましたが……」


 ずっと引きこもりだった自分にも、誰かのために何かができるのであれば。

 あの優しいお兄様がこんなダメダメな自分にしてくれたように、何か少しでも恩返しができるのであれば。

 がんばって、ちょっとだけでもがんばって。

 そして格好よくて素敵な兄様には全然届かないだろうけど、ちょっとだけ褒めてもらえるなら……がんばろう。


「……わ、私ったら。何を」


 とっても怖かったけどお兄様に褒めてもらえたことを思い出しただけで、思わず頬が赤くなってしまったユスティーナは、プクプクと鼻から下を湯船に沈めてしまうのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 結局、疲労を隠せない妹をぽんこつネコ耳メイドのミーアと共に公邸に帰宅させてから、僕がひとりで隠し地下迷宮(ダンジョン)の地下1階へと転移して来たのだが。

 ようやく実行犯四人を迎えに行った頃には、男子生徒二人は手足があさっての方に折れ曲がっていて、ホフゴブリンにオカマを掘られていた。


 女子生徒二人も似たような感じでどうやら人格が壊れちゃったみたいだけど、元々、自分達が妹にやろうとしたことをやり返されただけなので文句はないはずです。

 まあ、四人共とりあえずは約束通りに命だけは無事なので良しとしよう。うん。


 まだかろうじて言葉が話せる男子生徒のひとりから、攫(さら)われたクローエの監禁場所を聞いて助けに行ったら、女子トイレの個室に手足を縛られて閉じ込められていただけで、他に酷い目にはあっていなかったのは不幸中の幸いでした。

 手足に縄で縛られたスリ傷があったクローエには、天使の妹が【錬成】した上級ポーションを渡してから、公爵家の馬車でタクシー代わりに自宅まで送っておきました。

 

 結局、主犯の金髪の貴族令嬢は妹を傷物にすることろを魔道具で録画していたらしく、その一部始終をゴミ屑のようになった四人と一緒に王城へ届けておいた。

 だって四人の名前も自宅の住所も知らないのだから、しかたがありません。


 翌朝早くに国王から直々に手紙が来て、昨晩のうちに学園長を呼びつけて辞職させたと書いてありました。別に会ったこともない役立たずな学園長は、どうでもよかったのですが。

 男女四人については、全員がそれなりの貴族位の家だったらしいのですが、当主は交代して慰謝料代わりに財産は没収、家族全員が王都から追放されたらしいです。

 だから四人共、魔法学園は自主退学扱いとなったみたいで、もう二度と妹の前に姿を見せることはないでしょう。


 後日、妹が眠りについた後に、夜遅くなって帰宅した父に執務室へ呼ばれると、国王が心配していたと言うので。

 僕も国王が約束を守ってくれないと、また手が滑っていらないゴミ屑を捨ててしまいそうだと言ったら、父は泣きそうな顔をしていました。


 ああ、でも今回の誘拐暴行未遂事件の顛末については、わざと妹の冒険譚として魔法学園の全校生徒に知れ渡るようにしておきました。

 だから僕の妹であるキルヴェスニエミ公爵家のユスティーナに手を出せば、たとえ貴族位であろうとどうなるか身にしみて分かったはずだ。


 これで妹にちょっかいをかけてくる輩(やから)が減ることになるのだから、ちょうどいい具合に身体をはってくれたあの四人も、ちょっとは役に立ったというものです。

 元もったいない国出身としては、例えいらないゴミ屑だったとしても、エコに有効活用しないとね。


「お兄様、また何か悪いこと考えていますね?」


「え? い、いや、そんなことはないよ? ホントだよ、ユスティーナ?」


誤字報告いただき本当にありがとうございます。ご指摘いただいた誤字について修正いたしました。読み辛くて申し訳ありませんが、残りの一部については再確認を進めていますのでもう少しお時間をください。

これで第2章が完了しました。ここまでお読みいただきありがとうございます。

第3章からは勇者がもう少しがんばりますので、できれば引き続きよろしくお願いします。

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