第2章6話 不穏な学園(上)
「ちぇすとおおおおおっ!」
示現流の打ち込みもかくやと思われるような最速の突きが、一瞬で僕の喉元めがけて迫り来る。
でもその迷い無く一直線過ぎる銃弾のような軌道には、必殺であるがゆえに、まるでその一点以外が避ける隙だと言っているようで。
あっさりと紙一重で躱して懐に潜り込むと、僕はそのまま相手の喉元に刃引きの剣先をピタッと寸止めしてみせる。
すると信じられないものでも見るように茫然とした騎士団長子息のゲルハルトが、結局一合も交わすことの無かった刃引きの大剣を取り落として膝をついてしまいます。
「……ば、バカな」
「「「おおおおおーっ!」」」
「「「きゃあぁぁー!」」」
赤い短髪をがっくりと下げてつぶやくその声も、武闘場に集まった男子生徒や女子生徒達の歓声で掻き消されていきます。
ていうか、バカはお前だ。
大事件となった新入生歓迎舞踏会から週が明けて登校してみると、学園全体に落ち着かない雰囲気が漂っていました。
まあ、王国の次期国王となるはずの王太子がその権威を失墜させるには十分だったので、特に敏感な貴族の子息や令嬢達はパワーバランスの読み合いに加えて、構成派閥の見直しに躍起になっていようで。ご苦労なことです。
そんな訳で当然のように頭の悪い輩は、真っ先にこの空気に耐え切れずに暴走することになります。
週初めの午前中にあった武闘実技の授業では、初回ということもあってか最上級生による見本実技演習があった訳ですが。
そこで先の新入生歓迎舞踏会では護衛対象である王太子を護ることができないばかりか、自身も【魅了】の被害者と成り果てていた脳筋武闘派代表の騎士団長子息のゲルハルトが、逆恨みなのか僕を指名して武闘実技の実演をしたという訳です。
というか、謹慎はどうしたんだ。
「お疲れ様です。やはりお兄様は凄いですね。入学したばかりだというのに、学園卒業前から近衛騎士団への入隊が内定しているゲルハルト様を、一撃の下にくだしてしまわれるのですから。まるで伝説物語の英雄のようです~、ふふふ」
「ありがとう、ユスティーナ。あちゃ~、あんなんで王家を護る近衛が務まるのか?」
初夏の向日葵のように嬉しそうな笑顔の妹からタオルを受け取ると、ほとんど汗はかいていない顔を拭きながら、あっちから喧嘩を吹っかけておいて掠りもしないってどうなってるのよと、思わず国王から再教育を命じられた騎士団長の苦労がしのばれるでした。
まあいくら三年生と言ったって、しょせんは大した実戦経験も無い見習い騎士レベルに毛が生えた程度なのだ。
仮にも【剣術】スキルがカンストして達人級の僕が、そんな下っ端に遅れを取るわけにいかないのです。
しかしいくら頭の中が空っぽなバカとは言え、こうもあからさまにキルヴェスニエミ公爵家に対して舐めた真似をしてくれるとは。
まだ【魅了】から抜け切っていない訳ではないのだろうに。
このままでは今回の悪影響が学園内に伝播するのは、想定していたよりも意外と早いかもしれません。
こんな脳無しに謹慎だけなんて甘い処分に留めた国王には、念のために言っておいた方がいいのでしょうけど。
はぁ~、まったく女性主人公は余計なことをしてくれたものです。
やっぱりまとめて消し去っておけばよかったでしょうか。
まあ、それをしなかった僕もたいがい甘いのかもしれませんが。
大きなため息をついてガックリ肩を落としていると、銀縁メガネをかけたインテリ風イケメンが、いかにも困ったという苦笑をうかべてわざわざ話しかけて来る。
「まったく……自分の実力も理解していない、ただ無駄に年を取っただけの愚鈍な輩には困ったものですな。
この機会に、ユスティーナ様もそろそろご自身のお身の振り方を見直されたらいかがでしょう? 私も微力ながらご協力させていただく所存でございます」
その言葉の意味をすぐに理解した妹は、チラッと僕に視線を向けてくるので軽く頷いてみせる。
すると流麗な仕草で頬に細い指を添えた妹は、かすかに困ったように小首を傾げて優雅に微笑みを浮かべます。
「身の振り方ですか? お兄様、私ったらこのような見知らぬ紳士にまでご心配をおかけしていたようですわ。あぁ、そう言えばどちらの貴族家の方でらしたかしら? 失礼ですが、どこでご挨拶したか覚えがありませんの」
「うっ……いえ、失礼いたしました。わ、私、ポワンスレ伯爵家の嫡男でマクシムと申します、どうかお見知りおきを。そ、それでは今日のところは、私はこれで」
そんな安いインテリ風イケメンの空気を読めない薄っぺらな苦言など、公爵家令嬢で長年に渡って王太子妃教育を受けている妹には路傍の石以下だったようで。
何を勘違いして分不相応に奢ったのか知らないが、インテリ風イケメンは背中を丸めてすごすごとお引き取りいただくことになってしまうのでした。
それを耳をダンボにして聞き耳を立てていた淑女達も、武闘場によく聞こえるコソコソ話を始めてしまう。
「まあ、私達のユスティーナ様に何て口の利き方かしら?」
「うわぁ、身の程知らずはどっちよ?」
「それにしても、ユスティーナ様のキリリとした優雅なお振舞はステキねぇ」
「あぁ、あの天使の鉄槌……私も罵られたい」
しかし言ってるそばから王太子との婚約について、継続するとの国王の発表があったばかりだというのに、その解消を視野に入れた貴族達の駆け引きが始まっていた。
チッ、このままでは妹に危害が及ぶことは確実だろう。
本当に【聖女】マリアと王太子は余計なことをしてくれた。
どうしてくれようか。やっぱり消そうか?
「むぅ~、お兄様。何か悪いことを考えてらっしゃいませんか?」
「うおっ、ユスティーナ。そ、ソンナコトハチットモアリマセンヨ。ははは~」
余計なことを考えていたら、いつの間にか目の前に妹の綺麗な蒼い瞳が覗き込むようにしてあって。
ちょっとだけ眉間に可愛くしわを寄せた妹から、思わず逃げるようにカタコトで言い訳をするのでした。
「あぁ、エルネスティくん。君には夏休み前の武闘大会に出場してもらうから、そのつもりで」
「え、嫌ですよ」
ボケッと考え事をしている間に、元騎士団員で筋肉マッチョな武闘実技の担当男性教諭が何か余計なことを言い始めるので、軽く切り捨てておく。
大切な妹との貴重な時間を、そんなつまらないことで浪費する訳がないのです。
「ええ~、何でかね? と言うか、三年生のトップの実力者を倒すエルネスティくんに出場してもらわないと、担当教諭の私が困るのだよっ」
「まあ、エルネスティ様ったらどうして?」
「ぎゃ~、エルネスティ様の雄姿が見れないなんて~」
筋肉マッチョな担当教諭だけでなく、周りの女子生徒達までがなぜかブーたれてきます。
知らんがな。これ以上、面倒ごとを増やすんじゃない。
「まあ、お兄様っ。武闘大会に出場されるのですか? お兄様ならきっと優勝なさいますわ。私も応援しますので、がんばってくださいね?」
「先生、よろこんでその武闘大会とやらに出場しましょう。
ユスティーナ、この僕にまかせておきなさい。必ずや兄の格好のよいところを見せてあげるからね」
チョロかった。
「そうかっ、よし! 担当教諭としての私も助かるよ。じゃあ、エルネスティには近いうちに武闘大会の出場説明会に出席してもらうからな」
「きゃぁ~、エルネスティ様ったらユスティーナ様の一言で一発ですわ」
「ホントホント、あのチョロさがまた可愛いのよねぇ」
「やったぁ~、エルネスティ様の筋肉が、大胸筋が、腹筋が……あ、鼻血が」
うるさいよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「チッ、何だってこんなに時間がかかるんだよ。武闘大会のレギュレーションなんて、今から確認しなくてもいいだろうに」
例の武闘実技の担当男子教諭に放課後にまで呼び出されてしまい、武闘大会とやらの予選のための説明会に参加させられていた。
どうやら王国じゅうの学園が地方からも参加する大々的な全国区の対抗戦だったらしく、魔法学園の代表を決定する予備戦が事前に開催されるらしいです。
魔法学園なのに攻撃魔法が禁止されている武闘大会とは、これいかに。
何だってこんなめんどくさいことに。やっぱりやめておけばよかったかも。
今はそんなことよりも、早く教室で待っている妹のところに戻らなくては。こんなにも時間がかかるのが初めから分かっていれば、先に公邸に帰していたのに。
あれから数日が経過して徐々に王太子との婚約について、あることないことを含めて推測や憶測が学園中に飛び交うようになり、妹の周辺はとても楽しい学園生活とはいえない状況になっています。
肝心の王太子はと言えば、かなり国王と王妃に怒られたようで、ここしばらくは廊下や食堂で見かけても声をかけて来なくなりました。
今回の元凶である【聖女】マリアは国王の宣言通り、全ての精神干渉系魔法を封印され、同時に呪術刻印を刻まれてジェルヴェーズ公爵家の養子となっていた。大貴族の養子縁組としては異例の早さだったようです。
ただ、学園内では王太子が【聖女】のめんどうを見ることになっているからか、二人で一緒にいるのを見かける機会が多くなっています。
それが変な噂に拍車をかける結果となっており、おかげで妹に余計なちょっかいをかけてくる貴族の子息と令嬢が増えて実は困っていた。
今も僕がいなくなってからたった10分やそこらですが、妹のそばには何人かの人影が【探索】魔法で検出されています。
でも、あれ? どうしたことか、妹が教室から移動しています。
しかも、校舎から外に出たようです。こんなことは今までありませんでした。何か悪い予感がします。
「エルネスティ様! ここにおられたのですか?」
「ミーアっ、どうしてここに? ユスティーナはどうした? まさか、ひとりにしたんじゃないだろうな?」
本来は校内での無許可の魔法行使は校則で禁止されているけど、めんどくさくなって【身体強化】で廊下を走って戻ろうかと考えていると、ネコ耳メイドのミーアが早足でやってくるではありませんか。
しかも、ユスティーナの周辺で魔法阻害が発生しているのか【探索】魔法が急にラグっています。
「それが、ユスティーナ様からご伝言が。どうしても外せない急な用事ができたので、しばらく教室でお待ちいただきたいとのことで」
「この馬鹿ネコ!」
次の瞬間、校則なんか無視して上位闇魔法【漆黒の門】で妹のいる――これは体育館倉庫か! へと、侍女のミーアをその場に置き去りにしてひとりで転移していた。




