第2章5話 初めてのデートは
「ふふふ、お兄様、お兄様。これ見てください。可愛い子猫のブックストッパーですよ? まあ、素敵なウサギの栞もありますわ。ほらほら、こっちには子犬の絵のブックカバーも」
酷い目にあった新入生歓迎舞踏会から一夜明けた週末の休日に、僕は普段あまり公邸から出ない妹を連れて、王都で最大のショッピングアーケードへとやって来ています。
平日の妹は王太子妃教育に弓道部、錬金術学の共同課題、副委員長の雑務に加えて隠し地下迷宮でのパワーレベリングで、全くと言っていいほど休み無しの働きづめなのです。
その原因の一端はもちろん僕にもあるのですが、これではお年頃の女子生徒らしい楽しい学生生活が送れていないのではないかと。
前世の記憶を取り戻したので今世と歳を合計すると二十歳をとうに過ぎている僕が言うのも変な話ですが、青い春と書く時代は今だけなのです。ふんす。
という訳で妹の大切な今この時を楽しんでもらえるようにと、ずっと箱入り娘で見る機会も無かった王都の街並みを買い物をしながら二人で散策しています。
いや、大好きな妹とデートをしたい訳では決してないのです。ホントですよ。
「じゃあ、この雑貨屋に入ってみようか。何か気に入ったものがあれば……そうだな。昨日、二人で踊った記念に僕がプレゼントするよ」
「わぁい、本当ですか? あ、でもでも私もお年玉を貯めているので、お兄様は無理をなさらないでくださいね?」
そう言って嬉しそうに微笑むと、ピョンと雑貨屋の中へと軽いステップで入っていく。
そんなどこにでもある店で楽しそうに雑貨を見ている妹は、今日は公爵令嬢と一目では分からないようにと、白い半袖のワンピースにニットのシースルーなロングカーディガンを羽織って、白い皮ひものヒールサンダルを履いています。
つばの広い帽子からは腰まである銀糸のようなプラチナブロンドの長髪が、店の入口からそよぐ春風にサラサラと揺らめいているのでした。
「お兄様、プレゼントありがとうございます。ずいぶんと悩みましたが結局このペンケースにしてしまいましたわ。
くっ、この銀狐のデザインが可愛い過ぎるのがいけないのです……しかも、お兄様とお揃い、 ふふふ」
「まあ、いいじゃないか。これから毎日の授業で使うのだから、ユスティーナがお気に入りの方がいいだろうし? 逆に僕も黒狐のペンケースをプレゼントしてもらったから、明日からの授業で使うのが楽しみだよ」
満面の笑みでちょっとだけなぜか悔しそうに、小さな紙の包みを胸元に大事そうに抱えた妹の、もう片方の手をつないで二人で広いアーケード街を歩いています。
もうすっかり表情豊かに怒ったり笑ったり拗ねたりするようになった僕の妹は、ついこの間までの表情乏しく蒼い瞳をくゆらせていたとは思えないほどです。
ひとつ間違えると危険を伴う可能性もあった魔法学園への入学は、決していいことばかりでは無いかもしれないけど、それでも天使の笑顔を取り戻した妹のためにならば何ものからも守ってみせよう。
「まあ、お兄様。ここはハンター装備の専門店ですわ。初めて見ました」
「そういえば魔法学園の制服のまま隠し地下迷宮を攻略していたけど、ちょうど地下10階層を超えたとこでもあるし、そろそろ本格的な装備をそろえようか?」
「えっ、良いのですか? わぁ~い、お兄様。早く早く~」
広いアーケード街でウィンドウショッピングをしていると、魔法が付与された戦闘装備を販売している防具専門店がありました。
実は魔法学園の制服も低位の【物理防御上昇】や【魔法防御上昇】などが標準で付与された、いわゆる量産型魔道具の一種だったりします。
それは魔法実技や武闘実技などいくつか実戦を想定した授業があるためで、必要最小限度の安全が確保できるように用意されているからです。
一方このようなハンター装備の防具専門店では、そのほとんどがカスタム製品で当然そのお値段も、仮想ゲーム内ですらビックリするほどなのでした。
そうは言っても、いつまでも量産型装備ではいつか限界が来るのは当然のことなので、大切な妹の安全のためにもここでレベルに合わせたカスタム装備をそろえておいて損はありません。
「ユスティーナが気に入った装備があれば、この前、隠し地下迷宮の魔導書でスキル獲得した【鑑定】で確認してみて、ほしい性能に店でカスタマイズしてもらえばいいからね」
「はい、お兄様。うふふ~、これで私もハンターの仲間入りですね? 実は私、ハンターが主人公の冒険物語が大好きなんですよ? 仲間と力をあわせて悪い竜や魔王と戦うんです、ふふん」
女性ハンター装備のコーナーで蒼い瞳をキラキラさせてそんなことを言う妹は、どこから見ても英雄の冒険譚に心躍らせ夢見る年相応の少女でしかないのでした。
あ~ぁ、でも今の妹の14歳って確か前世で言うところの、厨二病が流行っているお年頃だったような気が。
いや、家の妹に限ってまさかね。
「まあまあ、なんて見目麗しいお嬢様なんでしょう。来たわっ、来た来たぁ~! ちょっとこちらにいらして、この私にトータルコディネートさせてくださいませ!」
「え? あ、お兄様ぁ~、わきゃぁ~」
何だかすごい美人の店員さんに捕まった妹が、ちょっとだけ情けない声でドレスルームに連れ去られてしまった。
まあ、普段から公爵公邸に洋裁工房のデザイナーを呼んでオートクチュールのドレスを仕立てたりしているし、相手も女性だからひとりでも大丈夫だろう、たぶん。
それでも万が一にそなえて【探索】スキルで妹の居場所は常に確認できているから、この間に僕も自分のハンター装備を適当に見繕っておくとします。
あ~、そういえば購入代金の請求が公爵家に回ると、心配性の両親が追及してきてうるさそうだからなぁ。ちょっと考えますか。
「じゃじゃぁ~ん。どうです、この私の渾身のフルコーデは!」
男の買い物なんてモノの10分で終わってしまって、あまりにも暇なので装飾系の魔道具を見ていると、超ドヤ顔の美人店員さんがドレスルームのカーテンを勢いよく開け放つ。
「お、お兄様、いかがでしょうか? ちょっとスカートが短い気がするのですが……」
すると何ということでしょう。
そこには、パールホワイトで全身統一されたこの世の天使が降臨しているではないですか!
その豊満な双丘を保護する白銀の胸当てに、腰まである長めのハンギングスリーブがマントのようにも見え、でも細い腕が露出しないようチュールスリーブが透けています。
ペプラムスカートは太ももから膝上までの裾がフリルになっていて、激しく動いてヒラヒラしても大丈夫なようです。
細く長い脚には膝上丈スカートとの隙間にわずかに素肌が見えるニーソックスに、レースアップのショートブーツで少しだけヒールが高くなってます。
「マァーベラスッ! すんばらしいっ、最高だ! 我が天使の降臨に感謝して、神々に祈ろう!」
「きゃっ、お兄様? そ、その、少し派手では? それに、ちょっと恥ずかしいのですが……」
照れくさそうに妹がクルッとその場で半回転して見せると、スカートのフリルがいい感じにヒラヒラして、ニーソとの隙間の素足がチラチラ見えて。
そういえば入学するまでは部屋に引きこもって疎遠だったこともあり、実は僕も妹の真っ白でもちもちの美脚を見るのは初めてなのです。
「何をおっしゃいますかウサギさん! これ以上は無いほどに、超完璧ですっ。店員さん、これくださいっ」
「う、ウサギさんですか、お兄様? でも、これで外を出歩くのはやっぱり少しだけ気恥ずかしいのですけど……うぅ、ちっとも聞いてくださらないわ」
「はいっ、お客様。ところでこの神コーデ装備にはそれぞれ中位レベルの【身体強化】、【物理防御】、【魔法防御】、【自動防御】、【温度調整】、【自動修復】が付与されています。
残念ながら今回は【自動回復】が付与できなかったのですが、この軽量装備でこれだけの付与魔法は他にありませんよ!」
見た目だけでなく、性能面でも中級クラスのハンター装備としては問題ないレベルのようです。
「おーけぇーっ、このまま着て帰るので妹が着て来た服は、紙袋に入れてくれ。あと、支払いはキルヴェスニエミ公爵家なんだが」
「エルネスティ様、お支払いはこちらで。まあまあ、お嬢様ったら。何と素敵なお召し物でしょう。とてもお似合いですよ……うっ、鼻血が」
「うおっ、ミーナ。いたのか。いや、しかし両親には内緒でユスティーナにプレゼントしたいのだが……金はすぐに持ってくるから」
「まあ、ミーナも来ていたのですね? そ、そう? おかしくはないのですね? よかったわ」
購入を即決するなり妹の侍女であるネコ耳ミーナがどこからともなく現れて、公爵家のクレジットカード差し出す。
しかし両親には妹が地下迷宮攻略をしていることをまだ話しいないので、今回はそのカード支払いは使用したくないのでした。
「エルネスティ様……委細承知いたしました。それではこのミーアめがここでお帰りまでお待ちしております。店員殿、このキルヴェスニエミ公爵家お嬢様付き侍女筆頭ミーアがこの場に残り担保になろう」
「ええっ、そんな担保だなんて……それよりキルヴェスニエミ公爵家様であれば信用もありますので」
お客が実は公爵家だと分かった美人店員は、慣れた様子で丁寧に腰を折って営業スマイルを見せます。
まあ、天下の公爵家が金を払わずに逃げるとはさすがに思わないでしょう。
「いや、両親には秘密で妹にプレゼントしたいので、僕がこれから現金を用意してくるつもりなのだよ。
そうだ、このキルヴェスニエミ公爵家のオリジナル金貨を渡しておこう。今回のようにユスティーナに似合うハンター装備ができたら、真っ先に公爵公邸へ持ってきてくれれば優先して購入するとしよう」
「は、はいっ、もちろんです! ご期待に添えるよう、が、がんばりますっ。やったーっ、これで公爵家様御用達だ。
では後程、代金はお持ちいただければ結構ですので。
しかし、それよりもキルヴェスニエミ公爵家ご令嬢のユスティーナ様が当店の装備をご利用いただけるのであれば、宣伝効果は想像以上なので、今回はお近づきの印に無償で献上しても構わないのですが?」
さすがは王都で高級店が並ぶアーケード街で、上級レベルのハンター装備を販売している店員さんです。営業活動にも抜け目がありません。
「いや、これだけのユスティーナ専用装備をトータルコーディネートしてくれたのだ。次回装備にも大いに期待して、その対価は当然支払われるべきだ」
「これは失礼いたしました。それではお客様の御心のままに」
こんなことで公爵家の威光を無駄遣いするよりも、妹に似合うカスタム新装備をバンバン持って来てもらう方が遥かに有意義なのです。
「うむ。それではちょっと出て来るので、しばらくしたら戻る。ユスティーナも一緒に行くかい?」
「はい、お兄様。このハンター装備にも着慣れておきたいのでご一緒させていただきますわ。
それよりも、お兄様のその装備も素敵です……ちょっと、ハンター物語に出てくる格好いい主人公のようで。うふふ」
頬を染めて妹が褒めてくれた僕の装備は、得意のメインウエポンである闇魔法に適した機能で選んだだけの、漆黒のコートに合わせた黒のシンプルな上下です。
◆◇◆◇◆◇◆◇
王都でも最大級の大きさの建物の中に、近衛騎士団を除くと実質的に王国最大の武力を誇るハンター協会があります。
その戦力は国境を越えて展開している傭兵ギルドをしのぐとさえ言われているほどです。
「わぁ~、行先は伝説のハンター協会だったのですね? これでお兄様も冒険物語に出てくる伝説のハンターの仲間入りですね?」
「ん? どんな伝説かは知らないが……ああ、モンスターの素材を買い取ってもらうためには、確かにハンター登録が必要だった気がするな。
そうだ、ユスティーナも一緒にハンター登録しておくかい?」
公爵令嬢であるユスティーナが使う機会が来るとは思えないが、ゲーム攻略するためにはハンター登録は欠かせなかったはずです。
ゲームではモンスターの討伐記録はカードに自動登録される謎機能があったはずだから、邪魔にはならないし念のためにも登録しておくことに越したことはないですね。
「まあっ、私もよろしいのですか? わぁ~い、これで私も伝説のハンターの仲間として冒険物語に登場するのですわ。悪い大魔王をやっつけるのですね、ふふふ~」
「い、いや、ユスティーナ。ハンター登録しても危ないことをしてはダメだよ? 僕以外とクエストに出たりもダメだからね?」
「うふふ、お兄様ったら。ユスティーナはもう子供ではないのですよ? 大丈夫ですからご心配なさらないでくださいね。そうだ、悪い暗黒竜に攫われた美しいお姫様を助けにいくことになったらどうしましょう、うふふ~」
小さかった子供の頃のように自分のことを名前で呼んでいる時点で、もう心配しか無いのですけど。
まあ、スキルカンストしている僕がいつでも側にいるのだから、何も危ないことなんてあるはずが無いのですが。
ところでさっきから妹が戦おうとしている相手は、なぜか最高難易度のラスボス級ばかりのようです。
とか考えながらハンター協会の窓口に並ぼうとしていたのですが、真っ黒で地味な装備の僕はともかく。
スラリとした抜群のプロポーションをパールホワイトの装備で包み、プラチナブロンドの長髪をサラリと流して高貴なオーラを溢れさせながら、嬉しそうにキョロキョロと協会ロビーを見回している妹に、周囲のゴツイ男達の熱視線が釘付けになっています。
ん~、このままだとテンプレイベントにエンカウントしてしまいそうで困ったなぁと無駄にフラグを立てていると、やって来ました金髪イケメン優男さん。
「ねぇ、どうしたんだい、ハンター協会は初めてかい? だったらこのAランクハンターのブラッドフォードが……あ、あれ?」
「どうかされましたか? 私のことでしたら、お兄様がご一緒なので無用な心配です。……何か?」
舞踏会ドレスを着ている訳でも無いのに、ハンター専用のパールホワイトが美しい戦闘装備をしてなお、その高貴なオーラは損なわれることが無いようで。
ハンター協会で大先輩になるだろうAランクハンターは気圧されたように思わず半歩下がると、貴族か騎士の出身なのだろうか、自然な仕草で妹の前で片膝をつく。
するとどうしたことか、協会ロビーにいた屈強なハンター達が後を追うように、次々とその場で跪くのでした。
さすがにビックリしたように妹がわずかに蒼い瞳を見開くと、僕に視線を送ってくるので黙って頷いてみせます。
そうしてその場に降臨した妹は、ペプラムスカートの裾を片手でつまむともう片手を大きく開いて、軽く片足を引いて折ると、天使の微笑みと共に簡易だが見事に美しいカーテシーを披露する。
「先輩方、若輩ではありますがこれからお兄様共々、ハンター仲間として世話になりますので、よしなに」
「はっ、御意のままに」
「「「「「おおおーっ」」」」」
貴族と相対した経験があるのだろうAランクハンターが膝をついた騎士の礼で深々と頭を下げると、続けて雄叫びと共に周囲で跪いていた精強ハンター達が同様に頭を下げるのだった。
完全実力主義と聞いていた自己主張の強いハンター達が、これはいったいどうしたことなのか。
ん~、っと怪訝に思い、ハンター仲間の一員になったと嬉しそうに微笑む妹をあらためて【鑑定】してみると、そういえばいつの間にか固有スキル【高貴な血】が上級レベルにまで到達しているのでした。
普段の戦闘では使わないスキルなので今まで気が付かなかったようです。
でもこれはこれでちょっとした騒ぎになってしまい、以降、妹は王都で【天使の姫】の二つ名で呼ばれるようになるのでした。
まだハンター登録もしていないのに……と我に返って、ガランと列が無くなった窓口で今のうちに処理してもらうのですが。
ついでに今回の目的である、隠し地下迷宮の地下10階層までのドロップと魔石をまとめて買い取ってもらうと、僕と妹のハンターランクがどういう訳か最初からCランクになっていました。
「まあ、お兄様っ。鈍色をしてたカードがブロンズ色になりましたわ。ふふっ、これで一人前のハンターですね?」
「あ~、ユスティーナ。よく聞くんだよ。Cランクのハンターが一人前って言うのは間違ってはいないけど、僕達はまだ一度もハンター協会でクエストを受注してもいないのだからね? ひとりで中級クエストに行ったりしたらダメだよ?」
最初はFランクからスタートするのが普通なのですが、これは異例のことらしく騒ぎは大きくなる一方です。
まあ、ゲームクリア特典である隠し地下迷宮は上級レベルなので、その地下10階層をクリアするレベルというと中級ハンタークラスになるは間違ってはいませんが。
あぁ、妹が可愛いほっぺをプクーっとふくらませてしまいました。
「もうっ、お兄様ったら。また私を子供あつかいして」
「ご心配にはおよびません。我らが【天使の姫】、ユスティーナ様が中級クエストに行かれるのであれば、Aランクハンターのこの私が護衛に付きますので」
「もちろん、あっしらもでさぁ」
「「「おおおーっ!」」」
脳筋ハンター、うるさい。
妹の装備の代金を換金しに来ただけなのに、何でこうなった?
ミーナも待っているし、さっさとハンター装備の専門店にお金を支払に戻りたいのですが。
なんだか今日は結局グダグダで、嬉し恥ずかしな初デートっぽくなかった気がするのは、僕の気のせいでしょうか。




