第2章4話 舞踏会の結末
「よく聞くんだ、エルネスティ。今から一緒に王城へ」
「お断りします」
久しぶりに言葉を交わすことになったキルヴェスニエミ公爵当主の父だが、問答無用でバッサリと切り捨てる。
僕はというと、新入生歓迎舞踏会でよりにもよって最高学年の王太子が気絶するという前代未聞のハプニングの後、来賓の控室に王妃と両親である公爵夫妻に拉致られていた。
しかも妹と別々にされて、だ。
「おい、話ぐらい聞」
「何度言われても、僕がユスティーナを置いてどこかにいくことはありません。それが例え王城であろうともです。そんなことは父上もご存じのはずですが?」
にべもなく父の言葉を、苛立ちと共に再度ぶった切る。
今日までの王太子の側近としての事務処理も、わざわざ王城に行かなくていいようにと、全ての書類を公爵公邸に運び込んでいるぐらいなのです。
それなのに向かいのソファに座って、なぜか睨むような視線を向けて来る王妃に、さらにイライラとさせられるので完全に無視しておく。
妹が側にいないだけでイラっとした態度を隠そうともしない僕に、隣に座った母がほわほわとした声で話かけてきます。
「ん~、じゃあねぇ。今晩、ユスティーナちゃんがベッドに入って休んだ後だったら、王城に行ってくれる~?」
「……まあ、それなら。ただし、そんなに時間は取れませんよ?
知っていると思いますが、最近少なくなってきたとはいえ、ユスティーナはいつ悪夢にうなされるか分からないんですからね?」
最後の言葉は対面に座る王妃に向かって、ぶつけるように吐き捨てる。
誰のせいで、ユスティーナが他人を怖がり、外にも出ることができず、悪夢にうなされることになったのか、分かってるんだろうな。
そう、口には出さないが言外に込めて、ここに唯一人いる王族を射殺すように睨みつけます。
たとえそれが記憶にさえ無い生みの親であったとしても、大切な妹を傷つけるような奴らは、僕にとって全て敵認定以外にはあり得なかった。
「わ、分かった。国王陛下にはそれで話をつけるとしよう。まあ、ユスティーナも今日は疲れて早く寝るだろうしな」
「では、ユスティーナの元へ戻りますので、これにて失礼します」
これで話はお終いだとばかりに速攻で臣下の礼をとると、僕は振り返ることもなく来賓の控室を後にするのでした。
隣の貴族用控室の個室では、侍女のミーアと一緒だけど心細いだろうに、今日ひどい目にあったばかりの妹が待っているのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……嫌われたものですね」
部屋を後にするエルネスティの後ろ姿を目で追っていた王妃が、しょんぼりと肩を落とす。
しかし、それに答えることは王家と公爵家の間のタブーに触れることになることが分かっている公爵夫妻はあえて聞かなかったことにする。
「はぁ~、あいつ魔法学園に入ってから雰囲気変わったよな?」
「ええ、やはりユスティーナが学園に通うことになって、周囲に他人が多いと色々と大変なのでしょうねぇ。今まで以上にべったりして、いついかなる時にも側を離れようとしないわ~」
だからだろう、それでも話題はあえてエルネスティの情報を垂れ流すように配慮する。
王族として生まれたばかりのエルネスティを公爵家で引き取ることになったのには、お互いが納得のいくちゃんとした理由がある。
だから、それはいい。
だが、それとユスティーナのことは別だ。
王家の失態で、何の罪もない小さなユスティーナが負った傷は果てしなく深い。
だから、謝罪の意味も含めてアウグスティーン王太子殿下との婚約話を持ち掛けられた時も、本当であればそんなもの蹴り返してやりたかったのが本音だ。
しかし国王陛下が自ら頭を下げて王国の安寧のためと言われてしまえば、王国に忠誠を誓う臣下として否とは言えなかった。
だというのにアウグスティーン王太子殿下は入学式から1週間も経たないうちに、どこの馬の骨ともわからない下級貴族の令嬢にたらし込まれ、最初から精神異常系の危険が察知されていたにも関わらず、何の対策も取らずにあっさりのその手に落ち。
あげくの果てにいいように傀儡にされて、国王陛下の許可も無いままに、危うく婚約破棄までさせられそうになっていたのだ。
それはいい。よくは無いが、全てを事前に察知していたエルネスティが未然に防いだから、それはもういい。
だが、あのまま婚約破棄が一方的に宣言されていたら、またもユスティーナは貴族令嬢として消えることのない傷を負っていた。
そして傀儡と化したアウグスティーン王太子殿下はどこの馬の骨ともわからぬ令嬢を、最悪は大勢の目の前で王太子妃に指名していた可能性もあったのだ。
いや、間違いなく既成事実が作られていたはずだ。それをやらない理由がない。
そうなった場合、王族に精神攻撃をしかけるような女を国母として迎えることなど決してできない以上、最悪は王太子殿下の廃嫡にまで話がおよぶ可能性があった。
今回はたまたま、エルネスティが強引とも言える力技でねじ伏せてくれたが、そのせいで王家との溝は一気に深まってしまったと言える。
「とにかく、国王陛下には夕食後の日が変わる前までの間に報告を兼ねた会談を持っていただく」
「問題は~、このまま婚約を維持するしか方法が無いことよねぇ。まあそれは少なくともぉ、誰もが納得しないのでしょうけどね~」
もう一度、自分の息子が出て行った扉を見つめる公爵夫妻は、やはりどこか悲し気だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
公爵公邸へとエルネスティに護られるようにして帰宅したユスティーナは、湯浴みの後にネコ耳メイドのミーアに髪を乾かしてもらうのもそこそこに、早々にベッドに入って休んでしまっていた。
その天蓋付きの大きなベッドには、カーテンが開けられた出窓から青白い夜月の光が差し込んでいて、シーツにくるまるように丸くなったユスティーナの姿を照らす。
「……うぅ、お兄様」
今日は最初から、お兄様が新入生歓迎舞踏会のエスコートしてくださったあたりから、どこかおかしかった。
まだ社交デビューしていない自分だが、普通は婚約者である王太子殿下がエスコートしてくださるものではないのだろうか。
「もしかしなくても、やはり私は……」
ずっと公邸に引きこもっていてろくに顔を合わせてすらいない婚約者など、そんな辛気臭い面白味もない女など、せっかくの舞踏会にエスコートしても楽しいはずが無い。
先ほど王太子殿下がエスコートしていた女生徒も、見るからに明るく楽しい性格をした美しい女性だった。
「やっぱり、お兄様も……」
格好良くて頼りがいがあって漆黒の髪がよく似合うハンサムで、他の女生徒達からも人気のあるお兄様も、こんな自分をエスコートするよりも別の素敵な女生徒の方が楽しかったのではないだろうか。
あんなに素敵なお兄様であれば、エスコートする女生徒など選り取り見取りに違いない。
「お兄様……くっ、苦しい」
他の女生徒をエスコートしているお兄様を想像するだけで、取り残されて壁の華となってそれを見ているだけの自分を思い浮かべると、胸のあたりがズキズキ痛くなってくるのだ。
とうとう膝を抱えるように丸く横になったままで、ポロポロと涙を流してしまう。
「うぅ……お兄様。お兄様ぁ」
何度呼び掛けてもその声は夜闇に紛れて、届くこと無くかき消えてしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは報告は以上になります。報告書は明日には提出できるはずです。
ご質問などなければ、私はユスティーナのところへ戻りますのでこれで失礼させていただきます」
もう夜更けだというのに、無理やり呼びつけられてやって来た王城の国王執務室で、国王と王妃とそれに公爵夫妻に囲まれながら、僕は片膝を床につけた臣下の礼のまま、新入生歓迎舞踏会で発生した事件の報告を終えていた。
「まあ、待て。そう慌てるでない。そんなに時間は取らせん。事前の報告と齟齬がなかったようだからな、結論だけを伝える。
まず息子アウグスティーンは王太子のまま残置とし、今回の責任を取って問題の【聖女】を監視下に置かせる。最終的には【聖女】の力を制御下に置くことを目標とする。
次にその他の【魅了】されていた者達については、騎士団長子息のゲルハルトを含めて謹慎処分のみとする。まあ、騎士団長が辞表を出すだろうが、やつらの再教育をやれと言えば逃げはすまい。
最後に国賊【聖女】マリアだが、精神干渉系魔法は全て封印とし、ジェルヴェーズ公爵家の養子とする。本来であれば斬首なのだ。これで改心せぬようなら、呪術刻印で跡形も無く消えてもらう。
現在の親元であるコシュ男爵家については、ほとぼりが冷めたころに消えることになるだろうな。
問題は【聖女】に魔道具を提供した黒幕だが、最悪は国内の反国王派の貴族もしくは隣国である可能性も含めて調査を続ける。誰に喧嘩を売ったのか、必ず思い知らせてやる。以上だ」
わざわざ妹を寝かしつけてまで王城へやって来て報告したというのに、なぜかすぐには帰してもらえないようです。
しかも、僕には関係ない話までし始めるので、いい加減うんざりしてきました。
ようは今回のようなことの無いよう、国王としてしっかりと関係者を管理して、今後は勝手なことをさせないようにしてくれればいいだけなのです。
その方法が死刑だろうと、牢獄送りだろうと、はたまた何も対応しなかったとしても、僕の大切な妹にちょっかいをかけてくる輩には痛い目にあってもらって、それでも懲りない連中はこの世界から綺麗さっぱりと消し去るだけです。
そこに平民だの貴族だの、ましてや王族だのと言った貴賤は全く関係ありません。
ところでフォンブリューヌ、ジェルヴェーズ、マールブランシュ、そして僕の実家のキルヴェスニエミ公爵家を入れた現在の四大公爵家。そのひとつへの養子縁組ですか。
強引にパワーバランスを再調整するようですが、これは来年春にある王太子の卒業舞踏会までに、全部終わらせておかないとダメってことですね。
「お話はそれだけでしょうか。それではこれで失礼させていただきます」
「待て待て、相変わらずせっかちな奴だな。コホン、今回のエルネスティの功績を称えて褒美をつかわすことにするが、何がよい?」
やはりあのバカ王太子の父親とは思えないほどに、よく切れる。賢王の名は伊達ではないということです。
まあ、僕の実の父でもあるらしいので、そうまで言うのであれば。
「では国王陛下、恐れながら。今回、我が妹に多大なる心痛を与えた前代未聞の事件を引き起こした王太子殿下の側近としてのお役目は、全くもって不名誉につき免除していただきたく」
「えー、そこまで言う? いや、それってそもそも褒美になるの?
あ、でもそれだと王太子の公務の中で事務全般が、代理のエルネスティから全て王家に返ってくるってこと? ダメじゃん、それ。
確かにそれは褒美になるってことだよねぇ……ちょっと考えさせてよ」
フランクな国王にストレートに要望をぶつけてみると、言うだけ無料ということか、検討ぐらいはしてくれることになったみたいです。言ってみるものですね。
それじゃ、本当にこれで失礼しますと席を立って国王執務室を出ていこうとすると、背後からそれなりに高いレベルの威圧が。これは国王の固有スキル【王家の威光】か。
「なあ、エルネスティ。肝心なことを聞かなくていいのか?」
「何がでしょうか?」
早く終わらせろとばかりに半身だけ振り返って答えると、王冠をかぶってニヤニヤしたイケメン中年がもったいぶった態度で手をヒラヒラさせていました。
「ユスティーナ譲と王太子の婚約なんだが……このまま継続とする」
「そうですか。ではこれで失礼します」
そんなことは想定済だ。何を今さら。あんた達にはそれ以外に取る手段が残されていないじゃないか。
「おいおいおい、いいのかそれで?」
「いいも悪いもありません。この婚約は王家からの申し入れによるものです。公爵家には事実上、拒否することができません。
だからです。それはいいも悪いも無いのです。そんな些末なことは、大切な妹の幸せに比べれば文字通り塵芥同然なのですから。ではこれで」
何を勘違いしているのか、いつまでも帰してくれないので、とぼけた王様にも理解できるように分かりやすく説明してあげました。
「お……お前。わ、分かった。何としてもユスティーナ譲には迷惑をかけないようにすると約束しよう。
はぁ~、そういえばお前が以前に税務関連で報告を上げてきていて、何でか狙ったように新入生歓迎舞踏会でユスティーナ譲に絡んできた……確かロワリエ侯爵と言ったか。
小物だと思って調べさせていたんだが、予想よりも脱税での領民への被害額が大きすぎてな。当主は斬首、侯爵家は領地財産没収の上で取り潰しだな」
「……妹のことは、くれぐれもよろしくお願いしますね。他はどうでもいいです。では」
やっと帰れる。これで大好きな妹の元へ、やっと帰れます。
だから僕は後ろに残して来たモノ全てを振り返ることなく、真直ぐに国王執務室を出ていくのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お~い、何だよあのバケモノは? 俺の固有スキル【王家の威光】を受けて、どこ吹く風って顔だったぞ? あいつ、あんなに怖かったっけか?
しかも言うに事欠いて王太子との婚約はどうでも良くって、何かあれば生ゴミと一緒に捨てるっていいやがったぞ?
実際、今日、あいつの妹、ユスティーナ譲にちょっかいをかけたアホ侯爵家は自業自得とはいえ、結果的にこの世から消えてなくなったからな~?」
エルネスティが出て行った扉を指差して、この王国のトップであるはずの国王陛下が半分泣きそうな顔をしている。
はぁ~、と大きなため息をついてから公爵がわざと肩をすくめて見せる。
「国王陛下、家の優秀な息子をバケモノ呼ばわりするのは止めていただきたい。
いずれにせよ国王陛下が確約されたように、娘のユスティーナにだけはもう二度と何があっても危害が及ばないようにすべきでしょう。
もし、この約束が違えられるようなことがあれば、エルネスティは間違いなく妹に敵対した者達の全てを根こそぎ殲滅するでしょう。
それがたとえ、王家であったとしても、です」
「ふふふ、エルネスティはユスティーナちゃんが大好きですからねぇ。まあ、これからも魔法学園でみんなとは顔を合わせることもあるでしょうから、仲良くしてくれれば。
あぁ、でも今日、一人、いなくなっちゃいましたねぇ」
ぽわぽわした声で公爵夫人がそんなことを言っているが、今日一日で自分が生んだはずのエルネスティの怪物っぷりを目の当たりにした王妃は、もう一人の自分の腹を痛めて生んだ長男の心配をすることしかできない。
ダメな子ほどかわいいとは言うが、次期国王がダメでは済まされないのだ。
「あぁ、今回のことでアウグスティーンが王太子としての自覚を持って猛省してくれると良いのですが。次に今回のようなことがあれば……王家としても断固とした態度を取らなくてはならなくなります」
「う~、エルネスティが代理でやってる仕事は完璧だから、おかげで前よりは全体的に余計な仕事が減っているはずなんだが、俺の仕事だけなぜか増えている気がするのは気のせいか?
まさか、今回みたいに細々した報告がどっかで止まって、後から山のようにやって来たりしないよな? なぁ!」
王妃と公爵夫妻が頭を抱えながらも国王執務室から出て行った後に残された国王陛下は、唯一人で山のように積まれた事務書類を前にして、誰もいない虚空に向かって愚痴を零し始める。
まだまだ、国王の夜は長いのだった。




