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夜暗の忍  作者: ケンタシノリ
第5話 深編笠の辻斬り男と旗本屋敷での闇博打

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その4

 その日の夜、戌の正刻の黄昏時に日本橋から表通りを1人の男が歩いている。真夜中ということもあってか、清蔵は提灯に火を灯しながら周りに誰もいないことを確認している。


「清蔵、大丈夫か」

「ああ、そんなこと言われなくって大丈夫だ」


 清蔵が夜空に浮かぶ商家の屋根に目をやると、そこには装束に身を包んだ陽の姿があった。こんな夜道を歩く最大の目的は、深編笠の男が現れるのかを見るためである。


 もちろん、表の立場で動く清蔵にも身を守る術を持っているが、今回の標的は平然と辻斬りを行うであるだけに今まで以上に慎重にならざるを得ない。


 彼にとって心強い支えとなるのが、裏の立場で動く陽の存在である。いざとなれば、清蔵を深編笠の男から守るために素早く行動を起こすことをいとわない。


 しかし、清蔵しか出歩いていないにもかかわらず、深編笠の侍は一向に現れる気配がない。そうするうちに、清蔵の先に見えてきたのは、博打場のある旗本・梅松正五郎が当主の武家屋敷である。表門から姿を現したのは、深編笠の格好をした男である。


「やはり、あの男はここにいたのか」


 清蔵が心の中でつぶやくと、深編笠の男は再び表門から屋敷の中へ戻った。それが何を意味するのか、清蔵はすぐに感じ取った。


 そんな時、後ろから聞き覚えのある声が清蔵の耳に入った。


「辻斬りを行うなら、相手の前に現れてはその場で始末するはず」

「木兵衛! どうしてここに……」


 清蔵の後ろにいるのは、先ほどまで裏の立場で探りを入れていた木兵衛である。


「この博打場の客が、深編笠の侍の手によって犠牲になっているのは間違いないようだ」


 木兵衛は、さらに言葉を続けた。


「表門から外へ出ようとしていたのも、常連客を見つけては刀で斬るつもりだったのでは……」


 清蔵は木兵衛の言葉に耳を傾けつつも、表の立場で潜入するための方法を提案した。


「今から、あの博打場に客を装って入るぞ」


 その言葉に、木兵衛も二つ返事で乗ることにした。2人がこれから対峙する相手は、中盆やツボ振りといった博徒の連中である。


「相手は何をしてくるか分からない。それなりの覚悟を持って行わないと……」


 木兵衛と清蔵がいつになく気を引き締めているのは、丸腰のままで博打場へ足を踏み入れるためである。下手したら、その場で斬られて命を落としてしまうことも十分に考えられる。


 2人は、表門で監視する門番に博打場への入室方法を尋ねた。その門番は、清蔵が鞘の納品を終えて表門から出る時に地面のサイコロを右手でつまむように取った男である。


 木兵衛たちは、門番に頭を下げて博打場へ入りたい旨を伝えた。門番は、2人の姿を怪訝そうにじっと見つめている。


「お前ら、博打場へ入るのは初めてみたいだがどうやって知ったのか」

「いやあ、たまたま風の知らせで知ったもので……」

「風の知らせ? よく分からないけど、まあいいだろう」


 木兵衛と清蔵は門番の許しを得ると、表門から玄関の脇にある通用口から足を入れた。その瞬間、2人は武家屋敷とは思えないような違和感が漂うのを感じた。


「清蔵、どうしたのか」

「この先にある奥の部屋から、かすかに博打らしき掛け声が耳に入ってなあ」


 2人の男は、独特の掛け声に誘われるように奥へ通ずる廊下を歩いている。奥の部屋へやってくると、閉め切った障子の前で木兵衛が言葉を掛けた。


「失礼いたします」

「誰だ! 聞いたこともない声だな」

「わしらは木兵衛と清蔵という者です。何せ、ここへくるのは初めてなものでして」


 障子の向こうから発した野太い男の声にも、木兵衛は冷静かつ慎重な言い回しで相手に対して答えている。


「そうか。それならすぐ入れ」


 木兵衛は障子を静かに開けると、そこには盆茣蓙ぼんござを境に常連客と博徒が向かい合う博打場そのものの光景が部屋全体に広がっていた。


 部屋全体を照らし出す何本ものろうそく、上半身裸の博徒連中……。2人が初めて踏み入れる博打場は、明らかに異様な雰囲気に包まれている。


「う~ん、初めて見る顔だな」


 中盆の男の1人は、木兵衛と清蔵の顔をじっと見ながら、隣にいる別の中盆に小声でひそひそと話している。


 2人は、中盆たちの様子に注視しながら小さな声で互いに口にした。


「何を話しているんだ」

「普通だったら、ここで銭をコマ札に替えればいいだけだが……」


 木兵衛たちは1人当たり2朱を支払って木札を手に入れると、常連客のいる場所へ座りながら丁半に参加することにした。


 そこで清蔵が目撃したのは、先ほど目にした門番がサイコロを入れてツボ振りを行おうとする姿である。


「さあさあ! 丁か半か! 丁か半か!」


 門番の男は、客の面々に威勢のいい声で二者択一を迫ってきた。それは、どちらか一方を選べばいいというわけではない。彼らにとっては、たった1回の勝ち負けで人生が大きく変わってしまう勝負だからである。


 客の男たちは、丁と半のいずれかに木札で賭けていった。そんな中、木兵衛と清蔵の2人はツボの中にサイコロをいれる男の仕草を注視していた。


「あれなら、半で決まりだな」


 2人は、そろって半に賭けることにした。もちろん、単なる偶然で決めたわけではない。


「あの盆茣蓙、何か仕組んでいるのでは……」


 清蔵は、盆茣蓙のある部分をじっと見つめると木札を半に賭けた。木兵衛のほうも、清蔵とまた同様である。


「ツボがそろいました」


 ツボ振りの男は、中盆からの声を聞くと右手をツボに置いた。その様子に、清蔵は木兵衛の耳元でささやいた。


「さっきのツボ振りの仕草、普通だったら丁になるはず。もし、半だったら……」

「盆茣蓙の下で何者かがイカサマを仕組んでいるということか」


 木兵衛たちの向かいでは、中盆がツボの横に左手の手のひらを臥せたツボ振りを見て口を開いた。


「勝負!」


 ツボを開いたときに現れたのは、3と4を指したサイコロの目である。


「三四の半!」


 威勢のいい中盆の掛け声に、常連客からは歓喜とため息が入り交じっている。勝った者は得をして、負けた者は損をするというのは必然といえる。もっとも、勝負にイカサマがあれば話は別であるが……。


 木兵衛と清蔵が次の勝負に向けて考えを巡らす中、向かい側にいる博徒たちは小声で何やら話している。


「おい、あの2人は初めて会う顔だろ」

「はっ、そうですが」

「くれぐれも、2人の男から目を離すな」

「はっ!」


 中盆にとって、初めて顔を合わせる客の賭け方を注視することが多い。普通なら、該当する客が賭けに勝った場合であっても警戒する素振りを見せることはない。なぜなら、丁か半かの二者択一といえども、勝つかどうかは運次第だからである。


 しかし、博徒連中が木兵衛たちへの警戒を緩めないのは、賭けに偶然勝ったような類ではないと見ているからに他ならない。


 ツボ振りは、賭場に集まった客に威勢のいい掛け声を上げた。


「さあさあ! 丁か半か! 丁か半か!」


 他の常連客は、何とか勝ちたいと焦りながら次々と賭けていった。


「他の連中は全て丁に賭けてきたな」

「さっきが半だったから、次は丁という気持ちは分かるが……」


 2人はお互いに小声でささやきながら、そろって半に賭けることにした。


「ツボがそろいました」


 ツボ振りの男が右手をツボに置くと、左手の手のひらをツボの横に臥せた。


「勝負!」


 ツボを開くと、サイコロの目は2と5を指していた。


「二五の半!」


 中盆からの掛け声に頭を抱える他の客は、2回も続けて当てた木兵衛と清蔵の姿に羨望の眼差しを向けている。


 そんな常連客を横目に、木兵衛たちはその場から去ろうと立ち上がった。すると、中盆を担った博徒連中が2人を取り囲むように因縁をつけてきた。


「おう! おめえら、ここから帰ろうたってそうはいかないぜ」

「ここがどういう場所なのか、分かっているだろうな」


 上半身裸の博徒たちは、鋭い目つきで木兵衛と清蔵をにらみつけている。

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