その5
清蔵は、博徒たちが次々と短刀を取り出す様子を見ながら口を開いた。
「こういう武家屋敷で物騒なものを出すとは……。屋敷の当主が知ったらどうするつもりでしょうか」
「何だと!」
「おれたちに因縁をつけるとは……」
清蔵の挑発にいらだちを募らせたと博徒連中は、自ら手にした短刀で木兵衛たちに突きつけた。そんな状況にあっても、2人の男は冷静な表情を保ったままである。
「それなら、あのツボ振りがツボに入れたときのサイコロの入れ方、何となくおかしいし」
木兵衛は、さらに言葉を続けた。
「本来なら、丁であるべきところを半、半であるべきところを丁にしているのではと見ているのだが……」
「おめえら……。よくも好き勝手言いやがって……」
「わしは、好き勝手にこんなことをいうことは一度たりともない。何なら、あの盆茣蓙を調べたらすぐ分かるさ」
「どういうことだ?」
「盆茣蓙にツボを置く場所に、錐の跡が数十か所にも及んでいるのって、イカサマ以外ではまずあり得ないからなあ」
博徒連中は、博打でのイカサマという事実を突きつけた木兵衛への怒りをにじませている。その時、憤りを感じた博徒の1人が木兵衛へ短刀で襲い掛かろうとした。
「貴様! おれたちの顔に泥を塗りやがって!」
「まだ分からないようだな!」
「い、いててててててっ……」
木兵衛は、短刀を持った博徒の右手首を強く握りしめた。手首が締められるにつれて、博徒は歯を食いしばりながら苦痛に満ちた顔つきに変わった。
「物騒なもので殺しを行う算段だろうけど」
博徒の男が持っていた短刀は、右手の手のひらから離れて床の上へ落としてしまった。
「この屋敷の当主の許しがなかったら、これほど大掛かりな博打はできないだろうからなあ」
痛いところを突かれた博徒連中は、怒りをこらえるのが精一杯である。
「木兵衛、そろそろ帰るぞ」
木兵衛と清蔵は、博打で買った儲けを受け取ることなくその場から歩きながら去った。博徒の男たちは、拳を握りながらいら立ちを隠せない様子である。
「あいつら、今度会ったら血の海にしてやるからな……」
博徒の1人が怒りをぶちまけていると、後ろから冷静な口ぶりで話す男が現れた。
「ここにいる連中は、相変わらず血の気の多いなあ」
「誰かと思えば、律吾か。何をしにきたんだ」
律吾と名乗る侍の男が、何の理由なしに屋敷内の博打場へ立ち入ることはない。
「あの2人、このおれが始末いたしましょうか」
「始末するって、あいつらはもうここから去ってしまって……」
「心配することはない。どうせ、おれの顔なんかこれを被ればだれにも分からないからな。ふっふふふふ!」
深編笠を被った律吾は、博徒連中の前で不気味な笑みを発していた。
「まあ、いいだろう。それはさておき、盆茣蓙でのイカサマは既にばれているし」
「どうするつもりですか?」
「この手で始末するまでさ。例え、ここを仕切る博徒の一団であってもだ」
少しでも不始末を起こした者は、死の制裁を下す……。これが現実となったのは、それから数日後のことである。
その日、清蔵はいつもより早く鞘師の仕事を切り上げると、すぐに表通りへ出てきた。清蔵は、いつもと違う騒然とした空気が漂っていることに気づいた。
「あんなにあわてるなんて……。一体どうしたんだ」
町人衆が向かう先へ行くと、日本橋の近くで発見された1人の男の遺体を奉行所の同心が見ている。屍となったその男は、上半身裸で着こなしが博徒連中とほぼ変わらない出で立ちである。
「あの男、武家屋敷の博打場で見たことのない顔だ」
清蔵は心の中でつぶやきながら、同心の検屍の妨げにならないように遺体の顔を見ている。
「真横から斬られたのか……。旗本の梅松正五郎も耳に入るのは時間の問題だろうな」
博徒らしきものの遺体を目にした影は、主なき長屋の地下部屋で会った陽にも伝えられた。
「やはりか……。あの格好からすれば、博打場を開いた連中の1人でほぼ間違いないと思う」
「それよりも、木になるのは梅松正五郎の動きだな」
影は、表の立場で旗本屋敷を訪れたときに聞いた広保の言葉を思い起こした。
「広保が言ったあの言葉は本心とはほど遠い。おそらく、主君たる梅松の意向とは異にしているのでは」
影は装束姿に身を包むと、陽とともにすぐさま行動を起こすことにした。目的地は、いつもの旗本屋敷である。
2人の忍は、風のように疾走し続けた先にある屋敷の屋根裏から足を踏み入れた。音を立てることなく進むと、忍たちの耳に何やら声らしきものが入ってきた。
すぐさま屋根裏に耳を当てると、2人の耳に入ったのは怒号らしき声である。
「梅松殿、目付という立場にありながら博打場を開くとは何ごとか!」
怒号を発した声の主は、御用人の関村広保である。
広保は、梅松家の先代から伝えられた『武士たる者、清廉潔白であれ』の家訓に従って御用人の仕事を行っている。先代の頃から30年以上にわたって仕えてきた広保にとって、主君である正五郎の横柄な態度に困り果てることもしばしばである。
「はあ? 主君に向かってその態度は何だ! 奉行という新たな職を手に入れるためには、それなりの金が必要なのは広保も分かるはずだが」
梅松は、現在の目付という職に満足できぬとさらに上の地位を狙うべく野心を抱いている。博徒と組んで屋敷内に博打場を開いたのも、奉行への任命に多額の金銭を要することから思いついたものである。
もちろん、屋敷内での博打は御法度であり、その事実が露見されたら遠島に処せられるという幕府からの通知もある。それにもかかわらず、梅松が博打場を開いているのは武家屋敷が奉行所の管轄外であるからに他ならない。
旗本や御家人の監視をする目付の立場にある梅松の姿に、広保は金の亡者に堕したと嘆くのも無理はない。博打場を引き払うよう言っても、梅松は奉行職への就任に執着するばかりである。
「梅松殿、わしは主君に仕える身だからこそ言わなければならない。あの博打場が幕府に知れてお家が断絶したら、ここにいる家臣が路頭に迷うことになる。そういうことを考えたことがあるのか!」
広保の口から放った一喝は、梅松が武士の本分たるものを見つめ直してほしいという親心を込めたものである。しかし、広保の憤慨が梅松の心に響くことはなかった。
「よくもまあ、おれの前で毎回のように小言を言いやがって……」
激昴した梅松は、その場で左腰に差した刀を抜くといきなり広保に斬りつけた。
「梅松殿……。いきなり何を……」
「てめえみたいな御用人なんかこの世にいなくなればいいんだよ!」
梅松は、無抵抗の広保を血まみれになるまで何度も斬った。御用人の屍を見た梅松の目は、狂気に満ちた悪人のそれと全く同じである。
そんなとき、聞き覚えのある声が梅松の耳に入った。
「梅松殿、どうされましたか」
「猪吉か、すぐにここへ入れ」
部屋へ入ってきたのは、博徒連中の元締である猪吉である。猪吉と出会った梅松は、広保の死体を早急に処理する必要があった。
「ここにある死体をすぐさま処理してくれ」
「それで、どのようにすれば……」
「誰も見つからない場所に埋めておけ! この事実を幕府に知られないようにな」
梅松は屍の処理を猪吉に一任しようとしたとき、いきなり刀を抜いては天井へ突き刺した。
天井を突き抜けた刀に、息を潜めていた2人の忍はその場から音を立てることなく屋根裏から出てきた。すると、玄関のほうから怒号らしき声が影の耳にかすかに入った。
「表門のほうはまずい。若侍の連中が出てきたぞ」
「裏のほうは水路になっている。水遁の術があるからそこへ飛び込め!」
陽の素早い指示に従って、忍の男たちは梅松の家臣たちに見つからないように屋根の上を密かに進んでいる。そして、2人の忍は敵の気配がないことを確認してから水中へ飛び込んでいった。
梅松の家臣たちは、屋根裏に忍び込んだ奴を始末しようと懸命になっているが、肝心の忍たちがその場から去ったのを知る者はいない。




