2-4 POV : ギャレット
「イデス、か……?」
お、っと……。
ゴージャスゴリラウェイ――いや、イデスの姿は、そこにあった。
キッチン、シンクの縁に乗りあがって座る、スポブラ姿の女がいたのだ。……し、しかし。どうしても、どうしてもだ。彼女が本当にイデスであるという実感が、私にはどうしても湧かなかった。
なぜか。
その理由は、イデスという存在の不透明さにあった。
ある時はコットン農家、ある時はストリートチルドレン、ある時はヨボヨボの共和党議員、そして今回はニューヨークの清掃員。私はてっきり、やり手のスマートな男だと思っていた。
だが、どうだ。
目の前にいる、肩書でも、文字でも、情報でもない彼女の実体は、それらのどれにも当てはまらない、下着姿の女性ではないか。
艶めかしい褐色の肌をもつ、小柄な、ただの…………美人。
「こんちは」
私はあっけらかんとしていた。幼気な風格に反して、彼女の身体を這い上がるように彫られた、大きなムカデのタトゥー。言葉の一つも出てきやしない。
「おーぃ」
「あぁ! えっと、こんばんは」
「へんなの」
彼女はそういうと、また一口、煙をふぅ、と吹く。それは辺りをむわっと煙らせて、それから滑らかに空気と同化していった。
「イデスで、あっているか……?」
念のため確認しておきたい、なんて言い切る前に、彼女は半分未満のタバコをシンクの底に圧しつけて、すとん、と床に降り立った。
「そのバッグ取って」
換気扇のスイッチを切る傍ら、イデスは人差し指をぴっと伸ばした。私の左後ろ、振り向いた先には、破けて綿の飛び出たソファに放られた、黒のボストンバッグ。
「こ、これか……?」
近づいて、そのバッグをひろ――おっっもった!?
「おいなんだこれ」
彼女は「貸して」としか言わなかった。あまり口数は多くない。そうしてバッグを手渡すが早いか、彼女は私に背を向けて、バッグをドスンと床へ置き放ち、中をガサゴソと漁り始める。なにしてんだ……。
――カチャン、チャキ……。
金属の重なる音。
――カシャ、カシャ。
今度は粒の入った箱をシャカシャカ鳴らすような音が聞こえたと思ったら、イデスは華奢な足をぴっと直立させ、華麗に立ち上がった。
――そして、私へ目掛けて勢いよく突進してくるではないか!?
「おぉ、おいっ!」
咄嗟の反射が脳を刺激して回避。
イデスは涼しい顔をして私を横切った。まるで彗星のようなスピードで、目にも留まらない。まるで彼女以外のすべてがスローモーションになったかのようだった。
視界をふわっと過る前下がりのボブカット。綺麗な銀色で、ほんのりとハーバルの香りが鼻腔を擽った。
――いやちげっ、アイツ、逃げたのか!
刹那の間をおいて我に返り、私も取り急ぎ彼女の後を追っ――
――ドッパァァァアンッ‼
廊下のほうだった。
凄まじい、一発の銃声。
なにをやったんだ……?
数瞬、足が竦んだが、止まっていることも憚って、にわかに走り出す。
「おい! イデ……す……ぅ」
彼女は部屋を出てすぐの角にいた。出会いがしら、涼しい顔をして部屋に戻ってきていた。
「これいいね」
は……?
左手にひんやりとした鉄の感触。見下ろすと、メッキのきらめく私の拳銃が。
「いつの間に!」
っと慌てて掴もうとするが、それをスカしてしまった。イデスが拳銃をひょい、と持ち上げたのだ。
「ナンチャラユニットに協力するのは、はずみが良いから。協力する以上、やり口にあれこれ指図しないでよ」
若干五センチの身長差。彼女は上目を遣いながら、私にグッと威圧をかける。
「それと、アンタらは私が目の前で人を殺しても文句を言うな。そうじゃないと、アンタ含めたユニットの全員、ドラム缶にでも詰めるよ」
それが冗談とはいえないものだから、背中に悪寒が走るものだった。私はぎょっとして、ただ、小さく頷くことしかできない。
「分かった……」
そういうと、イデスは私の手にぽすっと拳銃を落とした。
「あの、そこ、ガラス……」
部屋の暗がりから「分かってる」と声が聞こえて、気づけば私ひとり。ぽつりと玄関に取り残されていた。
廊下には、めかしこんだスーツを着る、白髪の五十代くらいの男が一人、血に染められて倒れている。




