2-3 POV : ギャレット
「お客さん、着いたよ」
ウトウトしていた。目をパチパチさせて、朦朧としていた意識をしっかりさせる。ぽっちゃりした髭まみれのドライバーが、あまり気分の良さそうでない顔つきで、運転席からこちらを窺っていた。
「あぁ、着いたのか」
「お客さん、あんまりこんなことは言いたかないんだけどさ」
「なんだ」
「早く降りてほしいんだ」
聞き間違いか? 失礼だな。
「なぜだ」
私が不機嫌に返すと、ドライバーは具合の悪そうに狼狽えて、声を細めながらに言った。
「ここ、あんまり来ちゃいけねぇところなんだ。俺らの間じゃァ有名でね。あんた、こんなところに用なのか?」
私は、イデスに会いに来たんだ。道をよく知るタクシードライバーが禁足地よばわりするのなら、ここで合っているだろう。
「まぁな。いくらだ」
「五六〇ドル」
絶対に経費で落とす。
「六〇〇。あとはチップだ。それと、一つだけ訊いてもいいか?」
「いいぞ……っておい、今どき現金かよ」
私はポケットからしわくちゃの一〇〇ドル札を六枚だして、それをドライバーに持たせた。
「なぜここに来たくないんだ」
彼は札束に目を落とし、一枚々々を数え、それから助手席の窓から見える建物を覗き込んで、指をさした。
「目の前にボロいアパートがあるだろ? あそこにな、ギャングやらマフィアやらに狙われてるヤツがいるって噂だ。そんなヤツを乗せてみろ。黄色いタクシーは一瞬でハチの巣さ」
イデスのことだ。間違いない。
「手間取らせた。ありがとう」
私が降りると、タクシーは竜巻の如きスピードで方向転換し、疾風のように粉塵を巻き上げて消えてしまった。
紺色、ナイロン生地のコーチジャケットを羽織り、ドライバーの言っていた「曰くつき」アパートの非常階段に足をかける。
いよいよ、私は私にとっての宿敵を目の前とした。そうとは信じたくなかったが、どうしても鼓動の高鳴りは誤魔化せない。
――カン、コン、カン、コン。
都会の夜光に潜む、落書きまみれの路地裏。
暗闇に光る小さなEXITの標識。
非常扉はわずかな隙間を見せている。ドアノブを捻って、カビの臭いが鼻を刺す。欠けて色褪せたタイル、散乱したゴミ、黄ばんだ照明。アパートの廊下は、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。まるでその全体が、裏の世界を追われた者たちの集う、セーフハウスのようで。
「エィ、アンタ。こんなとこでなにやってんだ」
ニット帽をかぶった、黒人の売れないラッパーみたいなのが部屋から出てきて、茶々を入れてくる。
「ここはマトモな場所じゃアねぇって、知らねぇのか?」
そいつは耳に障る高い声をガラガラ言わせて、お調子に話しかけてくるものだから、私の緊張をイライラへとシフトさせた。チッ。
ジーンズの間に挟んでいたスチールのグリップを握り、それを滑らかに引き抜く。
「Magnum Research BFR」。大型のリヴォルヴァーで、私のロングシリンダーモデルは.45-70弾を撃ち出せる代物。銀メッキに丁寧な磨きをかけているから、薄暗くてもよく映える。……それで、これがなにを意味するか、分かるな?
なにも声にはしなかった。なにも言わずとも解決する話だった。
「おぉい、落ち着けって。悪かったよ」
あっさり道を開けてもらったので、堪忍してやる。
端末に送られていたのは、このアパートの三〇五号室。後の伝言には「呼び出す際は『ゴージャスゴリラウェイ』と呼ぶように」とあった。はぁ……?
そして、部屋の目前に立ち、私は大きく咳払いをした。えぇっふん……!
――コンコン。
「ご、ゴージャスゴリラウェイ、さん。こんばんは。ギャレットと申します」
…………。
反応はない。さっきの野郎が遠めに私を見ているものだから、少しだけ睥睨すると、慌てて非常口から出て行った。
「ゴージャスさァん。いらっしゃいますか?」
二度目も反応なし。はぁ……、変なところで緊張が高まる。
錆びた握り玉のドアノブ。見下げた私の視線を奪って、なにか不穏なオーラを放っている。
「失礼、しますよ」
ひんやりとした感触を手に伝えながら、そのドアノブを回して、傷んだ鋼鉄のドアを押し開けた。
中は暗く、照明は点いていなかった。窓から零れる外のネオンを借りて、かすかな白い光が籠っているだけだ。床を踏むとチャリ、ジャリと音が鳴り、暗晦に紛れてガラスが散乱していることが分かった。
「あのォ……」
あまり気分はよくない。ジメっと籠る生温かな空気が、私の首筋に嫌な汗をかかせる。念のため、収めた拳銃に手を添えたまま、奥のほうへと歩を進めていった。
そうして、小さなダイニングに至ったところで、右から静かな気配と、タバコの匂いが鼻について、そちらを振り向く。
「イデス、か……?」
お、っと……。




