2-2 POV : ギャレット
「それで、最後が――」
っと、おかしい。
「副長官」
「なんだ?」
私は最後の一枚だけを手下に残して、それをカシウスのほうへ見せつけた。
「これ、なにかの間違いです?」
最後の一枚には写真がなく、職業欄には「清掃員」の文字。プロファイルの説明にいたっては「マヨネーズは楽器に入りますか?」なんてバカげた一文しか添えられていないではないか。カシウス、仮にこのファイルがどこかのと差し違えたのであれば、とんだ大失態だぞ――これも声にはしなかった。
「あぁ、それか」
しかし、彼の返答は落ち着いていた。
「それは間違いなく、最後の一人だ。現場でのリーダーを務める、清掃員だよ」
「そういう隠語かなにかですか」
「半分あたっているな。こういう言い方をすれば、分かるかもしれん」
待て、待ってくれ――。
本当にいやな予感しかしない。私の直感が神経を強ばらせて、固唾を呑んだ。
「ほら、『ソロニクの忘れ形見』とか」
そして彼は、易々とその名を言い放った。聞くが早いか、私は思わず額に手を打ち、ショーシャンクのように大きく天井を仰ぐ。同じくして錆びたパイプ椅子がキィ、と軋んだ。
あぁ、まさか。
「イデスなのか」
「君が何年も追っていた相手だそうだな? よかったじゃァないか。いよいよヤツに会えるんだ」
彼の皮肉が無性に苛立ちを掻き立てる。
たしかに、イデスはかつての私――前職の捜査官だった頃にずっと追い続けていた人物だ。何年も、何年も必死に追い続けて、それでいて尻尾の毛先すらも掴めなかった存在。何事においても迅速と精確を極め、一切の抜け目がない――「殺し屋」を生業とする者だ。
ただし、その辺にいる殺し屋とはまるでワケが違う。ヤツは異常なまでに神に愛された、いや、彼女自身が死神の顕現といっても過言ではない。なんならキアヌとだってまともに渡り合えるかもしれないし、つまるところ、そっちの世界ではそう謳われるほどに、ソイツの存在は重大で、かつ恐れられているのであった。
マケドニアンスタイルの射撃をしばし披露し、それゆえ「ソロニクの忘れ形見」なんて異名までつけられているソイツは、これまでに数多の敵を葬り――っと、これは口外禁止だった。
…………。
そんなヤツが、この部隊の、リーダー……?
「いやいや、おかしい」
ちゃんちゃらおかしい。納得がいかない。私は思わず鼻で笑った。
「どうしてだ。コイツの実力は君が一番よく知っているだろう? イデスなら、実行班のリードに相応しいと思わんか」
カシウスは私の反応を見て、ずっとそれを楽しんでいるようだった。
「ヤツは殺し屋ですよ? まともな人間じゃない」
「そうかもな」
カシウスはもはや私との会話に飽きたらしく、狭隘の会議室を出ようとドアノブに手をかけた。
「あぁ、どうしてもイデスが嫌だというのなら、直接話をつけるといい。ヤツの居場所を送っておこう」
それから、彼は去り際、フイと振り向き、「外にあるBMWは君のか?」なんて茶化してきた。はぁ、知ってるくせに。
「まだ免許を持っていないので」
「おっと……。タクシーは経費で落ちないからな」
皮肉だった。
――ニューヨークも様変わりした。
正直にいうと、それはあまりいい方向に変化したとはいえない。アメリカ中心の世界、というのが落ち着いたのが原因だろうか。経済効果もなだらかになり、いつかの政権が好き勝手に戦争を始めて以来、アメリカへの絶対的な敬服というのは終焉を迎えた。そうして海外からの資金は分散し、その多くがニホンに流れていった。「平和と安全」を謳ってきた彼らの努力が奏功したというわけだ。巨額の資金流入と円買いが発生し、高度な技術にまさる財力を得たニホンは、いま、一九八〇年代に起きたバブルに近い経済下にあるという。噂によれば、オーサカを走るタクシーはロールスロイスなんだとか。
アニメ、カワイイ……チョベリ、グゥ?
この辺の言葉はいまや、アメリカでも毎日耳にするほど馴染み深い。
「ビル・ウィザーズ。今月末は彼の命日ですね。そんな彼の歌う曲をご紹介――」
「Just The Two Of Us」。わずかなノイズの後に、ラジオから哀愁と懐旧を擽るメロディが流れて、やがて彼の温かい美声が車内を包んだ。
車窓に反射するネオンが、右から左へ。けたたましい光にぼぅ、と目をやりながら、夜の都会を駆けていく――運転はしていないが。




