9-9 POV : ハル
1:57 PM――。
タイマーは残り三分を示した。
「あと三分。ほら、早めに始末したほうがいいんじゃね?」
ユリウスというのは、どうも嗜虐心を擽る存在だ。イサカはずっと弱くって、頼ってくるのが可愛らしかったけど、コイツの場合は恐怖に打ち勝とうと、必死になって虚勢を張っている。私としては、それを崩したくてたまらないんだよね。
焦燥――。
彼はいま、途轍もなく焦っている。間違いなく、心のうちで、ごちゃごちゃになった絶望と使命の葛藤に揺らいでいた。額からは大粒の汗をながし、幾度も固唾を呑む。――扨て、こういう相手には、いったいどうすればいい?
そ、煽ればいい。
「ほーら。アンタがずっと追いつづけてきた、私だよ?」
ゆっくりと、牙を剥く。
「あと何発で死ぬか分かんないけどさ、ははっ」
首を傾げ、前かがみになって、ヤツの綺麗な瞳を覗き込む。
「やれるだけやってみなよ、ん?」
「……」
段々と余裕が砕かれ、次第に憎悪と錯綜が思考回路を支配する。私の態度と、言葉の一つひとつがメイヘムとなり、ギフトと化し、彼の頭で粘着質に絡みつく。いいね、最高。
「アンタがどれだけ頑張っても、もう、変えられないの!」
「…………」
彼の片眉がピクッと痙攣を起こす。爆発の兆候。
「結局、たった一人の少女でさえも守れなかった‼」
「………………」
大きく目を見開いて、目一杯に煽る。肺の空気をすべて吐き出す勢いで。
抗えねぇんだよ。もう。
「大人しく、ごめんなさい、しな?」
「――――っ‼」
スッ――。
小さな銃口。震えが止まる。
それが、彼が失敗へのラインを越えた証明だった。込み上げた怒りが融合と衝突を繰りかえして、理性を失う。
瞼を大きく見開いて、眉間にはしわくちゃになるくらいの皺をつくり、私を見る目はあふれ出る憎悪のそればかり。それが彼の限界であり、人の持ちうる本性だった。狂気は人を突き動かし、判断を鈍らせ、人を殺す。
一粒の小さな涙がカーペットに染みを描いた瞬間。それが合図だった。
――パァァアンッ!
フラッシュ、排莢。
――パァァアンッ‼
フラッシュ、排莢。
――パァァアアアンッッツ‼
――――。
すこしの静寂。
もの寂しい、静寂。
銃口からは、白い煙がたち上がる。
………………。
…………およよ。
ガクッと、フラつく。
合計八発、全弾命中。これはさすがに……こたえたよ。
意識がぐわぁ、と、遠のく。
私の本質が鉛玉で朦朧として、ヤツの影を捉えるもままならない。ごふっ――。
でも……まだ死にやしない。
ポケットから取りだした携帯。
『00:30, 00:29, 00:28――』
ズルッ――。携帯が手から滑り落ちる。ゴタッ……。
「死ねよ……」
静寂のなかで吐き捨てられた言葉は、おそらくこの世のなによりも重みを帯びていた。
「死ねよ……!」
「ははー……」
ごめんね。まだ、あとすこしは、生きるようになってんの。
ひどい船酔いをしているような感覚。
俯いた先には、ヒビ割れた携帯。
『00:20, 00:19, 00:18――』
ボタ、ボタ……。体じゅうが、辺り一帯が、借り物の肉体から溢れた鮮血で紅くなっていく。おぇ。喀血が止まらない。
「ひとつ、タネ明かし、しよっか」
私は残る力を振り絞って、面を上げた。呆然と立ち尽くす彼の瞳が映り、それは来る破滅への畏怖を象徴していた。
「なぁ、ユリウス」
腹を抱えて、彼の名前を強く叫ぶ。
「今日――三月十五日が、なんの日か知ってる?」
「は……?」
『00:05, 00:04, 00:03――』
「アイズ・オブ・マーチだよ」
『00:02, 00:01――』
ホールの入口、両扉が蹴破られる。
…………来た。
――見た。
勝っっったあぁ――!
ピピッ。
銀髪のスラヴ人。ムカデのタトゥーを彫った、華奢な女。
そうだ、やっちまえ、イデス。
――ッダアァッッパアァァァアンッ‼
.45-70 ガバメント。
ユリウスの胸が突き出る。
それはまるで、英雄がサーベルで背後を突かれたかのような、美しい終わり方。いい、華がある。
――カッッチッ……!
緊張と興奮に委ねられた肉体。撃たれた衝撃に反射を起こして、手にしたスイッチが握られた。
「は、ははっ……」
すべてが、上手くいった。
たしかに、スイッチは握られた。私の描いた、糸くずひとつのミスも逃さないシナリオの通りに、事が運ばれたんだ。
それからものの数秒。
――ドッゴゴゴゴオォォオァァァアンッ‼
車列の爆散する音が建物の壁を貫通し、ホールにいる三人の耳を穿った。
こうして、グレート・フィルターという仮説は証明された。いまここに、終わりへの始まりを、私が立証した。
ふふっ……。なんとも、優雅な終わり方でしょ――?
「先輩っ――‼」
そう、それから私も、雅な散り方を遂げるの。
――ダパァアンッ!




