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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第九章 ー この世の果てまで / The End of the World ー
55/58

9-9 POV : ハル


 1:57 PM――。

 タイマーは残り三分を示した。

「あと三分。ほら、早めに始末したほうがいいんじゃね?」

 ユリウスというのは、どうも嗜虐心を擽る存在だ。イサカはずっと弱くって、頼ってくるのが可愛らしかったけど、コイツの場合は恐怖に打ち勝とうと、必死になって虚勢を張っている。私としては、それを崩したくてたまらないんだよね。

 焦燥――。

 彼はいま、途轍もなく焦っている。間違いなく、心のうちで、ごちゃごちゃになった絶望と使命の葛藤に揺らいでいた。額からは大粒の汗をながし、幾度も固唾を呑む。――扨て、こういう相手には、いったいどうすればいい?

 そ、煽ればいい。

「ほーら。アンタがずっと追いつづけてきた、私だよ?」

 ゆっくりと、牙を剥く。

「あと何発で死ぬか分かんないけどさ、ははっ」

 首を傾げ、前かがみになって、ヤツの綺麗な瞳を覗き込む。

「やれるだけやってみなよ、ん?」

「……」

 段々と余裕が砕かれ、次第に憎悪と錯綜が思考回路(クオリア)を支配する。私の態度と、言葉の一つひとつがメイヘムとなり、ギフト(毒)と化し、彼の頭で粘着質に絡みつく。いいね、最高。

「アンタがどれだけ頑張っても、もう、変えられないの!」

「…………」

 彼の片眉がピクッと痙攣を起こす。爆発の兆候。

「結局、たった一人の少女でさえも守れなかった‼」

「………………」

 大きく目を見開いて、目一杯に煽る。肺の空気をすべて吐き出す勢いで。

 抗えねぇんだよ。もう。

「大人しく、ごめんなさい、しな?」

「――――っ‼」

 スッ――。

 小さな銃口。震えが止まる。

 それが、彼が失敗へのラインを越えた証明だった。込み上げた怒りが融合と衝突を繰りかえして、理性を失う。

 瞼を大きく見開いて、眉間にはしわくちゃになるくらいの皺をつくり、私を見る目はあふれ出る憎悪のそればかり。それが彼の限界であり、人の持ちうる本性だった。狂気は人を突き動かし、判断を鈍らせ、人を殺す。

 一粒の小さな涙がカーペットに染みを描いた瞬間。それが合図だった。


 ――パァァアンッ!

 フラッシュ、排莢。

 ――パァァアンッ‼

 フラッシュ、排莢。

 ――パァァアアアンッッツ‼

 ――――。


 すこしの静寂。

 もの寂しい、静寂。

 銃口からは、白い煙がたち上がる。

 ………………。

 …………およよ。

 ガクッと、フラつく。

 合計八発、全弾命中。これはさすがに……こたえたよ。

 意識がぐわぁ、と、遠のく。

 私の本質(意識)が鉛玉で朦朧として、ヤツの影を捉えるもままならない。ごふっ――。

 でも……まだ死にやしない。

 ポケットから取りだした携帯。

『00:30, 00:29, 00:28――』

 ズルッ――。携帯が手から滑り落ちる。ゴタッ……。

「死ねよ……」

 静寂のなかで吐き捨てられた言葉は、おそらくこの世のなによりも重みを帯びていた。

「死ねよ……!」

「ははー……」

 ごめんね。まだ、あとすこしは、生きるようになってんの。

 ひどい船酔いをしているような感覚。

 俯いた先には、ヒビ割れた携帯。

『00:20, 00:19, 00:18――』

 ボタ、ボタ……。体じゅうが、辺り一帯が、借り物の肉体から溢れた鮮血で紅くなっていく。おぇ。喀血が止まらない。

「ひとつ、タネ明かし、しよっか」

 私は残る力を振り絞って、面を上げた。呆然と立ち尽くす彼の瞳が映り、それは来(きた)る破滅への畏怖を象徴していた。

「なぁ、ユリウス(・・・・)」

 腹を抱えて、彼の名前を強く叫ぶ。

「今日――三月十五日が、なんの日か知ってる?」

「は……?」

『00:05(チッ), 00:04(チッ), 00:03(チッ)――』

「アイズ(IDES)・オブ・マーチだよ」

『00:02(チッ), 00:01(チッ)――』

 ホールの入口、両扉が蹴破られる。

 …………来た。

 ――見た。

 勝っっったあぁ――!

 ピピッ。


 銀髪のスラヴ人。ムカデのタトゥーを彫った、華奢な女。

 そうだ、やっちまえ、イデス(IDES)。


 ――ッダアァッッパアァァァアンッ‼




 .45-70 ガバメント。

 ユリウスの胸が突き出る。

 それはまるで、英雄がサーベルで背後を突かれたかのような、美しい終わり方。いい、華がある。

 ――カッッチッ……!

 緊張と興奮に委ねられた肉体。撃たれた衝撃に反射を起こして、手にしたスイッチが握られた。

「は、ははっ……」

 すべてが、上手くいった。

 たしかに、スイッチは握られた。私の描いた、糸くずひとつのミスも逃さないシナリオの通りに、事が運ばれたんだ。

 それからものの数秒。


 ――ドッゴゴゴゴオォォオァァァアンッ‼


 車列の爆散する音が建物の壁を貫通し、ホールにいる三人の耳を穿った。


 こうして、グレート・フィルターという仮説は証明された。いまここに、終わりへの始まりを、私が立証した。

 ふふっ……。なんとも、優雅(グレイト)な終わり方でしょ――?


「先輩っ――‼」


 そう、それから私も、雅(みやび)な散り方を遂げるの。


 ――ダパァアンッ!


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