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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第九章 ー この世の果てまで / The End of the World ー
53/58

9-7 POV : ギャレット


「さすがだな。実に見事だよ」


 ――目を覚ませば、ふと思うの

 ――どうしてなにもかも、変わらないの?


 変わらない。

 ……そうだな。

 変わりやしない。

 人はここまでの危機に直面しても、まだ生き残ろうとする。そして、その危機のうちの一つを、私は乗り越える。

「ギャレット。君の推理は見事に的中したよ。私もバレないように働いたつもりだったが、どうにも、叶わなかったようだ。私はもう降参する」

「賢明な判断だ」

 私は拳銃のハンマーを起こす。カチッ――。

 もうすぐ午後二時。私はこのコラボレーターを始末し、役目は終わる。あとは、彼女に託すしかない。

「その前に……」

 と、彼の体が正面を向く。危機のアラート。私は反射的に一歩うしろへ退いた。

「安心してくれ。銃はない。一つ……訊かせてくれ。君は、なんのために、フィルターを止めたいんだ?」

 突飛で、愚鈍な質問だった。私は肩を竦めて、人として当たり前の回答をする。

「マトモな人間――コラボレーターでないなら、私でなくてもそうするだろう。大抵の人は皆、生きたいと思って、生きている」

「その『生きたい』は、なんのために?」

 はァ……?

「なに言ってんだ」

「その生きたい、は、根底になにを意味するんだ?」

「解せんな」

 その明確な否定が、どうやら彼の頭の中にあるスイッチを押してしまったようだった。私はこれまでにない不快感を覚えた。ヤツの言葉が、こう、頭のなかに侵食してくるような。銃では抗えない、息苦しさを感じる。

「還元的に考えてみたまえ。星が生まれ、人が育ち、文明を築いたその先にあるのは、いったいなんだ?」

 数瞬、言葉に詰まる。

「……発展か?」

「無だよ」

 ドクッ――。

 彼は私を舐めるように睥睨した。

 いやな動悸が、身体のなかを這いずった感覚がする。私は彼を睨み返して、大きく息を呑んだ。背筋に悪寒が走る。

「人間の導き出した考え方の一つに、『ニヒリズム』というものがある。一言でいえば、この世の万物は虚無に帰す、というものだ」

 ニヒリズム。虚無主義ともいう。下らない知性の垢で、考えたってどうしようもない概念。大学の授業で聞いたことがあるが、実につまらなかった記憶しかない。

「これほど懸命に社会を維持し、世代を超えて命を繋いでも、いずれ終わりは訪れる。長い目で見てみろ。我々人間という、この小さな肉体が外宇宙を越えて、まったく新しい地球にでもありつけない限り、最期というのは避けられない事象であり、事実だ」

 彼は淡々と言葉を連ねた。死を悟った饒舌は、やけに自由を伴って、悲観をベラベラと語る。彼は自身の死も、痛みも、最後は虚無に帰すと分かっているから、嘘のない余裕をみせていられるのか……。

「フィルターはそれを、然るべき形――つまり、人間が人間の判断によって、ごく自然的な終焉を迎えるように、調整しただけさ」

 彼はどことなく楽しそうだった。不敵な笑みを浮かべて、熱心に哲学とフィルターの行いを正当化した。

 説法を受けた私はどう感じたか。

 包み隠さず言うならば、「腑に落ちた」というのがもっともかもしれない。外の暴動が、フィルターに翻弄されてきた自分が、これまでの歴史が、急にすべてバカらしく思えてしまった。それは多面的に捉えれば、彼の言い分が一理あるからだ。

「簡単に言おう。物事には、必ず終わりがある。そして、私はこの終わり方(シナリオ)に、大変満足した」

 私は言葉を失った。この場の状況は、依然として私が有利だ。それは確かだというのに、心の余裕が失われていった。彼の紳士的な態度と小難しい言い回しは、間違いなく、私の思考をエラーに導いている。拳銃を持つ手が、カタ、と震えだした。

「隕石の衝突でも、怪物の襲来でもない。人間が人間の選択によって、自然な形で終わりを迎える。なんとも美しいと思わんか?」

 それは、彼にとっての信条であり、美徳だったのかもしれない。人は「生きる」ことと同じように、「美しさ」を求める。彼がコラボレーターである理由はひとつ。「終わり良ければ総て良し」――たったのこれだけだ。

「正に、『然るべき死は、究極の美』ということだ」

「黙れぇッ――‼」

 我慢できなかった。

 もう頭にきた。

 これはもはや、発作といってもいい。とにかく、これ以上彼の言うことに耳を傾けてはいられなかった。

「もォオたくさんだ!」

 呼吸することさえも忘れていたようで、私は荒々しく息継ぎを繰り返す。すぅ、はぁっ……。

「お前の持論はどうだっていい。お前が、人類の敵だということが分かった。それで十分だ」

 私はもう一度、右腕に力をこめる。

「そうか」

 彼はよく微嗤(ほほえ)んだ。そのツラも、声も、存在も、もうウンザリだ‼

「後ろを向いて、跪け」

 拳銃を振って指図する。

 心のなかに棲みついた不安と、理解できない憎悪と諦観。私はその感情をありったけの憤怒にシフトして、彼に近づいた。いまは、いまだけは、怒りに身を任せるしかない。そうしければ、私の自我が失われる。この危機感はホンモノだ。

 私は歯を食いしばって、震える銃口をカシウスの後頭部に向けた。彼の「美徳」の詰まった脳ミソが、いま、私の足元で跪く。

「私も、最期か。あぁ……、彼女の描いたシナリオの一部になれることが、誉で仕方ない」

「ネンブツ唱えろ、クソ野郎」

「――ギャレット、遺言だ」

「あァ?」

「君の推理は、『A』クラスだ」

「ありがとうよ」

「しかし残念ながら、『A+』にはなれな――」


 ――パアァァンッ。


 ………………。

 ダメだった。

 忍耐、ならなかった。

 獅子は慈悲を与えず。

 獲物は脳漿を撒き散らして、地面にバッタリと突っ伏した。返り血をすこしだけ浴びた。

 私の予想は的中し、彼の下らない妄想は私の手によって阻まれた。あれだけ自分の思う「美しさ」を駄弁っていた彼も、たった一つの衝撃で、動かぬ細胞の塊と化したのだ。

 やった。

 一つ、片づいた。

 ………………。

 そう思ったのに、実感が湧かない。グッと血の気が引いて、沸々としていた熱がすこしずつ冷めていく。……なぜだろうか。「ヤツを殺した」。これはフィルターを止めるために大きな意味があったはずだ。

 ひとまず、気持ちを落ち着かせるために、時刻を確認する。

 1:51 PM――。

 昇進したときに買った――昇進したから、なんだ? 結局は無に帰すんだろう?

「なっ……」

 思わず、左手が口を塞いだ。拳銃を持ち、ぶらさがった右手は疲弊しきっている。

 ……おかしい。

 歓びも、愉悦も、安堵もない。これまで、事件を解決したり、フィルターに近づくたびに感じていた感情が、これっぽっちも湧きやしない。彼を殺せたのに、感じるのは胸中で渦巻く、消化できない蟠りのみ。

 なぜだ……?

 まるでこうなることさえもが、シナリオ(・・・・)の一部あるかのように、思えてしまう――……ま、待て。

 彼女(・・)……?

 ユリウスは、男だろ――


 ――バタァァンッ!


 ビクッ――!


 後ろのほうで、扉が開いた。勢いよく蹴飛ばされる音がした。

 私は肩を跳ねあげて、恐るおそる振りかえる。

「アーサー――! アン、タ……なにしてんの?」

 イデス。イデス……。

 あぁ、獅子の本分。

 どうやら、彼女もうまく潜り込んだようだ。よかった。

「ソイツって……」

「え、あぁ……」

 彼女は会議室の入口で、その光景を目の当たりにした。

 仆(たお)れたA.D.C.C.D.の長官と、わずかに血に染まり、唖然と立ち尽くす私。

 その構図を見て、彼女が、いったい誰が「裏切り者」なのかを判別するのは、至極容易なことである…………いいや違う。違う、ちがうんだ待て――!


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