9-7 POV : ギャレット
「さすがだな。実に見事だよ」
――目を覚ませば、ふと思うの
――どうしてなにもかも、変わらないの?
変わらない。
……そうだな。
変わりやしない。
人はここまでの危機に直面しても、まだ生き残ろうとする。そして、その危機のうちの一つを、私は乗り越える。
「ギャレット。君の推理は見事に的中したよ。私もバレないように働いたつもりだったが、どうにも、叶わなかったようだ。私はもう降参する」
「賢明な判断だ」
私は拳銃のハンマーを起こす。カチッ――。
もうすぐ午後二時。私はこのコラボレーターを始末し、役目は終わる。あとは、彼女に託すしかない。
「その前に……」
と、彼の体が正面を向く。危機のアラート。私は反射的に一歩うしろへ退いた。
「安心してくれ。銃はない。一つ……訊かせてくれ。君は、なんのために、フィルターを止めたいんだ?」
突飛で、愚鈍な質問だった。私は肩を竦めて、人として当たり前の回答をする。
「マトモな人間――コラボレーターでないなら、私でなくてもそうするだろう。大抵の人は皆、生きたいと思って、生きている」
「その『生きたい』は、なんのために?」
はァ……?
「なに言ってんだ」
「その生きたい、は、根底になにを意味するんだ?」
「解せんな」
その明確な否定が、どうやら彼の頭の中にあるスイッチを押してしまったようだった。私はこれまでにない不快感を覚えた。ヤツの言葉が、こう、頭のなかに侵食してくるような。銃では抗えない、息苦しさを感じる。
「還元的に考えてみたまえ。星が生まれ、人が育ち、文明を築いたその先にあるのは、いったいなんだ?」
数瞬、言葉に詰まる。
「……発展か?」
「無だよ」
ドクッ――。
彼は私を舐めるように睥睨した。
いやな動悸が、身体のなかを這いずった感覚がする。私は彼を睨み返して、大きく息を呑んだ。背筋に悪寒が走る。
「人間の導き出した考え方の一つに、『ニヒリズム』というものがある。一言でいえば、この世の万物は虚無に帰す、というものだ」
ニヒリズム。虚無主義ともいう。下らない知性の垢で、考えたってどうしようもない概念。大学の授業で聞いたことがあるが、実につまらなかった記憶しかない。
「これほど懸命に社会を維持し、世代を超えて命を繋いでも、いずれ終わりは訪れる。長い目で見てみろ。我々人間という、この小さな肉体が外宇宙を越えて、まったく新しい地球にでもありつけない限り、最期というのは避けられない事象であり、事実だ」
彼は淡々と言葉を連ねた。死を悟った饒舌は、やけに自由を伴って、悲観をベラベラと語る。彼は自身の死も、痛みも、最後は虚無に帰すと分かっているから、嘘のない余裕をみせていられるのか……。
「フィルターはそれを、然るべき形――つまり、人間が人間の判断によって、ごく自然的な終焉を迎えるように、調整しただけさ」
彼はどことなく楽しそうだった。不敵な笑みを浮かべて、熱心に哲学とフィルターの行いを正当化した。
説法を受けた私はどう感じたか。
包み隠さず言うならば、「腑に落ちた」というのがもっともかもしれない。外の暴動が、フィルターに翻弄されてきた自分が、これまでの歴史が、急にすべてバカらしく思えてしまった。それは多面的に捉えれば、彼の言い分が一理あるからだ。
「簡単に言おう。物事には、必ず終わりがある。そして、私はこの終わり方に、大変満足した」
私は言葉を失った。この場の状況は、依然として私が有利だ。それは確かだというのに、心の余裕が失われていった。彼の紳士的な態度と小難しい言い回しは、間違いなく、私の思考をエラーに導いている。拳銃を持つ手が、カタ、と震えだした。
「隕石の衝突でも、怪物の襲来でもない。人間が人間の選択によって、自然な形で終わりを迎える。なんとも美しいと思わんか?」
それは、彼にとっての信条であり、美徳だったのかもしれない。人は「生きる」ことと同じように、「美しさ」を求める。彼がコラボレーターである理由はひとつ。「終わり良ければ総て良し」――たったのこれだけだ。
「正に、『然るべき死は、究極の美』ということだ」
「黙れぇッ――‼」
我慢できなかった。
もう頭にきた。
これはもはや、発作といってもいい。とにかく、これ以上彼の言うことに耳を傾けてはいられなかった。
「もォオたくさんだ!」
呼吸することさえも忘れていたようで、私は荒々しく息継ぎを繰り返す。すぅ、はぁっ……。
「お前の持論はどうだっていい。お前が、人類の敵だということが分かった。それで十分だ」
私はもう一度、右腕に力をこめる。
「そうか」
彼はよく微嗤んだ。そのツラも、声も、存在も、もうウンザリだ‼
「後ろを向いて、跪け」
拳銃を振って指図する。
心のなかに棲みついた不安と、理解できない憎悪と諦観。私はその感情をありったけの憤怒にシフトして、彼に近づいた。いまは、いまだけは、怒りに身を任せるしかない。そうしければ、私の自我が失われる。この危機感はホンモノだ。
私は歯を食いしばって、震える銃口をカシウスの後頭部に向けた。彼の「美徳」の詰まった脳ミソが、いま、私の足元で跪く。
「私も、最期か。あぁ……、彼女の描いたシナリオの一部になれることが、誉で仕方ない」
「ネンブツ唱えろ、クソ野郎」
「――ギャレット、遺言だ」
「あァ?」
「君の推理は、『A』クラスだ」
「ありがとうよ」
「しかし残念ながら、『A+』にはなれな――」
――パアァァンッ。
………………。
ダメだった。
忍耐、ならなかった。
獅子は慈悲を与えず。
獲物は脳漿を撒き散らして、地面にバッタリと突っ伏した。返り血をすこしだけ浴びた。
私の予想は的中し、彼の下らない妄想は私の手によって阻まれた。あれだけ自分の思う「美しさ」を駄弁っていた彼も、たった一つの衝撃で、動かぬ細胞の塊と化したのだ。
やった。
一つ、片づいた。
………………。
そう思ったのに、実感が湧かない。グッと血の気が引いて、沸々としていた熱がすこしずつ冷めていく。……なぜだろうか。「ヤツを殺した」。これはフィルターを止めるために大きな意味があったはずだ。
ひとまず、気持ちを落ち着かせるために、時刻を確認する。
1:51 PM――。
昇進したときに買った――昇進したから、なんだ? 結局は無に帰すんだろう?
「なっ……」
思わず、左手が口を塞いだ。拳銃を持ち、ぶらさがった右手は疲弊しきっている。
……おかしい。
歓びも、愉悦も、安堵もない。これまで、事件を解決したり、フィルターに近づくたびに感じていた感情が、これっぽっちも湧きやしない。彼を殺せたのに、感じるのは胸中で渦巻く、消化できない蟠りのみ。
なぜだ……?
まるでこうなることさえもが、シナリオの一部あるかのように、思えてしまう――……ま、待て。
彼女……?
ユリウスは、男だろ――
――バタァァンッ!
ビクッ――!
後ろのほうで、扉が開いた。勢いよく蹴飛ばされる音がした。
私は肩を跳ねあげて、恐るおそる振りかえる。
「アーサー――! アン、タ……なにしてんの?」
イデス。イデス……。
あぁ、獅子の本分。
どうやら、彼女もうまく潜り込んだようだ。よかった。
「ソイツって……」
「え、あぁ……」
彼女は会議室の入口で、その光景を目の当たりにした。
仆れたA.D.C.C.D.の長官と、わずかに血に染まり、唖然と立ち尽くす私。
その構図を見て、彼女が、いったい誰が「裏切り者」なのかを判別するのは、至極容易なことである…………いいや違う。違う、ちがうんだ待て――!




