9-6 POV : ギャレット
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
1:44 PM――。
答え合わせを――
「しようか」
イデスから譲りうけた拳銃は、セーフティボタンやマグウェル、ボルトの一部に金色のアクセントが施されている。といっても、それは決して下品なものではない。売れないラッパーが着飾るためのケバい色ではなく、格式と言おうか、上品さと余裕を兼ね備えた、そんな色を持っている。
まるで獅々――そう例えよう。
印象派の画家が獅子を描けば、きっとイデスがコイツを握っている絵になるだろうな。一〇万ドルはだそう。
「答え合わせか……」
その獅子はいま、一つの獲物に狙いを定め、それを仕留めようとしている。手綱は私の人差し指。軽く引けば、決着はすぐつく。
獲物は、知性を持っていた。ロレックスの時計に目を落とす所作は、いかにも知識人。濃紺のスーツには皺ひとつなく、波乱に振り回され、ほつれまくった私のジャケットとは大きな違いだった。
「君の前職の捜査官としての手腕は立派なものだと聞いていたが……、今回のそれも、おそらく『A』クラスだろうな」
彼は獅子に対抗しうる余裕さと、気品を纏う。私が銃口を向けているのに、物怖じは一切ない。
第三会議室――。
ありふれたオフィスの会議室のようだが、物の高級感が浮いている。チェスナットの壁に、敷き詰められたワインレッドの絨毯。円を描くように置かれたデスクには、即席の指令部が設置されていた。
その指令は、主にA.D.C.C.D.とA.D.C.C.U.に下るもの――もちろん、我々、第5特殊作戦実行班を除いて。そして、肝の指令を下すのは、この獲物――カシウスだ。
「電話の続きをしよう。地獄行きの土産に、面白い話を聞いていけ」
「ほぅ」
ヤツは微笑んだ。下を向き、なにかを悟っている。まるで、事がつつがなく進んでいるかのように、愉悦に浸っている気配を漂わせていた。正直、敗北者がその余裕とは、癪に障るな。
「土産話を聞く前に、ひとつ」
「なんだ」
「BGMをつけさせてくれないか? 私の最期なんだ。すこしだけ、着飾らせてほしい」
気味の悪い提案だ。下卑ている。
「好きにしろ」
吐き捨てる調子で返すと、彼は窓際のテーブルに置かれた、ヴィンテージものの古びたレコードに手をかけた。彼が針を落とすと、パチパチとレコードの擦れる音が、遠い騒乱に混じって幽かに聞こえてくる。それからすこしすると、滑らかメロディとともに、哀し気な声が歌をうたいはじめた。
――なぜ太陽は輝きつづけるの?
――なぜ海は何度も岸と出逢うの?
――みんな、この世が終わることを知らないのね
六〇年代を彩ったオールディーズ。スキータ・デイヴィスの歌だった。
悲しい失恋の歌。
せっかくの名曲が、コイツがいるだけで台無しだ。
「はぁ……。なんとも、儚く美しい曲だ」
曲をかけたとうの本人は、よほどこの曲を気に入っているのか、そのメロディに心酔しきっていた。
そして共感の眼差しを私に向けたところで、ようやく現実に戻ってくる。
「あぁそうだ。答え合わせだったな」
そういうと、彼はワックスで固めた、白髪まじりの黒い髪をさっと撫で、それからデスクに腰を落とし、両手を擦りあわせた。
私はいま、確信している。皮肉なことに、この哀愁を謳う曲が、カシウスが「何者であるか」という私の予測に自信を与えてくれていた。
「聞こうか、君の回答を」
私は固唾を呑んでから、咳払いを一つ。
「まず、エコーの構成員が精鋭とはいえ、寄せ集めの人選から成ること自体がおかしいと思っていた」
「ほぅ、そうなのか。イデスのことも?」
「あぁ、彼女は特に、引っかかったな」
ヤツがその名を出したとき、私はふと、彼女のいまごろを想像した。デモ隊に紛れて、うまくフィルターの元まで辿りつけるといいが……。
「昨晩の電話で、お前はイデスがコラボレーターだと言ったな」
「言ったし、それは事実だ」
事実――。
彼はにこやかにそう言った。そして、その言葉に私が反論する余地はない。彼女は、コラボレーターなのだから。
「私が初めて彼女に会ったとき、イデスは私の銃を盗んで一人の男を殺した。アメリカの汚いアパートでな」
『――ここ、あんまり来ちゃいけねぇところなんだ。俺らの間じゃァ有名でね。あんた、こんなところに用なのか?』
――廊下には、めかしこんだスーツを着る、白髪の五十代くらいの男が一人、血に染められて倒れている――
「タクシーの運転手からそのアパートが禁足地である噂を耳にしたが、私はその理由をはき違えていた」
カシウスは音楽に浸りつつ、目を瞑り、私の推論に耳を傾けつづける。
「私はてっきり、殺し屋であるイデスの存在が理由とばかりに思っていたが、本当の理由は、彼女に殺された男にあった」
「ほぅ? その男がなぜ……?」
「その男がアメリカ合衆国国務長官――ラムサス・ハースタルだからだ」
彼がそのアパート――セーフハウスといったほうがいいか――に逃げ込んだのも、なんらかの働きかけがあってのことだ。
「そうなるように企てたのが、お前だ」
私はその裏づけとして、アタシカのオフィスから逃げ、廃屋に逃げ込み、カシウスから電話で告げられた直後のことをふり返った。
『――イデス、本当のことを言え』
『はぁ……?』
『おぃ……、ダミァ……』
床から這いあがるように聞こえる、幽かなカシウスの声。私はそのスマホを思い切りに踏みつけ、パキイィッ――‼
それから地の味を分からせるがごとく、右へ、左へ、踏みつけた足をじっくりと躙らせた。パリパリと液晶の粉砕する音。怒り心頭になって初めて、この黴臭い部屋が静けさを取り戻した。
『――アーサー』
イデスはベコベコにやられたマルボロのケースを、尻のポケットから取り出す。
『ウソはつかない。だから、ちゃんと聞いて』
私はありったけの疑いと警戒、そして侮蔑を滲ませた目で、彼女を見つめた。しかし、それでも彼女は焦燥を見せることなく、冷静になってタバコの先端に火を点けた。
『依頼人はブルートゥスって人。詳細は教えてくれなくて、対象は『政治家の重鎮』とだけ。セーフハウスに逃げてて、『ギャレット』が私を訊ねたときに、好機が来るようにしている、って』
……待て。
『ブルートゥス、か?』
『うん。私はてっきり、反体制派の依頼かなにかかと――』
ブルー、トゥス……――
「そのブルートゥスという名が、お前がコラボレーター側に通していた名だ。アタシカから押収した端末には、しっかりと記されていた」
ドンピシャだろう、と鼻を高くしたい気持ちだったが、それでも彼は妙に落ち着き払っている。
「平和協定に肯定的だったラムサスをイデスに殺させ、彼女がコラボレーターであるという既成事実を作り、私に突きつける。さらに、否定派のカレン副長官が調印式に登壇することで、暴動に対する意味づけをより容易にした。まさにお前は、濡れ手で粟の成果を得ようとしたわけだ」
彼はうんうんと大きく頷いた。
「さすがだな、ギャレット。だが、それだけではまだ、私がコラボレーターである決定打にはならんだろう」
「ふっ――」
思わず失笑した。お前はどうやら、自分で自分の首を絞めるのが好きらしい。
「お前はそれ以前――タケムラの一件以降に、『エコーのなかにコラボレーターがいる』と吹き込んだな」
『――なんだって?』
『だから、A.D.C.C.D.の中に、コラボレーターがいるんだ――』
「君が酔っていたときの電話かな?」
「そうだ。そして、我々エコーが内部から崩壊することを目論んだだろう」
しかし。
「私は水面下で裏切り者を洗い出そうとし、ついにはアタシカのオフィスに赴いた。エコー内で自然消滅するというお前の算段が逸れてしまった」
つまり、これがカシウスの誤算だった、というわけだ。
「仮にオフィスで私が端末を見つけ、その中にある情報に触れてしまえば、それはお前やフィルターにとって大きな失態となる。それに、アタシカの連中はどうにも素人。確実に始末してくれる保証はない。そこで、我々を確実に殺すために、別働隊のQRFを現地によこした」
そこで衝突が起きれば、QRFは我々を叛逆者と見なし、我々は背水の陣を食らうハメになる。そうなれば、エコーどころか、A.D.C.C.D.という組織全体を瓦解させることが可能となった。
フィルターという存在が、これほどまでにA.D.C.C.D.を翻弄するためには、「A.D.C.C.D.」の中にコラボレーターがいなければならない。そういった思考に帰着するのはある種必然的ともいえる。そう考えなければ、辻褄が合わないからだ。
そして、我々を機微に操ることができたのは――紛れもない、この獲物だ。
「うぅむ」
どうだ、満足いったか? んん?
「さすがだな。実に見事だよ――」




