9-5 POV : イサカ & ユリウス
私は、とにかく、待つ。私を傷つけたものを、私の手で壊す。スイッチ握って、仕事をこなす。ハル先輩が上手くいくよう、手伝うの。
…………。
ギイィィ……バタァンッ!
――! うそ、だれか来た!?
孤独、不安、心配。すべてが一瞬で消え去って、浮き彫りになったのは恐怖。私はそっと、踊り場から下を覗く。
見える。あの白い頭は――!
ヤバいやんなきゃ。あぁ、えと、なんだっけ――そう、撃たなきゃ。
待って、最初にハンマーを倒す? ちょま、安全装置ってあるっけ……?
ガチャガチャ焦って――
――パアアァァンッ!
――ッツッピイィィン‼
「ひっ――!?」
目と鼻の先、ポールに跳弾。もうバレたの!?
大声だしたら殺される……!
私はなにがどうやら、とにかく下に向かって銃を突きだした。引き金を引けば、なんとかなるでしょ――って、トリガー重たっ!?
ちょっと、こんっの……。
――ドゴオオォァンッ‼
「ひゃ――!?」
痺れる反動。鼓膜が振動。撃ち方が悪かったからか、拳銃があり得ないほどに跳ねあがる。キイイィィィンと、耳鳴りが現実との乖離を引き起こした。
――パアァンッパアァァンッ!
空気を劈く音。相手の射撃は精確を極めて、これは死んじゃう――ガチ死ぬ‼
――ドゴォァッドガァンッ‼
下手な鉄砲。数撃っておねがい。当たっってっ!
――ドガァッドゴォァンッ!
もう弾なくなる? まっていま何回撃った?
――ヒュイィッ‼
――ッツパンッ。
「うぃっ――‼」
アイツまだ生きてるしっ‼ うぅっ!
着弾の火花。心拍数の上昇。
バクバクバクバクバクバク――。
ヤバい弾入れ替えないと……。
ガタガタ信じられないくらい震えてる手でポケットに手を突っこむ。全身鳥肌。気道が詰まる。マジで、こんな死に方すると思ってなかった。赤色の実包。掴んだまま、えっと、シリンダー開けて――
「あっ――!」
――…………。
――手から滑った。
弾が、ゆっくりと階段を転がっていく。
カン、コラカンッ――。
――カンコラカンカンッ……。
え、ちょ……。
――カンコロォ……。
………………。
カンコンカンコン……。
迫る足音。
カンカンカンカンッ――。
接近の気配。
カンコンカンコン――‼
あ……死ぬ。
鼻先がじんわり熱を帯びる。スイッチなんて、知らない。
私、死ぬ。
※※※
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
1:35 PM――。
――カンコンカンコンッ!
――カンコンカンカンッ!
仕留めるか、仕留められるか――。
階段を駆け上がり、敵のいる五階は目前――。
大丈夫。もし彼女であるならば、撃ってこない。
――イサカは、私を撃たない。
――カンカンッ。
一段々々を踏み締める。ここまで、私は生きた。
ライフルを構えたまま。覚悟必至で顔を、出す――。
――ッ。
――チッ。
――カチッ。カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
うーん……なるほど。理解と時を同じくして、溜めこんだ息を失笑に変える。
これは……撃ってるけど、撃ってない、ね。――俗に言う、空撃ち。一本とられた。
――カチッ、カチッ、カチッ。
腰を抜かして、ガタガタと照準の定まらない両手で一生懸命に、トリガーを何度も何度も。彼女の心底からくる恐怖が突き動かした防衛反応。そこにいたのは、身の丈に合わないスーツを着た、黒髪の可愛げな少女。予想的中、イサカだった。顔をしわくちゃにして、目尻からは大粒の涙。赤くした小さな鼻からもズビズビと水分が。……あぁ、怖がらせたね。
「イサカ――」
私はゆっくり、ライフルの銃口を下げた。そして、左手をそっと伸ばす。
「イサカ……」
――カチ、カチ……。
彼女の持つリヴォルヴァーにその手を置き、そっと、優しく荷重をかける。力み過ぎてコントロールを失った彼女の手は、あっさりと下を向いた。
「助けに、来たよ」
刺激しないよう、興奮を抑えて小さく呟く。冷たい手。体の芯まで冷え切っていそうで、無用な心配が頭をめぐる。
「あ、あぁ……」
極限状態に陥った彼女が、ゆっくりと目を開けた。
よく分かる。それは人の心が死んだときの目。瞳孔が開いて、充血がひどく、視線は恐怖と重圧と錯乱を織りまぜて、畢竟は虚空の一点を見つめている。
「ゆぅー……、リ」
「そう、ユーリだよ」
私は思わず綻びを零した。嘘でも、愛想でもない。本心からの、微笑みだ。憐憫の情が沁みるように湧いて、胸がぎゅう、と苦しくなった。
「ユーリ……なんで…………」
「ごめんね。本当に、ごめん」
私は膝をついて、踊り場へと繋がる最後の一段をのぼる。
すこしずつ躙り寄って距離を縮めるが、彼女は退くこともせず、ただ、その場に硬直していた。
「もっと、ちゃんと話してればよかったね」
ライフルを背中に担ぎ、そっと、冷たくなった両頬に手を重ねる。そして、触れた途端に感情が爆発し、勢いあまってイサカの全身を包み込んだ。
「ユーリ……」
彼女の声に涙がにじむ。あぁ、この子はまだ、生きている。
わずかな脈が、私の身体に伝わってきた。この子の意識は、存在は、この華奢な体のなかで一生懸命に息をしている。
「私、苦しい」
「そうだよね。苦しいよね」
「死にたかったの、に」
虚ろでたどたどしい言葉。詰まっては、溢れて。
死にたかった。聞き出したその一言が、私の心に棘を刺す。
「やっぱり、死にたかったんだね」
「ユーリのせいで……」
「私のせいだ。私のせいだよ」
そうだ。イサカが苦しいのは、私の責任だ。私の優柔不断さが彼女を波乱へと誘い、そしてその渦中で、無責任に突き放した。
ようやく己の犯した罪を自覚すると、自分が崩れそうになる。私は取り返しのつかないことをした。救いたかった彼女の壊れた姿を目の当たりにして、ようやく気づいた。本当に、ごめん。
「ごめんね」
抱きしめたまま、声を殺して泣いた。泣くしかなかった。彼女が苦しいと口にしたことが私の苦しみであり、そして嬉しさでもあった。それは彼女が自分自身の意志で、繕うことをやめて、苦しみを吐露したからだ。
「ユーリのせいで、私、生きてるよ」
ズズ、と、鼻を啜る音に混じって、ふふ、と笑い声がした。
「本当に、死ぬかと思ったんだけど」
冗談まじりの鼻声。…………ん?
驚きを隠せず、抱擁から解放し、イサカの顔を窺う。
そうして気づいた。死を経験して生を知った彼女の笑顔は、噓偽りのない本当の意味で、この世のなによりも綺麗だということを。
「ふ、ふふっ」
安堵に綻ぶ。そして優しく、彼女の目尻にある涙を拭った。今度ばかりは、私がイサカにつられて微笑んじゃったな。
きっと彼女の全身が負った傷を癒せるのは、私ではない。もとより、私にはその資格などない。それでも、彼女がこの世界で生きつづけて、すこしでも幸せになれるよう精一杯の努力を尽くすべきだと、いまになって気づかされた。彼女のような、不遇の罪なき少女は、平凡の貴さを知っていいはずだ。
――安堵も束の間。
「ねぇユーリ、血。目からも……」
心配そうな目つきで、イサカが私の顔を指さす。その辺りを手で軽くなぞると、べっとりとした血が付着した。あぁ……。
「バイクでコケたときの……」
この血液が、まだ事が片づいていないことを思い出させる。そこに意識が向いたことで、ズキズキと脈打つ痛みを感じた。
「めっちゃ充血してるよ。ヤバくない? それ……」
「うぅん、大丈夫」
まぁ、アドレナリンが体じゅうから溢れてるから、ヤツを仕留めるまでは持ち堪えてくれると思う。……それに、生きることを知ってくれたイサカの生きる「舞台」がなくなれば、元も子もない。是が非でも持ち堪えなければ。
熱った体がようやく落ち着き、寒さにすこし身震いを起こす。
「――ねぇ、イサカ」
「うん」
可愛いボブカット。サラッと揺らして、コクリと頷く。
「ちゃんと説明するから、ひとつ、私に教えてほしい」
私はトーンを落として、真剣な眼差しでイサカを見つめる。彼女にもそれは伝わったようで、ゴク、と喉を鳴らした。
「ハルはね、いま、とんでもないことをやらかす気なんだ。すっごく簡単に言うと――」
数瞬、言葉に詰まる。こんな言い方して信じてくれるかな。
「なに?」
私の疑念とは裏腹に、彼女も真剣な眼差しを返す。……そうだね。
「簡単に言うと、地球を滅ぼそうとしてるんだ」
自分でもバカバカしいとは思う。覚悟をもったものの、アホらしさを感じて彼女から目を逸らし、思わず自嘲したくなった。
「……ハル先輩は、七階に行ったよ」
けれども、彼女はそう口にした。嘲るわけでもなく、至って大真面目だった。……どうやら、グッドエンドはまだお預けみたいだね。
「だいたい何分前とか、分かる?」
私はライフルを再び構える。イサカはスマホを取りだして、沈着に時刻を確認した。
「たしか三十四分だったから……、七分前、くらい」
七分前、か。
「いま四十一分?」
「うん。それと……」
そういって、彼女は床に転がっていたスイッチを私に手渡した。これは……。
「二時になったら押せって」
「…………」
調印式の会場である本部――その地下駐車場に要人たちが集まるのは午後一時四十五分。暴動の収束を待って十五分遅れると見込み、時刻は午後二時ちょうど。ハルは自身を身代わりに、隠れていたイサカに起爆を託したのか……?
――まったく、汚い手を使う……。
葛藤の蠢くまま、私は俯き、低声にイサカを訊ねる。
「イサカ、頼みがあるんだけど、その、これは……」
「ねぇ、ユーリ」
「ん?」
落ち着き払った彼女が私を制止する。それに対し、私は我知らず面を上げた。
「なんでもいいけど、それはユーリか、それとも、他の誰かのため?」
予想外の質問。しかし、私の答えはいたって明快。募る思いが息を吐くように出る。
「いいや、君自身のため、かな」
「……私はそういってくれる人のために、尽くすよ――」




