9-4 POV : イサカ
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
1:29 PM――。
「――クソコッパが!」
「権力の独占だ‼」
「下がれ!」
「催涙を――っ‼」
先輩の言った通り、西の通りが荒れはじめた。警官隊と自衛隊、それからA.D.C.C.U.……とかいう組織から編成される防衛隊と、そこに真っ向正面からぶつかる暴徒たち。野次馬を含め、数はざっと万を超えてるかも。押しあい圧しあい。すし詰めの満員電車みたいに、道路を舞台にもみくちゃになってる。ニホンの反体制派や、過激派? よくわかんないけど、多分この調印式をよく思わない裏方の人間が煽動したんだろう。金属バットにバール、パイプ、挙句は火炎瓶までチラつかせ、拡声器からはヘイトスピーチや罵詈雑言が大々的に謳われる。バリケードを境界に波は衝突を繰りかえすけど、数に勝るものってのはないんだね。じわじわと、防衛隊は本部の入口へと食い下がっていった。こうなることを完璧なまでに予言した先輩、ますます謎は深まるばかり。
感心と疑念を肚に据えて、先を行くスーツ姿の先輩を追う。廊下の窓から見下ろせる暴動の景色は、鳥肌ものだった。
「あれもすぐ終わるから。あ、言ったこと、ちゃんとやれるね?」
先輩がチラッと振り向く。窓辺から差すわずかな光に、彼女のピアスがギラリと光った。
「うん、やれる」
拳銃には六発、弾が入ってる。もし人が来たらソイツを撃って、二時にスイッチを押す。それだけ。
「ん、大丈夫そうだね」
覚悟は決まってるから――なんていってるうちに、同じスーツ姿のSPがエレベーターから顔をだし、廊下を闊歩するハル先に気づいた模様。服装はもちろん、二人ともバレないようにしたけど、どうやら敵は顔まで覚えてるらしい――ていうか、こんなチャラい髪とピアスしてたら、ちょっと浮くよね――。
「そこの二人、止まれ」
のっぺりしたニホン人。先輩が立ち止まり、私は彼女の背に隠れる。
そして先輩は、デカいリヴォルヴァーを颯爽と引き抜く。
コンマ数秒の差でSPも慌てて拳銃を引き抜こうとするが、
「動くなよ」
先輩が引き金を引くほうが早かった。
――ダパァアンッ!
弾はSPの顔面すぐ左を掠め、後ろの壁に穴を空けた。
「至急、インカムに暴徒が内部へ突入したと発報しろ。できないは、なし」
先輩は窓辺に一瞥くれてから「実際そうなるし」とつけ加えて、抜かりなくハンマーを起こす。シリンダーが回転、次弾発射の合図。SPの顔は恐怖一色に染まった。やっぱり、死を目の前にすると、人は生に縋りつくんだね。
「10-33、リピート。10-33。防衛隊はラインを喪失。侵入警戒を」
「あんがと」
――ダパァアンッ!
始末がつくと、先輩はすぐに廊下を突き進む。私も死体を踏まないように後を追い、厨房へと潜り込んだ。
「先輩」
「んー」
「あんな銃声、鳴らしていいの?」
「いま無線で暴徒が来たって入れたから、勘違いしてくれると思うよ」
無邪気に笑う傍ら、彼女は厨房の奥にあった重たい鉄扉を開けて、非常階段へと誘いこむ。流れるように中へ入ると、まるで潜水艦の艦内みたいな無機質さをもった真っ白の空間が、縦に延々と伸びていた。上を見あげると、螺旋がぐるぐると渦を巻く。うわぁ、すっごい錯覚。
「私は七階まで上がるから」
「私は……?」
「イサカはここに隠れといて。もし、私が二時になっても迎えに来なかったらスイッチを押す、いいね?」
そういうと、先輩は下唇を舐めずって、それから裂帛の声音で囁く。
「アンタなら、やれるでしょ?」
ドキ。
「…………」
「私のために、ね?」
声が反射する。彼女の唇を通して囁かれる一音々々が、この空間のなかで反響して、私の脳裏で鐘のように木霊する。
「……分かった。もし戻って来なかったら、スイッチを押す」
「えらーい。バレちゃダメだよ?」
彼女は私をわしゃわしゃと撫でた。髪がボサボサになっちゃう。
――カンコンカン。
縞鋼板の階段をのぼる。
――カンコンカン。
三階、四階、五階。はぁ、はぁ。
「この辺で待っといて」
「分かった」
「弾、足りそ?」
「うん」
「おっけ。じゃ、頼んだよ」
――ガアァァ……ガタァアンッッ‼
十秒ほどの間をおいてから、上の階から重厚な扉の閉まる音がする。私はとうとう、わけもわからないまま独りになった。
えっと、とりあえず、待つ。
…………。
そわそわする。
アァァァ……。ワッァァァァッ……。
遠くで聞こえる、暴力を孕んだ雑沓。人波を見て恐ろしく思い、孤独になって人を恋しく思う。変だね……。
座りこむ。お尻に硬くて冷たい感触。張り詰めた空気。それから震え。寒さのせいか、不穏のせいか、はたまた興奮してるせいか。貧乏ゆすり、手が震える。リヴォルヴァーとスイッチ、カチャカチャ音を立てる。腹立つ。まだかよ……あのヤロー。
息を吐く。唇が小刻みに震える。
独りの時間と比例して、私がいまここにいる理由が分からなくなってきた。いぃやいや、ダメダメ、なにも考えちゃダメ…………ってなことは、どうにもできそうにない……。ずっと、野郎の存在が脳裏にこびりついてる。なんでだろう。
こんな時だってのに、冷えきった空気のなかで人肌が恋しくなるなんて。
ふと、いつだったか、暖かい記憶を思いだす。
――ぇっふん、何度でも言ってやろう。わたしゃ貧乏人、で、す、か、ら!
ムッとふくれっ面をして、真っ向正面からヤツに見せつける。
『…………?』
よっぽど、私の顔がケッタイに見えたのか、ユリウスはこみ上げた笑いをぷすっと零した。
『へんなの』
その笑顔を見た私も、ちょっとだけ笑いたくなってしまった。
そうやって、またくだらない微笑みを零す――
あぁー。いまの私、すっごい不安定。
なにを求めて、ここまできた?
愛?
生?
希望?
スリル?
ハル先輩には置いてかれたし、ユーリは私を裏切った。結局、独り。私、アイツと逢った日に死ぬ予定だったんだよ? これじゃあ、私の一人芝居みたいじゃん。
この銃でなにすればいいの? このスイッチはなに……?
あーやめやめっ! 乱雑な思考でスマホを取りだす。
――1:34 PM。
たしか、二時までには全部が終わるって。ツイッターでも見て気を紛らわそ……。
『オーサカ修羅場と化しててヤバい』
『なんか戦争してんやけど』
『逃げ散らかしてて草』
『これガチ系?』
――やっぱこれもダメだ。スマホをポケットに戻した。
私は、とにかく、待つ。私を傷つけたものを、私の手で壊す。スイッチ握って、仕事をこなす。ハル先輩が上手くいくよう、手伝うの。
…………。
ギイィィ……バタァンッ!
――! うそ、だれか来た――!?




