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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第九章 ー この世の果てまで / The End of the World ー
50/58

9-4 POV : イサカ


 チッ、チッ――。

 ………………。

 チッ、チッ――。

 ………………。

 チッ、チッ――。

 1:29 PM――。


「――クソコッパが!」

「権力の独占だ‼」

「下がれ!」

「催涙を――っ‼」

 先輩の言った通り、西の通りが荒れはじめた。警官隊と自衛隊、それからA.D.C.C.U.……とかいう組織から編成される防衛隊と、そこに真っ向正面からぶつかる暴徒たち。野次馬を含め、数はざっと万を超えてるかも。押しあい圧しあい。すし詰めの満員電車みたいに、道路を舞台にもみくちゃになってる。ニホンの反体制派や、過激派? よくわかんないけど、多分この調印式をよく思わない裏方の人間が煽動したんだろう。金属バットにバール、パイプ、挙句は火炎瓶までチラつかせ、拡声器からはヘイトスピーチや罵詈雑言が大々的に謳われる。バリケードを境界に波は衝突を繰りかえすけど、数に勝るものってのはないんだね。じわじわと、防衛隊は本部の入口へと食い下がっていった。こうなることを完璧なまでに予言した先輩、ますます謎は深まるばかり。

 感心と疑念を肚に据えて、先を行くスーツ姿の先輩を追う。廊下の窓から見下ろせる暴動の景色は、鳥肌ものだった。

「あれもすぐ終わるから。あ、言ったこと、ちゃんとやれるね?」

 先輩がチラッと振り向く。窓辺から差すわずかな光に、彼女のピアスがギラリと光った。

「うん、やれる」

 拳銃には六発、弾が入ってる。もし人が来たらソイツを撃って、二時にスイッチを押す。それだけ。

「ん、大丈夫そうだね」

 覚悟は決まってるから――なんていってるうちに、同じスーツ姿のSPがエレベーターから顔をだし、廊下を闊歩するハル先に気づいた模様。服装はもちろん、二人ともバレないようにしたけど、どうやら敵は顔まで覚えてるらしい――ていうか、こんなチャラい髪とピアスしてたら、ちょっと浮くよね――。

「そこの二人、止まれ」

 のっぺりしたニホン人。先輩が立ち止まり、私は彼女の背に隠れる。

 そして先輩は、デカいリヴォルヴァーを颯爽と引き抜く。

 コンマ数秒の差でSPも慌てて拳銃を引き抜こうとするが、

「動くなよ」

 先輩が引き金を引くほうが早かった。


 ――ダパァアンッ!


 弾はSPの顔面すぐ左を掠め、後ろの壁に穴を空けた。

「至急、インカムに暴徒が内部へ突入したと発報しろ。できないは、なし」

 先輩は窓辺に一瞥くれてから「実際そうなるし」とつけ加えて、抜かりなくハンマーを起こす。シリンダーが回転、次弾発射の合図。SPの顔は恐怖一色に染まった。やっぱり、死を目の前にすると、人は生に縋りつくんだね。

「10-33、リピート。10-33。防衛隊はラインを喪失。侵入警戒を」

「あんがと」

 ――ダパァアンッ!

 始末がつくと、先輩はすぐに廊下を突き進む。私も死体を踏まないように後を追い、厨房へと潜り込んだ。

「先輩」

「んー」

「あんな銃声、鳴らしていいの?」

「いま無線で暴徒が来たって入れたから、勘違いしてくれると思うよ」

 無邪気に笑う傍ら、彼女は厨房の奥にあった重たい鉄扉を開けて、非常階段へと誘いこむ。流れるように中へ入ると、まるで潜水艦の艦内みたいな無機質さをもった真っ白の空間が、縦に延々と伸びていた。上を見あげると、螺旋がぐるぐると渦を巻く。うわぁ、すっごい錯覚。

「私は(・・)七階まで上がるから」

「私は……?」

「イサカはここに隠れといて。もし、私が二時になっても迎えに来なかったらスイッチを押す、いいね?」

 そういうと、先輩は下唇を舐めずって、それから裂帛の声音で囁く。

「アンタなら、やれるでしょ?」

 ドキ。

「…………」

「私のために、ね?」

 声が反射する。彼女の唇を通して囁かれる一音々々が、この空間のなかで反響して、私の脳裏で鐘のように木霊する。

「……分かった。もし戻って来なかったら、スイッチを押す」

「えらーい。バレちゃダメだよ?」

 彼女は私をわしゃわしゃと撫でた。髪がボサボサになっちゃう。

 ――カンコンカン。

 縞鋼板の階段をのぼる。

 ――カンコンカン。

 三階、四階、五階。はぁ、はぁ。

「この辺で待っといて」

「分かった」

「弾、足りそ?」

「うん」

「おっけ。じゃ、頼んだよ」

 ――ガアァァ……ガタァアンッッ‼

 十秒ほどの間をおいてから、上の階から重厚な扉の閉まる音がする。私はとうとう、わけもわからないまま独りになった。

 えっと、とりあえず、待つ。

 …………。

 そわそわする。

 アァァァ……。ワッァァァァッ……。

 遠くで聞こえる、暴力を孕んだ雑沓。人波を見て恐ろしく思い、孤独になって人を恋しく思う。変だね……。

 座りこむ。お尻に硬くて冷たい感触。張り詰めた空気。それから震え。寒さのせいか、不穏のせいか、はたまた興奮してるせいか。貧乏ゆすり、手が震える。リヴォルヴァーとスイッチ、カチャカチャ音を立てる。腹立つ。まだかよ……あのヤロー。

 息を吐く。唇が小刻みに震える。

 独りの時間と比例して、私がいまここにいる理由が分からなくなってきた。いぃやいや、ダメダメ、なにも考えちゃダメ…………ってなことは、どうにもできそうにない……。ずっと、野郎の存在が脳裏にこびりついてる。なんでだろう。

 こんな時だってのに、冷えきった空気のなかで人肌が恋しくなるなんて。

 ふと、いつだったか、暖かい記憶を思いだす。


 ――ぇっふん、何度でも言ってやろう。わたしゃ貧乏人、で、す、か、ら!

 ムッとふくれっ面をして、真っ向正面からヤツに見せつける。

『…………?』

 よっぽど、私の顔がケッタイに見えたのか、ユリウスはこみ上げた笑いをぷすっと零した。

『へんなの』

 その笑顔を見た私も、ちょっとだけ笑いたくなってしまった。

 そうやって、またくだらない微笑みを零す――


 あぁー。いまの私、すっごい不安定。

 なにを求めて、ここまできた?

 愛?

 生?

 希望?

 スリル?

 ハル先輩には置いてかれたし、ユーリは私を裏切った。結局、独り。私、アイツ(ユーリ)と逢った日に死ぬ予定だったんだよ? これじゃあ、私の一人芝居みたいじゃん。

 この銃でなにすればいいの? このスイッチはなに……?

 あーやめやめっ! 乱雑な思考でスマホを取りだす。

 ――1:34 PM。

 たしか、二時までには全部が終わるって。ツイッターでも見て気を紛らわそ……。

『オーサカ修羅場と化しててヤバい』

『なんか戦争してんやけど』

『逃げ散らかしてて草』

『これガチ系?』

 ――やっぱこれもダメだ。スマホをポケットに戻した。

 私は、とにかく、待つ。私を傷つけたものを、私の手で壊す。スイッチ握って、仕事をこなす。ハル先輩が上手くいくよう、手伝うの。

 …………。

 ギイィィ……バタァンッ!

 ――! うそ、だれか来た――!?


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