9-3 POV : ユリウス & ギャレット
小さな橋の上に、身体を――女を盾に――さらけ出す。もう、いまの私にはこうするしかないんだ。
「やっぱりアンタ、バケモンだよ……」
荒々しく息を切らす銀髪。親指のつけ根を口端にあてがい、くどい血を拭きとった。私の頭からも、じんわりと熱い粘り気を感じる。
「思考をちょいと捻ってみれば、痛みも快楽さ」
「――ごほっ……、死ね」
小声の会話は、迫りくる金髪には届かない。
「もう終わりにしよう。ユリウス」
金髪は散弾銃の銃口をこちらへ向けたまま、すこしの間をあけて立ち止まった。
「たしか……ギャレットとか、言ったね」
「ご存知とは光栄だな」
「そりゃあ、こふっ……同じチームだからね」
響き渡る声が、摩天楼のビルに反響し、静寂のなかで幾重に響く。
私が言うことに、彼――ギャレットはこちらを捕捉したまま、大袈裟に鼻で笑った。
「ふっ、同じチームであっても、お前は人間じゃない」
「アーサー! 早く殺して」
手元の銀髪が大声を上げる。ピンピンとはしてないけれど、元気はまだ余っているようだ。
「やめといたほうがいいよ。引き金を引けば、あなたの大事なパートナーが無駄死にする」
「っせェんだよ……。アーサー、はやく! コイツに抱かれんのはゴメンだっての!」
へぇ、ヒドいこと言うね。でも、ギャレットの顔を窺えばわかるよ。平然を装う顔には、葛藤の汗が滲んでいる。
「悪いけど、この子は人気のないところまで連れてかせてもらう。まァ、そーゆーシュミってことにしといてよ」
冤罪を晴らすことは無理だと悟った。しかし、彼女を盾にでもしない限り、このジレンマからは逃れられない。彼らもバカじゃないんだ。野放しにしておけばまた足止めをかけてくるだろうし、そうなれば、確実に午後二時を越えてしまう。
ぐっと、口を歪めたギャレット。いまにも舌を噛み切りそうだった。私は銀髪を抱えながら、一歩、また一歩と退いていく。
「近づかないのが得策だよ。パートナーを守りたければ、そこで百秒かぞえるんだ」
「クソが」
銀髪が猝嗟。
「……変な気を起こすなよ。撃っちゃうから」
目線は金髪のまま。彼女の耳元に口を添え、優しく囁く。
「変な気起こしてんのは、アンタじゃなくて?」
うーん、聞いて呆れる。銀髪は横目で睥睨していた。殺意マシマシってところかな。
ギャレットは忠告に従い、足を止めた。そのため、私――と銀髪――と彼の距離は徐々に開いていく。そうだ、近づいちゃァ、いけない。
幅の広い幹線道路。脇には緑の枯れた裸の並木。灰色の空から、雪がちらついてきた。
――私は銀髪を引きつれたまま橋を越え、ビルより奥の小路へと吸い込まれるように逃げた。
「君の、お名前は……」
腰に提げていた拘束バンドを彼女の後ろ手に通す。ビイィッ、と縛り上げると、いくら俊秀な殺し屋でも身動きは取れない。
「イデス。よーく覚えといて? まだ始まっただけで、終わっちゃいない」
「ふぅん。悪いけど、君たちと一緒で、私にも御託を聞いてる余裕はなくてさ」
マガジンチェック。本体に挿しなおし、銃口を座りこむ彼女へ向ける。
「へぇ」
さすがはプロフェッショナル。銃口を向けられてへばるようなタマじゃないか。……でも。
「悪く思わないでね」
トリガーに指をかける。
※※※
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
1:21 PM――。
十一、十二、十三。
十四、十五、十六――
――パアァアンッ‼
一人取り残されてまもなく。奴の逃げたほうから、銃声が鳴り響く。乾いた空を戦慄の色に染めると、遠くのほうで烏が慌てて飛び立った。
最悪の事態が、脳裏を過る――ええぃ、呑気に数字なんて数えてられるか、クソったれ‼
私は一思いに地面を蹴る。
全身の痛みは慢性化し、すこしでも体に鞭を打てば、神経を攻められる。それでも、走ることをやめなかった。
ふうっ、ふっ――。
イデス、死ぬな――いや、アイツはそんな簡単に死ぬようなヤツではない。悪運の強い野郎だ。そうであるはずだ。そうだろう……!
橋を越え、その先にある大きなビルの角。無謀に飛び出すと待ち伏せに遭うかもしれない。染みついた反射が急ぎたい気持ちを制御する。一角、ベージュの壁にへばりつき、そっと顔を覗かせる。
…………。
どうやら、ヤツの姿はもうない――一息に角を飛びだす。
「――っ!?」
肝を冷やす。ゾッと、血の気が引いた。
「あはぁ、痛ったい……」
硬い地面に横たわるのは、見慣れた小柄な女。黒のコンバットシャツに、スリムなシルエットを象ったパンツ、そして乱れた髪。プロフェッショナルがこれまでに見せたことのない、無惨に弱った姿だった。まるで胎児に還ったかのように蹲って、危機を彩るのは赤黒い鮮血。じわじわと地面を塗りあげていた。
「イデス……‼」
慌てて跪き、彼女の頭を膝上にそっと乗せる。ほんのりと体温を感じた。
「クッソっ……。アーサー……なんっで、撃たなかったのさ!」
怒られた。
「お前が人質に取られていて、それをショットガンで撃てと?」
苦しそうに顔を顰める彼女。私は腰のポーチを弄り、震える手でロリポップを差しだす。
「これ舐めろ」
その棒を彼女は小さな口で銜えた。
「アレを逃したから、いま、人質は全世界の人間だよ」
彼女の小言を他所に、傷口を探しはじめる。急所を外れてこの出血量――太腿か……? 血で溢れかえる。服も手も景気も赤く染まり、それが余計な不安を駆りたてた。
「それに、ヤツならなんの躊躇いもなく引き金をひく。んんっ――! さっきが唯一のチャンスだったのに……!」
右足、左足――あった。太腿のつけ根の辺り、股に向けてカスった小さな銃創。ズボンを裂かないと。
「私ひとりの命なんか、大したことないってのに――‼」
「ああぁぁもうっ!」
うるせぇ口だ!
怒り心頭。この野郎――。
彼女の顔に最接近し、歯を食いしばって、よくよく言い聞かせる。熱っぽい汗が滴った。
「いいか、よく聞け。お前と全世界なら、俺はお前をとるし、ヤツとのカタだってまだチャンスはある。さっきのはまだ、その時じゃなかったってだけだ。分かったか」
ベタベタに赤く染まった手――その人差し指でイデスの胸元を軽く押す。
「アンタ真面目な顔して恥ずかしくないの……」
不安と焦りと苛立ちから、完全に我を忘れていた。彼女は呆気にとられ、その様を見て、ようやく私がなにを言ったのかを自覚する。すこしだけ、互いに目を逸らした。
「えっと……。銃弾は太腿で、貫通は避けてる。止血するぞ」
「痛くしないでよ」
「ああ。弾は摘出しない。できるだけ痛くないようにするから、耐えてくれ」
カオリンを含んだガーゼを詰めこみ、包帯を四周。そしてテープでがっちりと固定する。
「そこぉっ――、痛い」
「すまん」
突発的な刺激を何度か味わっただろうが、それでも彼女が喚くことはなかった。やはり、大したタマだ。
「もう一本」
棒をピッと吹き出し、せがまれる。私はロリポップをもう一本手渡した。
「動けそうか?」
「うん……行ける、大丈夫」
強気ではあるものの、実際は二人とも満身創痍だ。とても二人でフィルターとA.D.C.C.D.を相手にするのは無理がある。――とはいえど、これで勝機がゼロになったわけではない。
「フィルターの目論見どおりなら、そろそろ本部の辺りにデモ隊が来るはずだ」
「攪乱?」
「ああ」
フィルターの本部への侵入は、自ら捕らわれにいくようなもの。外での混乱を生じさせ、混沌の視線を外へ向かすための作戦だろう。
「ヤツは入念なシステムダウンと要人抹殺を計画している。イデス、私は先に行く。お前はユリウスを追ってくれ」
「アンタは?」
「ヤツのコラボレーターを仕留めに行く。分散して動こう」
私はショットガンをイデスに預け、通りへ出ようと――
「待って」
その時、彼女の手が、私の手首を掴んだ。
「どうした?」
「死なないで」
彼女にしてはらしくない、弱った声音。俯いたまま、私と目をあわさない。そんな姿は初めて見たものだから、正直、すこしばかりに興奮した。同時に覚悟も決まった。意地でも死ぬものか。
手にした拳銃――キンバーを頼りに、私は小路を突き進んだ。東側につづくこの道を突き進めば、会場である本部の裏口に辿りつく。暴徒が正面から大々的に攻撃をしかけてくれれば、すこしは手薄になるはずだ。出来る限り目立つ戦闘を避け、いよいよ内部へ突入する。




