9-2 POV : ユリウス
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
1:10 PM――。
正面を突っ切る幹線道路。鉄条網や土嚢のバリケードが散在するけれど、肝心な防衛隊の姿がない。
フィルター――ハルを追い、灰一色のオーサカをぐっと南下してきた。私はこのまま、ドージマの大通りを駆け抜け、先にある中洲まで行き、大東亜共栄条約機構の本部まで辿りつかなければならない。
――結局、ここまで来てしまった。
現状というのは、私の想定していたシナリオの中で最悪のルートを辿っている。……本当に、最悪。残り時間は五十分。厳密には、一分一秒たりとも予断を許さない。
ヘルメットを被っていないせいで、頭部の全体が凍りそうだ。いますぐにでもコタツなんてのに籠って、あったかいコーヒーでも啜りたい気分――なんて悠長は言ってられなくてさ。
ぎゅっと目を凝らし、ひと思いにハンドルを捻る。
ヴウゥウウンンッッ――!
二気筒の高回転。悲鳴にも近い唸りをあげながら、ドージマの幹線道路を突っ走る。幸い、――バリケードを避ければ――通行止めのおかげで車道はガラ空きで、大都会を昼間からかっ飛ばせるのは新鮮だった。
ヴウッゥンンッッ――。
《――、――……っ!》
耳元のインカムが騒ぐ。
「どうしたの、オーガスタス」
《ユリウス! お前、いまどこだ》
「いまドージマを通り抜けてる。条約機構本部にはもうすぐ着くよ」
《急げ。どうもフィルターが見当たらない。オーサカ駅を越えた辺りでQRFの追跡から完全に姿を消した。他のユニットの目からもだ。まるで幽霊みたいにな。代わりに、デカい台風みたいな集団を確認した》
「うーん、デモか」
《そうだ。厄介なことに暴徒化してるらしい。フィルターはもしかすると、もう本部まで足を延ばしている可能性がある》
オッサンが焦ってるのも、なかなか新鮮だね。
「結局、国内ユニットの六割は動員できるんだろうね?」
《それどころか、全国各地の全ユニットが本部へと向かわせてる。フィルターがすでに本部入りなら、他の警戒は無駄なリソースだ》
「ねぇ、各ユニットに伝えておいてほしいことがある」
《なんだ》
「銀髪の女と金髪の男の二人組を見つけたら、持てる最大火力で潰しに行けって」
《了解した。オーヴァー!》
連絡を終えた頃。バイクは開けた交差点へと差しかかった。
その時――。
――ダジャンッ!
――ダジャァッツ‼
交差点の左側――低木からの飛翔。それは私を狙った散弾だった。危ないっ――‼
反射で握ったブレーキ。リアとフロントに同時にかかり、急制動。慣性に負けて投げ出された私は、アクロバティックに宙を舞う。やべっ――。
――ズッ。
――ズダッ!
――ズッダアァァツ‼
――ゴキッ!
――ズズズゥザアァァッ!
大回転。アスファルトに顔を擦る。焼けるような感覚を顔面の右半分に食らった。眼球に小石が突き刺さる。冬場だということもあり、その痛みにはバフが。
「あぁぁぃぃぃいっ!」
激痛みと衝撃で脳ミソおかしくなる!
道路を空走しきったときには、意識を保つが精一杯。まんまとかかったアンブッシュ。地面に突っ伏したまま、ハァ、ハァ……。ぼやけた目線上にあるのは、放りだされたレバーアクション。距離は三メートル程度。
さらにその先には、敵の足が。
まずい――。
トクトクトクドクドクドク――。
高ストレス。
額がじんわりと熱く感じる。血が流れていることは確かだった。
――ドジャァンッ‼
ショットガン × 銃声 / バックショット弾 + 地面 = 抉る!
なっ――!
交戦距離七十メートル。這いずって手を伸ばし、レバーアクションを拾う。
敏捷に体勢を立て直し、片膝をつく。
そして構えて!
私 / エイム × 敵影 + 重なる = 射撃!
――パッァァンッ!
こちらへ歩んでくる金髪に向けて牽制射撃。すぐさまレバーを下げてコッキング。ガッチャッ。
しかし、相手もすばやく回避運動。街路樹に身を隠す。
アドレナリンの点火。私も遮蔽に移動しないと。
サッと立ち上がり、敵の位置から水平に走りだす。ダッ――!
――ダジャアァンッ!
――ッツパンッ!
間一髪――っ!
ほんの数センチ。一歩先のアスファルトが鉛の衝突とともに火粉を散らす。蹴躓きながらも、なんとか側道の土嚢まで走りきった。
お互い、姿が見えなくなった。こうなれば決め打ちになるけれど……撃たれてばっかじゃ、いられないからね!
バリケード / 顔 + 覗く × ライフル + 構える = 射撃!
――パアァンッ‼
数秒差 × 木陰 = 発砲 / 散弾 × 頭上 = 掠める!
――ヒュイッツ!?
あと数秒、頭出しが遅れていたら、散弾は額に直撃していた。思わず首を竦めて、土嚢の裏に縮こまる。
ドッドッドッドッドッドッドッド――。
目を見開いて、鼓動が高鳴るのを自覚した。まったく、ショットガンで五十メートルだってのに、なかなかの技量だね。あぁ、目が痛い……。
銃声は十回ちかくに及び、
――ダシャンッ‼
妙に調えられたテンポを刻み、
――ッパァァンッ!
怪我のことも忘れて射撃とコッキングを繰り返した。
私の持つレバーアクションライフルは八発、乾いた銃声を轟かせると、マガジンが空っぽになる。
この手のチューブマガジンというのはリロードがしにくい。私はレバーアクションを背負い込み、屈んで、ホルスターから拳銃を取りだす。
――そのとき、気がついた。
あのアメリカ人はスラヴの女を引きつれていたはず。しかし、見える敵影は金髪の頭一つだけ。フィルターだと思い込んで私を追撃するのに、一人なわけがないだろう。
なら、
「もう一人は――」
「ここだよ」
背後っ――!?
小柄 + 銀髪 = 女 / 銃床 × スイング = 私 + 頬 = 直撃‼
――ダッキイィンッ‼
「ぐふっ――!?」
立ち上がって振り向いた時には、すでに遅かった。
強烈な打撃が顔面をクリティカルヒット。血しぶきをあげて衝撃を右にうけ流す。
ガツンときた。私は足元から体勢を崩し、フラっとヨロめく。しかし、ここでやられるわけには……。
――切り替えろ‼
指令が脳内で必死に叫ぶ。切り替えろ切り替えろ切り替えろォええぇぇいっ!
――相手の二発目をスウェイで躱し、後手の前蹴りで予測を潰す。勢い十分。彼女の華奢な腑めがけて、母指球をめりこませるッ!
「ううっ――!?」
「悪い……ねぇっ!」
私、痛みの耐性が異常なんだ。
そのまま拳銃を目線の高さまで振り上げ、照準は蹲る彼女の胸部を捉えた、が――
――ダジャァァンッ‼
――スピュシュッ‼
「ぁっ――!」
右腕と腿に激震。被弾した。
後ろの正面。あんっの金髪野郎……。
すかさず、鳩尾を食らった銀髪のライフルを蹴り上げ、すばやく左フックを繰り出す。
――ダゴォッ!
クリティカル。
ひるんだところで背後をホールド。そのまま首元に腕をかけ、痛みをかみ殺して、彼女の顎下に銃口を突きつけた。
小さな橋の上に、身体を――女を盾に――さらけ出す。もう、いまの私にはこうするしかないんだ。
「やっぱりアンタ、バケモンだよ……」
荒々しく息を切らす銀髪。親指のつけ根を口端にあてがい、くどい血を拭きとった。私の頭からも、じんわりと熱い粘り気を感じる。
「思考をちょいと捻ってみれば、痛みも快楽さ」
「――ごほっ……、死ね」
小声の会話は、迫りくる金髪には届かない――。




