9-1 POV : イサカ
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
………………。
チッ、チッ――。
ピピッ。
1:00 PM――。
どこかも知らない、巨大な建物のバックヤード。白く、無機質な空間。無数のパイプからは、たまに水流が聞こえてくる。
ここに来るまで、先輩は二人の武装警官を殺した。背後をとり、何食わぬ顔で首をへし折って、制帽から制服から靴から、なにからなにまですべてを丁寧に剥ぎとって、私と先輩の変装材料にした。そうして、あっさりと、このわけのわからない建物に到着した次第だ。
手が、ずっと震えてる。ずっと外にいたから悴んでるのか、それとも、言いしれぬ恐怖に苛まれてるからか。
――せんぱい。
「んー」
なんで、先輩は生きてるんですか……。
「なんでだと思う?」
やっぱり、怪物だから……?
「怪物かー。私、キレイ? みたいな。あれ幽霊か」
冗談はやめてよ。
「はぁ、怒んなし」
どうして笑ってられるの……。
「楽しいからじゃん」
なにが。……なにが、楽しいの?
「イサカと、いられて?」
そんなの。そんなの……。
――ドンッ!
「なに、答えになってねェ、って?」
壁ドン。
憧れだった人にされると、やっぱりドキドキする。いまは……その意味合いも随分と違ってくるけど。
――銀河。ハル先輩のくりっとした双眸を目と鼻の先にとらえる。つぶらな惑星にも見えるし、波動を打つ大きな銀河にも見えるそれは、虚ろに染まる私の目をジィ、と見つめた。
私の意識に入り込んで、ずっと奥深くへ潜り、私の無意識を抉りだす。そんな気がして、ゾワっと鳥肌が立った。真っ黒の瞳。なにがお望みですか。
「欲しいんじゃない。壊したいの」
壊す……?
恐怖のバロメーターがじわじわ上がってく。怖くなって視線を落とすと、胸の中心にぽっかりと空いた、弾痕。美しいまでに真っ赤な血が、白い柔肌とのコントラストを描く。
「先輩、それ……痛くないの?」
「あーこれ? んん、痛いかな。手、当ててくれたら、治るかも」
そういって、先輩は私の手を強引に胸元へ押しつけた。ほんのり温かくて、粘り気のある血の感触が生々しい。
これは、処置したほうがいいと思うけど……。
「だーいじょうぶだって」
たったその一言が、私の心配を突っぱねる。傷を見て、感じるたびに身の毛がよだつ私がちょっぴりバカみたい。撃たれて三、四十分は経つけど、未だに理解が追いついていない。どうして、胸を撃たれてもなお、平気でいられるの。先輩はいったい、何者?
「そうだなー。宇宙人、ってことにでも、しとこっかな」
……それ、どっかで聞いた文言。
「あー、アイツね」
脳裏にスッと浮かぶ面影。
しなやかな銀髪、翡翠の瞳、柔らかな顔立ち、やる気のない立ち姿。人を包みこむ優しさをもって、人に生きる理由を与えてくれて――
「それから裏切った人」
そう、裏切った人。
「どいつもコイツもさ、みーんなイサカの人生めちゃくちゃにしやがってって感じよねー」
そういう彼女に対して、私は微妙な「うん」としか返せない。悲しいかな、それは事実だから。めちゃくちゃにされたせいで、いま、私は宇宙人第二号とご一緒してるってわけだし。
「大丈夫。宇宙人第二号はイサカをばっちりフォローしてあげっから」
そういうと同時に、彼女はようやく私の手を解放した。私の右手は紅かった。
「――さ、仕事はじめるよ」
そういうと、彼女はブラのホックに手をかける。
「仕事?」
「そ。二人で、悪名を轟かせっの」
悪名……なるほど。
私も「狂気」という名のペースに慣れてきたからか、その言葉はすぐに腑に落ちた。
ガタンッ――!
左手にある、重たい鉄扉が音を立てて開く。びっくりしたぁ。
「――ハルさん」
濃紺のツーピース、中肉中背、ワックスのベタ塗りにオールバック姿のニホン人。広い額に汗を滲ませて、薄い味のモブ顔はどこか焦っている。丁重にたたまれた黒服――スーツかな――を腕にかけ、それをハル先輩に渡すや否や、矢継ぎ早に口を回す。どうやら、私には目もくれない。
「ブルートゥス曰く、ユリウスが調印式までにここへ到着するかもしれない、と」
「へぇ……。大体いつ頃とか、分かんの?」
相も変わらず、他人には余所行きで淡泊な返事。
パサッ――。
先輩ったら、人目も憚ることなく、上裸になった。
「おそらくですが、式の十分前には着くかもしれません」
「ふーん、そ。――エコーの連中は。死んだ?」
「いえ、死亡との報告は未だ」
「ばっちり。エコーは確か、あと二人よね」
「ええ」
先輩は黒服――やっぱりスーツだ――とブラウスをパイプに引っかけ、
「ねぇ、ハンカチ」
と、男に訊く。男が胸ポケットに飾った純白のハンカチを手渡すと、先輩は胸元の血をグイグイと拭きとった。ハンカチはみるみる先輩の色に染まる。見てるこっちの胸が痛くなった。
「確か、連中の一人は腕の立つ殺し屋だったでしょ」
「偽名ですが、イデス、と名乗っています」
先輩が「ふっ」と、不敵な微笑をひとつ。
「上手くいきそ」
血まみれのハンカチ。先輩はそれを強引に男に返した。
「あんがと」
そして顔つきを豹変させ、峻険な眼差しで以て、男にすばやく指示を下す。
「デモ隊は数千から万に膨れ上がってる。この調子で、徐々にここへ向かうようにして。それと、もっかい車のカギ、確認しといて?」
そういう傍ら、先輩は両手で握り拳をつくって、それをパッと解放した。どうやら、爆発を表現してるみたい。
男は熱い興奮を隠しきれないようで、命令を承ると、ソワソワしながら部屋を出て行った。
「――イサカ、これ持って」
それから、先輩が脱いだジャケットから取りだしたのは、拳銃。昨日見た、ずんぐりむっくりのリヴォルヴァー。照明の光を鈍く反射するそれは、ムラのないセラコートにコーティングされている。
「中にはバックショット入れてっから、多少ヘマしても当たると思うし」
なにやら独り言をつぶやきながら、先輩はシリンダーを開けて弾薬をチェック。黄金色の実包を撫でて、手首を捻ってシリンダーを戻すと、持ち手を私に差しだした。
「やり方は昨日教えた通り。できるよね?」
へ、え……?
「ほら。ハンマー倒して、トリガーを引くだけ。ね?」
それを、私がやるの……?
「そうだよ。二人で、やんの」
あんな空撃ちで、頭を混乱に支配されてた私が、誰かを、撃つ?
「あ、それと……」
先輩はもう一つ、爆弾の起爆スイッチ? のようなものを取りだす。ダイ・ハードに出てきそうな、片手に収まる程度のリモコンスイッチ。
「これは……?」
「これ持って、二時になった瞬間に、えい! ってやって」
「え、えぇ……?」
「握るだけだから」
困惑する私を他所に、先輩はリヴォルヴァーとスイッチを私に押しつけて、それから、さも当然かのように二挺目を取りだした。同じくブラックの、一際おおきなリヴォルヴァーだった。
あぁ、すこしずつ、頭が真っ白になっていく。「銃」という重みを手にすると、なんだか考えることが波濤を成して、頭の容量を失ってく気がするの。思考のハンチング。頭の中にある「私」と「私以外」が、私のすべてを引っ張りあう。
――これまでの恨みを、ぜーんぶブチ撒けろ。
甘美な囁き。先輩のリップスが、そのすべてを奪いとった。
初夜の匂いが鼻腔を擽り、脳裏を過る。記憶に刻まれたあの恐怖と、緊張と、快楽。プチっと、なにかが切れる音。
……そっ、か。
「恨みを、晴らすんだよね」
瞼が痙攣を起こす。
法規、放棄、蜂起。
これまで教えられてきたルールも、規律も、もう関係ない。来るところまで来たのなら、そんなものは捨てちゃえっての。
そして、私を苦しめた鎖を断ち切って、私を苦しめたその根源を、ブチ壊してやる。
「そ、その意気」
持ち手を両手でがっしりと握る。汗ばんだ感触を得られる余裕も、あとすこし。――へ、へへっ、やって、やろう、じゃん。




