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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第九章 ー この世の果てまで / The End of the World ー
47/58

9-1 POV : イサカ


 チッ、チッ――。

 ………………。

 チッ、チッ――。

 ………………。

 チッ、チッ――。

 ピピッ。

 1:00 PM――。


 どこかも知らない、巨大な建物のバックヤード。白く、無機質な空間。無数のパイプからは、たまに水流が聞こえてくる。

 ここに来るまで、先輩は二人の武装警官を殺した。背後をとり、何食わぬ顔で首をへし折って、制帽から制服から靴から、なにからなにまですべてを丁寧に剥ぎとって、私と先輩の変装材料にした。そうして、あっさりと、このわけのわからない建物に到着した次第だ。


 手が、ずっと震えてる。ずっと外にいたから悴んでるのか、それとも、言いしれぬ恐怖に苛まれてるからか。

 ――せんぱい。

「んー」

 なんで、先輩は生きてるんですか……。

「なんでだと思う?」

 やっぱり、怪物だから……?

「怪物かー。私、キレイ? みたいな。あれ幽霊か」

 冗談はやめてよ。

「はぁ、怒んなし」

 どうして笑ってられるの……。

「楽しいからじゃん」

 なにが。……なにが、楽しいの?

「イサカと、いられて?」

 そんなの。そんなの……。


 ――ドンッ!


「なに、答えになってねェ、って?」

 壁ドン。

 憧れだった人にされると、やっぱりドキドキする。いまは……その意味合いも随分と違ってくるけど。

 ――銀河。ハル先輩のくりっとした双眸を目と鼻の先にとらえる。つぶらな惑星にも見えるし、波動を打つ大きな銀河にも見えるそれは、虚ろに染まる私の目をジィ、と見つめた。

 私の意識(宇宙)に入り込んで、ずっと奥深くへ潜り、私の無意識を抉りだす。そんな気がして、ゾワっと鳥肌が立った。真っ黒の瞳。なにがお望みですか。

「欲しいんじゃない。壊したいの」

 壊す……?

 恐怖のバロメーターがじわじわ上がってく。怖くなって視線を落とすと、胸の中心にぽっかりと空いた、弾痕。美しいまでに真っ赤な血が、白い柔肌とのコントラストを描く。

「先輩、それ……痛くないの?」

「あーこれ? んん、痛いかな。手、当ててくれたら、治るかも」

 そういって、先輩は私の手を強引に胸元へ押しつけた。ほんのり温かくて、粘り気のある血の感触が生々しい。

 これは、処置したほうがいいと思うけど……。

「だーいじょうぶだって」

 たったその一言が、私の心配を突っぱねる。傷を見て、感じるたびに身の毛がよだつ私がちょっぴりバカみたい。撃たれて三、四十分は経つけど、未だに理解が追いついていない。どうして、胸を撃たれてもなお、平気でいられるの。先輩はいったい、何者?

「そうだなー。宇宙人、ってことにでも、しとこっかな」

 ……それ、どっかで聞いた文言。

「あー、アイツね」

 脳裏にスッと浮かぶ面影。

 しなやかな銀髪、翡翠の瞳、柔らかな顔立ち、やる気のない立ち姿。人を包みこむ優しさをもって、人に生きる理由を与えてくれて――

「それから裏切った人」

 そう、裏切った人。

「どいつもコイツもさ、みーんなイサカの人生めちゃくちゃにしやがってって感じよねー」

 そういう彼女に対して、私は微妙な「うん」としか返せない。悲しいかな、それは事実だから。めちゃくちゃにされたせいで、いま、私は宇宙人第二号とご一緒してるってわけだし。

「大丈夫。宇宙人第二号はイサカをばっちりフォローしてあげっから」

 そういうと同時に、彼女はようやく私の手を解放した。私の右手は紅かった。

「――さ、仕事はじめるよ」

 そういうと、彼女はブラのホックに手をかける。

「仕事?」

「そ。二人で、悪名を轟かせっの」

 悪名……なるほど。

 私も「狂気」という名のペースに慣れてきたからか、その言葉はすぐに腑に落ちた。

 ガタンッ――!

 左手にある、重たい鉄扉が音を立てて開く。びっくりしたぁ。

「――ハルさん」

 濃紺のツーピース、中肉中背、ワックスのベタ塗りにオールバック姿のニホン人。広い額に汗を滲ませて、薄い味のモブ顔はどこか焦っている。丁重にたたまれた黒服――スーツかな――を腕にかけ、それをハル先輩に渡すや否や、矢継ぎ早に口を回す。どうやら、私には目もくれない。

「ブルートゥス曰く、ユリウス(ハンター)が調印式までにここへ到着するかもしれない、と」

「へぇ……。大体いつ頃とか、分かんの?」

 相も変わらず、他人には余所行きで淡泊な返事。

 パサッ――。

 先輩ったら、人目も憚ることなく、上裸になった。

「おそらくですが、式の十分前には着くかもしれません」

「ふーん、そ。――エコーの連中は。死んだ?」

「いえ、死亡との報告は未だ」

「ばっちり。エコーは確か、あと二人よね」

「ええ」

 先輩は黒服――やっぱりスーツだ――とブラウスをパイプに引っかけ、

「ねぇ、ハンカチ」

 と、男に訊く。男が胸ポケットに飾った純白のハンカチを手渡すと、先輩は胸元の血をグイグイと拭きとった。ハンカチはみるみる先輩の色に染まる。見てるこっちの胸が痛くなった。

「確か、連中の一人は腕の立つ殺し屋だったでしょ」

「偽名ですが、イデス、と名乗っています」

 先輩が「ふっ」と、不敵な微笑をひとつ。

「上手くいきそ」

 血まみれのハンカチ。先輩はそれを強引に男に返した。

「あんがと」

 そして顔つきを豹変させ、峻険な眼差しで以て、男にすばやく指示を下す。

「デモ隊は数千から万に膨れ上がってる。この調子で、徐々にここへ向かうようにして。それと、もっかい車のカギ(・・)、確認しといて?」

 そういう傍ら、先輩は両手で握り拳をつくって、それをパッと解放した。どうやら、爆発を表現してるみたい。

 男は熱い興奮を隠しきれないようで、命令を承ると、ソワソワしながら部屋を出て行った。

「――イサカ、これ持って」

 それから、先輩が脱いだジャケットから取りだしたのは、拳銃。昨日見た、ずんぐりむっくりのリヴォルヴァー。照明の光を鈍く反射するそれは、ムラのないセラコートにコーティングされている。

「中にはバックショット入れてっから、多少ヘマしても当たると思うし」

 なにやら独り言をつぶやきながら、先輩はシリンダーを開けて弾薬をチェック。黄金色の実包を撫でて、手首を捻ってシリンダーを戻すと、持ち手を私に差しだした。

「やり方は昨日教えた通り。できるよね?」

 へ、え……?

「ほら。ハンマー倒して、トリガーを引くだけ。ね?」

 それを、私がやるの……?

「そうだよ。二人で、やんの」

 あんな空撃ちで、頭を混乱に支配されてた私が、誰かを、撃つ?

「あ、それと……」

 先輩はもう一つ、爆弾の起爆スイッチ? のようなものを取りだす。ダイ・ハードに出てきそうな、片手に収まる程度のリモコンスイッチ。

「これは……?」

「これ持って、二時になった瞬間に、えい! ってやって」

「え、えぇ……?」

「握るだけだから」

 困惑する私を他所に、先輩はリヴォルヴァーとスイッチを私に押しつけて、それから、さも当然かのように二挺目を取りだした。同じくブラックの、一際おおきなリヴォルヴァーだった。

 あぁ、すこしずつ、頭が真っ白になっていく。「銃」という重みを手にすると、なんだか考えることが波濤を成して、頭の容量(キャパ)を失ってく気がするの。思考のハンチング。頭の中にある「私」と「私以外」が、私のすべて(・・・)を引っ張りあう。


 ――これまでの恨みを、ぜーんぶブチ撒けろ。


 甘美な囁き。先輩のリップスが、そのすべて(・・・)を奪いとった。

 初夜の匂いが鼻腔を擽り、脳裏を過る。記憶に刻まれたあの恐怖と、緊張と、快楽。プチっと、なにかが切れる音。

 ……そっ、か。

「恨みを、晴らすんだよね」

 瞼が痙攣を起こす。

 法規、放棄、蜂起。

 これまで教えられてきたルールも、規律も、もう関係ない。来るところまで来たのなら、そんなものは捨てちゃえっての。

 そして、私を苦しめた鎖を断ち切って、私を苦しめたその根源(人間)を、ブチ壊してやる。

「そ、その意気」

 持ち手を両手でがっしりと握る。汗ばんだ感触を得られる余裕も、あとすこし。――へ、へへっ、やって、やろう、じゃん。



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