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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第八章 ー アイズ・オブ・マーチ / Ides of March ー
46/58

8-5 POV : ギャレット


 不気味なくらいに人気が減ると、この舞台には、いまここにいなければならない人間と、それ以外の存在(フィルター)しかいなくなる。それは必然的な不要分子の排除といえた。街中で堂々と発砲を起こしてマズいかと思ったが、案外いいほうへ作用してくれたってもんだ。

 私はいま、これまでにないほど興奮している。鼓動が高鳴り、手が震え、内心は細やかな希望に歓喜していた。

 弾薬半分。

 戦力十分。

 士気十二分。

 イデスと階段を駆けあがり、開けた歩道橋へ出ると、ヤツはのうのうとこちらへ向かって走っていた。どこか焦燥を、血の気の引いた白い顔に浮かべながら。

「――野郎」

「よォやくだな」

 真昼の決闘(ハイ・ヌーン)、なんて例えようか。

 私とイデスが道を塞ぐと、ユリウスは呼吸を荒立てながら速度を緩め、やがて止まった。間合いは広かった。あの翡翠の瞳、忘れちゃいない。

 吹き荒ぶ寒風に、ヤツのブラックコートとイデスの銀髪が靡く。

 まだ、互いの銃口は地面を向いたままだった。

 数瞬の間を置いて、ユリウスの喉がゴクリと鳴る。遠くにいてもはっきりと聞こえたのだ。焦っているな――?

「ジレンマ、とでも言おうか」

 曇天の下に響くヤツの声はいやに優しく、この期に及んで透明感と余裕があった。

「なにがだ。……お前のせいで、仲間が三人死んだ!」

 私は声を張りあげる。ヤツを前にすると、どうしても気が昂った。

「不可抗力さ。君たちはいま、間違った敵に狙いを定めてる」

 ハッ、と、イデスが呆れた調子で鼻を鳴らす。

「アンタの御託に耳を傾けてるほど、人間には余裕がないの」

「安心してよ。それは私も一緒」

「アンタは、人間じゃないでしょ――?」

 イデスが最初にリヴォルヴァーを引き抜き、ヤツの胸に狙いを定めた。私もすかさずショットガンを構える。冷たい感触。

「いいかい。今度のフィルターは、急所を一度撃たれたくらじゃ死なない。君たちがもし、ここで私を撃って、私が泡を吹いて死ねば、君たちは大いなるミスをしたことになる」

「へぇ、やってみようか」

 冷たく、覚悟の籠った声。彼女も並々ならぬ怨讐を持っている。

「よーく聞いて。その引き金を引けば、君たちはまんまとフィルターの罠に引っかかったことになるよ」

 ヤツは銃口を向けられてなお、平然を装う。あるいは、一度撃たれたくらじゃ、ヘコたれないからか……?

「イデス」

「ん――」

 数瞬のアイコンタクト。覚悟は、決まった――――と思えば、向かいの階段からライフルを構えた、アンドロイドのような全身武装の兵士が二人。あれは、第1特異対応班(QRF)――。

 まずっ――!?

 ――ダダンッ!

 ――ダダッ、ダンッ!

 ――パリイィインッ‼

「イデス――!」

 空気を裂くスーパーソニック。私は咄嗟にイデスに覆いかぶさり、上ってきた階段めがけて飛びこむ。ヤバいっ――‼

 ――――。

 ――ドッ。

 ――ドダッッ。

 ――ドッドダダダァァッ‼

 視界の錯乱。背中、四肢、胸、衝撃のローテーション。うぐぇっ――‼

 ショットガンを手放し、ひたすら慣性に身を任せる――!

「ああぁっ――‼」

 イデスの叫喚。あぁ、死ぬ、か――?

 ――ドダッダァァァッ!

 ズダァァァ……。

 相応の段数を輾転し、ようやく平坦に落ちつく。余韻で転がるときには、すでに背中に異常を感じた。

「うっ……ぶふぇっ」

 まるで身体が爆縮を起こしそうな、内部にかかる四方八方(よもやも)からの痛覚。頬骨がズキズキと痛む。

「イデ……ス」

「あぁ……クッソ……」

 奇襲。

 まんまと嵌められた。見事な追撃。クソったれ……振り払えたつもりだったんだが……。

 ――チャリ、チャリ。

 ――ジャラ、ジャラ。

 思考を張り巡らす余裕などなかった。転がり落ちてきた階段――歩道橋からは、装備の重なる金属音がする。

 焦燥と諦念。この身も地球も滅ぶのか――?

「アーサー。アイツら……来る」

 先に立ちあがったイデス。地面とゼロ距離の目線が、彼女のフラついた足元をぼんやりと見つめる。一滴、二滴。わずかだが鮮血が淋漓した。そして、私の目の前で立ち止まり――

「クソが――!」

 ――ドッパアァアン!

 ダッ――。

 ――ッドゴォァアンッ‼

 聞き慣れた銃声が二発。私の預けた拳銃(BFR)だ。.45-70弾を放つだけあって、耳を劈くほどの豪快な音。まるで砲撃。いいぞ、やっちまえ……。

 ――そして静寂。今日はこの騒がしさと、気味の悪い静寂の繰り返し。刺激的で、命がけ。

 幸い、二発の銃声の後に、追撃を食らうことはなかった。

「アーサー、アーサー!」

「ああぁ……」

 体じゅうがやられた。イデスに支えられながら、体を起こす。お、おぇっ――。

「ちょっと吐かないでよ」

 うんうんと大きく頷く。どこからか湧いてくる嗚咽を一息に呑みこんで、開口。

「て、敵は」

「いまんとこ二枚だけ。アンタの銃、やっぱエグいね」

 ふふっ、と、こんなときに笑いがこみ上げた。ん――?

「腕、大丈夫か」

 私はイデスの右腕を指さす。二の腕に小さな黒い穴が、針を通すようにぽっかりと空いていた。

「大丈夫。まだ耐えるよ」

 果たして、それが真意かどうかは分からない。が、彼女が、心配している私よりも動けていることは確かだった。

「クッソ、味方(QRF)に邪魔されるとはな」

「アイツらどんだけいんの……?」

 彼女に腕を掴まれ、肩を組んでもらう。神経に障る痛みを二、三味わったが、苦虫を噛み潰す顔をして我慢した。彼女のサラサラの髪が、すこしこそばゆい。

「おそらく、QRFの大半は会場に配備されているはずだ」

 しゃべるといちいち体が痛い。荒い呼吸を繰り返して、その痛みを紛らわせた。

「ユリウスがQRFを騙せていたとしても、数は分隊程度だろう」

「野郎を追わないと」

「いいや、ここに留まっていれば、QRFの残党やコッパの連中と鉢合わせする可能性がある。先回りして、警備の手薄なところからアンブッシュをかけよう。あぁっ!」

 痛ぇ!

「あとちょっと。ここで我慢したら、アンタを一生好きでいられる」

 んん……、んぁ?

「なんだって……?」

 さっきの銃声で耳がやられたか?

「ほら、吊り橋効果ってヤツ!」

 間近にあるイデスの横顔が、すこしだけ羞恥に染まる。あぁ……。

「わかった。行こう」

 彼女の力を借りて、ぐっと地面を踏んばる。転がり落ちたショットガンを拾い、我々は駅のなかを目指した。

 遠くを見れば、無機質な柱が延々とつづき、頭上の電飾は「オーサカ駅」を象る。静まり返った都会を、戦場を、二人で突き進んだ。

 正午を回り、三十分を過ぎた頃だった。


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