8-5 POV : ギャレット
不気味なくらいに人気が減ると、この舞台には、いまここにいなければならない人間と、それ以外の存在しかいなくなる。それは必然的な不要分子の排除といえた。街中で堂々と発砲を起こしてマズいかと思ったが、案外いいほうへ作用してくれたってもんだ。
私はいま、これまでにないほど興奮している。鼓動が高鳴り、手が震え、内心は細やかな希望に歓喜していた。
弾薬半分。
戦力十分。
士気十二分。
イデスと階段を駆けあがり、開けた歩道橋へ出ると、ヤツはのうのうとこちらへ向かって走っていた。どこか焦燥を、血の気の引いた白い顔に浮かべながら。
「――野郎」
「よォやくだな」
真昼の決闘、なんて例えようか。
私とイデスが道を塞ぐと、ユリウスは呼吸を荒立てながら速度を緩め、やがて止まった。間合いは広かった。あの翡翠の瞳、忘れちゃいない。
吹き荒ぶ寒風に、ヤツのブラックコートとイデスの銀髪が靡く。
まだ、互いの銃口は地面を向いたままだった。
数瞬の間を置いて、ユリウスの喉がゴクリと鳴る。遠くにいてもはっきりと聞こえたのだ。焦っているな――?
「ジレンマ、とでも言おうか」
曇天の下に響くヤツの声はいやに優しく、この期に及んで透明感と余裕があった。
「なにがだ。……お前のせいで、仲間が三人死んだ!」
私は声を張りあげる。ヤツを前にすると、どうしても気が昂った。
「不可抗力さ。君たちはいま、間違った敵に狙いを定めてる」
ハッ、と、イデスが呆れた調子で鼻を鳴らす。
「アンタの御託に耳を傾けてるほど、人間には余裕がないの」
「安心してよ。それは私も一緒」
「アンタは、人間じゃないでしょ――?」
イデスが最初にリヴォルヴァーを引き抜き、ヤツの胸に狙いを定めた。私もすかさずショットガンを構える。冷たい感触。
「いいかい。今度のフィルターは、急所を一度撃たれたくらじゃ死なない。君たちがもし、ここで私を撃って、私が泡を吹いて死ねば、君たちは大いなるミスをしたことになる」
「へぇ、やってみようか」
冷たく、覚悟の籠った声。彼女も並々ならぬ怨讐を持っている。
「よーく聞いて。その引き金を引けば、君たちはまんまとフィルターの罠に引っかかったことになるよ」
ヤツは銃口を向けられてなお、平然を装う。あるいは、一度撃たれたくらじゃ、ヘコたれないからか……?
「イデス」
「ん――」
数瞬のアイコンタクト。覚悟は、決まった――――と思えば、向かいの階段からライフルを構えた、アンドロイドのような全身武装の兵士が二人。あれは、第1特異対応班――。
まずっ――!?
――ダダンッ!
――ダダッ、ダンッ!
――パリイィインッ‼
「イデス――!」
空気を裂くスーパーソニック。私は咄嗟にイデスに覆いかぶさり、上ってきた階段めがけて飛びこむ。ヤバいっ――‼
――――。
――ドッ。
――ドダッッ。
――ドッドダダダァァッ‼
視界の錯乱。背中、四肢、胸、衝撃のローテーション。うぐぇっ――‼
ショットガンを手放し、ひたすら慣性に身を任せる――!
「ああぁっ――‼」
イデスの叫喚。あぁ、死ぬ、か――?
――ドダッダァァァッ!
ズダァァァ……。
相応の段数を輾転し、ようやく平坦に落ちつく。余韻で転がるときには、すでに背中に異常を感じた。
「うっ……ぶふぇっ」
まるで身体が爆縮を起こしそうな、内部にかかる四方八方からの痛覚。頬骨がズキズキと痛む。
「イデ……ス」
「あぁ……クッソ……」
奇襲。
まんまと嵌められた。見事な追撃。クソったれ……振り払えたつもりだったんだが……。
――チャリ、チャリ。
――ジャラ、ジャラ。
思考を張り巡らす余裕などなかった。転がり落ちてきた階段――歩道橋からは、装備の重なる金属音がする。
焦燥と諦念。この身も地球も滅ぶのか――?
「アーサー。アイツら……来る」
先に立ちあがったイデス。地面とゼロ距離の目線が、彼女のフラついた足元をぼんやりと見つめる。一滴、二滴。わずかだが鮮血が淋漓した。そして、私の目の前で立ち止まり――
「クソが――!」
――ドッパアァアン!
ダッ――。
――ッドゴォァアンッ‼
聞き慣れた銃声が二発。私の預けた拳銃だ。.45-70弾を放つだけあって、耳を劈くほどの豪快な音。まるで砲撃。いいぞ、やっちまえ……。
――そして静寂。今日はこの騒がしさと、気味の悪い静寂の繰り返し。刺激的で、命がけ。
幸い、二発の銃声の後に、追撃を食らうことはなかった。
「アーサー、アーサー!」
「ああぁ……」
体じゅうがやられた。イデスに支えられながら、体を起こす。お、おぇっ――。
「ちょっと吐かないでよ」
うんうんと大きく頷く。どこからか湧いてくる嗚咽を一息に呑みこんで、開口。
「て、敵は」
「いまんとこ二枚だけ。アンタの銃、やっぱエグいね」
ふふっ、と、こんなときに笑いがこみ上げた。ん――?
「腕、大丈夫か」
私はイデスの右腕を指さす。二の腕に小さな黒い穴が、針を通すようにぽっかりと空いていた。
「大丈夫。まだ耐えるよ」
果たして、それが真意かどうかは分からない。が、彼女が、心配している私よりも動けていることは確かだった。
「クッソ、味方に邪魔されるとはな」
「アイツらどんだけいんの……?」
彼女に腕を掴まれ、肩を組んでもらう。神経に障る痛みを二、三味わったが、苦虫を噛み潰す顔をして我慢した。彼女のサラサラの髪が、すこしこそばゆい。
「おそらく、QRFの大半は会場に配備されているはずだ」
しゃべるといちいち体が痛い。荒い呼吸を繰り返して、その痛みを紛らわせた。
「ユリウスがQRFを騙せていたとしても、数は分隊程度だろう」
「野郎を追わないと」
「いいや、ここに留まっていれば、QRFの残党やコッパの連中と鉢合わせする可能性がある。先回りして、警備の手薄なところからアンブッシュをかけよう。あぁっ!」
痛ぇ!
「あとちょっと。ここで我慢したら、アンタを一生好きでいられる」
んん……、んぁ?
「なんだって……?」
さっきの銃声で耳がやられたか?
「ほら、吊り橋効果ってヤツ!」
間近にあるイデスの横顔が、すこしだけ羞恥に染まる。あぁ……。
「わかった。行こう」
彼女の力を借りて、ぐっと地面を踏んばる。転がり落ちたショットガンを拾い、我々は駅のなかを目指した。
遠くを見れば、無機質な柱が延々とつづき、頭上の電飾は「オーサカ駅」を象る。静まり返った都会を、戦場を、二人で突き進んだ。
正午を回り、三十分を過ぎた頃だった。




