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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第八章 ー アイズ・オブ・マーチ / Ides of March ー
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8-4 POV : ユリウス


 …………。

 ………………。

 撃ちこんだ。弾丸は的確に胸部を撃ち抜いた。混乱の中を、人混みの中を掻きわけて、確実に、撃った。

 ――死ね。

 ――死ね。

 ――死ね。

 滅びゆく文明を護るために。這い寄る危機を鎮めるために。イサカを堕とし、壊した罪を、償わせるために。

 できる限りの憎悪と、冷血さを以て。

 撃ちこんだ。

 撃ちこんだ――はずなのに。

「やっぱり、お前が嫌いだよ、ユリウス」

 私の撃ちこんだ弾丸は風穴を開けて、その穴から、どす黒い血が滲んでいる。それなのに、ソイツは――ハルは依然として生きていた。まるで、平然と言わんばかりに。

「せ、先輩……?」

 傍に立つイサカは撃たれた彼女を見て、気が動転してしまった。その場に立ち尽くし、死んだ目が、彼女の弾痕を判然と捉える。

「大丈夫だいじょうぶ」

 けれどハルは余裕の面構えで、イサカの頭に手をおく。

「え、なんで……、どうして……?」

「そりゃあ、簡単に死ぬわけないじゃん」

 着こんだグレーのパーカーが、みるみる紅く染まっていく。じわぁ、と。絵具が滲むみたいに。

 ――死なない。

 異物。死んでも生きている彼女が、渦を巻いたみたく歪んでみえる。抗っても勝ってこない……? イサカを宥め、薄笑いを浮かべる姿が、私の心に虚無を植えつける――――いいや。

 ――死なない?

 ――ならば、確実に死ぬまで。

 ヤツとの距離は十メートルもない。今度は確実に、額に弾をくれてやろうっての。

 レバーアクション。コッキングして、すかさず照準を合わせる。

「ユーリやめて‼」

 イサカが涙を目尻から零しながら、銃を向ける私へ訴えかける。しかし、こんなところで私情に邪魔されるわけにはいかない――!

「悪いね、イサカ」

「――甘ぇよ」

 そう呟くが早いか、私とハルの間に人がわらわらと押し入ってくる。

「ウワァァァァァッ……」

 しかし、その動きが明らかに不自然だった。幽霊のように朧気で、実体の掴めないノイズ。誰か(・・)がそうなるよう仕組んだかのような、予定調和を踏んだ群衆の大波だった。

 うぐぅっ――。

 まんまと足を掬われる。次元のズレた回避技は、さすがに予想の範疇を超えていた。狙うことは疎か、立っていることさえもままならない。こうなると、安易な発砲はできない、ね……。

 そのうち、ハルはイサカを引っ張って人混みのなかへと姿を消す。まるでハイエナ、煙を撒くように颯爽と行方を晦ました。クソっ、逃すわけには――!

 雨の滲むアスファルトを蹴る。

 ッタァンッ――!

 車道に詰まる車を掻きわけ、フェンスを越える!

 ……しかし、乗り越えた先に、二人の影はなかった。くっそっ!

「オーガスタス!」

 インカムを押し、すぐさま発報。

《どうしたユリウス》

 上官の親父臭い、嗄れた声。バックではサイレンが鳴り響いていた。

「ハルを獲り逃した。このままだと、駅を越えて条約機構本部まで辿り着かれる。本部の警戒を最大限に!」

 ザァッ――。

 無線にも粗雑なノイズが走る。

《了解した。QRFはチョーク4以外がすでに本部へ向かっている。……それと、気をつけろ。第5特殊作戦実行班(エコー)がチョーク4、ニホンの機関とエンゲージを開始した。狙いはどうも、お前だぞ》

 ああっ、もう。面倒を増やしてくれる!

「やっぱり、アイツらはコラボレーターなの?」

《分からん。ただ、明らかにお前を追尾し、狙っていることは確かだ。コラボレーターが、お前をフィルターだと思うよう仕向けたのかもしれない》

「へぇ、シャレになんないね! ――カシウス長官は?」

《既に条約機構本部でフィルターの警戒にあたっている》

「……分かった」

《それと、ユリウス。気をつけろ。フィルターは思っている以上に、これまでの出来事に一枚噛んでいる。アクション一つひとつが、次のトリガーになるかもしれん》

「了解。気をつけるよ」

 発報を終えると、焦点は再び目前の混乱へ。伸びた前髪を掻き分ける。

 ――ふぅっ。

 ハルを、確実に仕留めなければ。

 モダナイズドのレバーアクションライフル。この凍てつく鉄くずと冷えきった気温のせいで、手がよく悴む。ロングの弾薬をシェルホルダーから摘まみだし、マガジンチューブに補充。

 ヤツにはあと何発、撃ち込めばいいのか……いいや、そんなこと考えてもしょうがない。いまはとにかく、ヤツの計画を止めることだけを考えよう。

 群衆はやがて、散り散りになって街から消えていく。騒乱のフェードアウト。残ったのは、静寂に潜む緊張感と、死のペトリコールだけ。

 駐車禁止の標識。ふっ、いまじゃ通りは無断駐車だらけだね――なんて皮肉はおいておき、左の階段を駆け上がる。

 タッタッタッタッ――。

 大都会の昼時とは思えない静けさが、妙な不気味さを与える。

 すこし立ち止まって、脳内の地図を整理。左へ進めば私鉄。右の歩道橋をわたればもう一回り大きな駅に着く。

 南に行くには――右へ進むしかない。

 そうして、大きな歩道橋をダッシュ。駅まではあと六、七十メートルくらいか。左手には大きなギョロ目の換気塔が高々と聳えていた。

 向かい風が頬にあたり、凍るような寒さを直に感じる。息を吐くたびに気霜がたって、口のなかに鉄の味が広がった。

 遠くにエスカレーターが見えはじめる。あそこを降りて駅を越えなければ。

 ――イサカ。

 頼む、目を、覚まして――


「見つけた」


 っ――!?



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