8-2 POV : ギャレット
レンタカー屋、受付――。
「それでは……お客様、免許証をお願いいたします」
気味の悪い笑顔を引きつらせた中年の男。首元まで濃い髭を生やしているせいで、幾分とむさ苦しくみえた。
「イデス、頼む」
「んぇ、ないよ」
駐車されている多様の車を眺めていたイデスが、振り向きざまに間抜けた声を出す。
「ないのか?」
「ない。ここニホンだよ?」
「あのォ……お客様。いくら警察の方と言われましても、免許証がなければ……」
はぁ……。やはり適当なウソでは、道を走ることは許されないらしい。高が車を借りるために物騒な真似をするのは、いささか心苦しいが……。
そう思いつつも、私とイデスに目配せし、阿吽の呼吸でズボンに挟んでいた拳銃を取りだして、それを男に突きつけた。
「うわァッ!?」
私はイデスのキンバーを。イデスは私のBFRを。互いのものだった銃を男に向けると、効果は覿面。男はタマを握り締められたかのように、情けなく両手を上げて降参した。
「もういちど言う。至急、車を借りたいんだ」
そうして寒空の下、せかせかと駐車場に案内され、見えてきた車――は、えらく古びたニホン車だった。角張ったレトロなデザイン、傷んだ黒いボディ。まるでくたびれたポンコツ、サビにまみれた代物。車に疎い私でも分かる。これは年代ものの、エンジンがかかるかも分からない車だ。
「こちらでしたら……」
「これ動くの?」
「ええ、保証します」
私はガサついたボンネットを軽く撫でて、即決した。なにを根拠にするわけでもないが、とにかく、コイツでいいと思った。
「わかった。これでいい」
「おォ、お客様。せめて、お名前のほうを……」
怖気づいた男は背を丸めて萎縮しながら、か細い声で小さく呟いた。私は車を挟んで向かいに立つ、イデスの鋭い瞳を捉えた。
「…………?」
彼女はきょとん、と、小首を傾げる。
「名前は……ゴージャスゴリラウェイだ」
――ブララララララッ。
エンジンの駆動は悲鳴にも近く。
「――話は?」
「話って」
「話はつけてんのかって」
「誰にだ」
「これからトツるところ!」
「いや、政府やA.D.C.C.D.には話してない」
「はァ? そんなんでトツっても返り討ちに遭うだけだって」
「大丈夫だ、どさくさ紛れでなんとかなる。ならなくても……なんとかする」
――ブウウゥゥゥゥゥンッ!
いま、無造作にアクセルペダルを踏みこんで分かったことがある。ニホン車ってのは、存外古びていても走れるってことだ。私は初めての感覚に楽しくなって、さらにアクセルを踏み込んだ。急加速――。
「クッソ、ダニィには生きててほしかった!」
「なんでだ」
「アンタ運転ヘタくそすぎ!」
「仕方ないだろう! いま教習中なんだから」
私は助手席のイデスを一瞥する。引きちぎる勢いで天井のグリップにしがみつき、眉間を顰めて目をひんむいていた。
「アイズ、オンザ、ロード‼」
――ビピイイィィッ‼
しまった。よそ見をすれば、交差点の右から飛び出してきた小さな乗用車! 危ないっ――!
凄まじい反射でハンドルを左に切り、極限の回避。私は自重を助手席のほうへと揺さぶり、連動して、華奢な体躯のイデスも激しく揺られた。まるでアトラクションのよう。
「おうわっ――!」
「きゃあっ――!?」
あまりの衝撃に、イデスから聞いたこともない、可憐な悲鳴が聞こえた。……バカヤロォ。
「マジで、死んじゃう」
息も絶え絶えになって。
「バカ言え。ユリウスを殺すまでは死なせない」
「なんでそんなに自信あんのさ! こんっのロードキラーが!」
……それは褒め言葉として受け取っておく。
私は鞭を打つように、まだまだアクセルを強く踏みこんだ。真冬の市街を走るセルシオは、さながらミサイルのように止まることを知らない。
大都市の要、オーサカ駅に差しかかると、渋滞が行く手を阻む。軽快なドライブ――のつもり――をしていた車も、エンジンを温める程度に減速した。
「チッ……」
道は複雑で、とにかく信号の数が異常。イデスは隣で死を覚悟したように、冷や汗をダラダラと流す。
「なんでこんなに詰まってるんだ。ったく、ニホンは狭いな」
背筋を伸ばして、先の高架を見やる。びっしりと詰められた車が長蛇の列を成し、ほんの一メートルすらも動けないほど寸詰まりを起こしていた。
『――連日発生しているオーサカでの銃撃事件を受け、本日調印式が行われるオーサカ市内では、厳重な警戒態勢および、大規模な交通規制が実施されており……』
「ふーん、そういうこと」
粗末なカーラジオからノイズ混じりに聞こえるニュース。イデスは後部座席に手を伸ばし、ボディアーマーやグローブ、ライフルの装備をすばやく整える。
「QRFどころの騒ぎじゃない。ニホンの機関がフル稼働だ」
私も脇に置いていたショットガンを手に取った。
「てかさ、なんでQRFが私たちとやり合うわけ。ソイツらもA.D.C.C.D.なんでしょ?」
「コラボレーターのせいだ。ヤツが組織の内部を見事に掻きまわしてる。それに、エコーの我々をコラボレーターだと思い込んでるようだ」
「掻きまわしてる張本人は誰か分かってんの?」
「私には分かったが……お前は知らなくていい」
そういうとイデスはこちらを向き、見せつけるようにムッとふくれっ面をつくった。いや、信用していないわけではないんだ。ただ――
「『無知』が唯一の対抗策だと、分かったんだ」
「へぇ、そう」
彼女は澄ました顔を繕って、SOLGW MK1のチャージングハンドルを引く。見るかぎり、納得のいったようではなく、どちらかというとスネている感じであった。
「弾は足りそうか?」
「うーん、五ミリはダニィとフランツが持ってた分あわせれば、あとちょっと持つと思う。いっても余裕はないけど」
結局、おととい遭遇したQRFの追撃を逃れてから、我々は拠点に戻ることができなかった。それゆえ、ユリウスに殺されたダニエルとフランツの武器を回収し、私とイデスがそれを分け合う羽目になっている。彼らの使っていた武器……いまの我々二人に、彼らを偲んでいる余裕はない。もちろん、QRFの猛攻を正面から食らえるほどの余裕も。
極限の状況下。首筋に流れる不快な汗。私は汚れまくったシャツをグイ、と引き延ばした。
「デッドラインは?」
「調印式は――午後の二時だ」
時計に目を落とす。チッ、チッ――。短針は直上、十二時を指していた。端末の情報によれば、調印式の会場である「大東亜共栄条約機構」の本部に各国の代表が揃ったとき、フィルターはなんらかの方法――詳細までは確認できなかった――で代表たちを殺害する計画を立てているそうだ。仮にそれが食い止められなければ、先進の道を歩んできたニホンは列強国から非難され、「世界規模」などと謳っていた平和は破綻を招き、各国の軋轢はより強固なものになっていく。そして、その摩擦が火を起こしたとき、ついにグレート・フィルターという仮説が証明される。つまり、署名をする場で銃爆発が起きれば、それすなわちフィルターの勝鬨を意味する、ということだ。バカげた妄想だと冷笑するのは易いが、かのサラエヴォだって、そんなものだった。一発の銃声が、破滅への一途を辿る可能性は、決してゼロではない。
「降りよう」
私はいても立ってもいられなくなって、バックルを押してシートベルトを外す。
「降りんの?」
「ああ、走ったほうが早い」
「これレンタでしょ? どうすんの」
イデス……、地球滅亡を目前に控えてるんだぞ。
「あとでベンツにして返す」
丁字路の向こうから、明らかに乗用車の規格ではない、ゴツゴツした甲羅をまとう装甲車が流れてくるのを目撃。
「イデス、急げ。地下に潜ろう」
――まもなく、私とイデスはそそくさと地下へ潜った。が、オーサカの地下街はさながら迷宮。呑気に地図を見ている暇もなく、南だと確信する方向に舵を切る。方向感覚と勘だけが、主な頼りだった。
「この道であってんの?」
イデスはチマチマと早足で、時折ずれ落ちそうになるライフルのスリングを持ちなおしていた。
「南に行けたらどの道通っても正解だ」
地下街をぐんぐんと進み続けていくうちに、不穏と懐疑の視線をいくつも感じた。そりゃァまあ、銃を抱えて急ぎ足で過ぎていくコンバットスタイルの外国人が、素直に買い物を楽しんでいるとは思えないだろう。スマホをこちらに向ける輩まで現れたものだから、我々はその都度キツく睨んでやった。
「――アーサー」
「ああ」
いち早く事に気がついたイデス。私とコンタクトをとって、銃を構える。レストラン街に差しかかったところで、次第に周囲に警官が目立ち始めた。しかも、チラチラとこちらを見ては、無線を飛ばしている模様。私とイデスは持ち得る感覚を最大限研ぎ澄ませ、我々を取りまく全周七二〇度を警戒した。塵の一つも見逃すな。
「来るよ、四人」
「躊躇うな。いつでも撃てるように」
「うぃ」
カチッ――。
そして――
「そこのお二人、ちょっとすんません」
正面から二人、後方から二人。
コンマ数秒。
その一瞬に気を落ち着け、瞬きひとつが己の覚悟を確固たるものに。はっきりと、イデスと私の呼吸がシンクロするのを感じた。
………………。
いまだ――。
ショットガン / ストック × 右フック + 警官の顔面 = 渾身の一撃!
「ぶふうぅうえぁ!?」
方向 + 転換 = 後方 / ストック × 振りかざす = 顔面強打!
「おえぇあぁっ!」
ひるんだところで、間髪おかずにホルスターからキンバーを抜く。そして黒金のメッキがすぐさま唸った。
――パアァンッ‼
後方のコッパに撃ち込み、一人目!
すかさず前方。
――パッッパアァン!
華麗なるダブルタップ。軽めのリコイル。
後ろにいたヤツにも、オマケの一発。風貌二十代の、若造。罪悪感はもちろんあった。
「ギャアアアアアァァアッッ――‼」
混沌の開幕。
所要時間は四秒。二つの命を奪うのに必要だった時間だ。ふぅ、ふぅ。
イデスは私よりも一秒、始末が早かった。さすがとしか言いようがない。
彼女は「あーあ」と呆れた溜息を吐く。
「始まっちゃった」
興奮と、すこしの好奇心。心拍数の上昇。始まったな。
「行くぞ――」




