↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第八章 ー アイズ・オブ・マーチ / Ides of March ー
42/58

8-1 POV : ユリウス & イサカ


 ビイィィーッ。

 ひっぺがした包帯を二の腕に巻きつけ、一周、二周。

「間に合うんだろうな」

 オーガスタス(上官)ときたら、電話越しでもピリピリしちゃって。万が一失敗したとしても、その先にあるのはお待ちかねの地球滅亡。お咎めはないよ……なんて、縁起でもないか。

「大丈夫。アレが確定でクロだから。それより、国内にいるユニットはちゃんと動員できるんだろうね」

「お前の推理が一〇〇パーセントでない限り、総動員は不可能だ。六割は動かし、私も赴く」

「言っとくけど、アイツはイサカを最後のコラボレーターにして、ヤツと一緒に調印式に乗りこむ気だよ」

「そうならないように、お前がイサカを引き留めるなり、始末するなりの作戦じゃなかったのか」

 おぉー、耳が痛い。

「イレギュラーだよ、イレギュラー。さすがに現代っ子に宇宙人なんてのは無理があったね。……そもそも、エコーに事の次第を伝えていたら、こんなことにはならなかったんじゃないかな? あだっ――」

 パチン、と指をすり抜けたゴム。拾いなおして、髪を後ろでひとつに結わえる。

「A.D.C.C.D.にコラボレーターが潜んでるのは知ってただろう。QRFの情報は内輪にも洩らせなかったんだ」

 ふーん。

「筒抜け、ねぇ」

 ハル。さすがは文明を破壊せんと試みるヤツだ。手こずるね。

 腕を修復して、疼痛の余韻を堪えながら、武器のメンテナンス。このP7M13も随分と年季が入ってきた。

「でもさ、ギャレットって人、フィルター三人をとっ捕まえたとかって噂」

「その実績さえもが、ソイツを過信させるための罠だったとしたら、どうだ」

「おぉー、それはもうパラノイアだ」

 パラベラムを十三発。鉛色の弾薬が、綺麗にマガジンに収まっている。

 カチャッ――。カッッチンッ――!

 プレスチェックを済ませると、脇にあるホルスターへと銃をしまう。それから、仕立てたスーツの襟をピッと糺して、トレンチコートに腕を通し、ゴーグルを首に提げ、そして顔を上げる――我ながら剣幕な顔。

「嫌な予感がするが……とにかく、あと一つのミスで、地獄のチェックインが満杯になる。頼んだぞ、ユリウス」

 レバーアクションライフルのスリングを肩に通す。

「分かってるよ」

 賽は投げられてるんだから。


 ※※※


『ニホン時間の十四日、午前三時頃に到着したロシアのパブロフ外相は、オーサカにある大東亜共栄条約機構本部に到着しました。対する米国のラムサス国務長官は依然として行方不明であり、保守過激派のカレン・マクダレン副長官が、十三日午前九時に首都ワシントンを出発しました。先行きの不透明なまま調印式を迎えた今日、会場である大東亜共栄条約機構本部の周辺では、抗議デモなどが行われており、緊張が走っています』

 カンカンッ――!

 ジュワァァッ――。

「はい、チャーハン一人前。おまちどう」

「どーも。ほら、いっぱい食っときなよ」

「はい……」

 ドーム状に盛られたチャーハン。脂っこくて塩気のある匂い。レンゲを摘まみ、砂の城を崩すみたいに表面をこそいで、小さな一口をいただく。……うん、味がある。

「おいし?」

「うん……」

 とは言ったものの、嚥下がうまくいかない。ほんのすこしの米粒が、街中華の美味しいご飯が、どうにも喉を通らない。

『――北部はところにより雪、中部は曇りときどき雪、南部は午後から日差しが見えるかもしれません』

「二卓に中生とギョーザ出しといて!」

「はァい」

 ………………。

「ねぇ、イサカ」

「…………え?」

 カウンター。隣に座るハル先輩は、コップのお冷を枯らすだけ。それと、タバコを四本。

「緊張してる?」

 先輩はぐっと目を細め、いたずらに微笑みを浮かべて、満足気に私を見下ろす。萎縮した私は言葉をも喉に詰まらせて、わずかに震える手で目前のコップを掴んだ。緊張? どうだろうな……。

「私が一緒だから、大丈夫」

 先輩はふふっと、感情が滲みを見せてほくそ笑む。これまででいちばん人間味のある微笑だと、横顔を拝みながらそう思った。

 私の感情は密閉されて、いま、恐怖だとか、悲しみだとか、高揚だとかは一切感じない。ただ、脂ぎった店の中で、「憧れ」の人と一緒にいて、右手が小刻みに震えつづけてる――その現実を、ありのままの事象として受け入れている。

 そう、起きているだけ。

 果たして、これを「気持ちが楽になった」と定義するのかどうかは分からない。もはや、それを測る物差しが壊れてないんだから。

 いまの私は、ただのドール。口も利けない、綿の抜けたドール。巡り廻って拾われたのが、ハル先輩だった。

 ――カンカンカンッ!

『お昼のニュースでした』

「さぁっ、ぼちぼち、行こっか」

 お皿には、まだたんまりとご飯が盛られたまま。先輩はいつも通りにパーカーのフードを深くかぶって、ストリートスタイルのジャケットを羽織り、革財布からお札を取りだした。

「ごちそうさまー。勘定、置いてるから」

「はいよ、まいどォ」

 先輩を真似るように、私もフードを深くかぶった。彼女のくれた、ぶかぶかのパーカー。分厚くって、真冬に着るにはちょうどいい。おかげで寒さを凌ぐことができた。


 殷賑の都市 + 喧噪の戯れ × 鳥肌とビル風 = オーサカ。

 今日の空は異様なまでに明るくて、それでいて奇怪な雲に覆われている。まるで水墨画のなかに閉じ込められたかのような、灰一色。昨晩の余韻、ペトリコール。

 ――ピッポ、ピピポ。

 信号。

 ――ダタン、ダダンドドンダダン。

 高架上の電車。

「知らんて!」

「うせやん!」

 人々の雑沓。

「さ、行くよ」

 先輩(怪物)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。