8-1 POV : ユリウス & イサカ
ビイィィーッ。
ひっぺがした包帯を二の腕に巻きつけ、一周、二周。
「間に合うんだろうな」
オーガスタスときたら、電話越しでもピリピリしちゃって。万が一失敗したとしても、その先にあるのはお待ちかねの地球滅亡。お咎めはないよ……なんて、縁起でもないか。
「大丈夫。アレが確定でクロだから。それより、国内にいるユニットはちゃんと動員できるんだろうね」
「お前の推理が一〇〇パーセントでない限り、総動員は不可能だ。六割は動かし、私も赴く」
「言っとくけど、アイツはイサカを最後のコラボレーターにして、ヤツと一緒に調印式に乗りこむ気だよ」
「そうならないように、お前がイサカを引き留めるなり、始末するなりの作戦じゃなかったのか」
おぉー、耳が痛い。
「イレギュラーだよ、イレギュラー。さすがに現代っ子に宇宙人なんてのは無理があったね。……そもそも、エコーに事の次第を伝えていたら、こんなことにはならなかったんじゃないかな? あだっ――」
パチン、と指をすり抜けたゴム。拾いなおして、髪を後ろでひとつに結わえる。
「A.D.C.C.D.にコラボレーターが潜んでるのは知ってただろう。QRFの情報は内輪にも洩らせなかったんだ」
ふーん。
「筒抜け、ねぇ」
ハル。さすがは文明を破壊せんと試みるヤツだ。手こずるね。
腕を修復して、疼痛の余韻を堪えながら、武器のメンテナンス。このP7M13も随分と年季が入ってきた。
「でもさ、ギャレットって人、フィルター三人をとっ捕まえたとかって噂」
「その実績さえもが、ソイツを過信させるための罠だったとしたら、どうだ」
「おぉー、それはもうパラノイアだ」
パラベラムを十三発。鉛色の弾薬が、綺麗にマガジンに収まっている。
カチャッ――。カッッチンッ――!
プレスチェックを済ませると、脇にあるホルスターへと銃をしまう。それから、仕立てたスーツの襟をピッと糺して、トレンチコートに腕を通し、ゴーグルを首に提げ、そして顔を上げる――我ながら剣幕な顔。
「嫌な予感がするが……とにかく、あと一つのミスで、地獄のチェックインが満杯になる。頼んだぞ、ユリウス」
レバーアクションライフルのスリングを肩に通す。
「分かってるよ」
賽は投げられてるんだから。
※※※
『ニホン時間の十四日、午前三時頃に到着したロシアのパブロフ外相は、オーサカにある大東亜共栄条約機構本部に到着しました。対する米国のラムサス国務長官は依然として行方不明であり、保守過激派のカレン・マクダレン副長官が、十三日午前九時に首都ワシントンを出発しました。先行きの不透明なまま調印式を迎えた今日、会場である大東亜共栄条約機構本部の周辺では、抗議デモなどが行われており、緊張が走っています』
カンカンッ――!
ジュワァァッ――。
「はい、チャーハン一人前。おまちどう」
「どーも。ほら、いっぱい食っときなよ」
「はい……」
ドーム状に盛られたチャーハン。脂っこくて塩気のある匂い。レンゲを摘まみ、砂の城を崩すみたいに表面をこそいで、小さな一口をいただく。……うん、味がある。
「おいし?」
「うん……」
とは言ったものの、嚥下がうまくいかない。ほんのすこしの米粒が、街中華の美味しいご飯が、どうにも喉を通らない。
『――北部はところにより雪、中部は曇りときどき雪、南部は午後から日差しが見えるかもしれません』
「二卓に中生とギョーザ出しといて!」
「はァい」
………………。
「ねぇ、イサカ」
「…………え?」
カウンター。隣に座るハル先輩は、コップのお冷を枯らすだけ。それと、タバコを四本。
「緊張してる?」
先輩はぐっと目を細め、いたずらに微笑みを浮かべて、満足気に私を見下ろす。萎縮した私は言葉をも喉に詰まらせて、わずかに震える手で目前のコップを掴んだ。緊張? どうだろうな……。
「私が一緒だから、大丈夫」
先輩はふふっと、感情が滲みを見せてほくそ笑む。これまででいちばん人間味のある微笑だと、横顔を拝みながらそう思った。
私の感情は密閉されて、いま、恐怖だとか、悲しみだとか、高揚だとかは一切感じない。ただ、脂ぎった店の中で、「憧れ」の人と一緒にいて、右手が小刻みに震えつづけてる――その現実を、ありのままの事象として受け入れている。
そう、起きているだけ。
果たして、これを「気持ちが楽になった」と定義するのかどうかは分からない。もはや、それを測る物差しが壊れてないんだから。
いまの私は、ただのドール。口も利けない、綿の抜けたドール。巡り廻って拾われたのが、ハル先輩だった。
――カンカンカンッ!
『お昼のニュースでした』
「さぁっ、ぼちぼち、行こっか」
お皿には、まだたんまりとご飯が盛られたまま。先輩はいつも通りにパーカーのフードを深くかぶって、ストリートスタイルのジャケットを羽織り、革財布からお札を取りだした。
「ごちそうさまー。勘定、置いてるから」
「はいよ、まいどォ」
先輩を真似るように、私もフードを深くかぶった。彼女のくれた、ぶかぶかのパーカー。分厚くって、真冬に着るにはちょうどいい。おかげで寒さを凌ぐことができた。
殷賑の都市 + 喧噪の戯れ × 鳥肌とビル風 = オーサカ。
今日の空は異様なまでに明るくて、それでいて奇怪な雲に覆われている。まるで水墨画のなかに閉じ込められたかのような、灰一色。昨晩の余韻、ペトリコール。
――ピッポ、ピピポ。
信号。
――ダタン、ダダンドドンダダン。
高架上の電車。
「知らんて!」
「うせやん!」
人々の雑沓。
「さ、行くよ」
先輩。




