7-7 POV : イサカ
……池塘春草の夢。
いつかの時に、そんな言葉を覚えた。不意に思い出したのは、今夜、初めてを経験したから。淡い刹那の青春。先輩の手つきは意外にも繊細だった。優しくて、でも、私の快楽を知ってるかのように、的確に絶頂へと誘った。それはもう、おかしくなるくらい――ダメダメ。また求めちゃう。
「なんか飲む?」
「えっと……飲む」
カップ麺、酒瓶、コスメの抜け殻。綺麗なベッドに、染みのできたシーツ。
ほどよく散らかった部屋に、ほわっと煙が広がる。ほんのりバニラの香り。私は毛布を胸元で掴んで、体を起こした。
「ほい」
裸のままの先輩はキッチンでごそごそと物色し、それから振り向いてひょい、と、瓶を投げる。――っと。
筆記体で綴られたラベルを見る――モルト、アイリッシュウイスキー。
「ウイスキー?」
「飲んでみ。うまいよ」
淡泊な微笑み。脚の低いベッドに腰かけて、また煙を吸う。シガーの先っぽが赤く燃えた。ごきゅ……。
「うぇっ!」
苦味。苛烈な灼熱感。喉焼けそっ!
「ははっ。もらうよ」
意地らしく笑う先輩。黒い瞳を細めて、口端をきゅっと上げた。もおっ。
「にしても、裸足で逃げてきたなんて、よっぽどピンチだったんでしょ。……どぉせ、ユリウスとかいうヤツが結局ヤバかったんじゃないの」
まったくの図星。返す言葉もみつからず、ただ黙々と、口にのこった苦味を噛み締める。
「あんだけ言ったのになー」
どこか呆れた物言い。一言、たったのその一言と落ち着いたトーンが、私の心中をまた複雑にさせる。どうやら私、人を見る目がないんです。
三回。煙が宙を彷徨って、細いシガーが灰皿に潰れる。部屋はあっという間に芳醇な香りに包まれた。
「――ま、そーゆーこともあるか。それ取って」
細長い人差し指がさすほう。ベッドの端にある、小洒落たシガー――ピースのパッケージだった。
「はい」
私がそれを手渡すと、先輩は茶色い芯のシガーを二本とりだして、その一本をこちらへよこす。ジッポの火が点くと、朧気な先輩の輪郭に微光のグラデーションができて、より儚く、そして美しくなった。淡い光はまるでカーテンのように靡き、長い睫毛がよく映える。妖しい金色のウルフカット、どうにも私のヘキに刺さった。
火は二人のシガーに点火すると、カチンッ、と閉じる蓋とともに、あっさりと消滅した。暗闇がすこしだけ明るく、そしてすぐ暗く。私は茫然と、彼女の仕草の言いなりだった。
「ありがとうございます」
「前のおかえし、ね」
すぅ、と、ひと吸い。これまた強烈なキック。
「ぶわっ」
「慣れて」
まるで気ままな猫の面倒をするみたいに、先輩がまた笑う。それからすこしの静けさが残った。セックス、アルコール、シガー。そこに頽廃と恋情がトッピングされると、人の心持ちというのはもう手のつけようがない。頭へ流れる血は熱く、身体は脱力を極め、考える力も湧きやしない。痺れる、麻痺、陶酔。そんな言葉がお似合いかな。
「あ」
と、先輩、なにかを思い出した様子。
「もひとつ取ってほしいのある」
先輩はそういってから目を合わせた。私はきょとんとして、次の合図を待つ。
「どれ……?」
「そこの引き出し開けて」
次に指したのはシガーの置いてあった横――ベッドとバルコニーサイドの窓に挟まれて佇む、三段の引き出し。まるでその存在を隠すかのように、ひっそりと置かれてあった。
「二段目」
ぐっと腕を伸ばし、取っ手を優しく引く。スッ――。
「えっ――」
驚くが早いか、先輩がベッドに乗り上げ、私の背後をとる。ギシっと、揺れるベッドが軋んだ。これって……。
「びっくりした――?」




