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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第七章 ー セイヴ、ミィ! / Coming 4 U ー
40/58

7-7 POV : イサカ


 ……池塘春草の夢。

 いつかの時に、そんな言葉を覚えた。不意に思い出したのは、今夜、初めてを経験したから。淡い刹那の青春。先輩の手つきは意外にも繊細だった。優しくて、でも、私の快楽(すべて)を知ってるかのように、的確に絶頂へと誘った。それはもう、おかしくなるくらい――ダメダメ。また求めちゃう。

「なんか飲む?」

「えっと……飲む」

 カップ麺、酒瓶、コスメの抜け殻。綺麗なベッドに、染みのできたシーツ。

 ほどよく散らかった部屋に、ほわっと煙が広がる。ほんのりバニラの香り。私は毛布を胸元で掴んで、体を起こした。

「ほい」

 裸のままの先輩はキッチンでごそごそと物色し、それから振り向いてひょい、と、瓶を投げる。――っと。

 筆記体で綴られたラベルを見る――モルト、アイリッシュウイスキー。

「ウイスキー?」

「飲んでみ。うまいよ」

 淡泊な微笑み。脚の低いベッドに腰かけて、また煙を吸う。シガーの先っぽが赤く燃えた。ごきゅ……。

「うぇっ!」

 苦味。苛烈な灼熱感。喉焼けそっ!

「ははっ。もらうよ」

 意地らしく笑う先輩。黒い瞳を細めて、口端をきゅっと上げた。もおっ。

「にしても、裸足で逃げてきたなんて、よっぽどピンチだったんでしょ。……どぉせ、ユリウスとかいうヤツが結局ヤバかったんじゃないの」

 まったくの図星。返す言葉もみつからず、ただ黙々と、口にのこった苦味を噛み締める。

「あんだけ言ったのになー」

 どこか呆れた物言い。一言、たったのその一言と落ち着いたトーンが、私の心中をまた複雑にさせる。どうやら私、人を見る目がないんです。

 三回。煙が宙を彷徨って、細いシガーが灰皿に潰れる。部屋はあっという間に芳醇な香りに包まれた。

「――ま、そーゆーこともあるか。それ取って」

 細長い人差し指がさすほう。ベッドの端にある、小洒落たシガー――ピースのパッケージだった。

「はい」

 私がそれを手渡すと、先輩は茶色い芯のシガーを二本とりだして、その一本をこちらへよこす。ジッポの火が点くと、朧気な先輩の輪郭に微光のグラデーションができて、より儚く、そして美しくなった。淡い光はまるでカーテンのように靡き、長い睫毛がよく映える。妖しい金色のウルフカット、どうにも私のヘキ(・・)に刺さった。

 火は二人のシガーに点火すると、カチンッ、と閉じる蓋とともに、あっさりと消滅した。暗闇がすこしだけ明るく、そしてすぐ暗く。私は茫然と、彼女の仕草の言いなりだった。

「ありがとうございます」

「前のおかえし、ね」

 すぅ、と、ひと吸い。これまた強烈なキック。

「ぶわっ」

「慣れて」

 まるで気ままな猫の面倒をするみたいに、先輩がまた笑う。それからすこしの静けさが残った。セックス、アルコール、シガー。そこに頽廃と恋情がトッピングされると、人の心持ちというのはもう手のつけようがない。頭へ流れる血は熱く、身体は脱力を極め、考える力も湧きやしない。痺れる、麻痺、陶酔。そんな言葉がお似合いかな。

「あ」

 と、先輩、なにかを思い出した様子。

「もひとつ取ってほしいのある」

 先輩はそういってから目を合わせた。私はきょとんとして、次の合図を待つ。

「どれ……?」

「そこの引き出し開けて」

 次に指したのはシガーの置いてあった横――ベッドとバルコニーサイドの窓に挟まれて佇む、三段の引き出し。まるでその存在を隠すかのように、ひっそりと置かれてあった。

「二段目」

 ぐっと腕を伸ばし、取っ手を優しく引く。スッ――。

「えっ――」

 驚くが早いか、先輩がベッドに乗り上げ、私の背後をとる。ギシっと、揺れるベッドが軋んだ。これって……。

「びっくりした――?」


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