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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第七章 ー セイヴ、ミィ! / Coming 4 U ー
37/58

7-4 POV : イサカ

 ガチャン――。

 後ろでドアノブが鳴った。なに……。凝りかたまった首をひねって、聳え立つドアを振りかえる。

 ガチャ、ガチャ――。

 数回レバーが動いて、また静まった。ユーリ……?

 ………………。


 ――ダァバァァンッッ‼

「動くなァっ!」

 ドアが凄まじい勢いで蹴飛ばされ、玄関から黒ずくめの三人がわらわらと押し入ってくる。ちょっと、なに……。

「死んでる?」

「手遅れだったか?」

 男と女の声。流暢な英語だった。

「いや、生きてるようだが……野郎がいない」

 別の男。ブリテッシュ系の顔立ち。私の直上で仁王立ちして、ギッとした悍ましい目つきで私を見下ろす。碧眼に紺のジャケット。暗闇に浮かぶブロンドヘアにヨーロピアンな鼻立ちは、この世界(・・・・)に釣りあわない。

 その男は屈んでから、なんの挨拶もなしに私の顔をまじまじと見入った。

「起きてるのか」

 誰? この人。どこかぎこちないニホン語。私はなにを言うでもなく、ただ唖然と、間近にくる男の顔を見つめ返した。彫の深い外国人。アンタは……。

「おい起きろ」

「ちょっ……」

 ぺち、ぺち。男は私の頬を二、三度軽く叩く。私は瞬きして、蚊を追い払うように手を振った。なんコイツ……?

「よく聞け。この家にいた女はどこだ」

「は……?」

 心当たりは――もちろん一人。だけど、こんな野蛮で見るからにヤバそうなヤツらに……。私は事態を呑み込めないまま、しかし口ぶりは毅然を装った。

「知らないよ」

 外方を向く。でも、白々しい演技はすぐにバレちゃってダメだ。男は大きく舌打ちをしてから、自分の腕に巻く時計を見た。どうにも、焦りが見え隠れしてる。

「時間がないんだ。正直に答えろ」

「知らないって」

「このクソガキ……」

 後ろで銃床に手をおくタクティカルな風貌の女が、下品な言葉を放つ。英語はあんまり詳しくないけど、それでも分かる汚いワードだった。

「大体アンタたち、誰?」

 不安を押し殺して声を出す。マトモな人たちじゃないってのは一目瞭然だけど、あまりにリアルでオモチャとは思えない装備と、それから銃。そんな物騒なものを身にまとっているから、生存本能が脳裏でサイレンを鳴らしてる。

「隊長、早くしねェと」

「分かってる!」

 女の側で頻りに玄関を警戒するムキムキマッチョな赤髭男が、金髪碧眼の男を急かす。すると、金髪は数瞬、壁を見やって鼻を鳴らし、それからもういちど私を詰問した。今度は目の奥がよく覗けるくらい、ぐっと近づいて。さながらガチ恋ってヤツだよ。

「いいか、よォく聞け。お前がいま匿っている女――ユリウスは、とんだ大犯罪者だ。世界を脅かすクソったれだ。いますぐに居場所を言え。さもないと――」

「殺すの?」

 制止。私は堂々と言い返した。両手を床について、少しずつ体を起こす。よくもまぁ、少し頭を捻ってみたら、たかが銃くらいに怖気づく必要なんてない。ぬらぬら刃物をチラつかせて「目玉を抉ってやる!」とか言われたら怖いけど、銃であっさり逝けるのなら、いまの私にゃ本望だ。

「それが偽物(オモチャ)じゃないなら、試しに撃ってみなよ。あ、でも、そしたらユーリの居場所は分かんなくなるね」

 ぐっと、自ら男に顔を近づける。覚悟っていえばいいか、挑発っていえばいいか。ほら、やってみなよ? いまの私からしたら、銃を持った強盗なんか、お迎えにきた天使も同然だっての。

「……調子に乗るなガキ」

 男は細めた唇の隙間から、息を吐くように呟く。低めいた声は、須臾の間に豪雨にかき消された。

「それと……知ってる? ユーリは、男だから」


 ――ダアァァアァンッ!


 破裂音。

 なに――っ!?

 思わず目を瞑り、耳を塞ぐ。ホントに撃つかっての、バカ――っ!

「なんだ!」

 って思ったけど、驚いてるのは相手も一緒のようで。撃たれたのは、どうやら私じゃないみたい。

 脳が状況を理解しきれない。やがて赤髭が押っ取り刀で廊下へと飛び出ては、声を荒らげた。

「おい隊長、フランツが勝手に発砲しやがった(アタマおかしくなった)!」

「なに!?」

 金髪も慌てて銃を引き抜く。黒メッキのスタイリッシュな拳銃だった。

「クソっ……、イデス、ダニエル。追え!」

「アンタは!」

「すぐに行く!」

 金髪は矢継ぎ早に英語で命令し、そしてもう一度ふり返る。しかし、今度は冷静さが焦燥に勝っていた。

「イサカ、といったな。いいか、ユリウスはお前を騙しているんだ。お前が孤独であることを知っていて、その孤独に浸けこみ、利用している。このままだと、お前はいずれ破滅するぞ」

 は……?

「なに言ってんの?」

 そんなのはまゆツバもんのウソ。

「ユリウスはこれからとんでもない……テロをしでかすんだ。それで国家規模での衝突を起こすのに、お前を利用しようとしてるんだ」

 アイツが……?

 あんなマヌケそうで、ずっとポワポワしてて、人の心を理解して、優しくしてくれる、ユーリが……?

「そんなわけ――」

「出自不明。何者かもいっさい教えてくれないだろう?」

 金髪は迫真の険しさで、私に問いただす。

 そして、彼の言うことはどれもこれも図星。そう言われて冷静になると、なにもかもが事実で、彼が安全だという保証はない。わずかに、背筋に悪寒が走る。

「大体、出会って数日の人間が、こんなにもお前と親密にしていること自体、怪しいとは思わないか?」

 それは……。

「お前が砂を噛むような日々を送っていて、煮え湯を呑まされるような恨みを持っていることを、ヤツは知っている。知っていて、その感情を駒にしようとしてるんだ」

 彼の言葉が、次々に私の胸を刺す。刺さった棘は毒を注ぎ、私の思考を絡めとる。

「お前はいま、重大な事件に巻き込まれている。私は、お前が通りすがりの嵐に巻き込まれるのを止めたいんだ」

 男はギッと目を光らせた。雨足は強くなる一方。私は彼の双眸に引き寄せられて、どす黒い混乱が波濤のように押し寄せる。

「――ユリウスは、お前を蝕み、呪うぞ」

 そんなわけないじゃん…………。そんなわけないじゃん……、そんなわけ……ないの? ねぇ、ユーリ……、ユリウス?

 ゴワゴワと音を立てて、頭のなかの荒波が堤に激しく衝突する。ニューロンの発火。思考は疑念を生み、疑念は不安を掻きたてる。

 ユリウス、アンタは…………いったい誰?

 なにも教えてくれなかったのは、彼の言う通り、ユーリが本当にヤバいヤツ(・・・・・・・・)だから……?

 あれだけ優しくしてくれたのは、なんで……?

 私に向けた微笑みは、なんのため……?

 あの笑顔が妙に瞼に焼きついて、離れない。怖い……。ニヤァ、と。長い睫毛を靡かせながら、目を細めて。小首を傾げて嗤う様が、あの笑顔が、ぜんぶ、ぜんぶ、私を欺くための嘘……?

 フラスコに注がれた、一滴の毒。濁った水に溶けこんで、紫色に染め上げる。

 大人はそうして、なんでも身勝手に振舞って。そのエゴは見え透いている。だから、私は人を信用できない。人を信用しない――はずだったのに。

『君には華が似合う』


 私を救ってくれると、思ったのに――‼


 ――――。

 立ち上がる。

 二発目の銃声が轟いた時だった。恨みつらみがドバっと、体じゅうの穴から黒血が噴き出るみたいに、心の器から溢れて。衝動が疲弊した身体を突き動かす。私以外のすべての事象が、恐ろしくスローに過ぎる。街全体に降り注ぐ雨の一粒々々さえもが、いまの私には掴めそうだった。金髪を力いっぱいに押し倒し、右足に力を込めて、フローリングを強く蹴る。次は左足――。止まることなく、走り出す。驚愕する金髪の顔には見向きもせず、わずかな白光の差す玄関(ほう)へと――。

 ――ベチャッ。

 ――パチャ。

 裸足のまま。たまに手を衝きそうになるけど、コケるもんか――っ!

「イサカぁっ――‼」

 玄関を飛び出ると、金髪の呼びかけを無視したまま、私は階段を降りて、銃声を側にその場を離れた。一刻も早く、歪んだ現実から逃げるべきだと、本能が身体を奮い立たせた。


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