7-4 POV : イサカ
ガチャン――。
後ろでドアノブが鳴った。なに……。凝りかたまった首をひねって、聳え立つドアを振りかえる。
ガチャ、ガチャ――。
数回レバーが動いて、また静まった。ユーリ……?
………………。
――ダァバァァンッッ‼
「動くなァっ!」
ドアが凄まじい勢いで蹴飛ばされ、玄関から黒ずくめの三人がわらわらと押し入ってくる。ちょっと、なに……。
「死んでる?」
「手遅れだったか?」
男と女の声。流暢な英語だった。
「いや、生きてるようだが……野郎がいない」
別の男。ブリテッシュ系の顔立ち。私の直上で仁王立ちして、ギッとした悍ましい目つきで私を見下ろす。碧眼に紺のジャケット。暗闇に浮かぶブロンドヘアにヨーロピアンな鼻立ちは、この世界に釣りあわない。
その男は屈んでから、なんの挨拶もなしに私の顔をまじまじと見入った。
「起きてるのか」
誰? この人。どこかぎこちないニホン語。私はなにを言うでもなく、ただ唖然と、間近にくる男の顔を見つめ返した。彫の深い外国人。アンタは……。
「おい起きろ」
「ちょっ……」
ぺち、ぺち。男は私の頬を二、三度軽く叩く。私は瞬きして、蚊を追い払うように手を振った。なんコイツ……?
「よく聞け。この家にいた女はどこだ」
「は……?」
心当たりは――もちろん一人。だけど、こんな野蛮で見るからにヤバそうなヤツらに……。私は事態を呑み込めないまま、しかし口ぶりは毅然を装った。
「知らないよ」
外方を向く。でも、白々しい演技はすぐにバレちゃってダメだ。男は大きく舌打ちをしてから、自分の腕に巻く時計を見た。どうにも、焦りが見え隠れしてる。
「時間がないんだ。正直に答えろ」
「知らないって」
「このクソガキ……」
後ろで銃床に手をおくタクティカルな風貌の女が、下品な言葉を放つ。英語はあんまり詳しくないけど、それでも分かる汚いワードだった。
「大体アンタたち、誰?」
不安を押し殺して声を出す。マトモな人たちじゃないってのは一目瞭然だけど、あまりにリアルでオモチャとは思えない装備と、それから銃。そんな物騒なものを身にまとっているから、生存本能が脳裏でサイレンを鳴らしてる。
「隊長、早くしねェと」
「分かってる!」
女の側で頻りに玄関を警戒するムキムキマッチョな赤髭男が、金髪碧眼の男を急かす。すると、金髪は数瞬、壁を見やって鼻を鳴らし、それからもういちど私を詰問した。今度は目の奥がよく覗けるくらい、ぐっと近づいて。さながらガチ恋ってヤツだよ。
「いいか、よォく聞け。お前がいま匿っている女――ユリウスは、とんだ大犯罪者だ。世界を脅かすクソったれだ。いますぐに居場所を言え。さもないと――」
「殺すの?」
制止。私は堂々と言い返した。両手を床について、少しずつ体を起こす。よくもまぁ、少し頭を捻ってみたら、たかが銃くらいに怖気づく必要なんてない。ぬらぬら刃物をチラつかせて「目玉を抉ってやる!」とか言われたら怖いけど、銃であっさり逝けるのなら、いまの私にゃ本望だ。
「それが偽物じゃないなら、試しに撃ってみなよ。あ、でも、そしたらユーリの居場所は分かんなくなるね」
ぐっと、自ら男に顔を近づける。覚悟っていえばいいか、挑発っていえばいいか。ほら、やってみなよ? いまの私からしたら、銃を持った強盗なんか、お迎えにきた天使も同然だっての。
「……調子に乗るなガキ」
男は細めた唇の隙間から、息を吐くように呟く。低めいた声は、須臾の間に豪雨にかき消された。
「それと……知ってる? ユーリは、男だから」
――ダアァァアァンッ!
破裂音。
なに――っ!?
思わず目を瞑り、耳を塞ぐ。ホントに撃つかっての、バカ――っ!
「なんだ!」
って思ったけど、驚いてるのは相手も一緒のようで。撃たれたのは、どうやら私じゃないみたい。
脳が状況を理解しきれない。やがて赤髭が押っ取り刀で廊下へと飛び出ては、声を荒らげた。
「おい隊長、フランツが勝手に発砲しやがった!」
「なに!?」
金髪も慌てて銃を引き抜く。黒メッキのスタイリッシュな拳銃だった。
「クソっ……、イデス、ダニエル。追え!」
「アンタは!」
「すぐに行く!」
金髪は矢継ぎ早に英語で命令し、そしてもう一度ふり返る。しかし、今度は冷静さが焦燥に勝っていた。
「イサカ、といったな。いいか、ユリウスはお前を騙しているんだ。お前が孤独であることを知っていて、その孤独に浸けこみ、利用している。このままだと、お前はいずれ破滅するぞ」
は……?
「なに言ってんの?」
そんなのはまゆツバもんのウソ。
「ユリウスはこれからとんでもない……テロをしでかすんだ。それで国家規模での衝突を起こすのに、お前を利用しようとしてるんだ」
アイツが……?
あんなマヌケそうで、ずっとポワポワしてて、人の心を理解して、優しくしてくれる、ユーリが……?
「そんなわけ――」
「出自不明。何者かもいっさい教えてくれないだろう?」
金髪は迫真の険しさで、私に問いただす。
そして、彼の言うことはどれもこれも図星。そう言われて冷静になると、なにもかもが事実で、彼が安全だという保証はない。わずかに、背筋に悪寒が走る。
「大体、出会って数日の人間が、こんなにもお前と親密にしていること自体、怪しいとは思わないか?」
それは……。
「お前が砂を噛むような日々を送っていて、煮え湯を呑まされるような恨みを持っていることを、ヤツは知っている。知っていて、その感情を駒にしようとしてるんだ」
彼の言葉が、次々に私の胸を刺す。刺さった棘は毒を注ぎ、私の思考を絡めとる。
「お前はいま、重大な事件に巻き込まれている。私は、お前が通りすがりの嵐に巻き込まれるのを止めたいんだ」
男はギッと目を光らせた。雨足は強くなる一方。私は彼の双眸に引き寄せられて、どす黒い混乱が波濤のように押し寄せる。
「――ユリウスは、お前を蝕み、呪うぞ」
そんなわけないじゃん…………。そんなわけないじゃん……、そんなわけ……ないの? ねぇ、ユーリ……、ユリウス?
ゴワゴワと音を立てて、頭のなかの荒波が堤に激しく衝突する。ニューロンの発火。思考は疑念を生み、疑念は不安を掻きたてる。
ユリウス、アンタは…………いったい誰?
なにも教えてくれなかったのは、彼の言う通り、ユーリが本当にヤバいヤツだから……?
あれだけ優しくしてくれたのは、なんで……?
私に向けた微笑みは、なんのため……?
あの笑顔が妙に瞼に焼きついて、離れない。怖い……。ニヤァ、と。長い睫毛を靡かせながら、目を細めて。小首を傾げて嗤う様が、あの笑顔が、ぜんぶ、ぜんぶ、私を欺くための嘘……?
フラスコに注がれた、一滴の毒。濁った水に溶けこんで、紫色に染め上げる。
大人はそうして、なんでも身勝手に振舞って。そのエゴは見え透いている。だから、私は人を信用できない。人を信用しない――はずだったのに。
『君には華が似合う』
私を救ってくれると、思ったのに――‼
――――。
立ち上がる。
二発目の銃声が轟いた時だった。恨みつらみがドバっと、体じゅうの穴から黒血が噴き出るみたいに、心の器から溢れて。衝動が疲弊した身体を突き動かす。私以外のすべての事象が、恐ろしくスローに過ぎる。街全体に降り注ぐ雨の一粒々々さえもが、いまの私には掴めそうだった。金髪を力いっぱいに押し倒し、右足に力を込めて、フローリングを強く蹴る。次は左足――。止まることなく、走り出す。驚愕する金髪の顔には見向きもせず、わずかな白光の差す玄関へと――。
――ベチャッ。
――パチャ。
裸足のまま。たまに手を衝きそうになるけど、コケるもんか――っ!
「イサカぁっ――‼」
玄関を飛び出ると、金髪の呼びかけを無視したまま、私は階段を降りて、銃声を側にその場を離れた。一刻も早く、歪んだ現実から逃げるべきだと、本能が身体を奮い立たせた。




