6-9 POV : ギャレット
イデスは思い出すと、部屋の隅に置いていた装備を弄り、埋もれていたタブレットを掘りだした。世代の古い代物で、数多の傷とヒビが入っていたが、致命的な破損は免れているようだった。
「はい。で、これがなんになるの?」
「まぁ、開けてみればわかるさ。俺のリグに青いテープのUSBがあるはずだ。取ってくれ」
「ん」
張りこみをさせていたあのニホン人から、アタシカがタブレットを肌身離さず持っていたことは聞いていたが、それがこのタブレットであることを願うばかり。ほかにも書類などを確保しているものの、おそらく、本命の情報はここに集約されているはず――すくなくとも、捜査官の勘はそう告げていた。
ボタンを押し、電源を入れる。するとまもなく、パッと、画面は闇の中で、私の顔に向けて煌々と白い光を放った。反射で目をきゅっと窄めたものの、刺激が残像を成して目を痛めた。
案の定、ロック。
デジタル用の解析USBをポートに挿しこみ、バックエンドの黒いウィンドウがコマンドログを出力。ブルートフォースを実行し、ものの三分でパスワードを突き破る。
《|FuCK_HuM4n_69》
私は指を上へと滑らせるだけ。ロックはいとも簡単に解除された。私はそのまま、ファイルやメッセージのアプリを網羅する。腹に据える痛みを抱えたまま、手当たり次第に指を動かした。請求書、見積書、取引内容のメモ……。下らないトークから――一般企業的に――アウトなやりとりまで。しかし、まだこれといった情報は抽出できない。と、なると、より隠匿性の高いアプリでやりとりをしていた可能性が高い。
「イデス、リグに赤いUSBがあると思うんだが……」
「はい」
イデスもソファの肘置きに腰を据え、物珍しそうな顔つきで画面を覗く。私は慣れた手つきで青いUSBを抜き、赤いテープで印をつけたUSBを挿しこむ。それからあれやこれやと弄って、ようやくRAMからスナップショットを抽出することに成功した。
「EUD、取ってもらえるか?」
そろそろイデスはパシリに飽きてきた頃。
「はい、よっ」
作戦内容などをまとめておく多目的デバイス――EUD。それから接続ケーブル。ピットブルに置いてこなくてよかった。
押収したタブレットとEUDを接続し、スナップショットをEUDに復元。細やかな部分にも目を光らせ、数枚の画像とメッセージを復元することに成功し…………これ、は?
「ん……誰これ」
よく見えるよう、タブレットの端っこを摘まんだイデス。
「コイツ……」
私は愕然とした。
復元された写真のうち、一枚目。爽やかな微笑を見せる、中性的な顔立ちの、銀髪の人物。女、だろうか……? 粗いピクセルが紡ぐ妖しい微笑は、どこかの誰かに向けていて、こちらを見ていない。その目つきが、私の細胞に刻まれた記憶を妙に擽った。この感覚、不快だ。どこかで、見たことが――
「あっ」
「なにさ」
あぁ。
バー、だ。
「バーで若い女と一緒にいた、アイツ……」
謎めいた雰囲気を持つ、銀髪の枝垂れ髪。躴躿な出で立ちに、女を誑かしていそうなあの色気を孕んだ気だるさ。
――すみません。
と、あのとき、バーの入口で私を睨みつけた翠の瞳。
忘れちゃいない。記憶から我に返り、もう一度画像を凝視する。間違いない、あの時の、優しいのに、どこか狂気を秘める凄まじい眼力。白皙の肌に飾られた口角がわずかに上がっていて、人を瞬く間に懐柔してしまいそうなオーラをまとう。
「この……ユリウスって、やつが?」
拍子抜けしたイデスが貼付のメモに目を通し、私も後を追う。だが、確証の得られる言葉、つまり、文明破壊者の存在と断定する文言――「フィルター」の文字は、見つけられなかった。
――しかし、私は断定する。
間違いなく、過去にフィルターを三体捕えた私が、断定する。
「ユリウスが、フィルターだ」
……そうと分かると、私は悔やんでならなかった。あの絶望と未曽有の恐怖の間で浅い呼吸を繰り返しているときに、私自身が一度、フィルターと接触していたのだ。あのとき、あの間近で感じた違和感を、引き金を引く力に変えておけば、チェンが死に、フランツが壊れ、ダニエルが怒り狂うことはなかったんだ。そう思うと、奈落に突き落とされる後悔に苛まれた。
「ねぇ、大丈夫?」
知らぬ間に俯いていた私を、唯一、平然を保つイデスが気にかける。
――そうだ。
コラボレーターの情報はないのか。カシウスの言っていた裏切り者。フィルターと協力する側の人間ならば、すくなからず情報があるのでは――
「まだ写真、あるよ」
イデスが細い指をさっと滑らせ、画面は次のページを映した。
………………。
「――は?」
思考が停止。
首筋から、ゾワっと鳥肌が立った。
ウソ、だろ……。
待て、そんな……。
失笑。もはや笑うしかない。
頭の整理がまったく追いつかないが、無理やりに理性をはたらかせて、ひとまず深呼吸。取り乱すな、落ち着け……。
「い、イデス……」
声帯を絞りきって、細い声を出す。茫然自失で力が入りきらず、自分でも初めて聞くような、低く、掠った声音だった。
「な、なに」
「これから言うことは、ダニエルとフランツには言うな」
「え、うん……」
押し殺そうと堪えたため息が、不意を衝いて出た。ふぅ……。
「実はな、フィルターを捕えるべきである、我々A.D.C.C.D.の中に、フィルターの差し金が潜んでいたんだ」
「んん……は?」
私は面を上げ、イデスを見やる。彼女は数瞬言葉を詰まらせてから、不満そうに片眉を顰める。私は気まずくなって、思わず目を逸らした。
「つまるところ、組織の中にコラボレーターがいたということだ」
「はぁ?」
「私は上司からそのことを聞かされていてな。特に、タケムラの件で失敗したこともあって、第5特殊作戦実行班の中に潜んでいる可能性が特に高いと忠告を受けていたんだ」
「ふーん……、それで情報共有とかを嫌がってたってわけ」
「そうだ」
だが……。
「いま、この写真をみて、そのコラボレーターが誰なのか分かった」
今度の写真に添えられたメモには、ご丁寧に「潜伏者」「情報提供者」と記録され、更には合言葉が「ブルータス、お前もか」なんてことまで記憶されていた。
「この人……?」
――ピリリリリ。
絶妙なタイミング。ポケットにしまってあった携帯が、着信音とともにバイブを起こす。勘というのはこういうときにも働くもので、私はそのコールが、いったい誰からのものなのかを安易に推測することができた。
「電話、鳴ってるよ」
私は固唾を呑んで、ポケットに手を突っこむ。
――ピリリリリ。
手を返して画面を見る。ビンゴ、としめて、咳払いをひとつ。
「はい、もしもし」
「おいギャレット。一体どうなってる」
ガメつい声が、私の耳元、ゼロ距離で叱りつける。親の声より聞いた声。そのいけ好かない声の持ち主は、紛れもなくカシウスのものだった。
「どうした、カシウス」
「なぜQRFと交戦なんかを!」
「あぁー」
私は呆れて物も言えず、力の抜けた返事をひとつ。相も変わらず、お前には驚かされて、不快にさせられて。そればっかりだ。
「さァな。上層部のほうで、情報共有の怠慢でもあったんじゃないのか」
「そんなわけがあるか。大体、アタシカの倉庫にいることなど――」
「どォだっていいさ」
彼の文句はもう聞き飽きた。イデスが「ソイツ誰?」と言わんばかりの視線を配る。細めた紫の瞳が懐疑の意を表していた。
「それより、我々のほうでもいくつか手がかりを見つけてな。おかげで答えが分かったよ。面白い話なんだが、聞いてくか?」
アイロニー。私からカシウスへ向けて、できる限りの憎悪をこめて。
「私としてはぜひ、その話を聞きたいし、QRFについての言い訳も聞きたいところだ。だがな、もう時間がない」
カシウスは随分と意気揚々。一つひとつの言葉で殴りかかってくるような興奮を含みながら、私の提案を露骨に拒否した。チッ、面白くない。
「こちらもホシを割り出したんだ。至急、お前に伝えておきたい」
「ほぅ」
聞いてみようか。
「フィルターは?」
「分かっている」
「コラボレーターも?」
「分かった」
「では――」
「……なに?」
「だからだ――」
カシウスの密告と同時に、イデスを睨む。よほど目の色が変わったからか、彼女はぎょっとして、反応に困ってから視線を泳がせた。
「――お前の隣にいるソイツも、コラボレーターだ」
あ、あぁ……?
頭が煮えそうになる。じゃあ、つまり、ええと……、いや――
「いいか、イデスは、裏切り者だ」
「あぁクッソ、どういうことだ」
エンジンのオーバーヒート。後頭部が打たれた鉄のように熱くなって、脳細胞のすべてが沸騰したようにパニックを起こしている。
「な、なにさ」
驚いたイデスが、私をなだめる。私はとうとう頭にきて、スマホを床に叩きつけた。異常なほど手が震えている。
「イデス、本当のことを言え」
「はぁ……?」
「おぃ……、ダミァ……」
床から這いあがるように聞こえる、幽かなカシウスの声。私はそのスマホを思い切りに踏みつけ、パキイィッ――‼
それから地の味を分からせるがごとく、右へ、左へ、踏みつけた足をじっくりと躙らせた。パリパリと液晶の粉砕する音。怒り心頭になって初めて、この黴臭い部屋が静けさを取り戻した。




