6-8 POV : ギャレット
「どこの軍に――」
「ウクライナ」
彼女が遮る。
「生まれがウクライナ。第四七旅団で、ロシアの連中と殺りあった」
ゴォ……と、どこか遠くで雷が落ちた。
「どう? 白状したけど、推理は当たった?」
その瞬間、私はなにも言えなかった。口を柔く噤んだままにした。横目に見た彼女の手も動きを止め、繰りかえす稲妻と洗面所から聞こえる水の音だけが、耳の奥でこだまする。
「だから、『ソロニク』ってのは苦手なの」
雨に負けそうな静かな声。これまでにない女々しさ。私はこの時、どこか彼女の奥底を突いているようで、不慣れな感覚に苛まれた。きっと清らかな部分ではないだろうが、姿さえもが模糊たるものだった彼女の本当の部分を、すこしだけ覗いているような気がした。
「だいたい、そんな綽名のつけられない、もっとマシな人生にしたかったよ」
彼女は俯いて、綺麗になった手を伸ばし、オペに使ったライトを部屋の片隅に向けた。おかげで、光がその一点に溜まる。彼女の顔を覗こうと上体を起こしたが、銀髪がサラリとカーテンを成してよく見えない。
「すまない。悪気はなかった」
「いいよ」
淡泊だった。期待のない、空白を埋めるための返事。そして、空いた右手で髪を耳に優しくかける。そうすると、端正でキリっと引き締まる横顔が朧気に映った。
「今回の仕事は、たしかに、無事に終えたら大金がもらえるからってのもあったけど、それ以前に……ちょっとした可能性に賭けてた」
「……可能性?」
「ま、贖罪的なこと。一応、カタギの人間に手を出してきたつもりはないけど、それでも結構な数の人を殺して生きてきた自覚はある。嘘か真かも分かんないし、かなりイカれてるとは思うけどさ、それでも、フィルターを殺したら平穏になるってことを、ちょっとだけ信じてみたかったの」
彼女の声音は弱々しく、嘘の見えない――まさに本音、と呼ぶのに相応しいものだった。
「……イデス」
「なに」
「これを――」
私は傍に置いていたリヴォルヴァー――BFRをそっと彼女に差し出した。
「私――俺はコイツで、確実にフィルターを仕留めるつもりだった。もちろん、いまもその意志に変わりはない。だが……それを実行するのはお前のほうがいいのかもしれない。これで贖罪を果たしてくれ。それと、たまに向こう見ずになる私を、コイツで脅してくれ」
最後のはもちろん自嘲だった。転瞬の稲妻に光る拳銃の影は大きい。グリップがイデスに向くよう、私はバレルのほうを掴む。ハサミを渡すのと同じ感覚だ。差し出された拳銃に目を落とす彼女はしばし硬直し、
「もらっとく」
と、それを受け取った。――そして、バンッ、と大きな音が鳴った。
「――フランツを寝かせてくる。なにかあったら呼んでくれ」
クソ、心臓に悪い。洗面所から顔を覗かせる赤髭のダニエルに、一瞬だけ苛立ちを覚えた。
イデスは私の捜査対象を外れた。無論、それはコラボレーターである可能性を棄却したことを意味する。ただ、私には、彼女の言葉や仕草が嘘のようには映らなかった。そもそも、彼女がコラボレーターなら、私が被弾したときか、オペの途中で殺すことだってできたはずだ。彼女はただ、孤独と罪業のなかで芽生えた、細やかな希望と信念を貫きたいだけなのかもしれない。そう考えるのが最も合理的で、理想的でもあった。
きっと、大丈夫だ。
往年の捜査で培われた勘が、確信の安堵をもたらした。
「……そうだ、イデス」
「なに」
「端末、あるか」
アタシカのところから押収したあのタブレット。あの中には、確実に情報が秘められている。
「あー」
イデスは思い出すと、部屋の隅に置いていた装備を弄り、埋もれていたタブレットを掘りだした。世代の古い代物で、数多の傷とヒビが入っていたが、致命的な破損は免れているようだった。
「はい。で、これがなんになるの?」
「まぁ、開けてみればわかるさ――」




