6-7 POV : ギャレット
腹の痛みをかみ殺して、私が先頭に立つ。
スパコン並みのシミュレート。コンテナを抜け、倉庫を右に突っ切り、施錠された非常口をブリーチ。距離は二十メートル程度か。およそ十五秒。遮蔽もある。腹と足に鞭だけ打つが……!
前方のスモークが煙を撒き散らしたのを見計らい、三つ目のスモークを反対側のチェンの死体のほうへ大きく投げつけ、さらに余ったスタングレネードをトッピング。たのむ、いいデコイになってくれ!
――ズダァァンッ‼
「行くぞぉっ――‼」
…………。
………………。
……チッ、チッ。チッ、チッ――。
――サアアァァァァァァァ。
――ポツ、ポツボツ。
………………。
「痛むよ」
「ああ……」
「押さえてもらう?」
「んん、大丈夫だ」
「んじゃ――」
「あぁ待て」
「なに」
「……フランツは」
「ずっと洗面所。もう一時間くらい顔洗ってる」
震えるような寒さ。鼠色の湿気。硬い質感の窶れたソファ。
九死一生の逃亡の末、逃げこんだ小さな家屋は、幸い何年も使われていないようだった。埃は喉に絡まるし、照明も暖房も効かないが、雨風を凌げるだけまだ価値がある。広さも文句なく、血と埃とケミカルに傷ついた装備を放るには十分だった。
アドレナリンが納まる頃、私は立っていることは疎か、ぐったりと座って、しっかりと呼吸をするのもしんどくなり、なんというやら、脱力しきってしまった。ぼんやりとした視界に映るのは、イデスの持つライトに照らされた、細い銀のピンセット。彼女はこれからそれを使って、私の腹に捻じこまれた弾丸を摘出する。もちろん、命からがら逃げてきたわけであって、オーサカの拠点には戻れていない。シレットを一つ注入したおかげで幾分か痛みを抑えられているものの、これから味わう摘出の痛みは、鎮痛を貫通することほかない。
そういえば、昔から注射が苦手だった。ガキの頃から大嫌いだった。喧嘩をするときに食らったパンチとか、突発的にくる痛みというのは耐えられるが、どうにも、あの採血をするときの、来ると分かっていて耐えなければならないという緊張感は、大人になっても慣れやしなかった――。
「な、イデス」
「……は?」
相変わらず冷たい。よく言えば、平静を保てている、か。まぁまぁ悲惨な戦闘を繰り広げた後だというのに、彼女だけは顔色ひとつ変えることなかった。
イデスは握ったピンセットでカチカチと音を立てて、私の脇腹にライトを当てた。仄かに反射する光のおかげか、彼女の双眸が綺麗なアメジストのようにきらめく。艶めかしい褐色、ハリのある美肌に、チラリと見え隠れするムカデのタトゥー。しなやかに揺れる銀色のボブカットに、スリムな鼻立ちと桃色のリップス、そしてひときわ長い睫毛。――物騒な部分を除けば――それはまるでベストセラーのお人形のようで……やはり、私の想像していた「ソロニクの忘れ形見」とは幾分ちがった。
「我慢しなね」
そういって、ピンセットのつま先が私の銃創にあてがわれる。
あぁー、来るな……。
カチ、カチ――。
――サアァァァァア。
「――おい大丈夫か!?」
ダニエルが大急ぎで部屋へと駆けつけた時には、先端の潰れた錆色の弾っころが、ステンレスの膿盆にカラカラと転がっていた。
「ダニィ、アーサーの処置してただけだよ。言ったはずだけど」
「あ、あぁ、そうかそれか……」
「外はどうだった?」
あまりの痛みに頭痛を催す。訊きたいことはすべてイデスが代弁していた。
「音沙汰はないな。アーサー、あの敵は――」
と彼は私を瞥見して、すぐさま状況を悟る。
いまの私はまるで死体だ。ミシシ、と革の軋むソファ。私はずれ落ちるように深く腰かけたまま、バカみたいに虚ろな目で暗澹の天井を見つめている。
「フランツのこと見てきてよ。まだ戻ってこないし」
「チッ、アイツまだ顔洗ってんのか」
そういうダニエルにも落ち着きがない。ずっとソワソワして、外の様子を窺ったり、部屋のなかを頻りに動きまわったり。フランツは完全に頭が参ったようで、洗面所に水を張って、ひたすら顔を洗っている。私は精神的にはじゅうぶん落ち着いていたが、肉体的なほうが滅法やられていた。
そんな中、唯一、イデスだけが平静を保って黙々とオペの後片づけを済ます。
「なぁ、イデス」
「なに」
私の血を塗りたくったように染めた指を、ガーゼで一本いっぽん綺麗に拭きとる。立っている姿はまるでモデルのようで、背は高いようにも感じられた。
「軍歴があるな」
「へぇ、自慢の推理?」
捜査官の頃、圧倒的な資料の少なさに頭を悩まされたが、間近でその姿を見ていると、自然と推理がついてくるもので。
「指揮を執り、簡単なオペもできる。臨機応変な戦況把握もできて、殺し屋業だって熟す。さすがに素人ではできない業だ」
天井に一筋の稲妻が走った。ピシャッ、と、青白い閃光だ。
「どこの軍に――」
「ウクライナ」
彼女が遮る。
「生まれがウクライナ。第四七旅団で、ロシアの連中と殺りあった」
ゴォ……と、どこか遠くで雷が落ちた。




