1-2 POV : イサカ
チック、タック。
チック、タック。
無造作に首を振る。右へぇ、左へぇ。なんか、そうしたほうがちょっとは酒の気が抜けるというか、楽になるからさ? 深い意味なんてのはなくって――うーんと、そのうち次第に迫ってくる頭痛と、細い神経が格闘を始めちゃった。
最初は、ほんとにカクテルを三、四杯くらいでやめようって思ってた。飲み過ぎて後悔したことだってあるし、それなりに酒との相性ってやつを弁えてるつもりだから、そのくらいにしておこうって、思ってた――。
思ってた……はずなんだけどなぁ。
「あの、お冷とか、いります?」
バイトのイマイチ湿気た青年が、カウンターに突っ伏している私に声をかける。冷め切った語調がどうも私を哀れに思っているらしく、私はそれに内心ムカついた。
「ううん……大丈夫。日本酒もっぱいお願いしまァす」
もう目を開けるのも億劫になって、摘まんだガラスのおちょこをふるふると振った。
結局、四時間。午後の十一時を過ぎても、私はバーの中に浸っていた。いや、厳密にいうと溺れていた。
バカみたいに忙しないこの世の中に対する嫌気と、地に足がつかなくなる恐怖におびえて、手も足も出ずにいる。こうもわがままなのに死ぬ勇気もないなんて、私、ほんとにクズでしょ?
もちろん、色々考えはした。
ハードな思い込みってのに、わずかな脳のキャパを使ってたの。
いまの時代ってのは、死ぬのも楽じゃない。急に「先立つ不孝を……」みたいなことをやっちゃえば、まず悲しまれる前に葬式。どうやってするのか、あるいはしないのか。それから遺品。結局は消費社会の産物であって、持ち主がいなくなれば、いらないものだってたくさん出てくると思う。それからアパート。家出して借りたアパートの退去とかも、いろいろ手間がかかるだろうな。アパートで逝っちゃったら事故物件にもなっちゃうし……。
死にに行くのに、妙に死んだあとのことを考えるってのは、あんまり合理的ではないかもしれないけど、どうしても脳裏を過ってしまうというか、好奇心の一種なのか。兎角、そんな雑念に溺れて、どんどんと勘定の額だけが膨れ上がっていった。
正直にいうと、死ぬ勇気を持たざるを得ないほど、困ってはいないのかもしれない。昔は「女のくせに!」とか「女の子なんだからお淑やかにしなさい!」とか、耳にタコができるくらい叱られるヤンチャだったけど、高校の時分からは周りの人とも上手く渡り合えたって自負している。つまるところ、人間関係にはそれほど困っていなかった。
「――錦、熱燗です」
問題は、自分の意志の弱さってやつ。
同じサークルにいる憧れの先輩がタバコを吸ってるから、私もマネして同じ銘柄を吸う、とか、そうしたほうが盛り上がるから、人前で酒をがぶがぶ飲む、とか。なにかと自分の意志ってのが判然としない。それがごく普通の意志の弱さであって、なんら生活に影響が出ないのであれば、あとは適当にレジ打ちのバイトでもしながら、適当な男を引っかけて、適当に五十肩を背負って、適当に霊園墓地にでも入ればいいと思う。でも、私はそういった「平凡で適当な未来」を考えては嫌気が差すものだから、できもしないハリウッド抜擢とか、武道館満員とか、そういった変な夢ばっかりを見て、それで体たらくがより一層ましていく始末。モラトリアム? 知らないな、そんな言葉。
っと、しまった。酔いが薄れると自語りが過ぎちゃう。
とりあえず、もう一杯やろう――。
「あっちっ!」
おちょこを摘まんだ指から、灼熱の痛覚が電撃を迸った。もぉ!
零れたお酒がカウンターに溜まりを成して、その溜まりが頭上のしめやかな照明を吸収する。
数瞬、見惚れていたけど、そのすぐあとに自分の穿いているズボンまでお酒を吸収していることに気づいて、愕然。
「ダスター持ってきますね」
青年の声音もいっそう哀れみが増した。




