1-1 POV : イサカ
この度は本作に触れていただきありがとうございます。作者の春麗 狄です。
突然ではありますが、本作はすこし複雑な視点(多人数視点)で物語が進行していきます。途中までは一体なにを読まされているんだ、という感覚に陥るかもしれません。ストーリー構築や伏線の回収にはできるだけ努めましたが、如何せん、作者はまだまだ文学に疎いので、色々と至らぬ点があるかと思われます。温かい目で見守っていただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
まぁ、たまには浸るってのも、悪くないんじゃないかなって思う。
オーサカの大きな駅を出て、五分くらい歩いたところにある、外れの小さなバー。なんの変哲もない雑居ビルに佇み、最初にググった時はちょっと足が竦んだものだけど、二、三回も通ってみると、ちょっとずつ慣れてきて、段々と「ここ知ってるんだよ」みたいな優越感に浸れるから、ちょっと楽しい。ま、自慢する相手なんていないんだけど。
カシスのカクテルを一杯。
あんまり酔えたものじゃないし、そもそもお酒がそれほど強くないから、私にはこれくらいがちょうどいい。サークルの友達とも何度か飲みに行ったし、みんなでわいわいやる雰囲気ってのは好きだけどさ、どうにもその後の頭痛と二日酔いがひどいから、私には似合わないんだと思う。
――そんな、どうだっていいことに耽って、一口。グラスの縁に挿したスライスのオレンジがずれ落ちて、頬っぺたをヒヤリ。
「つめたっ」
我知らず洩れた声に、少し頬を赤らめる。いや、これはアルコールのせい。
おしぼりで口元をさっと拭いて、そそくさと辺りを見てみる。幸い誰も気づいていない様子だったから、一安心。さぁさ、浸ろう。
「大学は、人生をいちばん楽しめる時間だ」なんて、いつぞやの誰かが言ってた。確かに、その言葉をそのままの意味で捉えるのなら、大学生は人生で一番、なにごとも楽しめる時間なんでしょ。でも、裏を返せば、それは「それ以降は右肩下がり」と言わんばかりで、まだ二回生になったばかりの私は、そんな先のことに頭をうんと抱えて、こうしてハードな思い込みにやられてる。
どうして――?
答えは単純明快。私の生活能力の低さと体たらくにある。
私ったら、高校を卒業するまで碌に料理の一つもしたこともないのに、大学生になってから、急に大人かぶれの奴みたいになって、なんの計画性もなく家を飛び出したもので、それがきっと間違いだったって、いまになってすごく後悔している。
――義理の――親の猛烈な反対を押し切って一人暮らしを始めた手前、家に帰りますなんて言えたもんじゃないし、かといってこのままダラダラしていても、凄惨な結末を迎えることくらい分かっている。
「はぁ……」
深いため息。
頭を抱えるのはそれだけが理由じゃない。
……そう、労働だ。
労働。ろうどう。おお、おぞましい。身震いがして身の毛がよだつ。
というのも、私はとんだ社不のようで、どうにも働くということが嫌いらしい。これほど働きたがらない人間なんて、逆に重宝されてもいいはずだと思うくらいには、働くことに対して嫌悪感を抱いている。そんなんでどうやって一人暮らしやってるかって。それはまぁ、義母の仕送りでしのいだり、そのほか言えないこと……とか、ほら。
何度かバイトをしたこともあった。飲食から、イベントごとから、事務系のバイトまで。
どぉぉっれも刺さらなかった。控えめに言っても、マジで。そもそもの話、「働く」ことが嫌いな人間に仕事の嗜好性もなにもあったもんじゃないし、なんであろうとそれが働くということなら拒絶してしまうのだから、ほんっとにどうしようもないんだろう。
こういう人を、たしかクズっていうんだよね。
あーあ、ダメだ。
ごきゅ――。
グラスを目一杯かたむける。
なぁに、これくらい、甘いもん。
「すみません、同じのもう一つください」
他のお客さんのカクテルを作っていたウェイターに一声。若い青年で、多分、バイトかな。
よくやるよ、ほんとに。
頬肘をついて、仄暗い店内を見回す。これ見よがしに置かれたお酒の瓶たち。赤や緑や水色やら。上を向けば、温かい色を放つランプがカウンターに沿って吊られてあって、奥のワインレッドのソファには、金だけは持ってそうな男が浮かれた調子で談笑している。
商店街の喧騒が窓越しに耳を遊び、今夜もいつもに変わらない日常――。
私はクズだ。
社会という日常のなかに潜む、寄生虫だ。
だから、私は今夜、ほろ苦いアルコールの余韻とともに、静かに消えることを、胸のうちで密かに誓っていた。




