6-1 POV : ギャレット
走る。四輪駆動。
私がハンドルを握らない理由の一つは「ボディを傷つける自信しかない」というものだ。こんなデカい装甲車、撃たれてもないのにベッコベコにする自信しかない。隣のダニエルは綽然の表情でこの巨体をやすやすと動かしているのだから、大したものだと思う――このまま、事故を起こさずに目的地へと到達してくれることを願っているが。
結局のところ、カシウスの言うコラボレーター、つまるところ、「裏切り者」の正体は分かっていない。ダニエルもフランツもチェンも、そしてイデスも。みな、いま一度与えられたチャンスに協力的な態度を示し、積極的だった。私としてはこの部隊にいないのではないかと疑うほど、彼らは真面目に次の仕事をこなそうと試みていた。無論、私もだ。
ちなみに、先の作戦は小規模な銃撃戦に発展したことから、一部のメディアが喧伝しようと企んだそうだが、それはA.D.C.C.D.がなんとか食い止めた。ニホンも昔と変わり、銃の所持が比較的容易になったことから、なんとか言いくるめることができたのだろう。表向きは勢力の窮まる裏社会の抗争、ということで話が納まった。
そうして、我々は隠密に次の作戦に赴いている。再び装甲車に揺られて向かった先は、大都会のオーサカからしばし北東にのぼる近郊、トーヨドである。
二〇四〇年、三月十三日。午前二時二十六分――。
煌びやかな都会を抜けた先のトーヨドには、インダストリアルな濁った空気が漂う。橙黄の街燈がポツポツと道を照らし、剥き出しのパイプが蜿蜒と工場を這い、鬱蒼とした「工業」がズラリとならぶその姿は、まるで真夜中の森へと迷い込んだようで、言いしれぬ気味の悪さを感じる。
錆びて窶れた信号機が青になると、今度は左手に川が見える土手沿いの道へと出る。対岸に整列する団地の光が、やけに遠く感じた。
「あとどのくらい?」
後ろの小窓から顔の覗かせるイデスを、バックミラー越しに見やる。バラクラバに身を包む彼女は、目元以外がすっぽりと隠れている。さながら特殊部隊のような風貌だ。
「あと十分もない。準備しておけ。バッジはオーサカ府警のだ」
「了解」
私はアームレストに肘をついて、EUD端末を開いた。
――次の目標は、廃品回収の業者を装ったコラボレーターの集う大型倉庫だ。カシウスから受け取った情報によると、当該の会社「オオワクリーンサービス」は二〇〇〇年代に創業された廃品回収を専門とする会社で、国内の廃品を回収し、それをアジアの広域に安値で輸出する事業を営んできた。仕事内容は単純なもので、地元地域から回収した廃品をコンテナに積みこみ、貨物船に積載するというもの。
しかし、ここ数か月のあいだに相応の異変が起きたらしく、二か月前にオオワは環境局に対する事業報告を改竄、さらに正式な申請のないデバンニングを複数回おこなった形跡があると疑われた。これだけならただの企業不正で済むのだが、ここに社員二十名の人事異動と、追加の非正規雇用、そしてなにより銃器の密輸入が示唆された。極めつけとして、それらの一部がタケムラ配下の者たちに渡っていたことから、第5特殊作戦実行班は突入に踏み切ることとなった。
つまるところ、不幸中の幸いというべきか、タケムラとの衝突も無駄ではなかったということだ。今回の作戦でフィルターの詳細を洗い出せれば、大きな進展になることは間違いない。
しかし、懸念がなくなったわけでもない。私に与えられた任務はそれだけではないのだ。
ダニエル、チェン、フランツ、イデス。
この中にコラボレーターがいる可能性を常に念頭においておかなければならない。こうしているいまも、心底でダニエルの運転を怖がっている自分がいる。川に突っ込まないことを祈って、手ににぎる汗をそっとズボンに湿らせた。
「――いいか」
路肩に停まる装甲車。十気筒の唸りも静まって、黒いボディは闇夜に溶けきっていた。
ボンネットにモニターを広げて、再度作戦の詳細を確認する。我々五人はボンネットを取り囲み、窮屈にモニターへと視線を落とした。
「作戦区域にはおおよそ十五の作業員と、常駐で二十人の哨戒がある。正門に四、裏門に一、大型倉庫とその周辺に八、事務所内に二人が周回している。残りの五人は休憩だ。休憩時間は一人十五分。警備はローテーションを組んでいる。このうち我々は裏門から侵入し、事務所を制圧。その後、事務所内で役立ちそうな情報を回収し、速やかに撤退する」
「武装は」
プレートキャリアに手をあずけるダニエルが訊ねた。私は指を滑らせ、モニターの一部分、倉庫の正門を拡大する。
「正門や倉庫の哨戒は、周囲の目を避けるために武器を隠し持ちしている。原則的に、全員が携帯火器を所持しているとみるのが妥当だろう。休憩班も含め、だ」
しかし、我々には哨戒以外にも警戒しなければならない対象が存在する。
「しかし、増援の可能性は十分にあり得る……それと、コンテナにも注意しろ」
「密輸品か」
チェンの勘は鋭かった。
「そうだ。コンタクトが察知された場合、コンテナの密輸品を持ち出してくる可能性がある」
「密輸品の中にはどういった銃器が?」
「現地協力者の情報によると、八〇年代から二〇二〇年代の銃器が揃ってるそうだ。東から西まで、ハンドガンからLMG、ヘタするとドローンなんかもあるかもな」
「博覧会だな」
フランツがアイロニカルに苦笑した。
「目標は?」
イデスが目配せをする。私はデジタルの地図を事務所の中心部へと移し、グローブの被る人差し指をピト、と合わせた。
「社長のアタシカだ。今夜はバンニングの準備のため、どうやら事務所にいるらしい。当該の人物が内部にいることがWi-Fiのキャプチャーノードで確認できている。ソイツを叩いて、エビデンスを確保する」
「生死は?」
全員の冷ややかな圧を感じて、モニターから視線を逸らす。以前のこともあってか、その質問はいささかデリケートなものだ……しかし、私はもう、それほど気にしちゃいない。
「生死は問わない」
私は全員にきちりと目を合わせてから、念を押すように力を込めて言う。
「作戦の方針をすこし変えることにしたんだ。――いいか、今回、いや、今後の我々のおこなう作戦に、交戦規定は存在しない。見える者、動く者がすこしでも抵抗する意思をみせたら、問答無用で即座に殺せ。そこには慈悲も、罪悪も、後悔もいらない」
フランツがまた下らないことを言いそうだったので、先回りして冷酷を装う。すると男たちは数瞬キョトンとして、私に懐疑の目を向けた。唯一、イデスだけは涼しい顔をしていた。
結局、コラボレーターの所業で目標の捕獲に失敗するなら、こちらで始末してしまうのがいちばん手っ取り早い。迅速に作戦を遂行し、エビデンスさえ確保できれば、それで十分というわけだ。
「以上。質問は?」
「隊長」
フランツが手を小さく胸元に掲げる。
「一つ、訊きたいことがある」
……はァ、手短に頼みたいところだな。
「なんだ」
私は俯き、軽く足踏みをした。ここに来てしょうもない小競り合いはしたくないもので。ぐっと胸を張り、フランツを見下ろすように顎を上げる。
「アンタは仮にも隊長だ。もちろん、作戦には従う」
「それはありがたい」
「ただ、任務を円滑に遂行するための情報――つまるところ、フィルターとコラボレーターについての説明を、きちんと聞いておきたい。いわば原理の話だ」
そう言われると都合が悪い。やはりこの前の説明では腑に落ちなかったか。
ゆっくりと左腕に目を落とし、時刻を確認。二十五の時、昇進祝いで買ったSEIKOの腕時計。シャープなメタリックの針は、三時ちょうどを指していた。
――チッ、チッ。
…………ふぅ。




