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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第五章 ー 最後の天使 / Rendezvous ー
23/58

5-5 POV : ギャレット

「待ってくれ、大事な話があるんだ」

「なんだ」

「それが……だな――」

 廊下の天井に張りついた、非常口の電灯がビビッと点滅する。夜の喧騒は遠く、しかし、その騒がしさが、嫌というほど恋しくなった。

「……あァ?」

 酔いのせいもあってか、カシウスの言った言葉に、私は自分の耳を疑った。身内の闘志と恐怖が同時に湧きあがる、奇妙な思いがゾワっと、体の輪郭をなぞるように迸る。

「なんだって?」

「だから、A.D.C.C.D.の中に、コラボレーターがいるんだ」

 彼の声が、妙な重みを帯びている。私のスマホを持つ手も、ピクっと痙攣をおこした。

「どういうことだ」

 思わず顔を顰めて、薄汚れたモルタルの壁に寄りかかる。

「つまり……、もしかするとだな。タケムラの確保に失敗したのも、そのコラボレーターの仕業なのかもしれん」

 はは……、バカ言え――と言いたいところだが、カシウスの語気がいつもになく弱っている。私の酔いもフェードアウトし、まるで悪夢から目覚めたかのように意識をとり戻した。

「なら、そのコラボレーターが、事前にタケムラにリークしていたとでもいうのか」

「そうだ」

「いったい誰が」

「それが分からんのだよ。A.D.C.C.D.はユニットを含めると、総数はそれなりに多いからな……。もしかすると、現場にいた第5実行班(君たち)の中にいる可能性も……」

「否めない、と」

「そうだ」

 仮にコラボレーターがいるのだとしたら、タケムラの予定調和のような覚悟にも納得がいく……。

 しかしだ。

「なぜ俺を疑わない」

 タケムラ確保に失敗したその責任者は、当の私だろう。

「君は過去にフィルターを三人捕まえた実績を持っている。コラボレーターなら、神のように崇めるフィルターの首を絞めるようなことはしない。そうとなれば、君よりも、君の周りにいる者を疑うのが妥当だろう?」

 …………。

 数瞬、言葉を失った。カシウスの推理が本当で、そして、第5特殊作戦実行班(エコー)の中にコラボレーターがいるのだとしたら……。

 ――ダニエルの宥めは予知しているから?

 ――フランツの激昂は破滅を望んでいる?

 ――チェンの寡黙は協力に否定的な暗示?

 ――イデスは……彼女はなぜ黙っていた?

 …………。

 ………………。

「君には、エコーを内密に捜査しつつ、フィルターを潰す任務を再開してもらいたい。いま、最後のフィルターに最もちかい存在は、君なんだ」

 電話越しの命令は切迫を物語っている。我に返って、私は己の覚悟と向き合った。はぁ……。

「了解した。ただし、やり方は任せてもらおう」

「分かった。くれぐれも気をつけてくれ」

 六分の通話。その中で、私は周りにいるすべての人間……いや、生きるものすべてを疑わなければならなくなった。白く光る画面を切って、俯き、深呼吸。

 口に溜まる酒の余韻が鬱陶しくなって、廊下の溝に唾を吐き捨てた。スマホをポケットにしまい、板チョコのような見た目をしたドアの取っ手を掴む。

「……いいけど、奢ってよ」

「えぇー、ツケも返してくれないのにぃ?」

 その時、左手の向こう――螺旋階段から若い声が二つほど、耳を過った。そしてちいさな黒髪の頭と、同じくちいさな銀髪の頭がひょこっと地面から生えてきて、なにやらイチャチャしながらこちらへと向かってきている。まるで世界の破滅を知らない、呑気なアベックといったところか…………ん――?

「お願いだからソフトドリンクだけに……」

「やだよ」

 小柄な女に向かって、へにゃあと崩れた表情をする銀髪。別に、なんともないごくごく普通の人間なのに、なぜか……彼から目が離せなくなった。

 まるで金縛りにあったかのように、ドアを開けることさえままならなくなって、彼のことをただ茫然と眺めてしまう。

 そして、私が取っ手を握ったまま立ち尽くしていると、気づけば彼は目の前までやって来ていて、


 ――すみません。


 と、翠(みどり)の瞳をもって私を睨みつけた。精確には、切れ長の目をジッと細めていた。優しいのに凄まじい眼力を持ち、白皙の肌に飾られた口角がわずかに上がる。そんな、ただの通りすがりが、人を瞬く間に懐柔してしまいそうな奇怪な妖麗さを孕んでいた。なんだ、コイツは――。

 言われるがままにドアから退くと、そのまま彼らは仲睦まじく、店内へと姿を消していく。彼らがいなくなるが早いか、一抹の恐怖のようなものがじわりと脳裏を過って、鳥肌が全身を伝った。

 また一つ、都会の狭間を縫って、冷たい風が私を撫でる。



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