5-5 POV : ギャレット
「待ってくれ、大事な話があるんだ」
「なんだ」
「それが……だな――」
廊下の天井に張りついた、非常口の電灯がビビッと点滅する。夜の喧騒は遠く、しかし、その騒がしさが、嫌というほど恋しくなった。
「……あァ?」
酔いのせいもあってか、カシウスの言った言葉に、私は自分の耳を疑った。身内の闘志と恐怖が同時に湧きあがる、奇妙な思いがゾワっと、体の輪郭をなぞるように迸る。
「なんだって?」
「だから、A.D.C.C.D.の中に、コラボレーターがいるんだ」
彼の声が、妙な重みを帯びている。私のスマホを持つ手も、ピクっと痙攣をおこした。
「どういうことだ」
思わず顔を顰めて、薄汚れたモルタルの壁に寄りかかる。
「つまり……、もしかするとだな。タケムラの確保に失敗したのも、そのコラボレーターの仕業なのかもしれん」
はは……、バカ言え――と言いたいところだが、カシウスの語気がいつもになく弱っている。私の酔いもフェードアウトし、まるで悪夢から目覚めたかのように意識をとり戻した。
「なら、そのコラボレーターが、事前にタケムラにリークしていたとでもいうのか」
「そうだ」
「いったい誰が」
「それが分からんのだよ。A.D.C.C.D.はユニットを含めると、総数はそれなりに多いからな……。もしかすると、現場にいた第5実行班の中にいる可能性も……」
「否めない、と」
「そうだ」
仮にコラボレーターがいるのだとしたら、タケムラの予定調和のような覚悟にも納得がいく……。
しかしだ。
「なぜ俺を疑わない」
タケムラ確保に失敗したその責任者は、当の私だろう。
「君は過去にフィルターを三人捕まえた実績を持っている。コラボレーターなら、神のように崇めるフィルターの首を絞めるようなことはしない。そうとなれば、君よりも、君の周りにいる者を疑うのが妥当だろう?」
…………。
数瞬、言葉を失った。カシウスの推理が本当で、そして、第5特殊作戦実行班の中にコラボレーターがいるのだとしたら……。
――ダニエルの宥めは予知しているから?
――フランツの激昂は破滅を望んでいる?
――チェンの寡黙は協力に否定的な暗示?
――イデスは……彼女はなぜ黙っていた?
…………。
………………。
「君には、エコーを内密に捜査しつつ、フィルターを潰す任務を再開してもらいたい。いま、最後のフィルターに最もちかい存在は、君なんだ」
電話越しの命令は切迫を物語っている。我に返って、私は己の覚悟と向き合った。はぁ……。
「了解した。ただし、やり方は任せてもらおう」
「分かった。くれぐれも気をつけてくれ」
六分の通話。その中で、私は周りにいるすべての人間……いや、生きるものすべてを疑わなければならなくなった。白く光る画面を切って、俯き、深呼吸。
口に溜まる酒の余韻が鬱陶しくなって、廊下の溝に唾を吐き捨てた。スマホをポケットにしまい、板チョコのような見た目をしたドアの取っ手を掴む。
「……いいけど、奢ってよ」
「えぇー、ツケも返してくれないのにぃ?」
その時、左手の向こう――螺旋階段から若い声が二つほど、耳を過った。そしてちいさな黒髪の頭と、同じくちいさな銀髪の頭がひょこっと地面から生えてきて、なにやらイチャチャしながらこちらへと向かってきている。まるで世界の破滅を知らない、呑気なアベックといったところか…………ん――?
「お願いだからソフトドリンクだけに……」
「やだよ」
小柄な女に向かって、へにゃあと崩れた表情をする銀髪。別に、なんともないごくごく普通の人間なのに、なぜか……彼から目が離せなくなった。
まるで金縛りにあったかのように、ドアを開けることさえままならなくなって、彼のことをただ茫然と眺めてしまう。
そして、私が取っ手を握ったまま立ち尽くしていると、気づけば彼は目の前までやって来ていて、
――すみません。
と、翠の瞳をもって私を睨みつけた。精確には、切れ長の目をジッと細めていた。優しいのに凄まじい眼力を持ち、白皙の肌に飾られた口角がわずかに上がる。そんな、ただの通りすがりが、人を瞬く間に懐柔してしまいそうな奇怪な妖麗さを孕んでいた。なんだ、コイツは――。
言われるがままにドアから退くと、そのまま彼らは仲睦まじく、店内へと姿を消していく。彼らがいなくなるが早いか、一抹の恐怖のようなものがじわりと脳裏を過って、鳥肌が全身を伝った。
また一つ、都会の狭間を縫って、冷たい風が私を撫でる。




