5-4 POV : ギャレット
意気消沈。皆の士気はどん底を這っていた。
チャンチャカ、チャンチャカ。
軽快なリズムの「Rumba Azu」が、墜落する飛行機のようなテンションの我々をなだめる――というか、嘲笑しているというか。とにかく、場の空気とミスマッチな音楽は、心持ちを頗る不快にした。
「……でェ、アーサー・ギャレット隊長。これからどうすんだよ」
頬をポッと赤らめたフランツが、酔いに身を任せて不機嫌そうにボヤく。童顔のせいか、その姿はまるでくるみ割り人形だった。
「まだ手はある……」
と、ため息まじりにそう言って、私はすぐに言葉を詰まらせる。
そもそも、タケムラはニホンに潜伏する最後の「フィルター」に協力する「コラボレーター」だった。そのため、昨夜の突入作戦でヤツを生け捕りにする必要があったのだ。失敗は是が非でも許されず、そんなことは百も承知で挑んできた。これまでに三人のフィルターを捕らえられたのも、私の功績だったんだ。事が順調に進んでいれば、いまごろはタケムラの首を絞めあげて、フィルターの居場所を吐かせているはずだった…………のに。結果は、言わずもがなだ。
あのボディカムの映像をみたカシウスが電話を一本。
『君たちの出番は終わりだ。あとは第1特異対応班が引き継ぐ』
それから一言。
――失望だよ。
たったのその一言が、ネチッこい嫌味ったらしさを持って、粘りついたような、呑み込むのも気味が悪い痰のようで、ずっと気分が悪かった。
そういうわけで、我々五人は一斉無職。「超越の権限」を有する者から、自国にすら帰れない浮浪者に成り下がった。そして、そんな敗残兵たちの行き着いた先は、オーサカの歓楽街に埋もれる、小洒落たバーだった。奥の角っこにあるワインレッドのソファに五人かたまって、余った予算の勝手な食いつぶし。静かにアルコールを仰ぎながら、失敗の後悔と、果たして来るのかも分からない終焉を、ただ、部屋の片隅で待っているだけだった。
「タケムラには俺らのことがバレてた。まるでなんの騒ぎかが分かってたみたいにな」
テキーラを呷るダニエル。
「ほんとに、終わるのか?」
焼酎を枯らすチェン。
「あーあ。地球滅亡ねェ……」
と嘆くフランツ。
「…………」
沈黙を貫くイデス。
「クソ……」
私はなんだかワケのわからん酒をグイっと飲み干す。もう、これで七杯目だ。
しかし、どうにも、軽やかな音楽も、温かい照明も、重たい空気も、ただのアルコールも。ぜんぶがぜんぶ不味かった。まァずくてまずくて仕方なく、最後の晩餐を楽しむ余裕さえも与えられていないことを知った。クソ……。
「クソ――っ!」
「落ち着け、アーサー」
「声が洩れてる」
皆が一斉に注意する。
「落ち着いてられるか。人類が滅ぶんだぞ」
「まだ分からんだろう。ぜんぶがデタラメかもしれん」
「デタラメでここまでの人間を動かせるものか。このまま事を放置してれば、きっと破滅への道を辿ることになるぞ」
「根拠は」
苛立ちを抑えられないフランツが、カンッ! とグラスを叩きつけた。
「関係のない人を殺すだけ殺して、なんの収穫もないじゃないか!」
「実感も、ないな」
チェンは不安そうに、おちょこを持つ手を震わせている。
「それでもやらねば、確実に滅ぶんだ!」
「失敗した罪を償うと思えばいいんじゃねぇのか!」
「人類全員が背負うべき罪じゃないだろう!」
「落ち着けって……」
いちばん喧嘩っ早そうなダニエルが、意外にも仲裁を買ってでた。だが、デロデロになって頭に血の上った私とフランツがそれに応えるわけもなく。
「いいか、よォく考えろ。地球と文明が、文字通りに、終わるんだ」
「いいね! アルマゲドンの失敗作ってところだ!」
「そうならんためになんとかせねばならんのだよ!」
「なんでだよ! もう滅んだってかまわねェよ! 大体、そんなバカみたいな妄想自体、信用できるわけがないだ――」
ピリリリリ――。
………………。
ピリリリリ――。
電話が鳴った。
バーの片隅、テーブルの上でバイブする携帯に、五人が静まり返る。
慰めでも、戒めでも、叱責でもないその着信音は、ダニエルが必死に宥めるよりも、その場を鎮めるのに効果的だった。
「お前のだろ?」
酒に焼けて嗄れた声を出すダニエルが、私のスマホを拾い上げる。
「出る」
私はそれを真っ赤にした手で剥ぎ取った。
コールは……。
「――ニホンは満喫しているかな?」
「殺すぞ」
あぁ、ダメだ。喉がガラガラ言いやがる。
「おぉ……。その感じ、酔ってるのか?」
「お前の解雇通知のおかげで、いまは依存症になってるさ。いまならケツの穴からだって飲める」
「気持ちわる」
電話主は、電話の向こうで私のジョークを露骨に拒絶した。いやはや、お前の気分を害すのは気持ちが良いね――カシウス。
バーを出て、それは狭い廊下へと出ると、夜の風が火照った体を急速に冷やす。今日の風は少し強くて、開けていたジャージをぐっと着込んだ。
「冷やかしなら切るぞ」
コイツと話すくらいなら、まだフランツと喧嘩するほうがマシなもんだから、とりあえず切ろうと試みる。
「待てまて、ギャレット隊長」
チッ、コイツ……。
「もう隊長じゃないだろうが」
唾棄する調子でいうと、カシウスは慌てた様子で私を引き留めた。
「待ってくれ、大事な話があるんだ」
「なんだ」
「それが……だな――」
廊下の天井に張りついた、非常口の電灯がビビッと点滅する。夜の喧騒は遠く、しかし、その騒がしさが、嫌というほど恋しくなった。
「……あァ?」
酔いのせいもあってか、カシウスの言った言葉に、私は自分の耳を疑った。身内の闘志と恐怖が同時に湧きあがる、奇妙な思いがゾワっと、体の輪郭をなぞるように迸る。
「なんだって?」
「だから――」




