5-2 POV : イサカ
――結局、ケースの半分が空になって、夕焼けも彼方の都会に沈んでいった。すっかり辺りが暗くなると、肌を刺すような寒さも極まってくる。うぅ、さぶっ。
「……ねぇ、イサカ。ちょっと雑談」
っといって、また一口、ふぅ、と。
「はい……?」
「イサカって、死にたいって思ったこと、ある?」
なんだか落ち着いて、らしくない。先輩、どっちかというとそう話はしない人だと思ってた。
「ないこともないですよ」
もちろん、私がここで嘘をつく必要はない。
「そっか。じゃあさ、仮にいま、イサカが死にたいって思ってて、そんでいきなりニュースで『明日地球が滅びまーす』なんて言いだしたら、どうする?」
そんなの。
「死なない……と思う」
「なんで?」
「明日でぜんぶ終わるから?」
「おかしいね、じゃあ死にたくないじゃん」
…………?
「んぇ、どういうこと……?」
「面白いよね。こういうの」
いまいちピンとこないまま、先輩はタバコを圧し潰す。通常の三倍のスピードで吸い切っていた。
――ピロン。
スマホの通知音。
気になって画面をつけると、一件のメッセージ。
《大学の前まで来てるよ》
送り主は――ユリウス。
「えなんで来てんの?」
っと、声が洩れちゃった。
「なんかあった?」
先輩がいつもの調子に戻って訊ねる。
「いや、アイツが来るっぽくて……」
先輩は転瞬おどろいたと思ったら、そのまま顔をニヤつかせて、両手をパーカーのポケットに突っ込んだ。前かがみになって、私のことを上目に見つめる。これはいまにもしょうもないこと言うぞ。
「へぇ、ご両親への挨拶へときたか」
ほーら。
「いつ先輩が私の親になったの」
クスっと笑うと、先輩もそれにつられた。
それからものの五分足らずで、ヤツは姿を現した。
「イーサカちゃん!」
ハイテンション。ほんっと、いい大人とは思えない。
相変わらず艶めかしい髪をゆらゆらさせて、シャキっとしない雰囲気。若干の猫背が気だるげに映る。黒色、丈の長いジャケットに、私の貸したインナーを着こんでいて、持ち前の笑顔だけが一丁前に輝いていた。
「へぇ、コイツが」
先輩はというと――そんな彼をひどく警戒していた。まるで猫が体じゅうの毛を逆立ちさせて威嚇するみたいで、須臾の間に空気が凍てつく。あれれぇ、急に冷えてきたなー……。
「あら、こんばんは」
ユリウスが愛想よく挨拶をしたものの、私の親の目は厳しかった。
「イサカに手ぇ出したらぶっ飛ばすから、マジで」
こちらは親のハル先輩です、とは言えなかった。
常夜灯が点いて、その光に反射するピアスの煌めきが、ぐっと怖さを引き立てる。目つきもガラリと変わって、まるで獲物を狙う豹の眼光だ。
「やだなァ初対面で。仲良くしましょう?」
明らかに二人の間にバチバチと稲妻が走っていた。二人ともぉ……。
「ユリウス、です」
「きっしょ」
そう吐き捨てて、先輩が歩き出す。
「せんぱっ――」
「んじゃ、またね」
って、その言葉が、妙に胸を刺した。
「――あの人が……ハル先輩?」
「そ。あの人がハル先輩」
どうにもユリウスは、頻りに先輩のことを問い詰める。一目惚れかな。――ま、二人が関わることはもうないだろうから、どーだっていいんだけど。
各駅停車、キョウト行。
『扉が閉まりまァす。ご注意ください』
プシュゥ、っと音が鳴って、電車の扉が一斉に閉まる。
「あの人、怖いね」
「それはアンタもだと思う」
ゴォトン、ゴトン――。
「あの人、なんか怪しいよ?」
「それはアンタもだと思う」
ガタン、ガタンゴトンガタン――。
「関わらないほうがいいんじゃないかなァ?」
「それはアンタもだと思う!」
「うぇぇ」
ユリウスは落ち込んでいて、それでひっきりなしに私を彼女から引き離そうとしていた。ずっとそんな調子なもので、私としては、ようやくユリウスの人間らしい一面を見た気分だった。焦ってる様子は、バカみたいで、まるで子犬みたいで、ちょっとだけ、可愛い……かも。
いやいやなーに言ってんの。ははー、アホらし。
「先輩はもともとあんな感じの人なの。私が仲良くできてるのも、半分以上奇跡なんだから」
「私たちが出逢えたのも、奇跡だよねぇ?」
「なーに張り合ってんのさ」
発車して五分ほど――。
電車が再び減速して、明るいホームに進入。停車位置ぴったりに停まると、また扉が一斉に開く。同時にすべてのドアから、乾いた風がぶわっと吹き荒んだ。
『タチバナー、タチバナです』
やる気のない車掌の声。人のいない、もの寂しい車内。ひそひそ話も聞こえてしまいそうなくらい、不思議な静寂。
電灯の連なる寂れた駅。古びていて、夜から浮き出たようにホームだけが明るい。静けさは一瞬だけだったけど、私がユリウスと二人でいることを実感するには十分だった。
「ねね。オーサカで降りてさ、あそこ、行こうよ」
あそこって……。
「あのバー?」
そういうと、ユリウスはうんうんと健気に頷く。
「さては、そのためにわざわざ来たな?」
いいやァ? なんてしらばっくれてるけど、お見通しですよ。
『扉が閉まりまァす』
また電車が動き出す。




