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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第五章 ー 最後の天使 / Rendezvous ー
20/58

5-2 POV : イサカ

 ――結局、ケースの半分が空になって、夕焼けも彼方の都会に沈んでいった。すっかり辺りが暗くなると、肌を刺すような寒さも極まってくる。うぅ、さぶっ。

「……ねぇ、イサカ。ちょっと雑談」

 っといって、また一口、ふぅ、と。

「はい……?」

「イサカって、死にたいって思ったこと、ある?」

 なんだか落ち着いて、らしくない。先輩、どっちかというとそう話はしない人だと思ってた。

「ないこともないですよ」

 もちろん、私がここで嘘をつく必要はない。

「そっか。じゃあさ、仮にいま、イサカが死にたいって思ってて、そんでいきなりニュースで『明日地球が滅びまーす』なんて言いだしたら、どうする?」

 そんなの。

「死なない……と思う」

「なんで?」

「明日でぜんぶ終わるから?」

「おかしいね、じゃあ死にたくないじゃん」

 …………?

「んぇ、どういうこと……?」

「面白いよね。こういうの」

 いまいちピンとこないまま、先輩はタバコを圧し潰す。通常の三倍のスピードで吸い切っていた。

 ――ピロン。

 スマホの通知音。

 気になって画面をつけると、一件のメッセージ。

《大学の前まで来てるよ》

 送り主は――ユリウス。

「えなんで来てんの?」

 っと、声が洩れちゃった。

「なんかあった?」

 先輩がいつもの調子に戻って訊ねる。

「いや、アイツが来るっぽくて……」

 先輩は転瞬おどろいたと思ったら、そのまま顔をニヤつかせて、両手をパーカーのポケットに突っ込んだ。前かがみになって、私のことを上目に見つめる。これはいまにもしょうもないこと言うぞ。

「へぇ、ご両親(・・・)への挨拶へときたか」

 ほーら。

「いつ先輩が私の親になったの」

 クスっと笑うと、先輩もそれにつられた。


 それからものの五分足らずで、ヤツは姿を現した。

「イーサカちゃん!」

 ハイテンション。ほんっと、いい大人とは思えない。

 相変わらず艶めかしい髪をゆらゆらさせて、シャキっとしない雰囲気。若干の猫背が気だるげに映る。黒色、丈の長いジャケットに、私の貸したインナーを着こんでいて、持ち前の笑顔だけが一丁前に輝いていた。

「へぇ、コイツが」

 先輩はというと――そんな彼をひどく警戒していた。まるで猫が体じゅうの毛を逆立ちさせて威嚇するみたいで、須臾(しゅゆ)の間に空気が凍てつく。あれれぇ、急に冷えてきたなー……。

「あら、こんばんは」

 ユリウスが愛想よく挨拶をしたものの、私の親(・)の目は厳しかった。

「イサカに手ぇ出したらぶっ飛ばすから、マジで」

 こちらは親のハル先輩です、とは言えなかった。

 常夜灯が点いて、その光に反射するピアスの煌めきが、ぐっと怖さを引き立てる。目つきもガラリと変わって、まるで獲物を狙う豹の眼光だ。

「やだなァ初対面で。仲良くしましょう?」

 明らかに二人の間にバチバチと稲妻が走っていた。二人ともぉ……。

「ユリウス、です」

「きっしょ」

 そう吐き捨てて、先輩が歩き出す。

「せんぱっ――」

「んじゃ、またね」

 って、その言葉が、妙に胸を刺した。


「――あの人が……ハル先輩?」

「そ。あの人がハル先輩」

 どうにもユリウスは、頻りに先輩のことを問い詰める。一目惚れかな。――ま、二人が関わることはもうないだろうから、どーだっていいんだけど。

 各駅停車、キョウト行。

『扉が閉まりまァす。ご注意ください』

 プシュゥ、っと音が鳴って、電車の扉が一斉に閉まる。

「あの人、怖いね」

「それはアンタもだと思う」

 ゴォトン、ゴトン――。

「あの人、なんか怪しいよ?」

「それはアンタもだと思う」

 ガタン、ガタンゴトンガタン――。

「関わらないほうがいいんじゃないかなァ?」

「それはアンタもだと思う!」

「うぇぇ」

 ユリウスは落ち込んでいて、それでひっきりなしに私を彼女から引き離そうとしていた。ずっとそんな調子なもので、私としては、ようやくユリウスの人間らしい一面を見た気分だった。焦ってる様子は、バカみたいで、まるで子犬みたいで、ちょっとだけ、可愛い……かも。

 いやいやなーに言ってんの。ははー、アホらし。

「先輩はもともとあんな感じの人なの。私が仲良くできてるのも、半分以上奇跡なんだから」

「私たちが出逢えたのも、奇跡だよねぇ?」

「なーに張り合ってんのさ」

 発車して五分ほど――。

 電車が再び減速して、明るいホームに進入。停車位置ぴったりに停まると、また扉が一斉に開く。同時にすべてのドアから、乾いた風がぶわっと吹き荒んだ。

『タチバナー、タチバナです』

 やる気のない車掌の声。人のいない、もの寂しい車内。ひそひそ話も聞こえてしまいそうなくらい、不思議な静寂。

 電灯の連なる寂れた駅。古びていて、夜から浮き出たようにホームだけが明るい。静けさは一瞬だけだったけど、私がユリウスと二人でいることを実感するには十分だった。

「ねね。オーサカで降りてさ、あそこ、行こうよ」

 あそこって……。

「あのバー?」

 そういうと、ユリウスはうんうんと健気に頷く。

「さては、そのためにわざわざ来たな?」

 いいやァ? なんてしらばっくれてるけど、お見通しですよ。

『扉が閉まりまァす』

 また電車が動き出す。


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