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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第三章 ー 二〇〇円の糸 ー
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3-5 POV : イサカ

「ねぇ、イサカ」

 肩を掴む手が、少しばかりに強くなった。現実に引き留めるための、引力みたいだった。

「なに……」

 俯いて落としていた視線を、不意に鏡へと戻す。そこには、バーで出逢ったあの時の、――いつもの?――ユリウスがいた。

「一つ、いいことを教えてあげる」

 ここで下らない冗談は、マジでぶっ飛ばすから……。

「然るべき死っていうのは、『究極の美』なんだよ」

 冗談、ではなかった。私は思わず眉を顰める。

「なに、それ……」

 彼女がふふっ、とまた、微笑みを一つまみ。

「『死』っていうのは都合のいいもので、ある人にとっては怖いものだし、ある人にとってはそれが唯一の希望になるし、その概念自体は捉え方によってどうとでもなる。ただ、なにがあっても、万物は等しく終わるように設定されてて、『然るべき死』に限っては、その分だけの華がある。桜の花も散るからこそ、次の季節に期待を寄せられるのであって、年がら年じゅう咲いてたら、その美麗さも色褪せてしまうでしょ?」

「なにが言いたいの?」

「イサカ。まだ、死ぬ時じゃないんだよ」

 なんでそんなのが分かるの……って言いたくなったけど、それは私にだって分からないことだった。それとも。宇宙人(・・・)のアンタになら、分かるんでしょうか。

「君には華が似合う。美しく死ぬためには、蕾のままではいられない」

 こい、つ……。なんでそんなカッコつけたこと言うのさ。

「ねぇ、いまのかっこよかった?」

「ああーっ、それがなければ」

 最後で台無しにするところまで、なんとなく彼女らしいと思った。

 どうしてコイツのおかげで、ちょっと気が楽になるのか。癪に障って癇癪でも起こしそうになったけど、同時に、ムキになれるくらいに軽くなった自分を感じた。声にするって、大事なのかも。

 そう感じた刹那、ユリウスがそっと、背後から私を抱きしめた。

「ちょっ……」

「怖い?」

 一瞬、体が強張る。なにせ、こんなに優しく抱擁されるのも、肌が触れ合うことも、初めて、だから……。

 すり寄る猫みたいに、彼女の柔肌と体温を感じて。緊張も怖さあるけど、不快ではない。私と同じ、トリートメントの香り。

「別に、怖く……ない」

 強がりだって見透かされてんだろうけどさ、そう言いたかった。ユリウスもそれ以上、なにも言わずに、ただ、優しく私を抱きしめた。

 こんなの、普通じゃない。絶対に、なにかの歯車が狂ってる。

 それなのに、その狂いが、私の苦痛を和らげるだなんて、ちょっぴり、おかしくて信じられなかった。

 鬱陶しくて、じれったくて、爽やかで、温かい朝。

 なんか、ほんとにちょっとだけだけど、気が楽に――


 ――マヨネーズがエスカレーター乗ってるぜェ‼ 天まで昇ってっからよォ! そんじゃまたなァァァァッ‼ バッバァァィッ‼

「うわああぁぁっ!?」

 超絶音割れ爆音のアラーム‼

 いや私だってちょっとはしんみりしてたのにさぁ!

「へぇ、こういう空気の壊し方があるんだ」

 これにはユリウスも目を丸くして、感心していた――じゃなくて!

「いやごめんじゃん!? てか遅刻するって!」

 電車の! 時刻っ!

 髪はボサボサのまま。床に放ったスマホへ吶喊。抜刀のごとく指をなぞって、押取刀でアラームを切るっ!

 いまは八時半だから、電車は――。

「おっとぉ、その顔はぁ?」

 またもニタァ、と。覗き込んでくる悪戯な彼女。

 あぁぁぁっ、もう‼

 コイツ嫌い!


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