3-5 POV : イサカ
「ねぇ、イサカ」
肩を掴む手が、少しばかりに強くなった。現実に引き留めるための、引力みたいだった。
「なに……」
俯いて落としていた視線を、不意に鏡へと戻す。そこには、バーで出逢ったあの時の、――いつもの?――ユリウスがいた。
「一つ、いいことを教えてあげる」
ここで下らない冗談は、マジでぶっ飛ばすから……。
「然るべき死っていうのは、『究極の美』なんだよ」
冗談、ではなかった。私は思わず眉を顰める。
「なに、それ……」
彼女がふふっ、とまた、微笑みを一つまみ。
「『死』っていうのは都合のいいもので、ある人にとっては怖いものだし、ある人にとってはそれが唯一の希望になるし、その概念自体は捉え方によってどうとでもなる。ただ、なにがあっても、万物は等しく終わるように設定されてて、『然るべき死』に限っては、その分だけの華がある。桜の花も散るからこそ、次の季節に期待を寄せられるのであって、年がら年じゅう咲いてたら、その美麗さも色褪せてしまうでしょ?」
「なにが言いたいの?」
「イサカ。まだ、死ぬ時じゃないんだよ」
なんでそんなのが分かるの……って言いたくなったけど、それは私にだって分からないことだった。それとも。宇宙人のアンタになら、分かるんでしょうか。
「君には華が似合う。美しく死ぬためには、蕾のままではいられない」
こい、つ……。なんでそんなカッコつけたこと言うのさ。
「ねぇ、いまのかっこよかった?」
「ああーっ、それがなければ」
最後で台無しにするところまで、なんとなく彼女らしいと思った。
どうしてコイツのおかげで、ちょっと気が楽になるのか。癪に障って癇癪でも起こしそうになったけど、同時に、ムキになれるくらいに軽くなった自分を感じた。声にするって、大事なのかも。
そう感じた刹那、ユリウスがそっと、背後から私を抱きしめた。
「ちょっ……」
「怖い?」
一瞬、体が強張る。なにせ、こんなに優しく抱擁されるのも、肌が触れ合うことも、初めて、だから……。
すり寄る猫みたいに、彼女の柔肌と体温を感じて。緊張も怖さあるけど、不快ではない。私と同じ、トリートメントの香り。
「別に、怖く……ない」
強がりだって見透かされてんだろうけどさ、そう言いたかった。ユリウスもそれ以上、なにも言わずに、ただ、優しく私を抱きしめた。
こんなの、普通じゃない。絶対に、なにかの歯車が狂ってる。
それなのに、その狂いが、私の苦痛を和らげるだなんて、ちょっぴり、おかしくて信じられなかった。
鬱陶しくて、じれったくて、爽やかで、温かい朝。
なんか、ほんとにちょっとだけだけど、気が楽に――
――マヨネーズがエスカレーター乗ってるぜェ‼ 天まで昇ってっからよォ! そんじゃまたなァァァァッ‼ バッバァァィッ‼
「うわああぁぁっ!?」
超絶音割れ爆音のアラーム‼
いや私だってちょっとはしんみりしてたのにさぁ!
「へぇ、こういう空気の壊し方があるんだ」
これにはユリウスも目を丸くして、感心していた――じゃなくて!
「いやごめんじゃん!? てか遅刻するって!」
電車の! 時刻っ!
髪はボサボサのまま。床に放ったスマホへ吶喊。抜刀のごとく指をなぞって、押取刀でアラームを切るっ!
いまは八時半だから、電車は――。
「おっとぉ、その顔はぁ?」
またもニタァ、と。覗き込んでくる悪戯な彼女。
あぁぁぁっ、もう‼
コイツ嫌い!




