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グレイト・フィルター  作者: 春麗 狄 ت
第三章 ー 二〇〇円の糸 ー
13/58

3-4 POV : イサカ


 ……。

 …………。

 ………………。

 …………マヨネーズがエスカレーター乗ってるぜェ‼ 天まで昇ってっからよォ! そんじゃまたなァァァァッ‼ バッバァァィ――

 ピッ。

 うっさい。

 ……。

 …………。

 ………………。

 …………マヨネーズがエスカレーター乗ってるぜェ‼ 天まで昇ってっからよォ! そんじゃまたなァァァァッ‼ バッバァァィ――

 ピッ。

 うっさい。

 ……。

 …………。

 ………………。

 …………マヨネーズがエスカレーター乗ってるぜェ‼ 天まで昇ってっからよォ! そんじゃまたなァァァァ――

 ピッ。

 うっさいっ‼

「やあっと起きた。すっごい変なアラームだね」

 あぁ……。

「おはよう」

 爽やかな声音。うぅん……。

「おはよ……」

 眠気の飛ばない目っていうのは、シャバシャバして、それに、なんか痛い。寝覚めの悪い日はこれで幾百って感じだけど、どうにもこの苦痛には慣れが来ない。

 ぎゅう、と強く目を瞑ってから、反動でふわぁ、と目を開ける。

「ふふっ、間抜けた顔」

 半目のまま、首を傾ける。もう、驚きもしないよ、ユリウス。

 悔しいけど、顔立ちはかなり良いから、朝から見ても気分は悪くない。潤った瞳と、陽射しに透ける流麗な銀髪。スラッとした小さな鼻に、妖艶な唇。すっぴんでそれって……くそっ、腹立つ……。

「アンタも……ずっと間抜けな顔してぅ」

「ひどいなぁ」

 優しい音色が、少しだけ朝を彩った。


 異色の同棲? が始まって、二日目。

 正直、まだユリウスを信用したわけじゃない。勝手に棲みこんで、こうして余裕のツラをして、二〇〇円の貸しを作るヤツを、そう簡単には信用できない。

 ただ、そうはいっても、――いまのところは――彼女がなにか害のあることをしたわけじゃないし、なによりわたしゃ弱みを握られてますから、とりあえずは放置……なんてことを考えつつ、歯磨きを済ませて顔を洗う。コップにはちゃっかり、二本の歯ブラシ。

 鏡を見て、今日のコンディションを確認。ガサついた黒のボブカット、寝起きの野暮ったい目つき、乾燥した唇、どこか上の空の私。うぅん、ブスいったら――。

「かわいい目をしてるね」

 脇から顔を覗かせるユリウス。枝垂れる髪をふわりと揺らして、幽霊みたいに現れた。

 二人してお揃いみたいな、無地の白いTシャツ。

「お世辞とかいらないから」

「そんなつもりじゃないよ」

 鏡越しに目が合う。若干、彼女が私を見下ろす形だった。どうにもその視線は、私を妹みたく扱っているように思えた。

「ほんとに、綺麗な目をしてる」

「…………ねぇ」

「ん?」

「ほんと嫌味じゃなく質問したいんだけど」

 そういうと、ユリウスは得意になって妖しく微笑んでから、

「いいけど、そのあと、私も質問していい?」

 なんて言う。一つ返事で「いいよ」と返すと、ターンは私に移った。

「ユリウスは、帰るとことか、ないの?」

 しばし思案して、

「うーん。ない、かも」

「ほんとに?」

「うん、ない」

 隠し事の一つや二つが垣間見えるから、すかさず深堀る。

「なんで」

「なんでだろう」

「ねぇ、それはずるいって」

「えぇー、そうかな?」

 しらばっくれた。肝心なことを言わないのはズルいよ。

「私の番」

「ダメ」

 そっちがバックれるからダメでーす。

「あれ、二〇〇円、足んないなぁ……?」

 チッ、コイッツ……!

「あぁぁ! もう、なにさ!」

「ふふっ、やったぁ」

 なんて、ガキみたいに大袈裟に。

「……イサカはさ、どうして死にたいって、思ってるの?」

 急転。鏡に映るエメラルド(目色)が変わった。鋭利なナイフみたいな眼光が、私の内面にメスを入れる。

「だから、そんなの――」

「隠さないで。ちゃんと、言ってみて」

 急に、怖くなった。

 ユリウスが怖くなったんじゃなくて、彼女の入れたメスが、自分の脆い殻を抉るようにして、そうしてその中からなにかおぞましい膿が出てくるような気がして、怖くなった。

 そういえば、なんで死のうだなんて、思ってたんだっけ……。

 働く――いや、将来のこととか、面倒な人づき合い。漠然とした憂鬱? なんとなく靄がかかって、うまく言葉に表せない。言おうと思ったことも、訊かれたことさえも、なかったから。

「死んだほうが楽なくらい、なにか、悲しいことがあるの?」

 そっと、ユリウスが私の肩を撫でる。

「分かんない……」

 明確な答えが、朧気になって出てこない。

 黒いなにかが、ずっと胸の奥でぐるぐると渦巻いて、いざ言えっていわれると、なに一つ言葉が出てこない。

「なんか、生きてたいって、思えないの。ただ……ただ、辛い」

 辛い。

「私、極度の人間不信だから、人のことを信用したくても、できないし」

「うん」

 彼女が耳元でしずかに頷く。

「だから、見える世界も、知ってる人も、ぜんぶが嘘に見えて……。怖いし、毎日が重たくて、息が詰まりそう、で……」

 あれ、変だな……。詰まったと思ってたら、今度は言葉が急に、独りでに。

「自分の見える世界が、ぜんぶ嘘みたいに感じてしまって、辛くて、死にたいって、思ってるんだね」

 なんでこんなヤツに……?

 どうして朝からこんな、息の根が詰まりそうになるの。

「ねぇ、イサカ」

 肩を掴む手が、少しばかりに強くなった。現実に引き留めるための、引力みたいだった。

「なに……」

 俯いて落としていた視線を、不意に鏡へと戻す。そこには、バーで出逢ったあの時の、――いつもの?――ユリウスがいた。

「一つ、いいことを教えてあげる」


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