第6話:これなんてエロゲ? 龍牙のエルザの完全崩壊
「なんでそんなに試したいんだよ! 変態か!? もうどうなっても知らないぞ……『感度最大』!!!」
カイが半ばヤケクソ気味に叫び、右手をエルザに向けて突き出した。
最大出力。手加減を一切排除した二度目の感度上昇の波動が、目にも止まらぬ速さでエルザの全身を直撃した。
「な……っ!? あ、う……あぁぁっ!?」
覚悟を決めて身構えていたはずのエルザだったが、脳髄を直接殴られたかのような衝撃的な快感の前に、一瞬で防衛線が崩壊した。
ガクガクと激しく震えた膝が重力に耐えきれなくなり、ドスンと派手な音を立てて草原に両膝をつく。あまりの衝撃に視界がチカチカと明滅し、呼吸の仕方を忘れたように口を大きく開けてハァハァと激しい息を吐き散らした。
「な……め……る、な……これ、しき……っ!」
だが、エルザはそれでもなお、立ち上がろうとした。
震える足に力を込め、奥歯がガチガチと鳴るほど強く噛み締め、剥き出しの意地だけで体を起こそうとする。さすがはBランク冒険者。
その精神力の強さとプライドは紛れもなく本物だった。常人なら指一本動かせずに気絶しているような快感の濁流の中で、彼女はまだ戦おうとしていた。
しかし――無情にも、彼女自身の肉体の動きが仇となる。
「あひいっ……! う、あぁぁぁんっ!?」
ほんのわずかに体を起こそうとした拍子に、身につけている重厚な革鎧の金具が、豊満な胸元へとカチリと硬く当たった。
ただそれだけだった。金属がほんの少し肌に触れた、ただそれだけの刺激が、最大出力のスキルの前では凶悪なまでの快感へと変換され、彼女の脳を容赦なくブチ抜いた。
戦場に響き渡るはずのない、あまりにも淫らで甘い悲鳴がエルザの口から飛び出す。それを見たマリナが、恐怖すら覚えた顔で大きく後ずさった。
「ちょっと! 金具が当たっただけで今の声!? エルザ、あんた本当に大丈夫なの!?」
「くそっ、この……アタイが……っ!」
あまりの悔しさと気恥ずかしさに、エルザは忌々しげに拳を地面の草むらへと叩きつけた。しかし、それがさらなる致命傷となる。
ドン、と地面を叩いた衝撃が、手首から腕へ、そして肩へと伝わった。その物理的な振動すらも、過敏になった神経をズタズタに狂わせる。
「ひぐぅっ……! あん、う、うそ……やだぁっ……!」
自傷行為で自ら激しく喘いでしまうという、もはや何が何だか分からないお色気パニック状態。エルザは涙目でカイのことを見上げるが、唇がわななくだけで、まともな言葉を発することすらできない。
カイが『深層愛聴』パッシブスキルを働かせると、彼女の脳内はすでに原形を留めないほどの大パニックに陥っていた。
(無理無理無理無理! さっきの出力と全然違うじゃん! 覚悟してたのに全く意味ない、何これ!? 体中全部が気持ちよすぎて頭がおかしくなりそう! 地面の砂利が膝に食い込むだけでヤバいし、あいつの声が聞こえるだけで全身がゾクゾクして止まんない……っ! っていうか、近い! あいつとの距離が近いって! なんでこんな時に無駄にイケメンに見えんのよ、助けてぇぇぇ!!)
プライドも威厳も完全に消し飛び、エルザの目尻からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「た……たすけ……、解除……して……っ」
「はいはい、解除っと」
二度目ともなれば手慣れたものだった。カイがパチンと指を鳴らしてスキルを解くと、エルザは糸の切れた人形のように、そのまま草原へとバタリと倒れ込んだ。ピクリとも動かず、ただ浅い呼吸を繰り返している。
マリナがおそるおそる近寄り、死体でも覗き込むような真顔でその顔を見下ろした。
「……エルザ? 生きてる?」
「……う……あ……」
エルザはぷるぷると小刻みに震えたまま、起き上がろうとしない。
折しも、草原にそよそよと穏やかな風が吹き抜けた。倒れたエルザの紫髪がサラサラと揺れ、露出した首筋を撫でる。たったそれだけの自然現象に、彼女の身体はビクンと過剰に跳ね上がった。
「……か、風すら……感じる……」
「ちょっと、まだ解除されてないんじゃないの!?」
マリナの鋭いツッコミに、エルザは顔を真っ赤にしてバッと跳ね起き、完全な逆ギレをかました。
「されてるわ! 解除はされてんだよ! アタイの体が、あの感覚を忘れられずに覚えてるだけだっての、馬鹿!」
吠えてはいるものの、その瞳はうるうると潤み、頬は夕焼けのように紅潮し、声は情けなく上擦っている。先ほどまでの強者としての威厳は微塵も残っていなかった。エルザはふらつく足取りでカイとの距離を詰め、下から睨みつけるようにして言い放つ。
「お前……絶対に、覚えとけよ……」
殺意を込めたはずの視線。しかし、涙目の完全な上目遣いでは、ただの可愛い脅しにしか見えなかった。
「……なんか、ちょっと可愛いんだけど」
マリナがボソッと冷静に呟く。カイもたまらず、両手を広げて抗議した。
「なんで俺が怒られてるんですか!? 自分からスキルを最大でかけろって言ってきたくせに!」
「そ、それは……っ!」
ぐうの音も出ない正論だった。
自分から「最大出力を試せ」と要求し、耐えきれずに「助けて」と泣き、解除されたら「覚えとけ」と逆ギレしている。客観的に見れば、百パーセントエルザが悪い。
言葉に詰まったエルザは、ぷいっと気まずそうに目を逸らした。
「う、うるせえ! どんな実験にだって、犠牲はつきもんだろうが!」
「犠牲って、あんた自分でしょ。しかもご丁寧に二回も自爆してさあ」
「マリナは、黙ってろ!」
エルザが怒鳴り散らした、その時だった。
カイの視線が、自然とエルザの下半身のあたりへと釘付けになった。
しゃがみ込んでいるエルザの、硬い革のブーツの内側。
そこを伝うようにして、引き締まった太ももを濡らしながら、透明な液体がじわりと地面へ向かって垂れ落ちていたのだ。
マリナもまた、カイの視線を追って同じ方向を見つめ――そして、信じられないものを見たという風に真顔になった。
「ちょ……エルザ。あんた……漏らして……」
「見んなぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
エルザのこの日一番の絶叫が、草原全体に木霊した。
彼女は顔を赤というより紫色に変え、慌てて両手で太ももの内側を必死に押さえつける。声は完全に裏返っていた。
「ち、違う! これは汗だ! 感度が上がりすぎて体温が急上昇して、それで大量の汗をかいただけだ!!」
「太ももの内側からだけ、そんなピンポイントで汗がボタボタ垂れる人を、僕は生まれて初めて見たよ」
「汗だって言ってんだろ馬鹿ァ!!」
必死にしゃがみ込んで隠そうとするが、動くたびに身体がビクビクと可愛らしく震えてしまい、余計に目立っている。
マリナは完全に「大人の女性が失禁してしまった」と勘違いしてドン引きしていたが、カイには分かっていた。
これは漏らしたのではない。感度が最大まで上がりすぎた結果、彼女自身の身体が耐えきれずに溢れ出させてしまった、濃密な『愛液』の奔流なのだ。
とはいえ、周囲から見れば状況は完全にアウトである。
死線を潜り抜けたはずのBランク冒険者が、衆目の前でメロメロに開発され、お漏らし(勘違いだが)をして泣き叫んでいる。
カイは天を仰ぎ、遠い目をしてポツリと呟いた。
「……これなんてエロゲ?」
彼が授かったあまりにも破廉恥で強力なスキルの恐ろしさを、カイは異世界の青空の下で、深く身に染みて理解するのだった。
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