第5話:Bランクの意地、全力の検証を要求する
「つ、あ……っ!?」
衣服が擦れるだけの微小な刺激に翻弄され、エルザの大剣は無様に空を切った。
普段なら瞬きする間に首を跳ね飛ばしているはずの、たった三匹のゴブリンの残党。
しかし、感覚を狂わされたエルザはその三匹を仕留めきれなかった。
横薙ぎの斬撃は空を切り、二匹のゴブリンを仕留め損ねる。そればかりか、残る一匹がエルザの脇をすり抜け、魔力切れで青ざめるマリナへと獰猛な牙を剥いて肉薄していった。
「くそ、体がおかしい……! おい、お前ら下がれ!」
エルザが顔をしかめて追撃しようとするが、過敏になった肉体は思うようにキレを戻さない。
ゴブリンの錆びた刃がマリナに届くのが先か、エルザの立て直しが先か。一瞬の猶予もない緊迫した状況の中、カイが鋭く右手を突き出した。
「これならどうだ! ――『感度上昇』ッ!」
カイが放ったのは、出力を極限まで高めた『感度最大』のスキルだった。対象は、こちらへ向かってきている三匹のゴブリン。
効果は即座に、そして劇的に現れた。
マリナの目の前まで迫っていた先頭の一匹が、突如としてガクガクと全身を硬直させ、持っていた武器をポロリと落とした。
そのまま顔を両手で覆い、まるで灼熱の炎に焼かれたかのように草原を転がり始める。
残る二匹も次々と武器を放り投げ、股間を両手で必死に押さえつけながら「ギャァァ、ヒギャァァッ!」と、涙目で腰を激しくくねらせてのたうち回り始めた。
まさに一瞬で展開された、怪異とも言えるピンク色の地獄絵図。
「……は?」
大剣を構えたまま、エルザが呆然と動きを止めた。
「また……またこれ……」
マリナも短剣を握ったまま、口をぽかんと開けてその場に立ち尽くしている。
三匹のゴブリンは完全に戦闘不能だった。ただ地面を転がるだけでなく、あろうことか互いに熱い抱擁を交わし、何やらおぞましい行為を始めようとすらしている。
エルザがゴクリと息を呑み、ゆっくりとカイの方を振り返った。
「おい。お前、今なんかしたな?」
その視線には、先ほどまでの侮りや余裕は一切なかった。カイの持つスキルの異常性を、その目で完全に理解したのだ。
マリナがエルザの横から恐る恐る顔を出し、じとーっとした目を向けた。
「僕もバッチリ見てたよ。ねえエルザ、さっき体がざわっとしたって言ったよね?」
「あ、あれは風だっつっただろ! アタイが嘘つくわけねえ!」
「風ねえ。じゃあなんで、今そんなに顔が真っ赤なの?」
図星だった。
エルザ自身、薄々……いや、確信を持って気づいている。あの背筋を駆け抜けた奇妙なざわつきは風のせいなどではない。そしてその原因が、目の前のこの頼りない新人の少年だということも。
しかし、Bランク冒険者としてのプライドが、それを素直に認めることを拒絶していた。
エルザはごまかすように、愛用の大剣でドスンと地面を叩いてみせた。
「とにかく! もう一回アタイにかけてみろ! 今度はさっきより出力を上げてみやがれ!」
「えぇ!? エルザ、自分から要求するの!?」
マリナが目を丸くして叫ぶが、エルザは振り返りもせず声を荒らげる。
「検証だ、検証! スキルの本当の効果を確かめねえと、冒険者として話が進まねえだろうが!」
完全に墓穴を掘っていた。本人は研究のためと言い張っているが、パッシブスキル『深層愛聴』』を持つカイには、彼女の脳内の本音が筒抜けだった。
(最悪だ……あんな恥ずかしい声出しちまった。しかもこの新人とマリナの前で。殺す、絶対殺す……! でも、あいつの手、さっきスキルを使われた時、一瞬だけ触れられたいとか思っちまった……死にたい、アタイのバカ……!)
激しい羞恥と、体の奥に残る未知の快感への欲求が渦巻いている。カイは頭を抱え、半ばヤケクソ気味に叫んだ。
「あー! もう、どうなっても知らないぞ!! 『感度上昇』!」
カイがさっきよりも明確に出力を上げてスキルを発動した。
一瞬の静寂。直後、エルザの手から重厚な金属音を立てて大剣が滑り落ちた。
「……なん……だ、これ、は……っ」
エルザの膝がガクガクと笑い始め、立っていられなくなる。慌てて地面の大剣の柄を掴もうと手を伸ばすが、指先が金属に触れた瞬間、パチリと電撃のような刺激が走り、ビクンと体が大きく跳ね上がった。触れるものすべてが凶器のような快感に変わる恐怖。
「はいはい、一旦解除、解除!」
カイが慌ててスキルを解くと、エルザはふらつきながらも、どうにか土埃を払って立ち上がった。足元はまだ子鹿のように震えている。彼女は背中を微かに強張らせたまま、低い声を絞り出した。
「おい……一つ聞く。あのスキル、最大まで出力を上げたら……一体どうなる……」
「ちょっと! なんでそんなこと聞くのよ!?」
マリナがぎょっとして叫ぶが、エルザはゆっくりと振り返った。顔にはまだ濃い紅潮が残っていたが、その紫の瞳は据わっていた。
「アタイはBランクだ。精神力の強さには絶対の自信がある。さっきのは、ただの不意打ちだったから不覚を取っただけだ」
彼女の目は、完全にリベンジを誓う戦士のそれだった。エルザは一歩、カイへと距離を詰め、好戦的な笑みを浮かべる。
「今度は最初から覚悟して受けてやる。出し惜しみすんな。最大でアタイにぶち込んでみな」
両手で頭を抱えたマリナが、絶望的な声を上げた。
「この人馬鹿だ! 本物の馬鹿だーーっ!」
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