第4話:検証開始! 龍牙のエルザ、舐めてかかる
「ぶっはっ! あっはっはっは! おいおい聞いたかマリナ! 性欲と感度だってよ!」
広大な草原に、エルザの腹の底から響くような豪快な爆笑がこだました。彼女は涙を浮かべながら大剣の柄を拳で叩き、何度も身をよじって笑い転げている。あまりの笑いっぷりに、豊かな胸元が革鎧の隙間から大きく揺れていた。
一方で、マリナは耳の先まで一気に真っ赤に染め上げ、信じられないものを見るような目でカイからずるずると距離を取っていた。持っていた短剣を胸元で構え直す手すら微かに震えている。
「わ、笑い事じゃないでしょエルザ! あの不気味なスキルのせいで、さっきまでゴブリンたちがあんな破廉恥なことになってたんだよ!? ってことは……僕だって一歩間違えれば危なかったってことじゃないか! この変態男っ!」
「いやー悪い悪い。だけどよ、そんな妙なスキル、聞いたこともねえぞ? アタイもそれなりに修羅場はくぐってきたし、ギルドのスキル図鑑だって隅々まで目を通したことがあるが、そんなもん載ってやしねえよ」
ひとしきり笑い飛ばしていたエルザだったが、ふと笑みを消した。
彼女の鋭い紫の瞳がすっと細くなり、値踏みするような、それでいてどこか危険な光を孕んだ視線がカイの全身を貫く。
その空気の変化に、カイの背筋に冷たいものが走った。さすがは地道に依頼をこなして成り上がったというBランク冒険者だ。冗談めいた雰囲気から戦闘モードへの切り替えが異常に早い。
エルザは声のトーンを一段と落とし、カイへと歩み寄る。
「……待てよ。それ、人間にもちゃんと効くのか?」
「え?」
マリナがビクッとしてさらに二歩後ずさる。
「さっきゴブリンに使ってただろ。あれ、もし人間の女に使ったら一体どうなるんだ? なぁ、カイ」
「使いませんよ! っていうか、人間に使えるかも僕自身まだ分からないんですから!」
カイは必死に両手を振って全力で否定した。しかしエルザは、彼のそんな慌てぶりが可笑しくてたまらないといった様子で、再びニヤリと不敵に口角を上げた。
「ほ、本当だよね!? もし嘘ついて僕に変なことしようとしたら、商人教会の総力を挙げてあんたをこの国から指名手配にするからね!」
「だったらさ、試しにちょっとアタイにかけてみろよ」
「はぁ!?」
エルザの突拍子もない提案に、マリナがひっくり返った素っ頓狂な声を上げた。
当のエルザは大剣を軽々と肩に担ぎ直し、挑発するようにこれ見よがしに豊かな胸を張ってみせる。
「アタイにそのスキルをかけてみろって言ってんだ。効かなかったらそれで終わり、本当にただのハッタリだって証明されてお互いスッキリするだろ? もし効いたら……まあ、その時にどうするか考えりゃいいさ」
「ちょっと待ってよエルザ! なんで自分からそんな得体の知れない怪しいスキルを試そうとするの!? 馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿はお前だろ、マリナ。未知のスキルを持つ新人が現れたんだ、その性能や危険性をいち早く正確に調べるのは、先輩冒険者として当然の義務さ。これは研究だよ、大真面目な研究だ。それにさ……」
エルザは不敵な笑みを深くし、カイを一歩踏み込んで見下ろした。歴戦の猛者としての圧倒的なプレッシャーがカイの肌をヒリヒリと刺激する。
「アタイはこれでも、数々の死線を潜り抜けてきたBランクの『龍牙のエルザ』だぞ? そこらの雑魚ゴブリンとは精神の鍛え方が違うんだ。そんなぽっと出の、よく分からんスキルごときで、このアタイがどうにかなると思うか?」
彼女は自分の精神力と実力に絶対的な自信を持っており、カイの能力を完全に格下として舐めきっていた。
カイはため息をつき、これ以上拒むと余計に疑われて面倒なことになると腹を括った。ゆっくりと右手をエルザの方へ向ける。
「……分かりました。そこまで言うなら、本当に、ほんの少しだけですからね。どうなっても知りませんよ? 行きます――『感度上昇』」
カイが正面からはっきりと声をかけ、スキルを発動させた。
ターゲットはエルザ。出力は、ほんの微量。そよ風が肌に触れるのが少し敏感に感じる程度の、極めて低いレベルに抑えて付与した。
「……あん?」
エルザは自分の衣服の上から腕をさすり、怪訝そうに首を傾げた。
「なんだ、何も起きねえぞ? ……風か? 急に風が冷たくなった気がする程度だな。おいカイ、ちゃんとスキル使ったのか?」
「ほら、やっぱりハッタリだったんじゃないの?」
マリナがホッとしたように胸をなでおろす。エルザもまた、「拍子抜けだねえ」と鼻で笑い、カイに向き直ろうとした――その瞬間だった。
「ギャギャギャギャッ!!」
草原の静寂を切り裂くように、茂みの奥から、先ほど逃げ去ったはずのゴブリンの残党十匹ほどが、血走った目をぎらつかせて再び飛び出してきた。チーフを殺されて怒り狂っているのか、あるいは最初から伏兵として隠れていたのか、三人を囲むように獰猛な足音を立てて突進してくる。
「ちっ、しぶとい雑魚どもめ! まだ残ってやがったか!」
エルザが鋭く舌打ちをし、即座に大剣を両手で上段に構え直す。
しかし、彼女が武器を豪快に振り上げ、敵を迎え撃つために肉体を激しくひねって踏み込んだ瞬間――カイが仕込んだ『微量な感度上昇』が、牙を剥いた。
大剣を振るうために、身につけているインナーの布地が肌に激しく擦れる。動いた拍子に、硬い革鎧の金具やベルトが胸元や脇腹に強く食い込む。
普段の戦闘なら、アドレナリンに隠れて気にも留めないはずの、ほんのわずかな身体への摩擦と刺激。
それが、カイのスキルによって何十倍にも増幅された過敏な感覚となって、エルザの脊髄を、そして神経のすべてを文字通り電撃のように激しく走り抜けた。
「ひあっ……!?」
緊迫した戦場に、およそ似つかわしくない、脳がとろけるような甘い悲鳴がエルザの口から漏れ出た。
「つ、あ……っ!?」
あまりの衝撃的な快感に、エルザの大剣の軌道がぐにゃりと無様にブレる。渾身の力で放たれるはずだった斬撃は、ゴブリンの頭上を大きく逸れて空を切り、大剣の重みに引っ張られるようにして彼女はその場によろめいた。
顔面を耳の先から首筋まで真っ赤に染め上げ、鋭かった目尻に信じられないほどの涙を浮かべたエルザは、自分の口から出た信じられない声と、身体の奥底から湧き上がる未知のざわめきに、誰よりも驚いた顔をしてその場に硬直していた。
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