第六十二話 ユアンの挨拶 2
リンがユアンに差し出したのはただのお湯だった
わたし達はあなたを歓迎していない
そう言っているようだった
ユアンは少し戸惑ったような顔をしたが
そのカップを手に取り、お湯を一口飲んだ
「おいしいです、飲み物を出してくれて、ありがとうございます」
向かいに座るリンとナルからの圧は凄かった
ミナはナルに、目配せと口の動きでなにかを伝えようとしている
約束と違うじゃない、味方してよ
ミナは懸命にナルに訴えていた
ナルはそんなミナを横目で見たあと、プイッとそっぽをむいた
ナル! うらぎったわね!
心の中でミナが叫んだ
ユアンは覚悟を決めたように、自分のことを話し始めた
「改めて、僕のことをお話しします」
「歳は16才で、もうすぐ17になります」
「見ての通り、生まれつき足が不自由です」
「ミナとは、僕が弾くピアノを聞いてくれたことがきっかけで知り合いました」
ユアンは、リンとナルからの圧がどんどん強くなっているように感じていた
正確に言えば、リンがユアンへわずかに魔力をぶつけている
ユアンにも多少の魔力はあるが
それでも息苦しさを感じていた
緊張と圧迫に耐えながらユアンは思った
ここで頑張らないと、僕がミナに真剣だって、分かってもらわないと
「僕の仕事は教会からの依頼が多くて」
「写譜が一番多い仕事です。ほかには演奏や作曲をして生計を立てています」
「今日お伺いしたのは、ミナに交際を申し込むお許しをいただくためです」
「ミナがどんな返事をくれるかは分からないけど、僕は真剣なんです」
「結婚を前提に僕のことを考えて欲しいと思っています」
ミナから驚きの声が出た
顔が真っ赤になっている
「け…けっこ…」
リンはそんなミナをみて舌打ちしそうになる
だが、表には一切出さずに、毅然とした態度を保った
ナルがむっとした顔で口をはさんだ
「結婚なんて、ずいぶんと気が早いんじゃないかしら」
「だいたい、あなたにミナを守れるの? 弱そうじゃない」
「僕はこんな体だから頼りないかもしれないけど」
「一生懸命仕事をして、ミナに苦労はかけないつもりです」
「そうじゃないわ、あんたの足なんか関係ないわよ」
「わたしの方が、あんたより強いし、お金だって持ってるわ」
「ミナのことを誰よりも知ってるし」
「ミナだって、わたしのことが好きよ」
「わたしと一緒にいれば十分にミナは幸せじゃない」
「なんであんたに、ミナを譲らなきゃいけないのよ」
ミナが我慢できなくなってナルに言った
「ちょっと、ナル!」
「味方になってくれるって話はどこに行ったのよ!?」
「煩いわね、あんたは頭冷やしなさいよ」
「ちょっと盛り上がったからって、結婚とか、駄目よ」
「ミナは中身が乙女なんだから、こんな見た目で、雰囲気もよくて、音楽までできる男の子が現れたら、気が迷うわよ」
「これまで男の子との接点だってなかったんだから、ちょろいのよ」
「ごめんなさい、結婚と言ったのは、僕が真剣だと分かって欲しかったからです」
「急いだり、ミナを縛ったりするつもりはありません」
「ゆっくりでもいいから、同じ時間を過ごしていきたいんです」
「僕はミナが好きだから、きちんと気持ちを伝えて、僕のことを見てもらいたくて」
横でミナが顔を真っ赤にして下を向いてしまった
そんなミナを見て、またリンは舌打ちしそうになった
ユアンが話し終わるのを待って、リンが口を開いた
「ユアンの話は、分かりました」
それからリンはミナの方を見る
「ミナはどう考えていますか?」
「わたしも、ユアンと一緒の時間を過ごしたいなって」
「でも、ゆっくりね、ゆっくりだよ」
「結婚なんて言われちゃうとびっくりしちゃうけど」
「そう言われたのは……」
「いやじゃ……ないかも」
「その、友達から……ひょっとしたら……みたいな……」
そう言うミナを見て
ユアンの顔が嬉しそうに緩んだ
次の瞬間、リンとナルが同時に隠しもせずに舌打ちした
そんな二人の様子を見て、ユアンが申し訳なさそうに縮こまった
リンは大きなため息をついた
それから、しぶしぶという感じで話し出した
「わかりました」
「健全な……」
「健全な関係であるならば、許容してもいいでしょう」
リンは、大事なことなので2回言った
ナルが横で不満そうに言う
「えー! 認めちゃうの!?」
「こんなもやしみたいな奴より、ミナはわたしといた方がいいよ」
「絶対、わたしのほうがミナを幸せにできるよ」
リンがさらりと返した
「もやし体型という意味では、ナルもそうですよ」
そこでミナが勢いよく立ち上がった
そしてナルに溜まっていた感情をぶつけた
「なんなのよ、あんた! 味方って話は!?」
「夜遅くまで語り合ったじゃん!」
「分かってくれた感じだったじゃん!」
「なんだったのよ! あれは!」
「わたしは味方するとしか言ってないわよ」
「だからやってるじゃない、わたしはミナの味方よ!」
「このもやしとわたし、どっちをとるのよ!」
「なんでどっちかなのよ!?」
「家族と彼氏、それでいいじゃない」
「あー! 今、彼氏って言ったわ!」
「やっぱりそのつもりね! 既に友達なんか超える気満々じゃない!」
「駄目って言ってんのよ! わたしといなさい!」
「あんた、付き合ったりしたら、絶対男優先するじゃない」
「わたしを捨てないでよ!」
リンがそのやり取りを聞きながら頭を抱える
「おやめなさい、見苦しい」
「『捨てないで~』と駄々をこねる女ほど見苦しいものはありません」
「堂々となさい、ナル」
「わたくし達は……魔女ですよ」
そう言われたナルは、少し考えたあとにコロッと態度を変えた
静かに椅子へ座り直し、澄ました顔で言う
「それもそうね」
「健全な……」
「健全な関係なら、見逃してあげてもいいわ」
ナルも大事なことは2回言った
ユアンの顔がぱっと明るくなった
「ありがとうございます!」
ミナもほっとして椅子に座る
そしてユアンを見て笑顔になった
それからリンとナルを見る
二人とも穏やかに小さく微笑んでいた
ミナの笑顔が消えた
背中を、冷たいものが撫でたような気がする
これは……なにかあるわね……
直感がそう警告していた
そもそも、リンがこんなすんなりと受け入れるはずがない
するとリンが紙の束をユアンの前に差し出し
その横に鉛筆と消しゴムを置いた
「不本意ですが……面談はギリギリ合格です」
「次は筆記試験です」




