第六十二話 ユアンの挨拶 3
ユアンが驚いて声が上ずった
「ひ……ひっき?」
ミナが立ち上がる
「筆記って、なによそれ!」
リンは悪びれもしない
「わたくしを誰だと思っているんです?」
「面談、筆記、そして実地試験があります」
「そんな簡単に、悪い虫をミナにつけたままにするわけがないでしょう」
ナルは腕を組んで頷く
「そうよ、ミナはそんなに軽くないの」
「石より鉄より重い女なのよ、もやしになんか持てっこないわ」
ミナがナルを指さして叫んだ
「重い女はあんたでしょ!」
ユアンは真剣な顔をしてリンから差し出された問題用紙を開いた
どんな問題なんだろう……僕に分かるかな……
問題には、家族や生い立ち、趣味、日々の行動、交友関係についての質問が並んでいた
これなら答えられる
ユアンは安堵し、真剣に回答を書き込んでいく
ミナはその横で、祈るように見守っていた
そして最後のページでユアンの手が止まる
そのページだけ、おどろおどろしい文様で装飾されていた
そこにはこう書かれていた
誓約書
第一項 ミナ本人の明確な許可なく、その身体に触れないこと
第二項 ミナ以外の女性に対し、恋人や婚約者に類する態度を取らないこと
第三項 結婚前に、ミナと夫婦に類する関係を持たないこと
本誓約に違反した場合
私はリンおよびナルによる裁定と制裁を
異議なく受け入れること
その内容が、監視、拘束、魔法的処置
社会的抹殺、その他言葉にしがたい何かであったとしても
すべて自業自得として受け入れること
以上の内容に同意し、自らの意思で署名する
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ユアンが手を止めたのを見て
ミナが問題用紙を覗き込んだ
「なによこれ!」
驚くミナをしり目に
ユアンはその誓約書に迷わず署名を始めた
「ちょっと、ユアン、そんなの書かなくていいって」
「こんなの変だよ、リンはちょっとおかしいのよ」
「いいんだよ、元々そのつもりだったんだ」
「この前……ミナの意思を無視して抱き寄せてしまったからね」
「あれから凄く後悔して、自分が許せなかったんだ」
「それに、僕はミナと一緒にいられればそれでいいんだよ」
「あ、誤解しないでね」
「僕だって男だから、期待してないわけじゃないけど」
「ゆっくり……そう、ゆっくりでいいんだよ」
それからミナをからかうようにユアンが言った
「それとも、してほしかった?」
ミナがむっとしてユアンの脇を軽くパンチする
「いたいよ」
少し大げさにユアンがリアクションした
それを見て、またリンとナルの舌打ちが響いた
ユアンは誓約書への署名を終える
そして、回答をリンに差し出した
「お願いします」
リンはそれを受け取り、中身を確認しはじめた
しばらく沈黙が広がり、リンがページをめくる音だけが響いた
そして読み終わるとリンが口を開いた
「なるほど、事前の調査との矛盾はありませんね」
リンは持っていた用紙を机に置いた
「ただし、ほかの若い女性との関係については、認識が甘いですね」
「あなたに好意を寄せている女性は、わたくしが把握しただけでも8人います」
「自覚がないというのも、わきが甘い」
「減点です」
ユアンがあっけにとられて呟く
「調査? 8人?」
ミナがうなだれる
「リンのことだから、一筋縄ではいかないと思ってたけど」
「調査ってなによ……どうやったのよ……」
それからリンは誓約書を取ってユアンに向けて見せた
「これは魔法の契約です」
「この誓いを破れば、わたくしたちには即座に伝わります」
「どの条文を破ったのかも、すぐに分かります」
ミナが顔をしかめる
「なによそれ」
「本当にそんなことするの?」
リンは穏やかに微笑んだまま、ユアンを見た
「破ることは、ミナへの裏切りです」
「たとえミナ本人が望んだとしても、結婚前に線を越えることは認めません」
「この誓いを守ると、ミナに誓えますか」
「誓いを破れば、二度とミナの前に現れることを許しませんよ」
ユアンはまっすぐリンを見た
「はい」
迷いのない返事だった
リンは目を細める
小賢しいですね
心の中で、そう呟いた
この少年は怯えていない
むしろ、自分を縛るものを歓迎しているようにすら見える
それが、リンには気に入らなかった
リンは懐から小瓶を取り出した
中には赤紫の薬が入っている
「最後は実地試験です」
「これからあなたに魔法を掛けます」
「見事通過すれば、健全な範囲での関係を許容しましょう」
ミナが椅子を鳴らして立ち上がった
「ちょっと待って」
「それって、なんの薬よ」
「説明しないのも試験のうちです」
「大丈夫、体に悪いものではありませんよ」
リンはユアンへ小瓶を向けた
「どうしますか?」
ユアンは小さく息を吸った
「お願いします」
その返事に、リンの目元が少しだけ動く
ほんと……
小賢しいですね
小瓶から赤紫の蒸気が上がり、ユアンの鼻先へ流れ込む
すぐにユアンの目から焦点が消えた
「ユアン!」
ミナが思わずユアンの肩を掴む
「ミナ、手を離しなさい」
「失格にしますよ」
「なんでここまでやるの!?」
「いくらなんでもやりすぎだよ!」
「これでもかなり譲歩しているんですよ」
「彼の安全と、ミナの気持ちに配慮しています」
「どこがよ!」
「約束します」
「ユアンの意志を操るような真似はしません」
「心の奥で望むものを、夢として見せるだけです」
「そこで何を選ぶかは、本人次第ですよ」
「夢の中でも、誓いを破ればわたくしたちには伝わります」
「現実のミナを裏切る前に、この男の本性が分かるのですから、ずいぶん良心的でしょう」
「心の奥で望むものって……」
「まさか、他の女の子に誘惑される夢を見せるつもり?」
「なによそれ、酷いじゃない!」
ナルは飴玉を口に入れながら言った
「ユアンはわたしたちに誓ったじゃない」
「誓いってのは、守るから意味があるのよ」
「ミナこそ、自分が連れてきた男を信用できないの?」
「だったら今すぐにやめなさい」
「むうーーーーー!」
ミナはその場で地団駄を踏んだ
「二人ともいじわる!」
「いいもん」
「ユアンが他の女の子なんかに行くわけないから」
「ユアンが戻ったら、あんたら謝りなさいよね」
そう言って、ミナが歩き出す
その足はキッチンに向かっていた
ナルが首をかしげる
「どうしたの?」
「ナル、手伝ってよ」
「悪食の光でキッチンを包んで」
「わたしがご飯作る」
「ユアンが戻ったら、手料理食べさせてイチャイチャしてやるから」
「もう、あんたたちに遠慮なんかしないわ」
ナルは少しだけ驚いた顔をしたあと、面白くなさそうに立ち上がった
「ふん、そこまで言うなら手伝ってあげるわよ」
「わたしの分は大盛にしてね」
ミナとナルがキッチンへ入っていく
リンは二人の背中を眺めながら、口元をわずかに緩めた
「男性というものを知りませんね」
それからユアンへ視線を戻す
「さてと」
「そろそろ始めますか」
リンは静かに目を閉じた
「さあ、はやく落ちなさい」
「その小賢しい化けの皮をはいであげる」
「はいだ皮をミナに見せるのが楽しみですね」




