第六十一話 二人の恋愛相談 2
ナルは少し困った顔で考え込んだ
「うーん……そう言われちゃうと、全然違うかも」
「イナクの匂いなんて、汗臭いだけよ」
「え? 抱きしめてほしいとか思わないの?」
ナルの表情が曇る
視線がわずかに落ちた
「ナル?」
「わたし、何か嫌なこと聞いちゃった?」
しばらく黙り込んだあと、ナルが口を開いた
「ねえ、ミナ……」
「わたしもさ、悩んでたことがあったのよ」
「ナルも?」
「なになに? わたしでよければ話を聞くよ」
「わたしも聞いてもらってるし」
「……やっぱりいいや」
「終わった話だし」
「なによそれ」
「言いかけたんだから教えてよ」
「わたしにも言えないことなの?」
ナルはしばらく悩み、ミナの顔を見る
「わたしがこんなことで悩んでたって、リンには内緒にしてくれる?」
「うん」
ナルは座り直して息を吸う
それから静かに語り始めた
「実はね、イナクのを……」
「その……前に、偶然見ちゃったことがあってさ」
「大きいのよ……すごく……」
「何の話?」
「何が大きいの?」
「……ごめん、何でもない」
「なによ」
「なんで途中で止めるのよ」
「気になっちゃうでしょ」
ミナにそう言われ、ナルは渋々続けた
「男の子の……あれ……」
「は?」
「だから……男の子にはついてるでしょ」
「それよ」
「聞いて損したわ……」
「何の話してんのよ」
「だいたい、そんなものいつ見たの?」
「わたしだって、見たくて見たわけじゃないわ」
「まだギルドに一緒に住んでた頃に、一回だけね」
「イナクが外で体を洗っててさ」
「外に出たら、目の前にいたのよ」
「それでさ、リンの座学で、男女の体について教わったの、覚えてる?」
「うん、覚えてるけど」
「あの時、リンからもらった資料を見て、変だなって思ったのよ」
「ちらっとしか見てないけど……全然違うなって」
「イナクのことが好きだって気づいたあとに、なんだか怖くなって、リンに質問してみたの」
「そしたらリンが、『それだと通常の五倍以上の大きさはありますね』って教えてくれたの」
「それでさ、なんとなくぼやけてたものが、急に現実味を帯びちゃって」
「わたしには無理かもって思ったのよ」
「だから、イナクはおにいちゃんでいいって、そう決めたの」
「第一さ、恋人になる必要なくない?」
「家族なんだから、会いたくなったら会えるし」
「イナクに恋人ができたって、わたしとイナクの関係が変わるわけじゃないし」
「ナルの恋愛話って……わたしの世界観と全然違うんですけど」
「なんか汚れる気がするから、やめてほしいんですけど」
ナルがむっとする
「あんたが抱きしめてほしいとか言うからでしょ」
「そんなことさせたら、いつかはそうなるじゃん」
ミナはそこではっとした
ユアンに抱き寄せられ、キスされそうになった時のことを思い出す
ミナは納得したように頷いた
「た……たしかにそうかも……」
「わたしがどれだけこの件で悩んだと思ってるのよ」
「すごく悩んで、イナクとは兄妹でいるって決めたの!」
「ミナは、そういうこと考えたこともないでしょ」
「ないけどさ……」
「そんなこと、普通は考えないんじゃないの?」
「わたしはもっと、ピュアな恋愛の話をしてるの」
「あんたの話は異次元すぎるわ」
「ナルって、絶対に変な本の影響でそうなってるでしょ」
「なによ、失礼ね」
「あんたが相談したいって言ったんでしょ」
「ミナだから、隠さずに話したんだよ!」
「大きいから怖くなってやめたとか、そんな単純な話じゃないんだからね」
「本当は誰にも言いたくないんだから」
そう言って、ナルはむくれたようにそっぽを向いた
ミナはそんなナルの横顔を見つめた
ナルの悩みは、自分とは違いすぎて、別世界の話のようにも思えた
それでも、本当に誰にも言いたくなかったことなのだろう
それを自分にだけ打ち明けてくれた
そのことが嬉しかった
だから、自分も思ったことを素直に伝えた
「ねえ、ナル」
「ん?」
「ほんとうに、それでいいと思ってる?」
「他の子とイナクが恋人になっても、耐えられる?」
ミナにそう言われても
ナルはそっぽを向いたまま返事をしなかった
ミナはクッキーを何個かつかみ、まとめて口へ放り込んだ
ぼりぼりと音を立てて食べる
「ナルと話してたら、悩んでた自分がバカみたい」
「なんだか……小さい悩みに思えてきたわ」
「あの男なら小さいんじゃない?」
「なんか、そんな感じだったよ」
「そんな話はしてないわよ!」
「バカなんじゃないの!」
「バカとはなによ!」
ナルは腰の前で、自分の腰幅の半分ほどまで両手を広げた
「こんなんだからね! こんなん!」
「あんただったらどうなのよ!」
「抱きしめてほしいなんて、言えるもんなら言ってみなさいよ!」
ミナは表情を曇らせ、すっと目をそらした
「わたし、分かってなかったかも……」
「その手……やめてくれる?」
「バカとか言って……ごめん」
「あ! そうだ、バカと言えばさ」
「毎日、相手の似顔絵を描いて、そのうち像まで彫って」
「渡せもしないラブレターにポエムを書いてさ」
「『わたくしってバカみたい』って書いてあった」
「だから、ミナもバカみたいでいいんじゃない?」
「ラブレターも大事に取ってあってさ」
「これがまた凄いのよ」
「よくこんな文章を思いつくなって感じで」
「なによそれ」
「そんなものを読むのはやめなさい」
「なにを読んでんのよ、あんたは」
「あれ? これ、誰の話だったっけ……」
「すごく面白かったのに……」
「ミナにも教えてあげようと思ってたのよ」
「忘れるはずがないのにな」
「あんた、いい加減にしとかないとリンみたいになるわよ」
「てか、最近ちょっと似てきたわよ」
「わたしのことは、もういいでしょ」
「それで、結局どうするの?」
「ここに呼んで、リンに会わせる?」
「うん、一度ナルとリンに会ってもらうよ」
「そうじゃないと、わたしも心配で仕方がないし」
「ナルはわたしの味方をしてよね」
「約束だよ」
「いいよ」
「その代わり、ミナも毎日リンから飴玉をもらってよ」
「え? なんでよ」
「わたしは別にいらないわよ」
「いらないなら、わたしにちょうだいよ」
「そうすれば、一日5個増えるじゃん」
「あんた、わたしの分も食べる気ね」
「なによ」
「いらないって、今さっき言ったじゃん」
「だったらちょうだい」
「味方してあげるからさ」
「ちゃっかりしてるわね」
「へへ」
「それと、わたしにも約束してよね」
「彼氏ができても、わたしをないがしろにしないこと」
「わたしを捨てるようなことをしたら」
「あなたの愛しのユアンを、どっかに捨ててきちゃうよ」
「言っとくけど、それってあんたにも言えることだからね」
「何の話?」
「ナルが彼氏を作る……なんて話になったら」
「わたしも面倒くさい女になるわよ」
「簡単に認めると思わないでね」
「だったら、わたしも認めな~い」
「ミナも、そのうち気が変わるかもよ」
「あなたは情報不足だと思うわ」
「もっと時間をかけて見極めなさい」
「わたしたちに男なんかいらないのよ」
「ミナも早くこっちに来なさい」
「リンみたいなこと言わないでよ」
「あ! そうだ」
「リンがさ、男なんかいらないって考え方になった理由はね……」
「……って……あれ?」
「何だっけ……すごく面白かったのに」
「もういいわよ、リンの話は」
「ナルがリンに汚染されてる気分になってきたわ」
「それよりさ、ナルってリンと国中を回ってきたんでしょ?」
「その話を聞かせてよ」
「今日はゆっくり、いろんな話をナルとしたいな」
「そうだ! 今日は一緒に寝ようよ」
「寝る時までお話ししようよ」
「いいけど、おねしょしちゃ駄目だよ」
「しないわよ!」
「昔はよくしてたじゃん」
「いつの話してんのよ!」
その夜、二人は遅くまで語り合った
離れていたわずかな間に、二人は驚くほど変わっていた
抱えている悩みも、以前とは違う
これからもきっと、自分たちは変わっていく
二人とも恋をして、誰かと結婚するかもしれない
それでも、きっと同じように笑い合える
変わっても、このままでいられる
そう思えた




