第六十話 ジャンケン対決
二人はいつものように、リンの訓練を受けていた
座学を終えたあとは、実際に魔法薬を作る実習だ
リンは少し離れたところから、二人の作業を見守っている
ナルは、この手の授業が得意だった
すでに課題の薬を作り終え、飴玉の本を読んでいる
おそらく、自分で飴を作ろうとしているのだろう
リンはそう思った
一方、ミナは薬の材料となる植物の実をすり潰していた
その手の動きはひどく遅く、ときおり完全に止まってしまう
ぼんやりと宙を見つめ、明らかに集中できていなかった
ミナはもともと、この手の細かい作業が得意ではない
それにしても、今日の様子はひどかった
「どうしました、ミナ」
「今日は集中していませんね」
「この薬は植物を元気にする薬ですが、だからといって危険がないわけではありません」
「魔法薬の生成は繊細な作業です」
「気を引き締めなさい」
ミナは背筋を伸ばす
「う、うん……」
「どうしたのです、体調が悪いのですか?」
「うん……」
リンはミナのおでこに手を当て、熱がないか確かめる
手のひらから伝わる体温に、少し安心した表情を浮かべた
「熱はないようですね」
「わたくしとしたことが、あなたの不調に気づきませんでした」
「もう部屋に戻ってやすみなさい」
「うん……」
ミナはゆっくりと立ち上がる
そして、ゆっくりと歩いて部屋へ戻っていった
ナルは飴の作り方の本を置く
「珍しいね、ミナがあんなに元気がないなんて……生理かな?」
「いえ、ミナは軽い方ですし……」
「それに、そうならそうと、わたくしには言うでしょう」
「なにか落ちてた物でも食べたとか?」
「ナルならまだしも、ミナがそんなことをするとは思えません」
「わたしだって落ちてる物なんか食べないわよ、失礼ね」
「あなたなら、落ちた飴玉でも口に入れると思いますが」
「さすがにそんなことしないわよ」
「じゃ、なんだろうね?」
「思えば、わたくしたちが戻ってきた時から、少し元気がなかったですね」
リンは少し考えてから言った
「まさか……あの男と……なにかあったのでは?」
「え? なにかってなによ」
「口にしたくもないですね」
「ミナはそんなことしないって」
「ちゃんと先にわたしたちに相談するって言ってたじゃん」
「大変なことになっちゃうって、ミナだってわかってるでしょ」
「男はけだものです」
「強引に迫られたのかもしれません」
「あの男がミナに迫ったって言いたいの?」
「ミナなら、そんなの即座に突き飛ばすでしょ」
「ナルはまだ子供ですからね」
「分からないのも無理はありません」
「好意を持っている相手だからこそ、すぐに拒めないこともあるのです」
「なんでよ」
「嫌なら容赦なんかしないでしょ?」
「そう簡単なものではありません」
「ナルは見た目に反して、そういう乙女心がまるでありませんからね」
「ですが、ミナは違います」
「迷いに付け込まれることもあると、覚えておきなさい」
ナルの目がぴくりと反応した
「もし、そうだとしたら……」
しばらく沈黙が流れた
ナルは顎に指を当てて考える
「それじゃあさ、わたしが聞いてくるよ」
「ちゃんと教えてくれるって約束してくれたんだし」
「どうせ大した話じゃないと思うよ」
「やぶへびが怖いですね」
「やはり今のうちにどこかに捨ててきましょうか」
「それはだめだよ」
「やったらミナにバレちゃうじゃん」
「わたしたちがあの男をどこかに捨てようとしてたって、ミナは知ってるんだから」
「わかりました」
「ではナルにお願いしましょうか」
「わたくしは冷静にミナと話せないかもしれません」
「じゃ、聞いてくるね」
「その前に、お茶とお菓子用意してよ」
「女子のおしゃべりには必須なんだから」
「もちろん飴玉もね~」
「ちゃっかりしてますね、2個だけですよ」
「今日は、もう5個食べてしまったでしょう」
「けちだな~」
「そんなんじゃ、ミナから聞き出してもリンには教えてあげないよ」
「最低10個は出してよ」
「3個です、これ以上は譲りません」
「そこをなんとか! 8個!」
「あなた、だんだん面倒くさくなっていきますね」
「4個です」
ナルはリンを値踏みするように見てから言った
「いーや、10個」
「10個が最低ラインだね」
「それじゃなきゃ譲らないよ」
「嫌なら自分でミナに聞いてきたら~」
「なんなのですか、あなたは」
「先ほど言っていたことと違うじゃないですか」
「わたくしがミナに聞きに行ったら、喧嘩になってしまうかもしれません」
「そうしたら……家出……なんてことも」
「あげく、男の家に転がり込むなんてことになったらどうするのです」
「よくあるパターンなのです、あの年頃は気を付けなければいけません」
「ミナが心配ではないんですか」
「なんで飴の量をそんなに交渉してくるのです」
「ずいぶんと先回りした心配してるわね……」
「さすがに心配しすぎだってば」
「それに、リンともあろう人が、なにを言っているのよ」
「取れるときに取るのが魔女でしょ」
「リンこそ、最近ふぬけたんじゃないの?」
「あなたは出すわ、だから10個なの」
リンはそこで、はっとさせられた
思わず声が漏れる
「あ……」
ナルの言う通りだ
魔女とはかくあるべき
欲しいものは手段を選ばず手に入れろ
そう教えてきたのは、当のリンだった
リンは小さくつぶやいた
「わたくしもまだまだですね」
そして、ナルに正面切って堂々と言い放った
「駄目です」
「2個です」
愛弟子の成長を内心喜びながらも
リンは根が負けず嫌いだった
「なによそれ!」
「さっき、6個まではOKしてたでしょ」
「嘘ついちゃいけないんだよ」
「嘘はどちらですか」
「わたくしが言ったのは4個でしょう」
「ただ……確かにわたくしの方が不利ですね」
「ナルにミナから聞き出してもらうのが、最も安全なやり方です」
「だったら10個出しなよ」
「いやです」
「わたくしが負けた気分になります」
「じゃ、どうするのよ」
「わたしは譲らないわよ」
「じゃんけん……」
「へ?」
「じゃんけん、3回勝負で決めましょう」
「ナルが1勝するたびに飴玉を5個渡します」
「すべて勝てば15個です」
「悪い話ではないでしょう」
「一勝につき飴玉7個」
「それなら受けてあげてもいいよ~」
「小賢しいですね……いいですよ、それで」
「やった!」
「リンって運が悪そうだから、きっとわたしの方がじゃんけんに強いよ」
「昔から、わたしってじゃんけんに強いんだよね~」
「運がいいの」
「そんなものは思い込みです」
「じゃんけんとは確率です」
ナルは右手を大きく振りかぶる
「じゃ、いくよー、じゃーんけん」
その時、リンから白い蒸気が床すれすれに放たれた
蒸気は地面を這うように進み、ナルの両手に滑り込んで消える
「ぽん!」
ナルはグー、リンはパー
「わたくしの勝ちですね」
ナルは不思議そうに自分の右手を見る
「あれ?」
「なんか手が開かないんですけど」
ナルは右手を開こうとする
だが、指は握った形のままくっつき、離れてくれない
「なにこれ!」
「手がくっついてる!」
そこで、左手も同じ状態になっていることに気づいた
「あれ! 左手も!」
「リン! なにかしたでしょ!」
リンは悪びれもせず、涼しい顔で言った
「瞬間接着剤です」
「無理に開くと手の皮が剥がれますよ」
「さあ、まだあと2回戦残っています」
リンは楽しそうに右手を振りかぶる
「じゃーんけん」
次の瞬間、ナルから悪食の光が広がり、部屋全体を飲み込んだ
続いて赤い砂がリンの足元から這い上がり、両腕を包み込んでいく
リンはナルへ何か言おうとした
「驚きま――」
しかし、その口まで赤い砂に覆われる
そこで砂の動きは止まった
リンは驚いた顔でナルを見る
ナルはその視線を受け、小さく笑った
それから砂の力でリンの右腕を前へ突き出させ、手を強引にチョキの形にする
ナルは楽しそうに拳を差し出した
「ぽん!」
ナルはグー、リンはチョキ
「わたしの勝ちだね~」
リンが何か言いたげにするが、口が塞がれて声が出せない
鼻で息をしながら、目で猛烈に抗議する
「先に始めたのはリンでしょ」
「わたしって、怒ると怖いんだよ~」
「じゃーんけん、ぽん」
またナルはグー、リンはチョキ
二人のじゃんけん対決は、ナルの2勝1敗
賞品は飴玉14個で幕を下ろした
ナルが赤い砂を消すと、リンは小さくため息をついた
「まったく……まさかこんなに早くやり返されるとは思いませんでした」
「2勝は固いと思っていたのですが、してやられましたね」
「ふふーん、そうはいかないよ」
「リンのことだから、小ずるいことしてくると思ってたよ」
「14個ね、約束だからね~」
「はいはい、わかっていますよ」
それからリンは、お茶とクッキー、小さなケーキを用意した
さらに飴玉14個を皿に載せ、すべてをお盆にまとめる
「どうぞ」
「ありがとう~」
ナルは無邪気な笑顔でお盆を受け取った
そんなナルを見て、リンが言った
「ナルも、怖い魔女になってきましたね」
「無垢そうに見える見た目と態度が、余計に怖く見えますよ」
「失礼ね、わたしは無垢そのものだから」
「リンと一緒にしないでよね」
お盆を持ち、ナルはミナの部屋へ歩いていく
途中でリンを振り返って言った
「口の中のもの、出した方がいいよ」
「魔法でなにかを口から飛ばす気だったんでしょ」
「ほんとリンって、油断できないよね~」
それだけ言って、ナルはまた歩き出した
リンはそんなナルの背中を見送る
それから自分の口に手をやり、なにかを手のひらへ吐き出した
「まいりました」
「わたくしも、あの見た目に惑わされていたようですね」
リンは、ナルの成長が嬉しくもあり
寂しくもあった




