第五十八話 お留守番の戦い 1
ナルとリンが留守にしてから三日目の夕方
ミナはユアンと橋の上で、少し距離を置きながら過ごしたあと、帰路についていた
リンとナルが出かける時に着ていたものと同じ紺色のマントを羽織っている
この服装を見た時の、ユアンの反応を思い出す
「かっこいいね、魔法使いみたいだよ」
「って、ミナは魔法使いだったね」
「すごく似合ってるよ」
ユアンの嬉しそうな顔を思い出して、ミナは小さく笑った
「ユアンって、わたしが違う服を着ていくと喜ぶのよね~」
「次はもっと可愛い服を着て、びっくりさせちゃおうかな」
途中、広い広場を通りかかる
中央には噴水があり、王家の紋章が刻まれていた
すると、いつもならすぐに売り切れ、この時間にはやっていない屋台が目に留まった
「あれ、こんな時間なのにエビの揚げ物が売ってる」
「おじちゃん、今日は売り切れじゃないの?」
「うちの奥さんが産気づいてね」
「今朝は途中で店を閉めたんだ」
「材料は仕入れちまったからな、今やってるってわけさ」
「へー、一つ頂戴よ」
「あいよ! いつもありがとな」
「奥さんは大丈夫なの?」
「ああ、今日、息子が生まれたんだぜ!」
「よかったじゃん、おめでとう」
「子供の名前とか決めたの?」
「おうよ」
「奥さんと二人で相談してな、アルって名前になった」
「アル?」
「あれ、どっかで聞いたような……」
亡くなったリンの想い人と同じ名前だった
「今の王様の兄貴の名前から取らせてもらったのさ」
「皇太子だった頃に亡くなっちまってね」
「惜しい人をなくしたよ」
「この広場で屋台ができるようにしてくれたのは、アルト様でな」
「俺たちは足を向けて寝られないお方ってわけさ」
「ふーん」
ミナはエビの揚げ物が入った紙袋を受け取り、再び帰路を歩き始めた
途中で袋を開け、一つ口に放り込む
その時、ミナがぴくりと何かに気づいた
「強い魔力が四つ?」
「一つはルッツっぽいわね」
「残りの三つは……」
そこまで言って、ミナは言葉を止めた
そのうちの一つに、覚えがあった
ミナは魔力を感じた方向へ顔を向ける
「あっちって……お城がある方角?」
出かける際、ルッツに何かあれば助けてあげてほしいと、リンから頼まれていた
「まさかとは思うけど、一応見ておいてあげようかな」
ミナは軽い足取りで光を弾けさせ、上空へ飛び上がる
すぐに遠くの城が見えた
見たところ、特に異常はなさそうだ
「やっぱり、城に四つとも集まってる」
「ルッツのほかに三人もいるって、おかしいよね」
次の瞬間、大きな音とともに、城の壁の一部が切り裂かれたように割れた
四人の魔力が、さらに大きくなる
「戦ってるわね」
「もう、しょうがないなー」
ミナは光を弾けさせ、高速で飛び出した
あっという間に城へ到着し、先ほど生じた壁の割れ目へ飛び込む
すぐにルッツの姿が見えた
その周囲では、光の鎖がルッツを包み込み、守るようにうごめいている
ミナはルッツの横へ着地した
ルッツが驚いてミナを見る
「ミナ……か?」
「こんにちはー、ルッツ」
「手伝いに来たよ~」
「それはありがたい」
ミナはルッツと戦っている三人へ目を向けた
以前、戴冠式で見た黒い服のA級魔法使いがいる
そして、その横には見覚えのある顔があった
リンが殺したはずのリック
さらにその隣には、精悍な顔立ちをした長い茶色の髪の男が立っていた
「やっぱり、リックだったんだ」
「あんた、生きてたの?」
ルッツが横から答える
「話しかけても無駄だ」
「リックは間違いなく死んでいる」
「あれはおそらく、ゲレンのスキルで操られている」
「ゲレン?」
「私のことだよ」
声の主は、黒いローブをまとった男だった
フードを目深にかぶり、見えるのは皺の刻まれた口元だけ
かなりの高齢に見える
第二軍長官、ゲレン・ダークス
それが男の名だった
「リンのところの小娘」
「ルッツに肩入れするなら、お前も殺すよ」
「立ち去るなら追いはしない」
「悪いけど、リンに頼まれてるからね」
「わたしはルッツの味方をするよ」
「ならば死ぬか?」
次の瞬間、リックが雄叫びを上げた
光がその身体を包み込む
リンと戦った時にも見せたスキル、光の衣だ
その隣にいた男も身構えた
まばゆい光が弾け、その手に光の剣が握られる
ルッツがミナに言った
「気をつけろ、あれはスキル『光の剣』だ」
「ただの剣ではない」
「術者の身体能力を、とんでもなく強化する」
「油断するな、一瞬でやられるぞ」
その瞬間、茶髪の男が飛び出した
姿を見失うほどの速さで、ミナの目前まで迫る
「ヤバ!」
茶髪の男が、光の剣でミナへ斬りかかった
ミナは咄嗟に光の鎌を作り出し、迎え撃つ
二人の魔法が激突し、破裂するような音が轟いた
次の瞬間、ミナの鎌が粉々に砕けた
茶髪の男の剣が、そのままミナへ迫る
横からルッツの鎖が飛び込んだ
鎖は剣の側面へ当たり、その軌道をそらす
剣はミナから外れ、床へ振り下ろされた
ミナはすかさず茶髪の男へ手をかざす
光が弾け、男を後方へ吹き飛ばした
茶髪の男は吹き飛ばされたが、すぐに体勢を整えて身構える
今度はリックが、ルッツへ飛びかかってきた
ルッツの鎖がリックに巻きつき、その動きを止める
しかしリックは構わず、鎖を押し込みながら前へ進んでくる
ルッツの顔が歪んだ
ミナは空中に無数の光の槍を作り出し、リックと茶髪の男へ放つ
槍はリックに次々と当たり、光の衣と激突して衝撃が広がった
リックは後方へ吹っ飛ばされ、石の壁へ背中からぶつかって止まる
茶髪の男は光の剣で、ミナの槍を次々と切り払った
槍を切るたび、衝撃で後ろへ押し出される
それでも一本も男の身体には当たらなかった
リックの光の衣は、あちこちが剥がれ落ちて、血を流していた
対して、茶髪の男は無傷だった
それを見て、ミナが目を見開く
「ちょっと、あの剣の人、強くない?」
「誰なのよ、あれ」
「アルト兄さまだ」
「え?」
アルト
それは、死んだはずのリンの元婚約者の名前だった
ゲレンが得意げに語り始める
「私のスキル、傀儡」
「傀儡を操る力だ」
「その対象は、死体でも問題ない」
ミナが呆れたように頭を押さえる
「なるほどね、そういうことなんだ」
「ずいぶんと悪趣味で、卑劣なスキルだね」
「ふん、リンごときの弟子が偉そうに」
「たとえリン本人がこの場に現れたところで、この二体の人形には勝てんよ」
「我が国最強の魔法使い二人だからね」
ゲレンの口元が歪む
「あの売女には、一度、身の程を思い知らせてやりたいと思っていた」
「お前を殺し、ルッツと並べて見世物にしてリンに見せてやるのも一興だな」
ミナの眉がぴくりと動いた
それから、大きく背伸びをする
「おじいさんさ~、とんでもなく気持ち悪い性格してるね」
「それにしても、リンが留守でよかったよ」
「アルのこんな姿を見たら、きっと今度こそ泣いちゃうもんね」
ミナは軽い足取りで前へ出た
ルッツが慌てて制止する
「待て! 前へ出るな!」
「私の鎖と連携して――」
その声を遮るように、ミナが言った
「ルッツは下がっててよ」
「正直に言うとさ、あんたは邪魔なんだよね」
「巻き込んで、わたしがあなたを殺しちゃったらまずいでしょ」
ルッツが困惑した表情を浮かべる
「なに……」
「わたし、本気でやるからさ」
「お城まで壊しちゃったら、ごめんね」




