第五十五話 ナル、魔女の決意 3
ナルはリンに答えた
「ん? なに?」
「わたくしはあなたに教えたつもりです」
「魔女たるもの、強くなければいけません」
「うん、急にどうしたの?」
「真実はいつも過酷なものです」
「今のあなたになら、伝えたほうがよい」
「そう、わたくしは判断しました」
「なんのはなし?」
レアルがおもむろに立ち上がる
「ナル、こちらに来てくれないか」
「見せたいものがあるのだ」
「え? なに?」
ナルは軽い足取りでレアルの隣に立った
「なに見せてくれるの?」
そう言って、何気なく下を覗き込む
次の瞬間
ナルの顔から、笑みが消えた
そこは廃墟だった
崩れた外壁
焼け焦げた街並み
潰れるように屋根が落ちた、大きな屋敷
町はすっかり朽ち果てていた
それでも、通りの形や屋敷の位置には見覚えがある
レアルの屋敷がある町と、よく似ていた
けれど、そこには明かりも、人の声もなかった
「あれは?」
レアルはすぐには答えなかった
少しだけ間を置いてから、廃墟を見下ろす
「あれは、私の故郷だよ」
「20年前、黒のドラゴンに襲われ、滅ぼされた町だ」
「そして今は、私の家族が眠る墓でもある」
ナルの声が小さくなる
「ここに住んでいた人たちは……どうなったの?」
「皆、死んだよ」
「まだ、あの町にいるはずだ」
「あの町に……いる?」
「弔うことすらできないのだ」
「ここから先は、すでに人の土地ではない」
「一歩でも踏み込めば、奴の子供たちが襲ってくる」
「だから、私は家族を迎えに行くことすらできていない」
「そんな……」
ナルは廃墟を見下ろしたまま、唇を噛んだ
「なんで黒のドラゴンは、こんなことをしたの?」
「魔鉱石……ってのがあったから?」
「でも、なんで?」
背後から、リンが右手にワイン瓶を持って歩いてきた
すでにコルクが抜かれている
リンは廃墟を見下ろしながら言った
「元来ドラゴンはなんでも食します」
「動物も植物も……そして人も」
「彼らの食欲には見境というものがありません」
「やがて成長し、高位のドラゴンとなった個体は子を産むために、大量の魔力を必要とします」
「それを補うために、魔鉱石を食すのです」
ナルが小さく聞き返す
「子供を産むために……魔鉱石を……」
リンは静かにうなずいた
「そうです」
「だから魔鉱石の鉱脈は、高位のドラゴンにとって特別な餌場になります」
「そこに人の町があろうと、彼らには関係ありません」
レアルが遠くを見据えて言った
「我らがこの北の果て、木々すらろくに育たない土地に住んでいるのはそれが理由だよ」
「豊かな土地はドラゴンたちのもの、彼ら同士で奪い合い、より強力なものが支配する」
「人はそれに対してあまりにも脆弱で無力な存在……」
「それが、この世界の現実なのだ」
リンはワイン瓶を右手に持ったまま、無言でレアルへ差し出す
レアルはそれを左手で受け取った
リンはそのまま、レアルの右隣に並ぶ
そして、同じように廃墟を見る
「ドラゴンが見向きもしない土地だから、わたくしたち人の国が存在できている」
「そういうことです」
「ただ、なにもないはずの土地に、あってはいけないものが見つかった」
「それが……魔鉱石……」
「そうです」
「レアルのお父様は魔鉱石の鉱脈を見つけてしまった」
「そして、それを活用しようとした」
レアルは左手に持ったワインをあおるように飲んだ
喉が大きく動く
そして、表情を険しくする
「ことが起きたのは、父が鉱脈を見つけてから1年後だった」
「私はその時、町を留守にしていた」
「帰る途中で、空が赤く染まっているのが見えたよ」
レアルは右手を強く握りしめた
「急ぎ、駆け戻った」
「だが、町はすでに黒のドラゴンの子らに蹂躙されていた」
「家々は焼かれ、人々が逃げ惑っていた」
「目の前で、領民が食われていくのを見た」
「私は戦った、だが、子供とはいえ相手は手強かった」
「何匹か討ったが……次から次へと新手が現れた」
「やがて魔力も体力も尽き、私は膝をついた」
レアルは悔しそうに息を吐いた
「その時、連れていた兵たちが私を押さえつけた」
「このままでは死ぬだけだと、馬に縛り付けられた」
「そして……逃げたのだ……私だけ」
「私は見た」
「遠ざかっていく、地獄のような故郷を」
「身を投げ出して、足止めをしていた兵たちを」
「いまでも、その光景が目に焼き付いて離れんよ」
その言葉が終わるころには
レアルの右拳には、爪が深く食い込んでいた
握りしめた手のひらには、うっすらと血がにじんでいる
リンはその手に視線を落とした
そして、レアルの左手からワイン瓶を取り上げる
そのままワインをあおるように飲んだ
それからリンは、レアルの右腕にそっと身を寄せた
リンのぬくもりが、レアルの右腕にはっきりと伝わった
レアルが驚いたようにリンを見る
「泣かれると困りますからね」
「少しだけ、慰めてあげます」
「これ以上は期待しないでくださいね」
レアルは視線を廃墟に戻して言った
「それは……難しい話だな」
リンはワイン瓶をレアルに返した
そして、寄り添ったまま静かに語った
「高位ドラゴンの魔力は桁違いに強い」
「おまけに彼らの肉体は頑強で、強い生命力と再生能力を持っています」
「人では勝てません」
レアルが言葉を強める
「だが、ナルなら」
「君の持つ悪食の力を使えば、ドラゴンとの魔法戦をせずにすむ」
「いかにドラゴンとゆえど、犠牲を厭わず傷つければ、いつかは力尽きるはず」
「ナル、君は私と戦った時に言ったね、私は諦めているだけだと」
「君の言うとおりだ、私は諦めた」
「そして、逃げた」
「だが、それも止めだ」
「人が、高位ドラゴンを狩る」
「奪われる側から、奪う側に回る」
「それこそが私の理想」
「希望のない人の世に、子供たちの未来を」
「希望が……ない?」
レアルはナルにそう問われ、リンに目線を送った
リンはレアルの視線を受け止め、静かに目を閉じた
それを了承と受け取ったように、レアルは語り始めた
「この世界に人の国は3つしかない」
「我がセルレア、南のヴァルドリア、そして西のトラキア」
「ヴァルドリアは知恵のドラゴンの傀儡国」
「トラキアの実態は国とは呼べない、暴食のドラゴンの家畜……牧場のような国だ」
「牧……場……」
「独立した人の国は我が国のみ」
「それが可能なのは、不毛の土地と、A級魔法使いが複数いるためだ」
「A級は中位ドラゴン程度の力は持っている」
「いかにドラゴンでも、A級が複数いる国を、わざわざ戦ってまで奪おうとはしない」
「だから我らの国は、かろうじて維持できている」
「そんな……」
ナルは廃墟を黙って眺めていた
悲しそうに、ここで起こったことを想像する
そして静かにレアルに聞いた
「あそこに……レアルの家族がいるの?」
レアルは廃墟から目を離さずに答えた
「そうだ、父、母、そして3人の妹たち」
「あの日、私は同行をせがむ妹たちを連れて行かなかった」
「連れて行ってもよかったはずなのに」
「すぐに帰ると、約束したのに」
「いまだに私は、家に帰っていない」
「ここからこうして眺めているだけ」
「それが、口惜しいよ」
「そっか……」
ナルはしゃがんで両足を両腕で囲むように座る
そして、廃墟から目を離さなかった
ナルは想う……
生き物を殺すのはいやだ
戦ってなにかを傷つけるなんて
したくない……
誰も、何も、傷つかない
それが私の理想
本当にそう願っている
わたしはただ、家族と一緒にいたいだけ
一緒に食べて、笑って、たまに喧嘩して
ミナが傍にいてくれて……
リンが母親みたいにかまってくれて……
それが幸せ
それだけでいい、そのままがいい
他のことなんか、いらない……
わたしは、そういう子だ
でも、リンがレアルと結婚して
リンと私たちの隣で……父親みたいになったら
完璧じゃん……なんてね
でも……
ナルは静かに口を開いた
「レアル」
「なんだね?」
「わたしが、あなたをお家に帰してあげるよ」
「家族が、待ってるものね」
レアルはかみしめるように答えた
「ありがとう」
「至高の飴……たくさん、ちょうだいね」
「もちろんだ」
しばらくの間、三人は静かに廃墟を眺めていた
レアルは表情を変えず綺麗な姿勢で立っている
リンはそんなレアルを支えるように寄り添っていた
ナルは二人の前に両足を抱えて座っている
ナルは心に決めた
私は不幸を食べる魔女になる
人にとっての不幸を食べる
それ以外に不幸を与える
そんな魔女
魔女とはどうあるべきか
それはリンから教わった
そのためなら
この手が汚れることを恐れない
そう……わたしは……
恐れちゃ……駄目なんだ




