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第七話 危うい友人

心に触れる

紫の蛇

「うそでしょ……現実でもこれやるの?」


赤いジャージを着たナルは、組合の中庭をふらつきながら走っていた


「もちろんです。何度も教えているでしょう。まず体力です」


リンは涼しい顔で言った


「はい、いっちに、いっちに」


この声を聞くだけで、ナルは憂鬱になる


後ろでは、ミナが息も切らさず、楽々とナルと並んで走っていた


「ナル、体力なさすぎない? ってか、足遅くない?」


「わたしは運動なんか嫌いなの!」


広い中庭を十周走らされたあと、すぐに筋トレが始まった


リンが淡々と指示を出していく

そんなリンを、ナルは恨めしそうに見ていた


腕立て伏せ、腹筋、スクワット、ランジ……


他にも何か言っていたが、ナルにはよく分からなかった

とにかく、ナルにとってろくでもないものばかりだということだけは分かる


まずは腕立て伏せだった


だが、ナルはそもそも一回もできなかった

夢の中で筋トレができていたのは、あれが夢だったかららしい


リンは不甲斐ない愛弟子を見て、軽くこめかみを押さえた


「ナルがここまで貧弱とは思いませんでした」


「うるさいな! 女の子なんだから別にいいじゃん!」


すねたようにナルは反論する


少し考えてから、リンはナルの前に歩み寄る


「クロ、出てきなさい」


黒い猫が現れた

魔法で作ったリンの使い魔だ


「ナルはバランスだけ保って、腕立て伏せの姿勢を維持してくださいね」


「え? なになに?」


すると、クロからぱりぱりと細い雷が走った

それはナルの両腕にまとわりつくように絡みついた


次の瞬間、ナルの腕が勝手に動き始める


「な、なにこれ!? 勝手に動くんですけど!」

「ってか、いたい、いたい、痛いって!」


ナルは横に倒れこもうとしたが、それもすぐに邪魔された

体は水の風船みたいな膜で包まれ、無理やり姿勢を保たされている


「うそでしょ……なにこれ……」


「まったく、世話のかかる弟子ですね。はい、いっちに、いっちに」


結局、ナルは腕立て伏せだけでなく、ほかの運動もほとんど自力ではできなかった


リンとクロの魔法で、すべてのメニューを強制的に三セット終えたころには、もう精も根も尽き果てていた


ナルは人形みたいに、そのまま床へ倒れこむ


「……わたし死んじゃう……」


その前に、ミナがしゃがみこんだ

右手を自分の頬に当てながら、じっとナルを眺めている


ミナは軽々とメニューを終えたあと、ナルが悲鳴を上げながら筋トレする様子を、ずっと見ていたのだ


「大丈夫~? ナルってからだ弱すぎじゃない?」


ナルは倒れたまま、ミナをにらみつける


「うるさいわね。あんたみたいなゴリラ女と一緒にしないでよ」


「そんな姿勢で凄まれてもねぇ。肩貸してあげようか?」


「う、うん」


ミナはナルの肩に手を回すと、ひょいっと軽々引き起こして立たせた


「ナルってかる~い。ちゃんとごはん食べてる? 華奢すぎるよ」


そう言って腕や足を確かめるように触ってくる


「触んないでよ! 体質なんだから仕方ないでしょ」


「でも、かわいいよね~。襲いたくなっちゃうみたいな」


ミナはなめ回すようにナルを見た

ナルは思わず腕で身を守る


「な、なによ……」


そのとき、リンが両手に大きなジョッキを持って歩いてきた

中には、夢で見たあの白い液体が入っている


それを見た瞬間、ナルの血の気が引いた


「それ……実在したの?」


「もちろんです。ゴールデンタイムを逃してはいけません。飲みなさい」


ミナは何のためらいもなく受け取り、ごくごくと飲み始めた


ナルは逃げ道を失った顔で、自分もジョッキを受け取る

夢の中で毎日飲まされた、あれは本当にまずかった……


目の前のリンの笑顔が憎らしく見える


ナルは観念するように口をつけた

勢いをつけて、ごくごくと飲み下す


次の瞬間、表情が変わった


「甘い! おいしい!」


さっきまで沈んだ顔をしていたのに、目が一気に輝く


リンがにこやかな笑顔で言った


「魔糖を入れて、飲みやすくしてあります。気に入ってくれると嬉しいのですが」


「ほんとに!? ありがとう! わたしこれ好き!」


ここ数日、リンはナルに相当ひどいことをしている

それなのにナルは、そんなことはもう忘れてしまったみたいに、嬉しそうに白い飲み物を飲んでいた


「とっておきもありますからね。そちらを飲んで待っていてください」


そう言ってリンは何かを取りに行った


その様子を見て、ミナが横からじとっとした目を向ける


「ほら、またそれ」


「なによ」


「そうやって、おいしいものもらうとすぐ懐くとこ」


ナルはむっとした


「別に懐いてないし」


「ちょっとリンのこと好きになりかけてたじゃん」


「なってない!」


ミナはため息をついた


「ナルさ、今後はほんと気をつけなよ。そういうの」


「だから、なんの話?」


ミナはナルをまっすぐ見た


「そうやって餌付けされて、ソラを好きになったんじゃないの?」


ナルの顔がむっとする


「そんなんじゃないから! 馬鹿にしないで」


「そうかな~?」


ミナは少し真剣な表情になった


「わたし覚えてるよ。からあげ食べてからでしょ? 気になり始めたの」


ソラが初めて作ってくれた異世界の料理

それが、からあげだった


揚げたての匂い

初めて食べた時の驚き

嬉しそうに料理を差し出してきたソラの顔


一瞬、それらが胸によぎる

ナルの胸は小さくトクンと鳴った


ナルはすぐにむっとする


「それとは別だよ! 関係ないから」


ミナは少し肩を落として言った


「ナルって、おいしいものくれる相手に弱すぎるんだよ」

「リンにひどいことされてたよね? それ飲む前は、嫌そうにしてたじゃん」


「…そんなことない」


言い返したけれど、ナルの声は弱かった


ミナは小さく息をついた


「あるよ。だってそうじゃん」


ナルは少しだけ言葉に詰まる


ついさっきまで、リンのことをひどいと思っていた

それなのに、いまは良い人に見えている

そのことを、自分でも否定しきれなかった


「……それは」


ミナは少しだけ声をやわらげた


「別に、食べ物で好きになるのが悪いって言ってるんじゃないよ」


「じゃあ、なによ……」


「おいしいものくれる人と、自分を大事にしてくれる人は、同じとは限らないんだから。気をつけなさいって話」


ナルは黙ってしまった


そこへ、リンが台車を押して戻ってきた


紅茶のセット

たくさんのクッキー

それに一口サイズのケーキまで乗っている


「ナルが頑張ったので、ご褒美です。みんなで食べましょう」


その瞬間、ナルの顔がぱっと明るくなる


「すごい! 美味しそうなお菓子、ケーキまで! わたし、こういうの食べたことない!」


「それはよかった。とても美味しいですよ。紅茶にもよく合います。あちらで一緒に食べましょう」


「うん! たのしみ~」


さっきまでの会話などなかったみたいに、ナルは嬉しそうにリンの後ろについていく


ミナはその背中を見て、額に手を当てた


あ……やっぱりだめだ、これ


「わたしが……見ててあげなきゃね」


ミナは危うい友人の背中を見つめていた


火曜の朝に定期更新

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