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1-8 惚れ薬

ナルは上機嫌で椅子に座っていた


その横にはミナが座っている


目の前の丸いテーブルに、リンがクッキーと小さなケーキを乗せた皿を並べていた


砂糖の入った瓶


ティーカップ


そしてポットから注がれる紅茶


ふわりと、いい香りが広がった


「魔力で味が変わらないように、これを使ってください」


そう言ってリンは、小さな銀のトングを二人に渡す


「食べてもいい!?」


ナルが嬉しそうに聞くと、リンはやわらかく微笑んだ


「もちろん、召し上がれ」


ナルは中央にジャムの入ったクッキーをつまみ、ぱくりと口に入れた


「なにこれ、おいしすぎる~」


「紅茶とよく合いますよ」


そう言われて、ナルは紅茶をゆっくり飲む


「ほんとだ~、幸せぇ」


その顔を見て、リンは目を細めた


「そんなに喜んでもらえると嬉しいですね」

「これらは、わたくしが作ったものですよ」


「え! リンが作ってるの!? すごい!」


すると、ミナがクッキーを一つ取って口に入れた


もぐもぐと食べながら、リンを見る


「リンも魔力があるのに、なんで変な味にならないの?」


魔力を持つ者が料理をしたり、食材に触れたりすると、とても食べられない味に変わってしまう


ナルも以前、自分で料理したことがある


その時は砂みたいな食感になり、金属みたいな匂いがした


リンは紅茶をひと口飲んでから答えた


「簡単な話です」

「無意識に出る魔力が食材の性質を変えるなら、完全に止めて料理すればいいだけです」


「そんなことできるの!?」


「はい、できます。訓練は必要ですが」


ミナが眉を上げる


「ちなみにどんな訓練をするわけ?」


「無意識に出る魔力は、急激に体が冷えると出なくなる性質があります」

「氷を浮かべた冷水に入り、その感覚を意図的に再現できるようになるまで繰り返します」


「そうなんだ……」


「そんなことだろうと思った」


リンは二人を見た


「二人もやってみますか?」


ナルとミナの声が重なった


「やらない」


ナルは次にケーキへ手を伸ばした


小さなフォークで切って口に運ぶと、また顔がゆるむ


そのままリンに聞いた


「そういえばリンって、結婚してるの?」


「いいえ。男など、魔道の邪魔です」


「でも、好きになったことはあるんでしょ?」


「ありますよ。サラの勝ちでしたけどね」


「へ? サラさん?」


「はい。ミナさんの父親になった人です」


ナルは目を丸くした


「え! そうなの!?」

「それって、リンとサラさんは同じ人を好きになったって話?」


「そうです」

「わたくしが先にお付き合いをしておりました」

「結婚の約束もしていましたね」


ミナの手が止まる


「なにその話……いきなり重いんですけど……」


リンは表情を変えずに言った


「サラは惚れ薬を使って、真実の愛を手に入れた」

「それだけの話です」


「サラさんがそんなことしたの!?」


「目的のためなら手段を選ばない」

「魔女とはかくあるべき、というだけのことです」


ナルはケーキを食べる手を止めず、声を落として言った


「なんか……ごめんね」

「変なこと聞いちゃって」


「気にしないでください」

「むしろ、幸運だったと思っています」

「それに、わたくしは楽しみなのです」


ナルが尋ねる


「な……なにが?」


リンはゆっくりナルを見た


「あなたには期待していますよ、ナル」


「え? わたし? なにを?」

「……リン、なんか怖いよ」


するとリンは、紫色の水が入った小瓶を取り出した


ガラス越しに見える液体は、どこか妖しく揺れている


「ナルには前に話しましたね」

「あの時は惚れ薬と言いましたが、正確ではありません」


ナルの顔が強ばる


「これは、嘘がつけなくなる薬です」


リンの声は静かで、だからこそ不気味だった


「どんなしがらみも感情も超えて、本心のままに言葉が出る薬」

「そう、それは本心なのです」


リンは立ち上がり、ナルのところまで歩いてくる


そしてナルの手を取り、手のひらに小瓶をそっと乗せた


「魔女に嘘はつけない」

「隠しても伝わってくる」

「好きな相手なら、なおさらです」


リンはその手を包んだまま、囁くように言った


「彼を解放してあげなさい」

「それが、あなたの務めですよ」


ナルは手の中の小瓶を見つめた


その指先は、はっきりと震えていた


リンは続ける


「その薬を飲ませると、相手は酩酊状態になります」

「その間に気持ちを確かめなさい」

「しばらくすれば効果は切れますが、相手は話したことをすべて覚えています」

「そして、言葉に出した感情を決して……抑えられなくなる」

「他のすべてを……壊してでも」


ナルの息が速く、浅くなる


するとリンは、今度は青い小瓶を取り出した


そして、紫の小瓶の隣にそっと置く


「効果が切れる前にこの薬を飲ませれば、相手はすべて忘れます」

「元通りです」


ナルは紫と青、二つの小瓶を見つめた


どちらも小さいのに、手のひらに沈み込むみたいに重かった


リンはナルの頬を指で撫でながら言った


「とても、いい顔をしていますね」

「あの時のサラみたい」


いつもの落ち着いた声を保ってはいるが、興奮を隠し切れていなかった


リンは一歩下がり、ナルを見下ろした


「今日の訓練はこれで終わりです」


それから、ひときわゆっくりした口調で尋ねる


「組合に部屋を用意しますか?」

「それとも、一度……戻りますか?」


ナルは二つの小瓶から目を離せないまま、しばらく答えられなかった


やがて、小さな声で言った


「家に……帰るよ」


リンの口元が、こらえきれないみたいにゆっくり歪む


「明日の朝、またここへ帰ってきなさい」

「部屋は広いから、心配いりませんよ」


ナルは立ち上がった


そして、そのまま歩き出す


ミナは何も言わず、ただその背中を目で追った


ナルは帰る


ソラが待つ、あの家へ


やがて、リンとミナだけが残った


ミナはゆっくり腰を上げ、リンに言った


「ナルがどうしたいのか……分からないから、黙っててあげたけどさ」

「ナルを傷つけるつもりなら、全部……壊しちゃうよ」


リンはミナに向き直った


「もちろん、心配はいりません」

「わたくしはナルの願いを叶えてあげたいだけ」

「あなたを敵に回すなんて、するわけないでしょ?」


「そうだね」

「でも、気を付けた方がいいよ」

「わたし、ナル以外はどうでもいいんだから」


その瞬間、部屋の明かりがわずかに揺れた


窓から差し込む光が、白く濃くなる


テーブルの上のティーカップが小さく震え


紅茶の表面に細かな波紋が広がった


リンには分かっていた


この子の光の魔力は、普通の魔法使いとは根本から違う


感情が昂ぶっただけで、周囲の光が反応する


もし本気で暴れれば、国さえも滅ぼしかねない


「落ち着いてください」

「ここはナルが帰ってくる場所ですよ」


その言葉で、張りつめていた光が静かにほどけていく


ミナはリンをしばらく見つめたあと、何も言わずに歩き出した


リンはその場に立ったまま、静かに微笑んでいた




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