第四十八話 悪い虫 2
ナルとリンが、びくりと肩を跳ねさせて振り向く
いつの間にか、後ろにはミナがいた
二人の声が重なる
「ミナ!?」
「ミナ!?」
ミナは腕を組み、二人を睨んでいた
「やるって、なにをする気なのよ」
「ユアンに変な手出ししないでよね」
ナルは慌てて目を逸らした
「な、なんでもないよ」
「リンと散歩してただけだし」
リンも動揺を隠すように、背筋を伸ばして答えた
「そうですね」
「偶然ですね、ミナ」
「わたくしたちも、ちょうど帰ろうと思っていたところでした」
ミナは大きなため息をついた
それから、頭を右手でかきながら言う
「ユアンはわたしの友達なの」
「男の子だけど、変な心配はしないでよ」
「そんなんじゃないから」
ナルとリンは顔を見合わせた
二人は同時にミナを見て
リンが聞いた
「そうなのですか?」
「そうだよ」
リンはじっとミナを見た
「異性として、これっぽっちも意識していない?」
「そうだってば」
ナルがリンに目で何か合図した
リンはナルの意図を悟り、すぐに実行する
ミナの鼻先に、青い蒸気がすり抜けた
リンが正直者になる薬を蒸気にして、ミナに吸わせようとしたのだ
しかし、ミナには効果がなかった
ミナは腕を組んだまま言った
「いま、わたしに薬を吸わせようとしたわね」
「あんたたちのやり口なんて知ってるんだから」
「ちゃんとガードしてるわよ」
次の瞬間、紫色の光がミナの顔へ向かって飛んできた
ナルの悪食の光だった
ミナの魔法のガードを消そうと放たれたのだ
ミナは慌ててそれを避けた
ナルが不満そうに言う
「なんで避けんのよ」
「嘘ついてないなら問題ないでしょ?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「違うって言ってるんだから信じてよ」
「もし、二人が心配してるような気持ちになったら、必ず先に相談するからさ」
けれど、ナルはまだ納得していなかった
「今日のデート、内緒にしてたじゃない」
「デートじゃないよ」
「教会にオルガンを聴きに行っただけ」
「二人きりで食事してたじゃん」
「朝ごはん食べてなかったから食べただけでしょ」
「友達なんだから、食事くらいするわよ」
そこで、リンが本音を押し殺すように、声を落としてゆっくりと口を開いた
「いいでしょう」
「あなたが責任ある行動を約束してくれるなら」
「今のところは、あの虫……ではなく、彼に手を出さないでおきましょう」
「わたくしたちも、ミナの自由を縛りたいわけではありません」
リンはそこで一度言葉を切り、はっきりと言った
「ただし、男性とお付き合いするのなら、先にわたくしたちへ紹介しなさい」
「それができない、やらないような男は論外です」
「あなたと戦ってでも、わたくしたちはミナを止めますよ」
ミナは疲れたように肩を落とした
「分かってるって……」
「あんたたちの愛情って、いびつだから」
「どうせ、挨拶がないとか言って怒りだすと思ってたよ」
「そうなったら、なにをするか分からないことも分かってるって」
「あんたたちがやばい女だなんて、わたしが一番知ってるわよ」
ナルがむっとする
「なによ、やばい女って」
「リンはともかく、わたしは違うわよ」
「あんた、自覚ないの!?」
「相当やばいでしょ、あんたは」
「どうせイナクの時みたいに怒って、わけの分からないことを言ってたんでしょ」
「さっき、やる?ってリンに確認してたわよね」
「いったいなにをやる気だったのよ」
ナルは、少しだけ目を逸らした
「だって……」
「わたし、知らないもん」
「挨拶がなかったもん」
「悪い奴だもん」
「泥棒だもん」
ミナは、その言葉に少しだけ表情を緩めた
それから、両手でナルの手を取って言った
「ユアンのこと、ナルに言わなくてごめんって」
「なんとなく、気恥ずかしかっただけだから」
「これからは、ちゃんとナルに教えるから」
「機嫌直してよ」
ナルはしぶしぶといった様子で、ミナに答えた
「絶対だよ」
「嘘ついたら、捨てちゃうからね」
「嘘なんかつかないって」
「……って、捨てるってなにを?」
ナルはそっぽを向いた
「いらないもの」
ナルが何をしようとしていたのか
ミナにも、大体想像がついた
「まさか、あんた……」
「やっぱり、やばい女じゃない」
「お願いだから自覚してよね」
それから、ミナはリンを見た
リンは我関せずという顔で、そっぽを向いている
ミナは問い詰めるように言った
「どうせリンが言い出したんでしょ」
「最近、ナルがあんたに似てきた気がするわ」
「教育に悪いから、自重してよ」
リンは悪びれもなく答えた
「あなたが、こそこそと男と逢い引きなんかするからです」
「あなたこそ、ナルが同じことをしていたら似たような反応をするのでは?」
ミナは少し考えた
「まあ、言われてみれば、たしかにそうかも」
「わたしも結構やばいなぁ」
「あんたたちのが移ったかも」
「いいえ、ミナは最初からそんな感じでしたよ」
「人のせいにしないでください」
「最近ちょっと更生しただけでしょう」
ナルもすぐにうなずいた
「そうそう」
「わたしをナンパしただけの男の子に怪我させたことがあったじゃない」
「あれは、あいつがナルに触ろうとしたからでしょ?」
「痴漢みたいなものじゃない」
ナルがミナの手を握りかえして、念を押すように言った
「勝手にわたしたちから離れていくとか、駄目なんだからね」
「わたしたち、一度付き合ったら二度と別れられない系女子だから」
「ミナはもう手遅れなんだからね」
「な、なによそれ……」
「あんた、開き直ってるわね」
三人は、ゆっくりと組合に向けて飛んだ
ミナは、前を飛ぶナルとリンの背中を眺めていた
いつの日か……
自分が、この二人から離れるようなことがあるのだろうか
そんなことを……
自分が、求める?
ミナには、そうなる日を想像することすらできなかった




